日常を忘れさせる、繊細な文章と緻密な世界観
PART1:圧倒的な世界観におぼれたい
美しい幻獣や魔法に囲まれた愛憎劇
美貌の王が繰り広げる、耽美でダークな世界
■『闇の公子』タニス・リー 著、浅羽莢子 訳(早川書房)
地底で栄華を誇る都の王、アズュラーン。本書は、アズュラーンが自身の持つ絶世の美しさと絶大な魔力を使って、気まぐれかつ不条理に、常識も倫理も異なる人間たちを翻弄するオムニバス短編集です。魔王を倒す、というような単純明快なものではなく、人間たちがアズュラーンに人生を狂わされ、破滅させられていく物語。人間の弱さも強さも、ひとつひとつが美しく耽美な描写で描かれ、どんな人間も愛したくなります。
恐ろしい。けれどのぞき込んでみたい世界
■『ラヴクラフト全集 (1)』H・P・ラヴクラフト 著、大西尹明 訳(東京創元社)
ラヴクラフトは、アメリカの怪奇・幻想小説家。その作品が評価されるようになったのは彼の死後のことで、友人が一連の小説の世界観を「クトゥルフ神話」として体系化したことで知られています。彼の作品に共通しているのは、創作された架空の神話の神々が、現代によみがえる物語であるということ。タコやイカを巨大にしたような、おどろおどろしい姿の神々により、ホラーやファンタジーの枠には当てはまらない新しい感覚に襲われます。ホラーチックなファンタジーを試してみたい方にもおすすめです。
不動の巨大竜に翻弄される物語
■『竜のグリオールに絵を描いた男』ルーシャス・シェパード 著、内田昌之 訳(竹書房)
ドラゴンといえば、ファンタジー小説では空を飛び、火を噴き、時には人の言葉を解する特別な存在です。しかし本書には、そんな生き生きとしたドラゴンはいません。登場するのは、全長1マイルの巨大竜。数千年前の魔法使いとの闘いに敗れ、動くことはできません。体の上は草木と土に覆われ、川が流れ、村ができ、人々が生活を営んでいます。しかしこの竜の問題は、未だ強い思念を持っており、周囲で暮らす人間の感情や考え方に影響を与えることで…。竜の影響を受け、翻弄される人々を描く連作短編集です。
PART2:幻想的な夢を見たいあなたに
一気読みしたくなる!語られる物語の煌めき
■『煌夜祭』多崎礼(中央公論新社)
舞台は、十八諸島と呼ばれる架空の島々。冬至の夜には「煌夜祭」というお祭が開かれ、語り部と呼ばれる人々が、この島々をめぐって集めてきた物語を披露します。本書は、ある場所に集まった2人の語り部が、交互に物語を披露していくという形式で展開されます。語り部はなぜ語るのか?物語の間につながりはあるのか、ないのか?一見短編集のようですが、読み始めると一気読みしたくなってしまう1冊です。
文章ひとつひとつが美しい。「冬眠者」を巡る物語
■『ラピスラズリ』山尾悠子(国書刊行会)
幻想文学を読んでいると、難しい言葉が頻出したり、複雑な表現があったりと、難解な物語に出会うことがあります。しかしその難解さは、理解に近づいたと思ったら離れ、離れたと思ったら近づいてきて、物語に奥行を与えます。しっかりとしたストーリーはありつつも、文章そのものの耽美性や幻想性をより強く感じることができるのが魅力的ですよね。本書も、そんな幻想文学のひとつ。冬のあいだ眠り続けなければならない「冬眠者」をめぐる、大人だからこそ楽しめる連作長篇小説です。
幻想的で壮大な、千夜一夜物語
■『アラビアの夜の種族』古川日出男(角川書店)
舞台は、ナポレオン率いるフランス軍の艦隊が迫るエジプト。支配階級奴隷アイユーブは、読む者を破滅に導く「災厄の書」を献上することで、艦隊を追い払おうと主人に提案します。しかし、実はその書物は存在しないもの。アイユーブは書物を一からでっちあげるため、語り部に物語を語らせ始めるのでした。本書はそんなストーリーを背景に、翻訳された物語という体で進んて行き、語り部による物語がつづられ、連鎖して続いていきます。物語のために物語が語られるようなつくりとなっており、独特な展開に一旦入り込んでしまえば、最後までページをめくる手が止まりません!
夢?現実?もうひとつの世界に迷い込む
■『もうひとつの街』ミハル・アイヴァス 著、阿部 賢一 訳(河出書房新社)
主人公である”私”が、雪の降るプラハの古書店で1冊の本を手に取るところから、物語は始まります。本は菫色の装丁がほどこされ、中にはこの世のものとは思えない文字でつづられた文章が書かれていました。”私”はその本に誘われて、現実と同じようでちょっと違う「もうひとつの街」に足を踏み入れます。そこではシュールレアリスティックで幻想的な光景が繰り広げられ、まるで夢の中のよう。読み進めていくうちに、主人公と一緒に夢の中に取り込まれていくような感覚が楽しめます。
PART3:現実の合間に潜む不思議を感じる
児童文学の名手による、大人向けファンタジー
■『九年目の魔法』ダイアナ・ウィン ジョーンズ 著、浅羽 莢子 訳(東京創元社)
映画『ハウルの動く城』の原作者として知られるジョーンズによる作品です。主人公は、子供のころから空想が大好きだった大学生のポーリィ。祖母の家で荷物をまとめていると、部屋の中にある写真や本の様子が、自分の記憶とどこか違っていることに気づきます。その引っかかりの原因について考えていると、10歳の時出会ったリンさんという男の人のことを思い出して…。ジョーンズ作品の中では、比較的大人も楽しめるように書かれた作品。ポーリィと一緒に過去をさかのぼり、謎を解き明かしていくことで、少女時代のわくわくとほろ苦さを思い出させてくれます。
日常にひそむ、不思議な力を持つ一族の物語
■『光の帝国 常野物語』恩田陸(集英社)
ひとりひとりが異なる「超能力」を持っている、常野一族。とてつもない暗記力、未来を見る力、遠くで起こったことを知覚する力など、普通の私たちからすればちょっとうらやましい能力です。しかし常野一族の人々は、それをひけらかすことなく、金儲けや権力のために利用することもなく、一般人の中に埋もれるようにして暮らしています。本書は、そんな常野一族の人々を時に優しく、時に恐ろしく描く連作短編集。計3作出版されており、シリーズとしても楽しむことができます。
洋館の鏡の中に広がる別世界
■『裏庭』梨木香歩(新潮社)
照美の家の近くには、バーンズ屋敷という洋館がありました。かつて英国人一家が暮らした別荘だというその家は、今や高い塀には穴が空き、雑草が生い茂って荒廃しています。照美はある時ふとしたきっかけで、洋館内の鏡から「裏庭」と呼ばれる別の世界に迷いこんでしまうのですが…。照美は親との間に問題を抱えており、あまり上手くいっていません。そんな中迷いこんでしまった別の世界を旅しながら、自分の抱える問題と向き合っていく物語です。
ウィーンで繰り広げられる歴史の裏側
■『天使・雲雀』佐藤亜紀(KADOKAWA)
本書の舞台は、第一次世界大戦前夜のヨーロッパ。ジェルジュは他人の考えていることを読み、考えに干渉し、操ることができる力「感覚」を持っていました。ウィーンで諜報活動を行う男にその力を見いだされ、訓練を経てさらに力をつけたジェルジュは、闘いの中に身を投じていきます。美しく濃密な描写で「感覚」がどんな能力なのか手に取るように分かり、まるでスパイ映画のよう。「感覚」による闘いは手に汗握る一方で、ジェルジュの虚しさや儚さも胸を打ち、読み終わるのがもったいなくなってしまいます。
PART4:子供みたいにわくわくできる、大人向け物語
日本人作家による本格派のハイファンタジー!
■『夜の写本師』乾石智子(東京創元社)
主人公は右手に月石、左手に黒曜石、口のなかに真珠をもって生まれてきたカリュドウ。大魔術師に育ての親を殺され、憎しみを抱いたカリュドウは、魔術師とは違った魔法を操る「夜の写本師」となってかたき討ちを志します。そのうち、敵の大魔術師とは前世から因縁があると分かって…千年にもわたって、復讐のために時を超え、生まれ変わって繰り広げられる物語。魔法、宝石、本など西洋ファンタジーの世界観を彷彿とさせつつ、オリジナリティも感じさせる、日本人による本格派のファンタジー小説です。
安倍晴明が平安の都を駆け巡る!
■『陰陽師』夢枕獏(文藝春秋)
和風ファンタジーを読みたい方におススメなのが、『陰陽師』。映画や漫画にもなりましたが、原作は読んでいるだけで平安の都の道端や花、酒の香りがただよってくるような静謐な言葉で紡がれ、また違った雰囲気で楽しむことができます。主人公の安倍晴明は、才能にあふれ、妖艶な雰囲気をまとった陰陽師。夜な夜な親友の源博雅と酒を酌み交わしては、都で起こった不思議な出来事を聞きつけ、鬼や死霊、生霊による問題を解決していきます。ともに謎を解き、軽妙な言葉をかけ合う晴明と博雅の二人は、まるでホームズとワトソンのよう。二人の会話だけでも一読の価値があります。
紀元前4千年の森で、少年が困難を乗り越える
■『オオカミ族の少年』ミシェル ペイヴァー 著、さくまゆみこ 訳(評論社)
舞台は現代から6000年も昔、精霊が息づく太古の森の中。人々は部族に分かれ、弓などの道具を自分たちで作り、壊れれば直し、獣を狩って暮らしていました。オオカミ族である主人公の少年・トラクは、ある時悪霊にとりつかれた巨大なクマに父親を殺されてしまいます。父の遺言を守るため、子オオカミのウルフと一緒に「精霊の山」を探す旅に出るのですが…。新しい仲間と出会い、自分たちの力で力強く生き抜き、困難を乗り越えていくトラクの姿に、胸が熱くなります。
毒見師となった少女が、強い意志で突き進む
■『毒見師イレーナ』マリア・V スナイダー 著、渡辺由佳里 訳(ハーパーコリンズ・ ジャパン)
主人公の少女イレーナは、イクシアという国で殺人を犯し、死刑囚となっていました。しかし死刑が執行される直前、意外な選択肢を示されます。このまま絞首刑に処されるか、国の最高司令官の毒見役を務めるか。イレーナは生き残るために毒見役を選ぶのですが、その先には前途多難な道が待ち受けていたのでした。私たちの世界とは別の世界で繰り広げられる、少女の生き残りをかけた物語。イレーナの揺るがない強い意志に、心を打たれます。
PART5:大人になったと感じる時、改めて読みたい物語
大人になった今だからこそ、物語の細部にまで目が行き渡る
■『指輪物語1 旅の仲間』J.R.R.トールキン 著、瀬田貞二・田中明子 訳(評論社)
言わずと知れた、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作です。恐ろしい闇の力を秘める黄金の指輪をめぐって、ホビット族、魔法使い、妖精が暮らすファンタジーの世界で、冒険の旅が始まります。映画では描き切れなかった圧倒的な世界観や人物描写は、細部にまで命が宿っているよう。映画は観たことがあるという方はもちろん、昔読んだけれど内容を忘れてしまったという方にも、ぜひ読んでみてほしい1冊です。
子供と一緒に読みたい!少年の成長を感じるファンタジー
■『影との戦い―ゲド戦記 1』アーシュラ・K. ル=グウィン 著、清水真砂子 訳(岩波書店)
広い海にいくつもの大小の島々が浮かぶ、アースシーの世界。そのうちの島のひとつ、ゴント島に生まれた少年ゲドは、飛びぬけた魔法の才能を持って生まれました。本格的に魔法を学ぶため、ロークにある学院に入り、次々と魔法を会得していくゲド。しかし慢心にとらわれ、自分の「影」を呼び出してしまって…。影に追われる焦燥感は、子供だけでなく大人になっても感じるものかもしれません。子供と一緒に読めば、新しい発見がありそうな1冊です。
子供のころ感じていた時の流れを思い出す
■『トムは真夜中の庭で』フィリパ・ピアス 著、高杉一郎 訳(岩波書店)
夏休みにもかかわらず、親戚の家に預けられてしまった少年トム。遊べる友逹もおらず退屈していたところ、真夜中の13時、古時計の音が鳴り響きます。誘われるようにして裏庭に出ると、昼間は影も形もなかった美しい庭園が広がっていました。そこでハティという女の子に出会い、つかの間のひとときを楽しむのですが…。子供のころは、遊び回っていると時間が永遠にあるように感じるもの。トムがハティと遊ぶ姿を見ていると、その感覚と同時に、時間の有限性も思い知らされる気がします。
大切なことが詰まった、かけがえのない物語
■『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ 著、上田真而子 訳(岩波書店)
バスチアンは、家にも学校にも居心地の悪さを感じている男の子。ある日いじめっ子から逃げていると、古本屋で「はてしない物語」という本を見つけます。その中では「幼ごころの君」が治めるファンタージエン国が、「虚無」の広がりにより滅亡の危機に陥っていました。バスチアンはその国を救うことができるのでしょうか?ワクワクする冒険、家族や友人の大切さ、大きな力を持つこと、世の中は多くの人がかかわり合って出来ていること…。大人にとっても子供にとっても大切なことが詰まった、宝物のような1冊です。
- 寒さに負けない体を目指す!ゆらぎがちな冬のご自愛ケアキナリノ編集部
■『妖女サイベルの呼び声』パトリシア A.マキリップ 著、佐藤高子 訳(早川書房)
主人公は、エルド山で孤高に暮らす魔術師サイベル。山奥で魔術ばかりを追求してきた彼女は、自らが呼び出した伝説の幻獣とのみ心を通わせていました。しかしある時、見知らぬ騎士から赤子を預けられたことで、子育てをしながら人のあたたかさを知っていきます。実は、その赤子はある王国の王子さま。サイベルはその後、王位継承争いに巻き込まれ、愛と表裏一体の憎しみも知りながら、自分の信じる道を進んでいきます。世界幻想文学大賞にも選ばれた不朽の名作です。