花とデザイン。自分たちにしかできないことがある
左:井本絵美さん 右:井本幸太郎さん
そう話してくれたのは、このお店のオーナーである井本幸太郎さん。元々は、奥様の絵美さんが『花処みちくさ』という小さなお花屋さんを開いたことがきっかけでした。フラワーデザインの専門学校を卒業後、お花屋さんで修行しながらカフェで働いていた絵美さん。同じくカフェで働きながら、フリーランスの広告デザイナーとして活動していた幸太郎さんは、「みちくさ」の様々なビジュアル作りをサポートしていたそう。
幸太郎さん(以下・幸):「お花の専門的なところは全くわからない僕の視点から見て、『若い女の子たちに、お花に興味を持ってもらうにはどんなデザインにすればいいんだろう?』 ということは当時からずっと考えながら作っていましたね」
幸太郎さんがデザインした「みちくさ」のシンボルマーク。二本の木がちょこんと並びます
店内に入ると、色とりどりのお花やグリーンが一面に立ち並びます
当時少なかったこだわりの結婚式。全力で希望に応えたかった
(画像提供:アトリエみちくさ)
(画像提供:アトリエみちくさ)
幸:「その当時では考えられないくらい、ものすごいこだわりを持ったお客さんでした。洋書を扱う書店でしか手に入らないようなウェディングの雑誌を持ってきて『海外みたいな結婚式を挙げたい』って。今でこそインターネット上でどこででもそういった情報は得られるけど、当時としてはまだまだ情報が少なかったので、紙にこだわるところから印刷の仕方から何まで、自分たちがどれだけ知っていなきゃいけないのかということや、海外のウェディング事情に関してもより深く知るきっかけになりました」
独学で勉強したという活版印刷。東京・葛飾の印刷所から引き取ってきたというこちらの活版印刷機は今でも現役。スタッフの方にも、幸太郎さん自ら使い方を教えています
幸:「お金どうこうではなく、こんなに想いを持っている人たちがいるんだっていうのを知って、だから何が何でも応えてあげたいって一心でしたね」
幸太郎さんがデザインした帯巻きタイプの招待状。様々なカラーやカバーデザインを組み合わせることができるので、ほかと被らない「自分たちだけ」のアイテムをカスタムできます(画像提供:アトリエみちくさ)
ウェルカムボードなどの装飾もみちくさらしく(画像提供:アトリエみちくさ)
個人のお客さんに結婚式の提案をするという、小さなところからスタートした「みちくさのウェディング」は、お客さんの口コミで、同じ想いを持つ人の間で少しずつ広がっていきます。
式場としても人気の高い東京・目黒の「CLASKA」で開かれた「CLASKA WEDDING LAND」に出展した際の様子(画像提供:アトリエみちくさ)
新郎新婦、二人が心から楽しめる結婚式を目指して
「アレンジするとき主役は花だけじゃない。枝や葉を何種類も入れることでよりお花が引き立たつように気をつけています」と絵美さん。修行時代、お店のオーナーさんから受けた大切なことです
シンプルだけど、小さな遊び心を効かせるのが「みちくさ」流
どの角度から見ても楽しい席札(画像提供:アトリエみちくさ)
幸:「あとは、一人よがりなデザインにならないことを心がけています。海外の結婚式に憧れる子たちってとても多いのですが、それをどれだけ日本の結婚式に落とし込めるかっていうところを意識していて。例えば、すべて英語を使うと、見た目はオシャレだけど、伝わりづらかったりする。結婚式って、新郎新婦だけのものじゃなく、おじいちゃんおばあちゃんや家族の方がいて成り立つものなので、色々な年代の方が見ても違和感なく取り込めるアイテムを作るということは大切にしていますね」
年配の人が見ても楽しめそうな和風デザインの招待状(画像提供:アトリエみちくさ)
こちらも席次表。お花のクリップはなんと一つ一つ手作り! 式の後もずっと使い続けたくなるような可愛いアイテムです
絵:「当時22歳の私では、あまりオシャレな名前も思いつかなくって(笑)。今ほどお花を飾る意識が一般的ではなく、どちらかというとお花屋さんには敷居の高いイメージがあったので、ふらっと『みちくさ』できるお店になるといいなと思って名付けました。自分の住んでいたところが割と田舎で、あぜ道で花を摘むことができた環境で。大人になっても、そんな感覚のまま、それを身近に感じられるような場所にしたくて」
店内を見渡すと、お花に負けないくらい、草木もとても賑やか。緑とお花、お互いを引き立てあって調和しているその姿は、なんだか幸太郎さんと絵美さんのようにも見えます
週に3回行くという仕入れは絵美さんの仕事。珍しくて高価なお花だけではなく、地元の人が畑で作ったような素朴なお花を見るのが好きだといいます。早く行けば行くほど、色々なお花の中から選ぶことができるので、なるべく早い時間に市場に向かうようにしています
結婚式のその先も……人生の中で居場所となるようなお店でありたい
遠方から教室に参加したお客様からの手紙。そこには、「遠くまで行くのは、お金と時間があれば誰にでもできることだけど、お金と時間を使ってでも訪れたいというお店を作ることは誰にでもできることじゃないと思います」という言葉が綴られていました。「こういう言葉を貰えると、『続けることは大切だな』って思います」と絵美さん
幸:「お客さんの、そういったいろいろな人生の起伏の中で、良いことばかりじゃないけれど、お店に来ることや教室にたまに顔を出すことで息抜きをしてもらったり。自分の人生が変わっていっても『みちくさ』はそこにあり続けて、居場所になれるようなお店でありたいなって」
「みちくさ教室」の様子。子育て中のママたちの息抜き時間になれば、という絵美さんの想いから、子連れOKの教室も定期的に開催しています
お客さんの日常の近くにいられるように
お店の制服にしているエプロンは「suolo(スオーロ)」のもの。こちらも名古屋発のブランドです
胸につけているバッヂは、みちくさのプロダクトに協力されている、デザイナーの大原大次郎さんによるもの。お客さんだけではなく、同じ目線を持ったクリエイターやショップとも、強い繋がりを持っています
幸:「大きな野望はないけれど、若いときにお店を訪れたお客さんが、歳をとっても使い続けられるような、そんなサイクルが続くお店でありたいですね。『みちくさ』は、とにかくお客さんの日常に近いところにいたいから。安心感もありつつ、都度ワクワクする気持ちも届けたい。日々のちょっとしたスパイスになるようなお店になれたら。とにかく、明日も明後日もお店が元気でいられるように、と思っています」
「自分のことを熱く語るのが苦手」というお二人に、今後の夢を聞いてみると、そんなささやかな答えが返ってきました。
昨年、「アトリエみちくさ」の別館としてオープンした「TUMBLEWEED」は、雑貨や観葉植物、サボテンなどを取り揃えているショップ。アートやカルチャーを、もっと名古屋に根付かせて行きたい。その入り口になるようなお店づくりをしていくことが今後の夢なのだとか
こちらは、仕入れから店番まで、すべて幸太郎さんがプロデュース。植物だけでなく雑貨やTシャツ、雑貨など様々なカルチャーを楽しめる空間
「いつもありがとう」「おめでとう」「これからもよろしくね」……人が花を束ねる理由は、大げさなものではなく、本当はそんなふうに、ささやかで愛に溢れたものなんだと思います。
目まぐるしく過ぎ去る日常の中で、笑顔で迎えてくれるお花とこの場所があれば、なんだか心強くて、明日からもまた頑張れそう。それはまるで、何があっても当たり前のように「おかえり」と答えてくれる家族のようです。食べたもの、見たもの、今日あったことのすべてを二人に伝えたくなる。道草して摘んできたような、日常のささやかでうれしい出来事。「アトリエみちくさ」には、これからもそんな花々が集まっては、咲いていくのでしょう。
(取材・文/長谷川詩織)
(画像提供:アトリエみちくさ)