大人になった今、改めて読みたい純文学
そもそも純文学とは?
文学作品は純文学と大衆文学に大きく二分されます。
純文学:芸術としての文学、つまり作品としての美しさが重視されている作品
大衆文学:ストーリーの面白さやエンターテイメント性に重きが置かれている作品
と、純文学は大衆文学に対して、文章が洗練されていることはもちろん、作品が表現している世界にも美しさが求められるというのが特徴です。
芥川賞と直木賞
また、日本では、
芥川賞:芸術性を追求した純文学
直木賞:エンターテインメントを追求した大衆文学
が受賞の対象というのも大きな違いとして挙げられます。どちらも、1935年に文藝春秋社の社長であった菊池寛が創設した文学賞で、毎年2回受賞作品が選ばれるので有名ですね。
美しい純愛が描かれた物語
純文学は、エンターテイメント性よりも芸術性が重要視されているため「面白くないんじゃない?」と最初は思うかもしれません。
しかし、人間の心理について深く描かれているからこそ、読者の心を強く捉え、時代を超えて長く愛されるという側面もあります。
純文学の中でも読み進めやすいのが、恋愛がテーマになった作品。以下では、「純愛」をテーマに筆者おすすめの5冊を紹介しています。いずれも映画化やドラマ化されているので、読みやすいものばかり。
「純愛」以外にも、数回のシリーズに分けて、純文学に親しめるように本を取り上げていきますので、ぜひご覧くださいね♪
風立ちぬ(堀 辰雄)
1904(明治37)年、東京生まれ。明治から昭和にかけて活躍した小説家です。婚約者を結核で亡くしただけでなく、自身も結核を患っており48歳で亡くなっています。
一冊目にご紹介するのが、宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』のモチーフになった小説として話題となった作品。堀辰雄自身の、結核に侵された婚約者と過ごした日々を元にしたお話です。
また『風立ちぬ』ほど有名ではないものの、より気軽に読めるのが新潮文庫で同時収録の『美しい村』。堀辰雄と婚約者が軽井沢で出会ったときのことを元にしたお話です。
作中で描かれている、お互いを意識し始めたときのドキドキ感や恋が始まっていく様子は、誰もが共感できるのではないでしょうか。
そのうち彼女が急に顔を上げて、私をじっと見つめたかと思うと、それを再び伏せながら、いくらか上ずったような中音で言った。「私、なんだか急に生きたくなったのね……」
それから彼女は聞えるか聞えない位の小声で言い足した。「あなたのお蔭で……」
野菊の墓(伊藤左千夫)
1864(元治元)年、千葉県生まれ。小説家であると共に歌人でもあり、正岡子規に師事しました。
松田聖子さん主演で映画化されたことでも有名になりました。
夏目漱石が「自然で、淡白で、可哀想で、美しくて、野趣があって結構です。あんな小説なら何百篇よんでもよろしい」と絶賛したことでも知られています。
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。
伊豆の踊子(川端康成)
1899(明治32)年、大阪生まれ。ノーベル文学賞を受賞し、その作品の美しさは世界から認められています。
主人公の学生「私」は、伊豆への旅の道中で出会った踊子の少女に淡い恋心を抱きます。
一方、踊子は無邪気で、まだ男女の恋愛については経験が無い様子。しかし、次第に「私」に惹かれていき、不器用ながらも「私」を想い健気にふるまいます。
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」
この物言いは単純で明けっ放しな響きを持っていた。感情の傾きをぽいと幼く投げ出して見せた声だった。私自身にも自分をいい人だと素直に感じることが出来た。
潮騒(三島由紀夫)
1925(大正14)年、東京生まれ。ノーベル文学賞候補になるなど海外においても広く認められた作家です。
四冊目にご紹介するのが、『潮騒』。たくさんの作品を世に生み出した三島作品の中でも、特に読みやすい傑作です。
「初江!」
と若者が叫んだ。
「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」
少女は息せいてはいるが、清らかな弾んだ声で言った。裸の若者は躊躇しなかった。爪先に弾みをつけて、彼の炎に映えた体は、火の中へまっしぐらに飛び込んだ。
春琴抄(谷崎潤一郎)
1886(明治19)年、東京生まれ。三島由紀夫など他の小説家からは「大谷崎」と呼ばれ、尊敬されるほどでした。
俗な表現をすると春琴はいわゆる「ツンデレ」ですが、終始「ツン」が続き「デレ」は作中ではほとんどありません。
しかし佐助の凄まじいまでの愛は、時代を超えて読者の心を惹きつけるものがあります。
よくも決心してくれました嬉しゅう思うぞえ、私は誰の恨みを受けて此のような目に遭うたのか知れぬがほんとうの心を打ち明けるなら今の姿を外の人には見られてもお前にだけは見られとうないそれをようこそ察してくれました。
なお、純愛というわけではありませんが、面白く読めるのが同筆者の『痴人の愛』で、こちらもおすすめ。
主人公は真面目な会社員。
少女であるナオミを手元に引き取って自分の理想の女性へ育てよう、とまるで源氏物語の光源氏と若紫のようなきっかけから物語は始まります。
しかし、そうはうまくいかず…ナオミに翻弄される主人公には思わず笑ってしまうほど。
「じゃあ分ったね? これから決して熊谷やなんかと遊びはしないね?」
「うん」
「きっとだろうね? 約束するね?」
「うん」
純文学を手に取ってみませんか?
まずは、身近に感じやすい純愛の物語から手に取ってみてはいかがでしょうか。
国語の教科書に載っていたり、読書感想文のために読んだりした純文学。学生の頃は面白さを感じることはあまり無かったかもしれません。しかし、大人になって色々な人生経験を積んだ後に読んでみると、驚くほど共感できる部分がある作品も多いのです。