日常を忘れて本の世界に浸る、時にはそんな贅沢を
PART1:やめられない!続きが気になるミステリー
米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋)
新藤卓広『秘密結社にご注意を』(宝島社)
ひょんなことから再就職した会社は、なんと秘密結社!!次々命じられる何の意味があるのかも分からない仕事が、実は全てある事件に繋がる業務だった……。この物語は複数の登場人物の目を通して視点が切り替わり、同時進行でいくつもの話が進んでいきます。場面転換が多く、並行して進行していくそれぞれの物語を追うにはちょっと集中力が必要かもしれません。だからこそ、集中してイッキ読みしたい!途中でやめたくない!と思うのです。それぞれの物語の繋がりが見え始めたら、そこからが真骨頂!すべてのピースがあるべき場所に向けて動き始め、すごいスピードでピタリピタリとはまっていきます。うーん、爽快!!伏線がきれいに回収されて、晴々とした読後感を味わえます。
若竹七海『依頼人は死んだ』(文藝春秋)
主人公はフリーでトラブル解決を請け負う女探偵・葉村晶。真実を追求することにまっすぐでひたむきな彼女は、時に依頼の枠を超えて何でも屋のような仕事まで引き受けてしまいます。『健康診断を受けてもいない病院からガンを知らせる通知が届いた』『婚約者の自殺の理由が分からない』、そんな掴み所がない謎にも真剣に立ち向かう葉村探偵の姿に、こちらも事件に引き込まれてしまいます。そうしてすっかり事件にのめり込んだ末に訪れる結末は、決して楽しいものばかりではありません。葉村と共に落ち込み、しばしやるせない思いに苛まれることも。それでも、ああ続きが読みたい!と思うのです。なぜならそこには、毅然と顔を上げて新しい事件に向き合う葉村晶がいるのですから。
PART2:こころゆくまで!傑作長編ミステリー
宮部みゆき『ソロモンの偽証』(新潮社)
ハードカバーで3冊、文庫版では6冊のボリュームです。物語はクリスマスイブ、一人の中学生の転落死で幕を開けます。一度は自殺と思われたこの事件ですが、校長・担任・学級委員長の元に差出人不明の告発状が届くのです。彼の死は自殺ではなく、同級生に殺されたのだと……。さらに過剰報道により学校・保護者の間で緊張が高まり、犯人探しが公然と行われる事態に発展します。そんな混乱を極めた学校生活に不安を募らせた学生達が起こした行動、それは『学校内裁判』。召喚される証人、隠された証拠、そして偽証。学生達の手で明らかにされる事件の全貌とは……!
辻村深月『名前探しの放課後』(講談社)
『3ヶ月後の未来、自殺したのは誰だったのか』。町の風景にふと違和感を感じた主人公・いつか。いつかは自分は過去に戻されたのではないかと感じはじめます。なぜなら“3ヶ月後の記憶”があったから……。それは1人のクラスメイトが自殺をする“未来”の記憶です。ただ、その記憶からは肝心な部分が抜け落ちていました。そう、『自殺したのは誰なのか』。3ヶ月後に起こる自殺を止めるため、いつかと仲間達による必死の捜索が始まります。ミステリーとしてはもちろん、この物語は高校生の成長物語でもあります。日常の風景や仲間同士の会話がとても生き生きと描かれ、数々の個性的な登場人物の魅力と相まって読むだけで心地よく、気がつけばあっという間に時間がすぎていることでしょう。
貴志祐介『新世界より』(講談社)
舞台は千年後の日本。自然に囲まれた集落で子ども達は学校に通い、そこで『呪術』を学んでいます。千年後の日本では、『呪力』を手に入れないまま大人になることは許されません。一見のどかに見える学校生活ですが、実は子ども達は徹底的に管理されています。そうとは知らない無邪気な子ども達と、囁かれる数々の都市伝説。やがて子ども達も、都市伝説と無縁ではいられなくなり……。緻密な舞台設定と作り込まれたストーリー、一貫した世界観がリアルで、本を通して実際の千年後の日本を見ているのではないかと空恐ろしくなってしまうほど。衝撃の作品です。
PART3:いざ、異世界へ!時空を越えるファンタジー
恒川光太郎『夜市』(角川グループパブリッシング)
手に入らないものはない不思議な市場『夜市』。かつて幼い頃夜市に迷い込んだ主人公は、「野球選手の才能」を手に入れる変わりに弟を売ってしまいます。弟がもともと存在していなかったことになってしまった世界で野球部のエースに成長した主人公でしたが、やがて再び夜市を訪れる決心をします。そう、弟を買い戻すために……。角川ホラー文庫から刊行されてはいるのですが、ホラーというよりもむしろ童話やファンタジーのような作品です。平易な言葉・シンプルな文章を用いながら、それなのにその世界観はこの上なく幻想的で神秘的!まるで自分も『夜市』に行って帰ってきた様な、浮遊感のある読後感から醒めるのが惜しくもありました。
多崎礼『煌夜祭』(中央公論新社)
冬至の夜に語り部が集まり夜通し語り合う『煌夜祭』。それは魔物を鎮めるための儀式です。物語が続く限り、魔物が人を喰らうことはないのです。ひとつ、またひとつと語られる物語は時に悲しく、恐ろしく、美しく、重なる毎に共鳴し合い輝きを増していきます。そして夜の帳が上がる頃、私たちは大きなひとつの真実を知るのです。ああ!これまで語られて来たのは、大きな一つの壮大な物語だったのか。胸に静かな感動が満ちるラストまで、どうぞひと息でお楽しみください。一夜限りの煌夜祭のはじまりです。
小谷田奈月『星の民のクリスマス』(新潮社)
主人公は、気弱な小説家。クリスマスイブの夜、最愛の娘が行方不明になってしまいます。娘を探すうちに奇妙な街に迷い込んだ小説家は気がつきます。ここは、自分が書いた物語の世界なのではないか、と。6年前、娘へのクリスマスプレゼントに小説家は自分で書いた童話を贈りました。ここはどうも、その童話の中の世界のようなのです。童話の世界で娘を探す小説家、大好きな本の世界で物語の中の父と仲良く暮らす娘……。さあ、小説家は無事娘を現実世界に連れ戻すことができるのでしょうか?現実と物語の境界が曖昧になるような、何が本当で何が作り物か不安になるような、心揺さぶられる作品です。
PART4:覚悟を決めて…。心の深淵を覗くような物語
真梨幸子『みんな邪魔』(幻冬社)
昔の少女漫画のファンクラブ幹部6人が集う「青い6人会」。ミレーユ、エミリー、シルビアと、お互いをハンドルネームで呼び合う奇妙な集まりは、団結しているように見えて内状はドロドロと複雑です。そんな6人会の中で起こった事件は、なんと連続殺人事件。疑いが疑いを呼び、オバサン達が抱えている闇が溢れ出す。まともな人はひとりも居ない!それでもなんだかこんな人、居ないとは言い切れない……。なんともいえない薄気味悪さがクセになる、怖いもの見たさここに極まれりな1冊です。
湊かなえ『カケラ』(集英社)
美容クリニックの医師である橘久乃は、小学校時代の幼なじみの娘が自殺したことを別の幼なじみから知らされます。明るく運動もできたというその少女が、なぜ自分の部屋で亡くならなくてはならなかったのか。しかも、ばらまかれたドーナツに囲まれて……。人の心の闇を描き出し読者をゾッとさせ続ける小説家、湊かなえさん。今作では「美容整形」をテーマに、外見にまつわる固定観念に対する疑問を呈し、人にとっての幸せとは何かを問いかけます。
早見和真『イノセント・デイズ』(新潮社)
元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪で死刑を宣告された田中幸乃。そんな彼女につけれたあだなは『整形シンデレラ』。幸乃が死刑囚になるまでが、子ども時代から大人になるまで、幸乃の周囲にいた人々の視点で語られます。読めば読むほど定まらなくなる幸乃の人物像に、なぜ?なぜ?なぜ?といくつもの疑問符が浮かび、消えずに残ります。幸乃が犯した最大の罪はいったい何だったのか……。読み終えた後も「なぜ?」が心から離れません。
PART5:応援しよう!見届けよう!手に汗握るスポーツ小説
瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』(新潮社)
この本の題材は、駅伝!駅伝って、どうしてあんなにもドラマチックなのでしょう。長く孤独な戦いでありながら、同時にたすきを繋ぐチームプレーでもあり。各走者がそれぞれ個人としてチームのために最大限輝こうとする姿に、私たちは感動するのかもしれません。今作は駅伝ではちょっと珍しい、中学生の部活のお話です。ギリギリ6人、駅伝に出られる最小人数の駅伝部と顧問である美術教師の、県大会を目指す成長物語。まさに青春!まさに駅伝!出てくる人誰もが素敵で清々しく、読後感爽やかな1冊です。
朝井リョウ『チア男子!』(集英社)
柔道一筋で育ってきた道場の息子晴希が怪我をきっかけに転向したのは、なんとチアリーディング!幼なじみの一馬と一緒に男子チアリーディング部を立ち上げると、次から次へと集まって来たのは個性派男子達。最初はチグハグだったメンバーがいつしか一つにまとまって前に進む姿に、ただただ拳を握り、時間を忘れて応援してしまうこと請け合いです。チアリーディングの華やかな舞台が目に浮かぶような描写力豊かな文章も素晴らしく、軽いタッチでサラッと読みやすいと思ったら後からじわじわ染みてくるような独特の味わいも。とにかくメンバーみんなが可愛くて愛おしくて、読み終わった後も続きが気になる、そんな作品です。
近藤史恵『サクリファイス』(新潮社)
自転車ロードレースを知っていますか?自転車ロードレースを題材にしたアニメで知ったという人もいらっしゃるかもしれません。『サクリファイス』は、プロのロードレースチームを舞台に繰り広げられる人間ドラマを描いた作品です。個人を犠牲にしてでもエースにつくすアシスト、チーム全員の期待を背負うエースの孤独な駆け引き……。自転車レースのことを全く知らずに読み始めても、そのドラマにすぐに引き込まれることでしょう。ぐいぐい読ませる近藤史恵さんの巧みな文章と求心力の途切れない物語に、読み終えるまで本を置きたくないと思わせる1冊です。
無人化した村を再建させる、市長肝煎のIターンプロジェクト「蘇り課」。新しく住民を迎えてはみるものの、次から次へと起こる小さな事件。ささいな違和感の積み重ねが不安を煽り、蘇り課にもその周辺にも不信感が漂い始めます。過疎を極めた村の閉塞感、狭い人間関係の独特の濃さ。その場の重い空気さえも感じるような臨場感ある描写に、読者はいつしか物語の舞台に迷い込むことでしょう。終盤物語が大きく動き、それまでささいな事件と思われていた伏線の回収が始まります。そして物語は驚きの結末へ……!