さらし木綿でつくられる手ぬぐいは、カットする前の長さが22~23m。ここ大阪・堺市の染め工場では、一年中手ぬぐいが染められ、洗われ、干されています。
残暑が厳しい作業場で7mほど上を見上げ、干し場で作業をする職人さんにそう話しかけるのは、手ぬぐい専門店「にじゆら」の代表・中尾雄二さんです。
「今上で干しているあの女の子は、見習いなんです。にじゆらをやるようになってからですよ。こんなに女の子が働いているのは」とおっしゃる中尾さんは、「にじゆら」ブランドを有する染め工場「株式会社ナカニ」の代表でもあります。
にじんでゆらぐ、独特の染め方で手ぬぐいをつくる
この日、にじゆらの手ぬぐいで作られたシャツを着て出迎えてくれた中尾さん。「楽園」という名前の柄には、花や果物、植物の中、鳥が自由に飛びまわっています
爽やかなデザインのにじゆら手ぬぐいと、大阪の空。手ぬぐいは乾くのが早く清潔さを保てるのも人気の秘密(画像提供:にじゆら)
「色と色が混ざり合って、じわーっとしているところがあるでしょ。これが“にじみ”ですね。“ゆらぎ”っていうのは、柔らかさの表現。この“にじみ”と“ゆらぎ”は、注染(ちゅうせん)という染め方で生み出される、うちの手ぬぐいの特徴なんです」と、中尾さん。
もともと一枚ずつしか染められなかった染め方に対し、一気に何十枚も柄を染めることができないか、と生み出された染め方で、一度の染めで30枚~50枚ほどの重ねた手ぬぐいを染めることができます。
「一枚一枚染めてたら、とてもじゃないけど手ぬぐい一枚1000円台では売れません。注染は一度に何十枚も染められる、大阪で生まれた、超合理性の高い染め方ですわ(笑)」と、中尾さん。
重ねられた生地に上から“染料”を注いでいくと、上から下まで染料が染みこみ、染め上げられていきます。画像の布の下に、同じように染められていく手ぬぐいが何十枚も重なっています
例えば注染の工程には、プリントにはない"糊置き(のりおき)"という工程があります。プリントは生地にそのまま色をつけていきますが、注染の場合は染める前に、染めたくないところに糊を塗っていく作業があるのです。そして、これももちろん職人の手仕事。
複雑な柄が多いため、熟練の技術を要するにじゆらの手ぬぐい。糊置き職人さんは何人かいらっしゃいましたが、にじゆらの商品の多くは、こちらの職人さんによって糊置きがおこなわれているのだそうです
型の上から糊を塗り(写真左)、型をあげ、次に塗る生地を重ねます(写真右)。この作業を何十回も繰り返し、染めの作業へ進みます。右画像の白い部分が、このあと染色される部分です
作業の中で自然と指のかたちに木が深く削れていく糊置き用のヘラ。繊細な作業であると同時に、力強い作業であることを物語ります
(写真左)糊を塗られた生地は、一時保管で砂の上に重ねます。糊は泥と海草を練られ作られているため、作業場はまるで海のような匂い。(写真右)染めの作業場。糊置きの作業場と繋がっているため砂が床を覆いますが、画面左側へ行くほど染料が落ちた床が見えてきます
土手をつくる作業と、染料を注ぐ作業
認められていなかった「にじみ」こそ、注染の良さ
「注染でできる良いにじみは、注染でしか出ない特徴なんですが、昔はね、『これ、にじんでるから駄目です』といわれることが多かったんです。つまり、にじんでいると製品としてははじかれる対象だったんですね」
「あるとき、京都の手ぬぐい屋さんの仕事を請けることになりましてね。それは、そこの奥さんがデザインされてる柄やったんです。そのときに、『オレンジや赤の紅葉の柄の中に、まだ紅葉していないグリーンを入れて染めてください』と注文をいただきましてね。これは当時の僕らはびっくりなことです。オレンジや赤の綺麗な色の中に、くすんでしまうグリーンを打ってくれって言うんですよ」
紅葉の色の中にグリーンを入れて染め上げた
「でもまあ、『しゃあない。やってくれ言うてんやから。ジャンボ、二ヶ所くらい、どこでもええからグリーンを落としてくれ』と言って、ジャンボも紅葉の色の中にグリーンをポト、ポトって落とした。もちろん、グリーンはオレンジ色なんかににじんでいきます。出来上がりはね、それまで見たことがないものでしたよ」
「そこは手ぬぐいをバッグにしたりもしていましてね。例の手ぬぐいも、鞄になってるわけですよ。しかもその鞄の目立つところ、ほぼ真ん中にグリーンがボーンと見えている」
まるで噺家さんのように、登場人物の会話を再現しながら中尾さんは続けます。
「ちっちゃいお店なんですけど、よう売る売り子さんがおって、その人、僕とジャンボに『これ人気あるんですよー。染めてくれたんですね、ありがとうございます』なんて言ってくれるんやけど、僕らは『はあー、人気あるのか』と目を見合わせましてね。『どこがいいんですか』と聞くと、『いやこのグリーンがもう、オレンジや黄色にポーンと効いてるのが良いんです』なんて言うから、僕らは二人して『はあー!そうですか!』と驚きまして(笑)」
注染の良さと技法を伝えていく
「でもね、ああそうなんや、と。それまで僕らがいただいていた仕事ではオッケーが出ないことが、人気なんや、と。まだ、『にじゆら』をやるずいぶん前の話やったんですけど、そこはひとつ、目からうろこでした。そんとき『けっこうなんでもありやな』と思ったんです。ピチッとこう、プリントみたいに染めなんでもええんや、と」
「なんでもあり」の精神は、アイテムの展開にも反映されています。こちらはスカーフとしても使用ができる長さにカットされたもの。使うたびに柔らかく成長していく、手ぬぐいならではの風合いが楽しめます
しかしにじゆらのデビュー当時は、ほかの手ぬぐい業界の人に『タオルみたいや』『手ぬぐいやのに』と言われたこともあったそうです。
「でもね、それまでの限られた手ぬぐいファンの人たちを奪い合ってる場合ではないわけですよ。手ぬぐいのファンを増やしたかった。そしてもっと言ったら、注染のファンを増やさないとと思いました。だから注染は、実は『にじみ』っていうのが良いところやし、こんなところも良いし、と、そういう話をいっぱいいっぱい積み上げていきました。注染の良さと手ぬぐいの良さを訴え続けることで、今までにじゆらを広げて来たということですね」
ご祝儀袋にも手ぬぐいを。美しい柄と布のやさしい印象は、ハレの場にもぴったり。お祝いの席で活躍したあとは、ハンカチとして使えます
ブライダルに華を添えてくれる、やさしい表情の柄も豊富。手ぬぐいが入っていた箱がそのまま額になるという「はこのちがく」は、結婚式でも活躍してくれます(画像提供:にじゆら)
「うちはプリントもやってますから、注染とプリント、どっちものいいところを知ることができる工場なんです。注染のいいところが“にじみ”なら、プリントのいいところはやっぱりきちっと色がつくから細かい柄も得意なところ」と中尾さん。
「注染は何色使っても型(かた)は一枚ですけど、シルクスクリーンは色の数だけ型が必要です」と、プリントの一種であるシルクスクリーンの説明をしてくれる中尾さん
「もっと皆さんに注染を知っていただきたきたくて、おととしの冬ごろから大体6000人ほどの方にいろんな場所で実演会やワークショップをおこなってきましたが、6000人いればね、5980人が、注染というものを『初めて聞いた』とおっしゃいます。えらいことに挑戦してしまったと思いますけど、僕はね、にじゆらを立ち上げたとき、それはひとつの使命やと思ってはじめました。注染という技法を皆さんに知ってもらう、守っていく、いうことですね」
染められたあとの「洗い」の作業をする職人さんたち。ベテランの職人さんたちに混ざり、若い職人さんが沢山いらっしゃいました
注染がにじめば、人柄もにじむ
「にじゆら」を立ち上げるずっと前からナカニで注染を担当しているジャンボさんと、注染にあこがれ入社した木下さん
そう言って中尾さんは大きく笑い、最後にニッコリしながらこう続けます。
「でも逆に言えば、にじみには、注染には、そういうおもしろさがあるということなんです」
ジャンボさんのセンスで染めた手ぬぐい「jamboree (ジャンボリー)」。額で飾っても素敵です(画像提供:にじゆら)
きっとにじゆらの手ぬぐいは、知らず知らずに紋切り型にはめてしまっていた場所やことも、もっとお気に入りにしてくれるはずです。それはたとえば結婚式で、あるいは家事や仕事の中で、もしくは誰かの玄関で――。美しい絵柄の手ぬぐいは、今日も誰かの暮らしににじんでいきます。
(取材・文/澤谷映)
手ぬぐいの固定概念を覆すかわいらしさの「にじゆら」の手ぬぐい。お弁当包みにもぴったりで、女性に大人気です(画像提供:にじゆら)