石川県・七尾市にある「高澤ろうそく」は、明治25年の創業から120年以上、この地で「和ろうそく」を作り続けてきた老舗です。
「昔の人はすごいです、本当に。ろうそくなんて、よく思い付いたな、と思います」
そういいながら、穏やかな眼差しで火を灯してくれたのは、「高澤ろうそく」取締役専務の高澤久さん。現在4代目代表であるお父様の跡を継ぐべく、和ろうそくの販売・企画に取り組んでいます。
「灯りと香り」をテーマにした店内には色とりどりのろうそくやお香が並び、思わず深呼吸したくなるほどの深く清らかな香気が広がります
「お客様の7~8割が日々お仏壇用の和ろうそくを買い求めにきてくださる常連の方なんですよ。神様とか、仏さま、ご先祖さまとか……お仏壇やお寺で使っていただける場面が非常に多いものですから、この地あっての我々だと思います。支えられていますね」
5月に行われる青柏(せいはく)祭。能登地区最大のこの祭礼では、「でか山」と呼ばれる山車が街を廻る(画像提供:高澤ろうそく)
一般的な和ろうそくは白色と、特別なときに使われる朱色に分かれます。上から下までの太さがあまり変わらない「棒型」は普段使いできる略式。上が広がっている「イカリ型」が正式な形で、法事や葬儀、結婚式、お盆など正式な場面で使用されます
「和ろうそく」を今に残すために
海外でも人気の「和ろうそく ななお」。5本揃うことで「PLANT(=植物)」となるよう、写真左から「P」「L」「A」「N」「T」とそれぞれに名前が振り分けられています
「和ろうそく」の良さとは?
ですが、高澤ろうそくの店内には、今までの和ろうそくのイメージを覆すようなものが数多く見られます。特にぱっと目を惹くのが、11年前に作られた「和ろうそく ななお」というシリーズ。和ろうそくらしからぬ、なめらかに波打つ曲線のうつくしさにうっとりします。100年以上伝統を守り続けてきた老舗ろうそく店がこのユニークな製品を作ったのは、2005年にフランスで開催された「パリ国際総合生活見本市」に出展したことがきっかけでした。
古くから当たり前のようにそこにあるものの素晴らしさは、日常ではなかなか見えにくいものです。製品を通してどんな価値を提供できるのか?石川県の小さな技術の伝承なのか、はたまた和ろうそくならではの大きな灯りなのか。自分たちが100年以上守り続けてきた製品にあらためて真っ向から向き合い、高澤さんは和ろうそくの最大の特徴をアピールすることに決めました。
溶かす前の蝋。こちらはヤシの実から作られたヤシの実蝋です
石油など、鉱物性の油(パラフィン)を原料に使う洋ろうそくと違い、自然界にあるものだけで作られている和ろうそく。「人間が本当に心地良く過ごせるもの」を、昔の人は知っていました。古くから受け継がれてきた日本のものづくりを伝えるため、高澤さんはさっそく新しい企画に取り掛かります。
液体に溶かされた蝋。作り損ねたろうそくも溶かし直して再利用します。高澤さんは、小さいころにぬるくなった蝋の中に手を突っ込み、コーティングして遊んだ思い出があるとか
蝋を溶かす釜は、その日に作る量に応じてそれぞれ使い分け。朝の6時から薪を炊き、約140度まで蝋を熱します
溶かした蝋はバケツに入れ、少し冷まします
木型に流し込んで固め、和ろうそくの形を作っていきます。高澤さんは「型から出てくる和ろうそくは本当にほかほかで、生まれたてみたいなんですよ」と、うれしそうに話してくれました
概念を取り払って
「最初に上がってきた原画を見たとき、『あ、これは出来ないな……』と(笑)。形的に作ることができないな、と思ってしまったんです。『これは我々が作るものではないかもしれない、観念から外れすぎている。我々が作ってもいいものなのか?』ということを色々考えて。最初に見たときですよ(笑)?もちろん、結果的には作って良かったと思っています」
通常の和ろうそくと比べるとなおさら、「ななお」はかなり斬新なフォルムであることがわかります
高澤さんが部屋の隅の大きなろうそくに火を灯すと、周囲が一段明るくなりました。炎の力強さに驚きます。
もともと、和ろうそくは人々の生活に深く根付いたもの。電灯が普及する前は、仏事のほかにも夜間にメインの灯りとしても使用されていたこともあり、洋ろうそくと比べて炎が力強く、大きく、消えにくいのです。
芯は、畳に使用するイグサの仲間「灯芯草(とうしんそう)」と和紙で作られています。和ろうそく作りを一通り学んでいる高澤さんでも、芯を巻くのはとても難しく、特に先端を作る工程は熟練の技術が必要だといいます
蝋は固まると縮んでしまうので、中の空洞が潰れないよう写真のように竹串を刺しておきます
取材をした10月は、お寺で使用する朱色のろうそくがたくさん出荷される時期。色付きだけではなく、蝋の色をそのまま活かす白いろうそくにも上掛け用の蝋を塗り、再度コーティングして仕上げるのだそう
先端に残った染料は、一本一本小刀で削り取ります
その日に作られたろうそくは燃焼試験を行います。火事に繋がらないよう、きちんときれいに燃えるかどうか、チェックを怠りません。「同じように作っても季節やそのときの環境によって違いは出てくるので、試験はほぼ毎日やっています」と高澤さん
廃れかけていた技術を使って。老舗ろうそく店の新たな挑戦
パッケージとろうそくの色をデザインしたのは、絵本作家の太田朋さん。箱の表面にはほのぼのとしたイラストが描かれています
七尾市の花でもある菜の花。春になると七尾では、このようにやさしくうつくしい風景が一面に広がります(画像提供:高澤ろうそく)
そして、今年作られた「うるしろうそく」。こちらは塗り物などに使う漆の木から作られたものなのだそう。しかし、どれも「これで作れるの?」と思ってしまうほど、ろうそくとは結びつかない材料です。
「米のめぐみろうそく」。「菜の花ろうそく」と同様、絵本作家・太田朋さんのイラストが描かれています
七尾市出身の画家「長谷川等伯」にちなんで名付けられた「ろうそく 等伯」(写真左)と、2016年に発売した「うるしろうそく」(写真右)
高澤ろうそくと同じ能登半島にある輪島市は、輪島塗という漆器の産地。現在国内産の漆は1〜2%といわれ、その多くを輸入で賄っているのが現状です。そこで輪島では国内産の漆を増やそうと植林活動を始めましたが、漆の木から漆が採れるようになるまでは20年と長い歳月が必要で、その間の手入れなどで人の手間や労力がたくさんかかることが課題でした。
漆の実から採れる蝋の量はおよそ1/10ほど。昨年集まった実から40キロの蝋を作りました。ろうそくにすると約5000本ほどで、毎年生産できる量に限りがあります(画像提供:高澤ろうそく)
炎を灯した「うるしろうそく」。だいだいの、大きくゆっくりとしたゆらめきが特徴です(画像提供:高澤ろうそく)
「芯の材料は、和紙や灯心草のほかに、蚕からとれる真綿なんかも使っているんです。和ろうそくに使われている材料はひとつひとつがすごく小さな地域の産業でもあるんですね。それをほかのものと取り替えずに、ずっと使い続けることで『守っていく』……というととても上から目線になってしまうのですが、『一緒に続けて行く』という気持ちですね。一番古くから使っているのは櫨を原料にした蝋なのですが、今、櫨蝋(はぜろう)を作っているのは日本で二社しかないんです。我々が積極的に使用することで、一緒に協力して産業を残していきたいと思っています」
ゆっくりと、だけど力強く語るまっすぐな高澤さんのあたたかい瞳は、和ろうそくの灯りに似ている気がしました。保全活動や地域貢献、言葉だけを聞くと果てしなく大きいことのように思えます。そしてどれをとっても、ひとことに語れるほど容易いことではありません。ですが、この地で生まれ育った高澤さんからすれば、それはある種当たり前のこと。「きれいごと」という言葉で括ることはできない、この土地への純粋な深い愛情があってこその考えなのです。自然や人への、「当たり前」の、けれども深い思いやり。それが高澤ろうそくの作る和ろうそくの一番の魅力なのかもしれません。
炎を灯すことで、自分と向き合う時間を作り出してほしい
私たちそれぞれに「24時間」は平等に与えられています。ですが、その中でスマートフォンやSNS、さまざまなものを介して常に何かと繋がっていなくてはいけない時代です。仕事や家事、いろいろなことに追われる慌しい24時間の中で、ただ炎を灯してじっと自分と向き合う。それだけのことが、なんだかとても贅沢で幸せなことのように感じます。「和ろうそくをきっかけに何かの時間を作り出して欲しい、その時間を作るために火を灯して欲しい」。それが、今も昔も変わらない高澤さんたちの願いです。
手紙を送ってくれたのは、戦争の影響で娘を亡くしたご夫婦。あるとき高澤ろうそくで購入した和ろうそくを、娘さんの墓前で灯しました。炎のゆらめきを見ていると、「自分を責めるのはやめて、私の分まで長く楽しく生きて欲しい」と、まるで娘さんに話しかけられているような気持ちになったといいます。ご夫婦は心が晴れ、娘が自分たちを許してくれたように思えた、と、手紙に記してくれました。
「ろうそくは炎をつけることによって、なにか心に響くものになると思うんですね。心に響いたり心を動かしたり、慰めたり。商品であり『もの』ではあるんですけど、『心』に関わるものだなあと。炎を通じて亡くなった方を偲んだり話しかけたり。姿は見えずとも、自分と心が通い合うようなところがあったりとか。ろうそくはそういう不思議な力を持ったもので、お金などの価値では計れないような部分が多いです。我々としてもそういうものを扱わせていただけることを、とてもありがたく思っているんです」
高澤さんと若女将・佐知さん
現在、高澤ろうそくでは、和ろうそくの良さを海外の人にも知ってもらうための活動に取り組んでいます。今はアメリカへの出荷がとても増えているのだとか。和ろうそくの灯りが、いつか世界中の暗闇を灯す日がくる。すべてを包み込むような炎を見ていると決して大げさではなく、そう思わずにはいられません。
高澤さんたちが守り続けてきたあたたかく力強い炎は、今日も、これからも、誰かの心の内側を照らしていきます。
(取材・文/長谷川詩織)
七尾駅から徒歩5分の「一本杉通り」にある高澤ろうそく。室町時代はメインストリートだったこの通りには、数々の登録有形文化財が残されています。情緒ある土蔵造りのこの店舗もそのうちのひとつ