部屋の中には、アクセサリーが掛けられた恐竜のフィギュア、マリア像に貝殻、古い流木の類が飾られています。それぞれが千春さんのセンスによってひとつの居心地のよい空間を作り上げています
はにかみながら、「こういうなんだかよくわからないものが好きなんです」と笑う、くりっとした瞳が印象的な千春さん。部屋の中は、静かに流れる音楽とほのかなアロマの香りに満たされ、それはまるで来訪者をやさしく迎えてくれているかのようでした
アロマスタイリストとホロスコープセラピストという仕事
たとえば、キナリノでも以前取材させていただいた、東京・蔵前にあるライフスタイルショップ「SUNNY CLOUDY RAINY」で販売されている「晴れの日」「曇りの日」「雨の日」をテーマにしたルームスプレーも千春さんが作ったものです。
「この天気だったらどんな気持ちになるだろう、という部分を大切にしています。晴れの日だったら、エネルギーが溢れる感じ、曇りの日は、蓋がされるので自分の内側に意識が向かうようなイメージ、雨の日は、浄化するようなイメージで香りを作りました」
ホロスコープは本来の自分を思い出すことだという千春さん
「ホロスコープは生まれる前に自分で決めた人生の企画書であり自分の取扱説明書と言われています。占いというスタンスではなく「自分とはどういう存在なのか」と俯瞰して眺めるフィルターとしてホロスコープを読み、その人のサポートとなる香りを調香しています」
このように、アロマスタイリストとホロスコープセラピストの両輪で活動している千春さん。テーマをもらって香りを作ること、香りにまつわるワークショップの開催、作品展の開催の3つが現在の柱になっています。
空っぽになった箱に何をいれようかと
自分のことを「昔からこれだと決めると、ものすごくそれを追いかけてしまう性格」と語る千春さんは、高校生の頃から服作りにのめりこんでいき、それからおよそ15年間、神戸と東京でアパレルの仕事に携わってきました。
静かで落ち着いたトーンで語る千春さん。言葉の一つひとつが心の奥までしみこんでくるかのよう
端から見ればものすごい行動力です。海外での暮らしは2ヶ月という短期間でしたが、生まれて初めて服以外のことに携わったこの経験は田仲さんを変えるには充分なものでした。
かわいらしい籠に詰め込まれた千春さんの精油
そして、ポルトガルから帰ってきて半年ほどたった後、今のsous le neの原点となる出来事が起きたのです。
精油の方から「私がやります」って手が挙がる感じがした
「私の出身は関西なんですけど、高校生の頃に阪神大震災を体験しました。震災後、私の母の気持ちが乱れて大変だったのですが、アロマテラピーをやって症状がよくなったんです。私は母と性格が似ているから、ちょっと勉強してみたいな、と思っていたのですが、母がアロマテラピーのセットをくれて。それがきっかけで興味を持ちました」
「その展示会は一枚の写真から5人の作家が作品を作るというものだったのですが、夫がクロージングパーティーのライブサポートをしていました。“たまたま”『わたしも写真に合わせてライブ中に香りを焚こうか?』と言ったのがはじまりでした」
千春さんがこの時見たのは、まっすぐな水平線が写った写真。
こうして選ばれた数種類の精油。それぞれの効能を後から調べてみたところ出てきたのが「深い呼吸をする」「大きな荷物を下ろす」など、実際に海を見た時の自分の感情と同じだったことに千春さんは驚きました。
「アロマテラピーの精油をブレンドして感情を表現するおもしろさに気づきました。そして、インスピレーションを頼りに香りを選ぶほうが、本当に自分に必要なものを選べるんじゃないかなと感じたんです。今までは、頭痛があるからペパーミントとか、効能ありきで香りを選んできましたが、なんだかわからないけど、「これが気になる」「必要だ」「使ってみたい」という、感覚の部分に本当の自分が出てくるんじゃないのかなって。それがsous le neの原点です」
この出来事を起点に音楽や絵、言葉から香りを作る仕事の依頼が次々と来るようになったこと、さらに時を同じくしてホロスコープについても学び始めたことにより、現在のsous le nezの形が流れるように形づくられていきました。
みんな動物を内側に飼っている
2014年に行われたsous le neの展示会の様子。“あ”から“ん”までの50音を香りを表現 画像提供:Nidi gallery
香りは飾られた貝殻の中に閉じ込められ、参加者が自由にかぐことができたのだそう 画像提供:Nidi gallery
「SPELL LABORATORY」と名付けられた展示会に合わせて用意された白衣 画像提供:Nidi gallery
「「なんとなく」しんどい、「なんだか」うれしいと感じることがあるじゃないですか。私たちは理性的な生き物だから、その「なんとなく」の部分を説明できるはずなのにできない。それは、私たちが内側に動物を飼っているからなんです」
そして、動物的な部分と理性的な部分、どちらかに偏ってしまうのではなく、このふたつがうまくつながることで、本来の自分に還っていくことができるのだと千春さんはいいます。
みんな違っていい、違っているからいい
この日、取材班のホロスコープから香りを導き出し、オリジナルのリップクリームを作ってくれた千春さん
私たちは普段、思っていることを伝えるために一生懸命考えて言葉にしますが、それでも足りなかったり、伝えたいこととは違ってしまうことがしばしばあります。時に香りは言葉を超えるほどの「伝える力」を持つものになってくれるのです。
各人が持って生まれた星の位置から性格や傾向を見つけ出し、それぞれに合わせた香りを処方してくれます
香りの処方箋も最後に渡してくれました
香りを介して、気持ちが通じ合ったり、言葉に表すことのできない何かを相手に届けることができた時にとても嬉しい気持ちになるという千春さん。普段、言葉や思考に偏りすぎてしまっている私たちは、たまには目をつむり、香りに身をゆだね、感覚に寄り添う時間が必要なのかもしれません。
香りを確かめる時、千春さんはまるで祈りを捧げているかのよう。この瞬間、神聖な空気が流れます
知らない自分を見つけること、知ることは面白い
「もともと鼻炎で、呼吸器系も弱かったため自分が香りの仕事をするなんて思ってもいませんでした。でも、ひらめきを信じて、香りを作るようになって…。私は感覚に従うことを恐がらなければ大丈夫なんだということを知りました。香りやホロスコープで知らない自分を見つけることや知ることは面白いよ、ということを伝えていきたいんです」
お話を聞く間、終始穏やかで優しい気持ちでいることができたのは、部屋を満たす音楽や香りだけのせいじゃなく、そこに「ありのままの千春さんがいる」という安心感があったからのような気がします。
手の形をしたオリジナルのリップクリーム。一緒に付けられた一枚の羽根には、「飛翔」の意味があるのだそう
香りを通じて「本当の自分」に出会う。それは、全く知らなかった新しい自分かもしれないし、忘れかけていた懐かしい自分かもしれません。いずれにせよ、その出会いはこれから先、あなたにとってかけがえのないものになることでしょう。
「手がコンプレックスだったんですけど、これを生かしてセラピストになったらいいよって、アロマの先生がほめてくれたんです」と見せてくれたのは、柔らかくてやさしい手でした