小説の世界に浸りたい夜に
異国の誰かの日常に想いを馳せる
停電の夜に/ジュンパ・ラヒリ
時代に翻弄された女流作家の人生
ナニカアル/桐野夏生
「放浪記」で知られる作家、林芙美子の波乱万丈の生涯を本人が内密に書き残した手記という設定で描いたフィクション。第2次世界大戦下で紅一点で従軍取材をし、男性と渡り合い魂を燃やす仕事をしながら、恋もし、自由も求めた芙美子。そして、クライマックスに向かうに従って明らかになる出生不明の養子の謎。多大な資料を独自に紐解きながら書いた本作は、フィクションでありながら真に迫るリアリティがあり、人間の本性までもむき出しに見せる大胆さがある...。読みながら何度も感情を揺さぶられてしまう桐野作品の中でもおすすめの1冊です。
滋味深く優しい大人の恋の話
センセイの鞄/川上弘美
駅前の居酒屋で偶然再会した40歳を目前に迎えるツキ子と30歳年上の高校の恩師。以来始まった「センセイ」と「ツキ子さん」の微妙な距離感の関係。一緒にお酒をのみ、花見をし、キノコ狩りにも出かける。慎ましく優しいデートが微笑ましい。少しドキドキして、温かくて、切なくて... 淡い感情表現が胸に染み入ります。読めば読むほど滋味深い大人の恋愛小説。
「アート」が語るミステリー
楽園のカンヴァス/原田マハ
アンリ・ルソーの名作「夢」を巡るミステリー。ニューヨーク近代美術館のキュレーターと日本のルソー研究者、2人の男女の元に、ある富豪から真贋鑑定依頼が届く。手がかりは1枚の絵と謎の古書のみ。2人は果たして真実に迫れるのか...?ミステリーとしての面白さはもちろん、ルソーとピカソの関係など、画家たちの人物像に迫りながら、ルソー作品について語る作者の知識の深さに驚かされます。「アート」×「ミステリー」の極上の組み合わせ。一気に読了してしまうほどの面白さです。
どこまでも続くラビリンス
城/フランツ・カフカ
カフカの未完の長編小説「城」。主人公はある城の伯爵に雇われた測量士K。雪深い村に辿り着き、城を目指すが一向にたどり着かない。村の人々は行く手を阻み、非効率で官僚的なシステムでKを翻弄する。読んでいるうちにKと共に深い迷宮に入ってしまったような錯覚を与える本書は、果てしなく続く夢のよう。読書すること自体をじっくり楽しみたいという方におすすめです。
「きもの」への愛から見える女性の生き様
きもの/幸田文
明治の終わりから大正期を生きた女性の半生を描いた小説。主人公のるつ子は幼い頃から着物に相当な執着を持ち、着心地にはかなりのこだわり様。賢い祖母に助けられ、着ることを通じて、礼儀や作法、人付き合いからものの考え方まで学んで行く。気持ちよく着ること、似合うものを着ること、場面にふさわしい着方をすること...着物がこれほどまでに意味深く、多様で、文化的な豊かさを感じさせてくれるものなのかと驚きを感じます。幸田文の知的で潔い人生観が伝わってくる本作に、現代に生きる女性も大いに共感するところがあるはず。本質を見失いがちな時に読み返したくなる1冊です。
映画が描く誰かの人生。非日常に浸りたい夜に
悩み苦しみ戦う女たち
サンドラの週末
飲食店で働く夫と小さな子ども2人と暮らすサンドラ。体調不良による休職からようやく復帰できることになった金曜日、職場に戻ると、上司からは思わぬ「リストラ宣言」。理由は社員にボーナスを支給するためには1人解雇しなければならないから。サンドラが解雇を免れる条件は、ただ1つ。週明けの月曜日に社員の過半数にボーナスを諦めさせること。サンドラは同僚たちを訪ね、必死に交渉するが、彼らも生活がかかっている。時に失望、時に希望を浮かべるサンドラの表情に、思わず自分が彼女だったら、または同僚だったらどうするのかと当事者になった気分に。弱者たちに焦点を当て、鋭い目線で社会の問題点を表出するダルデンヌ兄弟の傑作です。
ブルージャスミン
ニューヨークでセレブ生活を送っていたジャスミンが一転、夫も財産も失い、サンフランシスコで暮らす妹の元へ。生活を変え、仕事を探さなければならないのに、昔の暮らし方が忘れられず、神経をすり減らし、嘘までも重ねてしまう。ジャスミンに心の平安や幸せは訪れるのか...ウディ・アレンらしい一筋縄では行かないどこか可笑しみと人間味溢れる人物描写がたくみ。ジャスミン役のケイト・ブランシェットの体当たりの演技も必見です。
深くて壮大な家族のストーリー
6才のボクが、大人になるまで。
「ビフォア...」シリーズで知られるリチャード・リンクエイターが12年かけて撮った家族の物語。12年もの歳月の中で、4人の役者が歳をとり、次第に容姿が変わりながら家族を演じる姿が実にリアルです。映画を見ているうちに、いつしか家族の物語を追体験しているような感覚すら持ってしまう。涙なしでは見られない感動作です。
ツリーオブライフ
ブラッド・ピッドが演じるのはテキサス中流家庭の厳格な父。そしてその成人した息子を演じるのがショーン・ペン。舞台は自然豊かな景色の中で淡々と流れる家族の話。親子の葛藤はあるものの、2大スターが出演していながら、ドラマティックな出来事はほぼ起こりません。しかし、すばらしい映像美とエモーショナルな音楽、そして挿入される生命や宇宙のイメージに家族の話が綿々とつらなり、壮大な世界観を感じさせます。ここでは、ストーリーよりも映像を大いに楽しみ、想像を広げて楽しんでいただきたい。理屈や理解を超えた映画体験に圧倒される巨匠テレンス・マリックの力作です。
人生は旅に似ている⁉︎
ローマでアモーレ
イタリアの古都、ローマを舞台に個性豊かな人物たちの人生が交錯するロマンティックなラブコメディ。豪華キャストが見せる表情豊かな演技やウィットに富んだユーモア、そしてどこを切り取っても絵になるローマに感服。イタリア人を気取って、ワイン片手に美味しいおつまみをつまみながらリラックスして映画を楽しみましょう。
ブロークンフラワーズ
元プレイボーイの主人公ドンの元に、ある日届いた差出人不明の手紙。手紙には息子の存在をほのめかす言葉が...そんなこんなで息子探しを目的に、過去の女性たちを訪ねまわるロードムービー。人生折り返し地点を過ぎたどこか情けない表情の主人公にはビル・マーレー。対して、登場する過去の女性たちは、実に個性豊かで華やか。淡々と続くドライブも肩の力が抜けていて程よい加減。そして、映画の最中に流れるエチオピアンジャズがまたいい味を出しているんです。ジム・ジャームッシュの音楽センスをたっぷり堪能できる作品です。
純粋で切ないラブストーリー
her/世界でひとつの彼女
手紙の代筆を生業とするセオドアは妻と離婚協議中で寂しさを抱えている。ある日新型のAI(人工知能)搭載の OS
を起動させると、そこに現れたのは魅力的な声。彼女はサマンサ。セクシーでユーモアがあって優しくて、まさに理想の女性。だけど感じられるのは「声」だけ。次第にサマンサに心惹かれていくセオドア。人間とAI、ありえない恋の行方がどう進行していくのか目が離せません。最近「ジョーカー」でも怪演を見せたホアキン・フェニックス。演技派俳優が時折見せる切ない表情に惹きつけられます。
スウィート・ノーベンバー
キアヌ・リーヴス&シャリーズ・セロンの競演で送る大人のラブストーリー。仕事しか頭にない利己的な人間、ネルソンに、「11月だけの恋人」にならないかと唐突な提案するミステリアスな女性、サラ。気まぐれにも思える関係の始まりから、やがて心が動き、2人の関係は変わっていく。紅葉する秋の景色に2人の美しい男女の姿とエンヤの音楽が印象的。静かな夜に似合う素敵な恋愛映画です。
ピュリッツァー賞を受賞した女性作家、ジュンパ・ラヒリの処女作。毎夜1時間の停電の時間に、心が離れていた夫婦が互いの秘め事を少しずつ打ち明け合う短編「停電の夜に」を含む9編の珠玉の短編集。インド系アメリカ人というアイデンティを持つ作者が表現する人々は、どこか切なく愛おしく、人間関係は微妙に不安定で生々しい。心に染み入る美しい文体も素晴らしい名著です。