全国から注文が殺到する町の本屋さん「いわた書店」
例に漏れず、町の小さな「本屋さん」も、いつの間にか見かけることが少なくなった。“抜群の品揃えを誇る”大型書店や、欲しい本がすぐ手に入るネットショップが増えて個人商店の需要が減る中、「あるサービス」で全国から注文が殺到している「町の本屋さん」があるという。
札幌駅から電車で約一時間ほどの距離にある砂川(すながわ)駅。札幌市と旭川市を結ぶ国道12号を越えると、「いわた」の文字と「本」と書かれた懐かしい立て看板が見えてきた。
季節ごとに変わる店頭のディスプレイ。この日はハロウィンのカボチャで賑やかに飾られていた
現在約500人待ちの「一万円選書」とは
そういって、レジ裏から包装紙を何枚か取り出したのは店主の岩田徹さん。それぞれジャンルの違う本を束ねると、慣れた手つきで梱包していく。
いわた書店が全国から注目を集めるようになった理由は、「一万円選書」という独自のサービスにあった。年齢・家族構成・読書歴など、人となりがわかるような簡単なアンケートに答えると、一万円分でその人に合ったおすすめの本を岩田さん自らが選んでくれるというものだ。
「日曜日の深夜なんて、誰も見ないだろう」そう考えていた岩田さんだったが、翌朝パソコンを立ち上げると、番組を見た全国の人から、すでに200通を越える数のメールが届いていたのだ。
「一万円選書」はその日の検索急上昇ワードにも上がり、各方面の媒体から次々と取材のオファーが入る。
「なかなか理解してもらうのも大変でね。ただの通販じゃないっていうのをわかってもらいたいのと、本を読みたい人はたくさんいるよっていう話もこっちはしたいわけですよ。右から左にジャンジャンできるものじゃないから、ブレイクしちゃったあとはとにかくどういう風に交通整理していいかを考えるのが大変でした。一昨年は、番組放送後に受けた分を半年で何とかしようと思って、結局一年掛かったんですね。一年待ってもらっている間に、お客さんも読んだ本が増えているだろうから『この一年で何読みました? 』ってやりとりを一からして。それがすごい大変だったの。そこからは年に数回の抽選方式にして、ご縁のあった方にだけ、70人ずつくらいで受けましょうって変えたんです。逆に都会じゃなく、これくらい適度に来づらい田舎でよかったなあと思って。お客さん殺到したら無理だもん、僕。フフフ(笑)」
始めた当初は月に数人というペースだったが、今や500人以上が岩田さんの選書を待っている。「本が読まれない」といわれるこの時代に、こんなにも人々を魅了する一万円選書の魅力はどんなところにあるのか。
本のチョイスから梱包まで、心の通ったやり取り
選書前に送るアンケートは、A4のコピー用紙3枚分。アンケートのフリースペースではおさまりきらず、欄外や別紙を用意してボリューミーに記入する人も少なくない
「スタッフには、申し込みや受付、アンケートをプリントアウトするところまでやってもらって、選書から梱包までは僕一人でやっています。ちょうど病院でお医者さんの前にカルテが出されるような感じ」
岩田さんがすこしはにかんで笑った。
「これくらいバラエティに富んだ内容にすることもできるし、普段買わないような詩の本を入れたりしてね。たとえば『コレ良い本だ! 』っていって並べられてても買わないでしょう、なかなか。でも良い本なんですよ。こんなふうにいろんなジャンルを入れると、本の世界も面白いよっていう入門編にはなりますよね。向田邦子*1の本なんかを読んでもらいたいんだけど、今はほとんど読まれてないから、どうしようかなーって思ってね。若い人向けに、太田(光)くんが書いた向田邦子の本*2を選びました。こんなに面白いよーってことがわかる。これすごい分かりやすくていいんですよ」
*2 太田光『向田邦子の陽差し』文藝春秋,2011,272p
「こんなのをさあ、貼ってあげるとお客さんに喜ばれる。自分で貼るのは大変だから郵便局に持っていくと貼ってくれるんですよ。『切手喜ばれてるんですよぉ~』っていうとね、仕方ないなーって顔してやってくれる(笑)」
そういうと、「ここらへんもね、たぶん、ネットショップにはできないこと」と顔を上げてニヤリ。
一万円選書は送料込。3キロ以下であれば、日本中どこでも610円で郵送できるのだそう。なるべくいろいろな種類の本を入れたいので、一つが軽い文庫本が中心になることが多いという
オリジナルブックカバーのデザインは、雑誌『暮しの手帖』から引用したもの。暮しの手帖社に電話で使用許可を求めたところ、二つ返事で快諾してくれたという。それから50年間、いわた書店の顔となっている。ちなみに書店のロゴは岩田さんの父が作ったもので、「本の中になにがある 字がある 字の中になにがあるか 宇宙がある」というオリジナルの言葉が書かれている
「日本人は今あんまり幸せじゃないみたいで。でも最後ね。たとえば野球でいえば自分の人生の最終回の表裏、サッカーでいえばアディショナルタイムなんかに、結局は帳尻が合うっていうかさ、そこで幸せだったらいいわけでさ。そのために我慢して我慢してっていうのもちょっとアレなんだけど。根本はさ、人生って楽しいはずだよね。幸せになるために生まれてきたのに、仕方なしに苦しんでるっていうのはよくないなあって思う。これだけこう、世界の中でも恵まれた国なんだから、なにかできるはずだよねって」
たった一冊の本で気持ちが突き動かされたり、人生が変わることだってある。岩田さんはずっと、なにかできる、本で人を幸せにすることができるはずだと信じて、今まで読者と本を繋げてきたのだ。
店には「売れる本」ではなく「売りたい本」を置く
店頭に面陳列された児童用学習雑誌。昔はどこの書店の店頭でも見掛けた風景だが、少子化によりこうした雑誌の休刊が後を絶たない
一万円選書がブレイクし読書の時間が減ったという岩田さんだが、今でも年間で約160冊は本を読むという。小学4年生のときは、『小四教育技術』という教員用の雑誌を読み、担任の授業を退屈だというような小生意気な子どもだった、と笑う。今も昔も、わからないことはすべて本が教えてくれた。そんな生粋の本好きの岩田少年も大人になり、札幌の商社に数年勤めたのち、実家に戻り家業を手伝うこととなった。当時は書店業界の景気もよく、置けば本が売れた時代だったという。ピーク時には、立ち読みの学生で店の奥まで進むのが大変なくらいだった。
「今となったら立ち読みする人がいてくれた方がまだいいよね(笑)。人通りのない寂しい町になっちゃったから」
炭鉱の町が近くかつては栄えていた砂川だったが、平成に入ってから人口減少とともに以前の活気もなくなった。90年代後半には、レンタルショップや郊外店が増え始め、小さな書店が次々と廃業に追い込まれ、友人の書店も閉店していった。がむしゃらに走り続けた岩田さんは疲労がたまり、ついに入退院を繰り返すようになった。
身体を壊して、家族や周りの人間に助けられたという岩田さん。それからは「売れる本」ではなく「自分が本当に売りたい本」にさらに重点を置き、売り方を変えていった。大型店と同じことをしても仕方がない。一万円選書以前にも、一人でも多くの本を読んでもらうために様々な企画や施策を試みた。
「講演会活動みたいのもやってたんですよ。なかなかすごい人たちに来てもらってね。ただ、お客さんの数が集まらなくて。講演を聞いても『なんだ、テレビと一緒じゃないか』という感じで、そのときに聞いたことの衝撃が薄れていくんですね。大勢を集めて何かを伝えるっていうことに限界を感じて、10年ほどでやめたんです。そのころに一万円選書を始めるんだけど、その人の人生はひとつしかないし、“その他大勢”じゃなく、一度話を聞いてたった一人のために本を選ぶっていう作業が面白いなと思ったんです。思った以上に本が読まれていないことや、それと同じくらい、選書が喜ばれることだっていうのもわかったしね」
本当に良いと思える本と読者を繋ぎたい――本好きの店主のひたむきな想いが、やっと報われた瞬間だった。
「優秀な人材も、この業界からどんどんいなくなっちゃって。給料は安いのね、仕方ないの儲かんないから。でも安いけど面白い仕事だよっていうことを言いたいんですよ。だから、カルテの質問にも書いてるんです。『これだけはしないと心に決めていることはありますか? 』って。仕事でもなんでも、『これだけはしたくない』っていうことを実際にしていたらつまんないよね。人生短いんだから、それだったら何とかして、楽しく生きていくようにしたほうがいいよね。その質問を通して、あなたが本当にしたいことって何?っていうことを聞きたいんです。家庭を顧みずってよくいうんだけど、それダメじゃん! ってね(笑)。自分の両親、子どもたちとか、何が一番大事なのかってことにちゃんと向きあっていかないと」
好きなことだけをするのは難しい。好きなことと向き合うのは、ときに苦しい。だけど、本当に好きなことであればそんな困難さえも楽しく思えるだろう。難しくするのはいつだって自分自身で、本当はもっとシンプルなことなのだ。岩田さんを見ているとそう思えてくる。
一人でも多くの人に本の面白さをわかってもらいたい
「やっぱり本を読んでもらいたいし、本屋さんに行くのは面白いよってことを皆にわかってもらいたいんです。だから、たとえば5年、10年後に読んでも色褪せないだろうなっていう、それくらい力のある本を一生懸命探しているんですよ。自分の子どもにも、『ホレ、どう? 』って読ませてあげられるような。売れたはいいけど、半年後に大型リサイクルショップの特価コーナーに積み上がっているような、どこの書店でも置いているような本を置いても仕方ないんですよ。本作りをしている人たちだって、誰も燃やせるゴミを作っているわけじゃないんだから」
「一生懸命、作家や出版社が作った本。自分がいいなあ、と思うものは、息があるうちにたくさん売りたい。だからこそ、出版社にも自分の子どもや孫に残すくらいの気持ちで本作りをしてもらわないと。で、書店もそれくらいの気持ちで売る。今は本が売れないっていうけど、じゃあ返本率を2割、1割にする、もっといえば重版かけるところまで売ってあげるっていうのが本屋の役割ですよね。放っといても売れるような話題作ならいいけれど、すごく良い本だけど光を当ててあげないと売れないような本は、ちゃんとやろう、と。だから見栄えは悪くとも、並べてある本の中身で勝負するってことを追求していこうと思っています」
「書店の会合でも、いってるんですよ。一万円選書を真似したいところがあったら真似して! って。『冷やし中華はじめました』って感じで、『一万円選書はじめました』ってふうにね(笑)。ミステリーが得意分野の人とか、児童書が得意な人とかいて、どんどん広めていってくれればと思ってます」
全国の書店で「一万円選書」の張り紙を見かける日は、そう遠い未来の話ではないかもしれない。
インターネットが「正解」を知るためのものだとしたら、本は「自分が何も知らないこと」を知るためのものなのかもしれない。どちらも「きっかけ」であり、それをどう使い分けていくかは、使い手自身に委ねられている。だが、膨大な情報と物量の中で生きる私たちにとって、それはときに難しいことだ。「それなら手を貸すよ」というふうに、岩田さんは今日もたった一人に向けて本を届ける。
発売日に急ぎ足で本屋へ向かうときのワクワクした気持ちや、何となく手にした本に、今自分がほしい言葉がすべて書かれていたときの驚き。一冊に出合うまでの、それらすべてが物語になる。ものが溢れ、作り手たちが魂を込めた「本当にいいもの」がいつしか埋もれ、人々が選ぶことすらも困難に感じるとき、道しるべとなってくれるのは「ものづくり」を心から愛したその道のプロたちだ。
「今日入ってきた中にも、なかなか面白そうな本があるんだ。はやく読みたいなあと思ってて」
岩田さんはそういって、まだ見ぬ物語へと目を輝かせた。
(取材・文/長谷川詩織)
グリーンの外観が目を惹く「いわた書店」。周辺には理容室や定食屋など、古くからの店が並ぶ