暑い夏にぴったりの“涼める”小説を読んでみませんか
①怖すぎないホラー・怪奇ものでヒンヤリ
七月隆文 『君にさよならを言わない 』(宝島社)
交通事故で一命を取り留めたことがきっかけで、幽霊が見えるようになった高校1年の明。6年前に亡くなった初恋の女の子・桃香と再会する。実はとある未練があってこの世にとどまっていた…。「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」の作者による短編集。ティーン向けに書いたと言うこともあり重くなく爽やか。幽霊の少女たちの未練には残してきた誰かへの思いやりを感じ、その純粋さが切なさを誘う。全部で4篇収録されさらっと読みやすい。桃香たちの魂は無事に成仏できるのでしょうか。
クリス・プリーストリー 『トンネルに消えた女の怖い話』(理論社)
列車で初めての一人旅に出かけたエドワード。少し寝てから目が覚めると、目の前には白いドレスを身にまとった青白い顔の女性が座っていた…。イギリスの作品で主人公のエドワードも、家事の隙があれば所構わず寝ている継母を「人間というよりネコに近い」と言い、視点がどこかシニカル。小学校高学年辺りにぴったり児童書だが大人も充分楽しめる。子供と感想の言い合いをしても◎。イラストは線が細く黒一色でエドワード・ゴーリーを彷彿とさせる少し不気味ながらも愛らしい雰囲気が漂う。
柴崎友香『かわうそ堀怪談見習い』(角川書店)
肩書きに「恋愛小説家」と書かれ、毎回恋愛ものの仕事ばかり来ていた小説家。次は怪談を書こうと発起し、中学時代住んでいたかわうそ堀に引っ越す。そこでよく怖い体験をしていた友人のたまみに取材をすることに…。作者は行定勲監督が映画化した「きょうのできごと」の原作者。日常にある不思議体験・非日常を感じられる。背筋がゾゾゾーッとする恐ろしさではなく、そこはかとなく漂うスゥッとする程よい怖さを楽しみたいひとへおすすめ。かなり短い印象の26篇が収録された短編集でどれもテンポ良く読める。
凪良ゆう『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)
うる波は結婚して2年目に最愛の夫・鹿野くんを交通事故で亡くす。お葬式を終え、泥のような眠りからふと目を覚ますと、そこには縁側で煙草をふかす、いつもと変わらない鹿野くんがいた。自分だけに見える幽霊の夫と暮らす日々。死んでいるのだから、間違いなく無情な状況…のはずだけれど、うる波にとっては“安らぎ”だった。そこへ友人たちが訪ねて来て…。ロボットが親友の少年や絶食男子などが出てくるオムニバス形式。“大衆に迎合しないものたちのしあわせについて”描けば右に出るものはいない凪良ゆうの愛の形。
②海にまつわる小説で涼を感じる
海が恋しくなる季節、夏。海水浴をしたり花火をあげたり、普段海と関わりがないひとも距離がぐっと近づきますね。夏は陸の空気が熱せられやすく、海から吹いてくる風は逆に涼しい…そんな海風を感じられるような、海にちなんだ小説を4冊選びました。
尾崎英子『くらげホテル』(角川書店)
下北沢で占い喫茶を経営している矢野多聞。過去に、屋台でたまたま出会いスカウトした占い師リリアと道端で再会する。夜の公園でリリアに占って貰い、異次元を探しにフィンランドへ…。海が直接出てくる訳ではないが、作中登場する海をユラユラ泳いでいるくらげが入った“くらげキャラメル”が気になる。フィンランドのホテル・メデューサに集まった日本人4人。謎の女性スミレとは…?!登場人物それぞれがしっかりとストーリーを背負っていて飽きずに引き込まれる。
森見 登美彦『ペンギン・ハイウェイ 』(角川文庫)
小学4年の夏、アオヤマくんはペンギンの大群が発生する謎を解明しようとする。ある日、顔なじみの歯科衛生士のお姉さんがコーラをペンギンに変えてしまう場面を目撃して…?!普通の住宅地に海氷で生息しているはずのペンギンがいる光景を思い浮かべると不思議と涼を感じてしまう。2018年にアニメ映画化もされている。
いしいしんじ『海と山のピアノ』(新潮文庫)
山で人が海水で溺れるという不可解な事件から半年後、とある町の浜辺にグランドピアノとその中で眠る少女ちなさが流れ着いた…。中学校の用務員さんに発見され、干物作りを生業にしているオカルばあさんと一緒に住むことに。町にピンチが訪れた時、ちなさは不思議な力を発揮する…。ファンタジーというより現代版日本昔ばなしと言った方がしっくりくる。静けさや怖さ、いのちを与えたり奪われたり…そんな水にちなんだストーリーが9編収録されている。
小路幸也『風とにわか雨と花』(キノブックス)
天水が9歳、姉の風花が12歳になった春にお父さんとお母さんは離婚。当時は、理由をはぐらかされていた…。ひと夏、父が暮らす浜辺の町で過ごすことになった姉弟。専業作家になりたいという自分の我儘で離婚することを選んだ父親。母親は、仕事に復帰してシングルマザーになるも、関係は良好で暗い雰囲気はない。そして、離婚後も距離感を保ちつつも関係は続いていく。これも新しい家族の形なのかもしれない。
③爽快感!マリンスポーツ小説
暑い夏に泳ぐと気持ちがいいですね。旅行も徐々に解禁されてきましたが、人が多い大型プールやビーチを思う存分楽しむのはまだちょっと気が引けるかも…そんな今夏にはエアコンの効いた涼しい部屋でマリンスポーツ小説を楽しむのはいかがですか。
森 絵都 『DIVE!! 上』 (角川文庫)
夏のオリンピック位でしかなかなか見る事のないマイナーな「飛び込み競技」。これに青春をすべて捧げる若者ダイバー3人のスポ根小説。コミック化アニメ化などメディアミックスが多方面にされている。競技時間わずか1.4秒。その一瞬にどれだけの情熱や努力が込められているのかを知ることができる。辞書のように分厚いのに、無垢な登場人物の成長する姿、目に浮かぶようなしっかりとした世界観に惹き込まれあっという間に読み進むことができる。キラキラした夏の青春ものを堪能したかったら間違いなくこの作品!
中村 航 『トリガール!』(角川文庫)
琵琶湖が舞台の夏の風物詩「鳥人間コンテスト」。工業大に一浪して入学したゆきなは、特にやりたい事もなく、先輩である高橋に一目惚れし誘われるまま人力飛行サークルへ入部。なんとパイロットに選ばれる!コンビを組むのは憧れの先輩ではなくヤンキーの先輩だった…。作者の母校がモデルとなっており、工学的な説明も分かりやすい。普段はスポットライトが当たらない機体を製作する裏方の活躍を知ることができ興味深い。爽やかな読後感を約束できる青春小説。
朽木祥『風の靴』(講談社文庫)
優秀な兄と比べられていた海生。中学受験に失敗、最愛の祖父まで亡くし、サイテイがサイアクになった。受験勉強のため乗るのを我慢していたディンギーという小舟のヨット。祖父の形見になってしまったそれに乗って家出という名の夏休みの大冒険へ。仲間の兄妹と愛犬ウィスカーと共に出航する!ひと夏の冒険を通して海生が成長したことは…。心地よい文章で魅せる美しい海の風景。遭難したり嵐にあったりなどの困難が待ち受けているという訳ではない。魅力的な人物だった祖父、そして軋轢があった父親との関係の変化が見所。男の子に是非読ませたい冒険小説。もちろん大人が読んでも楽しめる。
旭晴人『ドルフィン・デイズ!』(角川文庫)
プライドの高さ故、就職が決まらず大卒フリーターになってしまった蒼衣。大好きなダイビングに逃避していたら、父親から水族館のイルカトレーナーの仕事を紹介される。泳げるならと、難関を突破し無事採用されるも、相棒になったイルカのビビにはとある致命的な異変が…。尖っていた蒼衣がビビをサポートし心を通わせ、仕事仲間との関わりで成長していく熱い青春お仕事小説。恋愛要素もあり。見せ場のイルカショーは爽快感&感動!夏にぴったりの一冊。
④夜が舞台の小説で静かな時間を
今では熱帯夜の日も多いですが、昔は夏の陽が傾く頃から“夕涼み”をして涼を取っていました。朝、陽が上がり切るまでは夏でも比較的過ごしやすい時間帯です。お祭りなどイベントも多くドラマが生まれやすいのが夏の夜。そんな夜のエピソードがある小説を4冊ご紹介します。
恩田陸『夜のピクニック』(新潮文庫)
全校生徒で約80kmの道程を夜通し歩き続けるという北高の伝統行事。貴子は高校最後となるその「歩行祭」にとある賭けを胸に秘めのぞむ。気になる男の子と会話をするためだが、それはいわゆる恋愛という意味ではない。たまたま同じクラスにいる異母兄弟なのだ。貴子が3年間誰にも言えなかった事とは…。作者の母校の「歩く会」をモデルに書かれている長編小説。ただ並んで歩いているだけなのに、夜だと日中とは違う顔が覗く。一夜の内に様々な青春が生まれていく…。本屋大賞受賞。
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(角川文庫)
貧しく孤独な少年ジョバンニ。母親は病に臥せっているため、仕事に明け暮れている。父親は帰ってこない。気がつくと親友のカムパネルラと一緒に銀河鉄道に乗って美しい夜空の旅に出ていた…。車両に乗り込んでくる客との会話、車窓から見える夜空を翔ける白鳥座、燃え続けている蠍座の火。ジョバンニが思わずつぶやく“ほんとうのさいわいとはなんだろう”。そしてその旅の行き先は…。どこまでも透明で澄んだ夜空がきらめく。昔読んだきりの大人にも是非また読んでほしい。永遠の未完の傑作。
恒川光太郎『夜市』(角川ホラー文庫)
妖怪たちが様々な不思議なものを売る「夜市」。どんなものでも手に入れることができるこの場所で、裕司は“野球の才能”を買うのと引き換えに、自分の弟を売ったのだった。野球部のエースになれたけれど、罪悪感に苛まれる裕司は弟を取り戻すため、またあの夜市に足を踏み入れる…。ホラーとして紹介されるが、どこか懐かしくそして新しい妖怪ファンタジーの様な作品なので怖いのが苦手なひとにも◎。欲望と引き換えに大切なものを手放していませんかと問いかけられているよう。
乙一『夏と花火と私の死体』(集英社)
「ZOO」や「GOTH」などミステリで有名な乙一の執筆時16歳、鮮烈なデビュー作品。物語の語り手は友達・弥生に些細な嫉妬から木から落とされ、すでに死体となった9歳の少女・五月と言う斬新な切り口。弥生とその兄・健の4日間に渡るわたしの死体隠しについてが書かれている。見つかりそうで見つからない様なエンタメ要素もあり、語り手の五月が素直な子故に、怖すぎないのでホラーが苦手なひとにもおすすめできる。
⑤冷たいスイーツにちなんだ小説
夏だけのお楽しみの一つといえば、冷たいかき氷などの冷んやりスイーツ!特にかき氷はブームでただシロップをかけるだけでなく、氷にこだわったり蜜を手作りし、趣向を凝らしたお店も増えていますね。実際に食べるわけではないけれど、読んでいるだけで少し冷んやりした気持ちになれる…そんな作品を集めてみました。
よしもとばなな『海のふた』(中公文庫)
「TUGUMI」と同じ西伊豆の浜辺の町が舞台。都会から戻り、生まれ育った故郷でこだわりのかき氷屋を開くまり。そして、最愛の祖母を亡くし心に傷を負ったはじめ。全く違う2人が心を通わしていくひと夏が描かれている。自分にとって譲れない大切なことって何だろう?人生でふと迷う時に、きっと原点に戻るヒントをくれる作品。2015年に映画化もされている。
佐久そるん『氷と蜜』(小学館文庫)
第1回日本おいしい小説大賞の最終候補。夏のハイシーズンに入る前、日本各地のかき氷屋が氷の神様を祀る奈良の氷室神社へ集結すると言う。その名もひむろかざはな祭。かき氷が好きな陶子だったがその祭りに共に参加した母が倒れてしまう…。かき氷好き仲間・通称ゴーラーたちとかき氷コンテスト出場を目指したりする爽やかな青春小説。奈良や大阪が舞台で詳細な地名が出てくる。読み終わる頃には、きっと誰かと一緒にかき氷を食べに行きたくなるはず。
片岡義男『アイスクリーム・ソーダ』(株式会社ボイジャー)
夏のひときわ暑い日、小説家の北荻夏彦は駅前のカフェを出たところで漫画家の美しい女性・高梨三枝子に話しかけられる。作家同士の二人、今日の出会いから自販機で売っていたチェリオのメロン・ソーダでアイスクリーム・ソーダを作るまでで一つの短編が出来ないかと言う話で盛り上がる…。あっと言う間に読み終えることができる超短編。
江國香織『すいかの匂い』(新潮文庫)
夏といえば、かき氷やアイスだけじゃない。冷やしたすいかも楽しみのデザートですね。そんなすいかにちなんだ表題を含めた、11人の少女たちの短編集。大人になってから、まだ未熟な子供だった頃の夏の出来事を回想していく…。軽快で読みやすい文章が、暑い夏の日陰の少しじめっとした空気を浮かび上がらせていく。きっと誰もが忘れてしまっているようなもどかしい子供の頃の記憶を呼び覚ましてくれるはず。
夏といえば怖い話。気になるけれど、夜トイレに行けなくなるほど怖すぎる作品は読むのを躊躇ってしまうひとも多いのではないでしょうか。幽霊が出てくるけれど切ない作品やほどほどに怖い作品で、涼を取りましょう。