インタビュー
vol.28 sous le nez ・田仲千春さん- 言葉に表すことのできない大切な何かを香りを通じて伝えていきたのカバー画像

vol.28 sous le nez ・田仲千春さん- 言葉に表すことのできない大切な何かを香りを通じて伝えていきたい

写真:神ノ川智早

写真や絵、言葉や音楽を「香り」を使い表現するアロマスタイリストとして、また、生まれた星の位置(ホロスコープ)を読み解き、その人にだけの香りを処方するホロスコープセラピストとして活動しているsous le ne(スールネ)の田仲千春さん。あまり聞きなれない「香り」を中心にしたこれらの活動のこと、そしてはじめた千春さんご自身のことをもっと知りたくて、アトリエ兼ご自宅にお話を聞きに伺いました。

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2015年12月28日作成
美しい絵画や心地よい音楽、それらに触れた時。わくわくする、落ち着く、幸せだなぁetc...。人それぞれ思い浮かぶことがあるかと思います。では、もしそれらを「香り」で表現するとしたら、それはどんなものになりますか?
「手がコンプレックスだったんですけど、これを生かしてセラピストになったらいいよって、アロマの先生がほめてくれたんです」と見せてくれたのは、柔らかくてやさしい手でした

「手がコンプレックスだったんですけど、これを生かしてセラピストになったらいいよって、アロマの先生がほめてくれたんです」と見せてくれたのは、柔らかくてやさしい手でした

sous le ne(スールネ)の田仲千春さんは、写真や絵、言葉や音楽を「香り」を使い表現するアロマスタイリストとして、また、生まれた星の位置(ホロスコープ)を読み解き、その人にだけの香りを処方するホロスコープセラピストとして活動しています。では、具体的にそれは一体どんなことなのか。その答えを知るために、千春さんのご自宅兼アトリエへと向かいました。
部屋の中には、アクセサリーが掛けられた恐竜のフィギュア、マリア像に貝殻、古い流木の類が飾られています。それぞれが千春さんのセンスによってひとつの居心地のよい空間を作り上げています

部屋の中には、アクセサリーが掛けられた恐竜のフィギュア、マリア像に貝殻、古い流木の類が飾られています。それぞれが千春さんのセンスによってひとつの居心地のよい空間を作り上げています

vol.28 sous le nez ・田仲千春さん- 言葉に表すことのできない大切な何かを香りを通じて伝えていきたい
はにかみながら、「こういうなんだかよくわからないものが好きなんです」と笑う、くりっとした瞳が印象的な千春さん。部屋の中は、静かに流れる音楽とほのかなアロマの香りに満たされ、それはまるで来訪者をやさしく迎えてくれているかのようでした

はにかみながら、「こういうなんだかよくわからないものが好きなんです」と笑う、くりっとした瞳が印象的な千春さん。部屋の中は、静かに流れる音楽とほのかなアロマの香りに満たされ、それはまるで来訪者をやさしく迎えてくれているかのようでした

アロマスタイリストとホロスコープセラピストという仕事

千春さんの肩書きはアロマスタイリストとホロスコープセラピスト。それぞれあまり聞きなれない名前です。一般的に香り(アロマ)を扱う職業といえば、アロマセラピストなどが思い浮かびますが、「スタイリスト」という言葉をあえて千春さんが使うのは、精油の効能だけでない「その人のための」または「その言葉(写真・音楽など含む)のための」香りを選びたいという思いがあるためです。

たとえば、キナリノでも以前取材させていただいた、東京・蔵前にあるライフスタイルショップ「SUNNY CLOUDY RAINY」で販売されている「晴れの日」「曇りの日」「雨の日」をテーマにしたルームスプレーも千春さんが作ったものです。

「この天気だったらどんな気持ちになるだろう、という部分を大切にしています。晴れの日だったら、エネルギーが溢れる感じ、曇りの日は、蓋がされるので自分の内側に意識が向かうようなイメージ、雨の日は、浄化するようなイメージで香りを作りました」
ホロスコープは本来の自分を思い出すことだという千春さん

ホロスコープは本来の自分を思い出すことだという千春さん

「その人のための」という思いは、もうひとつの肩書きであるホロスコープセラピストにも通じています。占いのイメージが強いホロスコープですが、千春さんが行うのはそれとは少し異なります。

「ホロスコープは生まれる前に自分で決めた人生の企画書であり自分の取扱説明書と言われています。占いというスタンスではなく「自分とはどういう存在なのか」と俯瞰して眺めるフィルターとしてホロスコープを読み、その人のサポートとなる香りを調香しています」

このように、アロマスタイリストとホロスコープセラピストの両輪で活動している千春さん。テーマをもらって香りを作ること、香りにまつわるワークショップの開催、作品展の開催の3つが現在の柱になっています。

空っぽになった箱に何をいれようかと

「本当に不思議なんですけど、私は香りの仕事をする気は全くなくて。気づいたらこうなっていたんです」と、千春さんは「今自分がここにいることすら不思議」という感じでここまでに至るストーリーを語り始めました。

自分のことを「昔からこれだと決めると、ものすごくそれを追いかけてしまう性格」と語る千春さんは、高校生の頃から服作りにのめりこんでいき、それからおよそ15年間、神戸と東京でアパレルの仕事に携わってきました。
静かで落ち着いたトーンで語る千春さん。言葉の一つひとつが心の奥までしみこんでくるかのよう

静かで落ち着いたトーンで語る千春さん。言葉の一つひとつが心の奥までしみこんでくるかのよう

「私は一生この仕事をするんだと思っていたんですけど、当時勤めていた会社が県外に引っ越すことになって。続けたかったけれど結婚もしていたし、もう辞めないといけないといけなくて、ポカーンと時間が空いてしまったんです。それで、ずっと思い続けていた「29歳までに海外に住む」という夢を叶えるために、ポルトガルに行きました」

端から見ればものすごい行動力です。海外での暮らしは2ヶ月という短期間でしたが、生まれて初めて服以外のことに携わったこの経験は田仲さんを変えるには充分なものでした。
かわいらしい籠に詰め込まれた千春さんの精油

かわいらしい籠に詰め込まれた千春さんの精油

「16歳の頃からずっと服が好きで、夢中で走りすぎてきちゃったんだと思います。ポルトガルでカステラ屋さんのお手伝いをしたり、ただ何もしないで海やまちを眺めながらボーっとしたりしているうちに、どんどん服への興味が手から離れていっちゃって。帰国したらまた服の仕事をするつもりだったのに、どうしようってなりました。でも、すごく清清しくもあり。じゃあ、この空っぽになった箱に何をいれようかと」

そして、ポルトガルから帰ってきて半年ほどたった後、今のsous le neの原点となる出来事が起きたのです。

精油の方から「私がやります」って手が挙がる感じがした

千春さんが香りへの興味を最初に持ったきっかけは、高校生の頃までさかのぼります。

「私の出身は関西なんですけど、高校生の頃に阪神大震災を体験しました。震災後、私の母の気持ちが乱れて大変だったのですが、アロマテラピーをやって症状がよくなったんです。私は母と性格が似ているから、ちょっと勉強してみたいな、と思っていたのですが、母がアロマテラピーのセットをくれて。それがきっかけで興味を持ちました」
vol.28 sous le nez ・田仲千春さん- 言葉に表すことのできない大切な何かを香りを通じて伝えていきたい
社会人になってからも、アパレル会社で働きながらインストラクターの資格を取得するなど、アロマの勉強を続けてきた千春さん。その頃は「家庭の薬箱程度に使えればいいかなと思っていた」程度の気持ちだったそうですが、ある展示会に「香り」で参加したことにより千春さんの心の中に変化が生まれました。

「その展示会は一枚の写真から5人の作家が作品を作るというものだったのですが、夫がクロージングパーティーのライブサポートをしていました。“たまたま”『わたしも写真に合わせてライブ中に香りを焚こうか?』と言ったのがはじまりでした」

千春さんがこの時見たのは、まっすぐな水平線が写った写真。
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「その写真を見て、製油が全部入った箱を開けたときに、私が選ぶというよりも精油の方から「私がやります」って手が挙がる感じがしたんです」

こうして選ばれた数種類の精油。それぞれの効能を後から調べてみたところ出てきたのが「深い呼吸をする」「大きな荷物を下ろす」など、実際に海を見た時の自分の感情と同じだったことに千春さんは驚きました。

「アロマテラピーの精油をブレンドして感情を表現するおもしろさに気づきました。そして、インスピレーションを頼りに香りを選ぶほうが、本当に自分に必要なものを選べるんじゃないかなと感じたんです。今までは、頭痛があるからペパーミントとか、効能ありきで香りを選んできましたが、なんだかわからないけど、「これが気になる」「必要だ」「使ってみたい」という、感覚の部分に本当の自分が出てくるんじゃないのかなって。それがsous le neの原点です」

この出来事を起点に音楽や絵、言葉から香りを作る仕事の依頼が次々と来るようになったこと、さらに時を同じくしてホロスコープについても学び始めたことにより、現在のsous le nezの形が流れるように形づくられていきました。

みんな動物を内側に飼っている

感覚を大切にしながら、その裏付けも必要だと感じた千春さんは、香りによって人体に何が起こるのかを知るために解剖生理学も勉強したのだといいます。たとえば、おばあちゃんちのあの匂い。普段忘れているのにその匂いをかいだ瞬間、懐かしさとともに思い出がよみがえってきた経験は多くの方にあるのではないでしょうか。
2014年に行われたsous le neの展示会の様子。“あ”から“ん”までの50音を香りを表現 画像提供:Nidi gallery

2014年に行われたsous le neの展示会の様子。“あ”から“ん”までの50音を香りを表現 画像提供:Nidi gallery

香りは飾られた貝殻の中に閉じ込められ、参加者が自由にかぐことができたのだそう 画像提供:Nidi gallery

香りは飾られた貝殻の中に閉じ込められ、参加者が自由にかぐことができたのだそう 画像提供:Nidi gallery

「それは、私たちの頭の中にある大脳辺縁系の真ん中に嗅覚があり、そのすぐ近くに記憶の入り口である「海馬」があるからなんです。その香りをかいだ瞬間に記憶の扉を開けて、感じたことや思い出を取りにいくことができるんです。また、「扁桃体」という感情を司る場所も近くにあります。あまりに近くにあるので、私たちが考える間もなく、「好き、嫌い」や「いい、悪い」という感情に振れてしまうんです。そんな風に香りを通して自分では直接触れられない部分に「よしよし」って触れることができるんです」
「SPELL LABORATORY」と名付けられた展示会に合わせて用意された白衣 画像提供:Nidi gallery

「SPELL LABORATORY」と名付けられた展示会に合わせて用意された白衣 画像提供:Nidi gallery

千春さんは、この大脳辺縁系を「動物的な脳」と表現します。言葉にならなかったり説明できない「思い」や「感じ」はここから生まれているのだそう。

「「なんとなく」しんどい、「なんだか」うれしいと感じることがあるじゃないですか。私たちは理性的な生き物だから、その「なんとなく」の部分を説明できるはずなのにできない。それは、私たちが内側に動物を飼っているからなんです」

そして、動物的な部分と理性的な部分、どちらかに偏ってしまうのではなく、このふたつがうまくつながることで、本来の自分に還っていくことができるのだと千春さんはいいます。

みんな違っていい、違っているからいい

自分の脳内で起こる仕組みを知っても、やはり不思議な「香り」という存在。千春さんが開催してきたワークショップの参加者の中には、他の人が作った香りに涙を流す方もいたのだそう。さらに、千春さんはこんなエピソードを話してくれました。
この日、取材班のホロスコープから香りを導き出し、オリジナルのリップクリームを作ってくれた千春さん

この日、取材班のホロスコープから香りを導き出し、オリジナルのリップクリームを作ってくれた千春さん

「この前、好きな言葉を香りであらわすワークショップで“人生は旅”という言葉を持って参加してくださった方がいたのですが、香りにしてみると本当になんとなくなんだけど、なんでその人がその言葉を大事にしているかが、参加しているみなさんにも不思議と伝わるんですよ。言葉に表れない気持ちみたいなものが」

私たちは普段、思っていることを伝えるために一生懸命考えて言葉にしますが、それでも足りなかったり、伝えたいこととは違ってしまうことがしばしばあります。時に香りは言葉を超えるほどの「伝える力」を持つものになってくれるのです。
各人が持って生まれた星の位置から性格や傾向を見つけ出し、それぞれに合わせた香りを処方してくれます

各人が持って生まれた星の位置から性格や傾向を見つけ出し、それぞれに合わせた香りを処方してくれます

香りの処方箋も最後に渡してくれました

香りの処方箋も最後に渡してくれました

「しかも、一人ひとり違っている香りを全員がいいって思うことができるんです。これはホロスコープにもつながってくるんですけど、「みんな違っていい、違っているからいいんだ」というのが実感してもらえるんです。私たちは世界を自分の目で見ることしかできませんが、隣の人も同じように見ていると思い込んでしまうんですよね。だから、「こう言ったのにどうして伝わらないんだろう」ってなる。たぶんそこが苦しくなっちゃう原因なんじゃないかなと思うんです」

香りを介して、気持ちが通じ合ったり、言葉に表すことのできない何かを相手に届けることができた時にとても嬉しい気持ちになるという千春さん。普段、言葉や思考に偏りすぎてしまっている私たちは、たまには目をつむり、香りに身をゆだね、感覚に寄り添う時間が必要なのかもしれません。
香りを確かめる時、千春さんはまるで祈りを捧げているかのよう。この瞬間、神聖な空気が流れます

香りを確かめる時、千春さんはまるで祈りを捧げているかのよう。この瞬間、神聖な空気が流れます

知らない自分を見つけること、知ることは面白い

自分のことを誰より知っているのは自分であると多くの人が信じていますが、実は顔ですら本人が一番見ていなかったりするほど、自分のことはわからないものです。しかし、香りというツールを通せば、“本当の自分”に出会い、それを伝えることができる。そのことを誰よりも千春さんが実感しています。

「もともと鼻炎で、呼吸器系も弱かったため自分が香りの仕事をするなんて思ってもいませんでした。でも、ひらめきを信じて、香りを作るようになって…。私は感覚に従うことを恐がらなければ大丈夫なんだということを知りました。香りやホロスコープで知らない自分を見つけることや知ることは面白いよ、ということを伝えていきたいんです」

お話を聞く間、終始穏やかで優しい気持ちでいることができたのは、部屋を満たす音楽や香りだけのせいじゃなく、そこに「ありのままの千春さんがいる」という安心感があったからのような気がします。
手の形をしたオリジナルのリップクリーム。一緒に付けられた一枚の羽根には、「飛翔」の意味があるのだそう

手の形をしたオリジナルのリップクリーム。一緒に付けられた一枚の羽根には、「飛翔」の意味があるのだそう

これから先のことを「アロマテラピーやホロスコープを癒しやスピリチュアルという垣根を越えて、もっと日常的で服を選ぶような感覚に近づけていきたい」と答えてくれた千春さん。来年の最大の目標は、絵を描くように香りを自由に選ぶことを伝えるアートとアロマテラピーの本を出版することなのだそう。

香りを通じて「本当の自分」に出会う。それは、全く知らなかった新しい自分かもしれないし、忘れかけていた懐かしい自分かもしれません。いずれにせよ、その出会いはこれから先、あなたにとってかけがえのないものになることでしょう。
sous le nez |スールネsous le nez |スールネ

sous le nez |スールネ

写真や絵、言葉や音楽を香りで表現する、アロマスタイリスト。生まれた瞬間の星空・ホロスコープを読み解き香りを処方する、ホロスコープスセラピスト。本能に直接アクセスできる嗅覚を用い、物事の奥底に潜むものを香りで表すことを試みる。

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