“普通のパン”ってどんなパン?
そんな“普通”をパンと日用品に込めるお店が、長野県にあります。軽井沢と上田市の間に位置する標高700mの台地、東御市・御牧原(みまきはら)。ここで焼かれているという「究極の普通のパン」は、一体どんなパンなのでしょうか?「パンと日用品の店 わざわざ」を訪ねました。
そう、うれしそうに話してくれるのは、わざわざの店主、平田はる香さんです。
こだわりの品揃えである日用品が、ところ狭しと並ぶ店内
カンパーニュ特有の無骨さを残しつつ、じんわり染み入るように優しいこのみまきカンパーニュが、平田さんの目指す「究極の普通のパン」の、ひとつの形です。
(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)
近年は体のことや環境負荷のことを気遣って、「国産/オーガニック/無添加/天然酵母」といったキーワードに興味をもつ人が増えています。平田さんには「そういったものがスタンダードになればいい」という想いがあるのだそうです。
わざわざのパンは、とてもシンプルに作られる食事パン(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)
「多分、日本初のロケットストーブの薪窯です」という窯は、平田さん自らが設計したもの。2011年の震災をきっかけに、単一のエネルギーに頼らないパンづくりを目指しました
店舗の大部分を占める薪窯は、すごい迫力です
「毎日食べて欲しいですから、できるだけ体に優しいものを目指して作っています。中でもみまきカンパーニュは特にシンプルなパンなので、意外ですけど醤油系にも合うんです。大根おろし、醤油、さんまの組み合わせはおすすめですね。オイルを使った食事にも抜群に合います。きんぴらとかもいけちゃう」と、平田さん。
喫茶もやっているわざわざ。この日は地場野菜が美しいサラダプレートに、わざわざのパン2種類が一切れずつ。ルバーブのジャムをつけていただきます
この日は雨にもかかわらず、取材中も地元の人が入れ替わり立ち代り、パンを求めていらっしゃっていました(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)
普段から使う。まかないで食べる。
「扱っているものは、ほぼ全部使ってますね。スタッフも大体すべての商品の使用感をわかっている状況です。食べ物もまかないで食べたり、ものは店の裏とか、掃除とかでも使ってるんです」
普段から使っている白木屋のはりみ
「甘さ控えめ、お料理にもバニラアイスにも」と書かれた生アーモンドバターのポップ。スタッフが普段から食べているからこそのアイデアや使い方を案内してくれます
「実店舗でもウェブストアの販売でもそうなんですけど、生産者や作り手と、長年コミュニケーションをとった上での取引があるんです。だからうちで扱う商品には、ただかっこいいから買ってきて並べた、ではなくて、そこに至るまでの経緯があるんです。だからこそ心から良いと思える理由をお客様にお伝えできるし、自信をもって販売できる」と、平田さん。
実店舗の他、ウェブサイトでのパンと日用品の販売もおこなっているわざわざ。「実店舗と同等の扱い」で運営しているというこちらは、入荷してすぐに売り切れになる商品も多い、人気のウェブストアです
「質実剛健の一言です」とのお答えが。
「丈夫で、質が良くて、実用性があって、飽きないもの。飽きないというのは、デザインされすぎてないものなのかなって思っています。選ぶのは、出来る限りシンプルにそぎ落とされたフォルム。私の“普通”が、そういうものなんです。昔から長く持っているものがすごく多いんですよ」
「このクロスは、うちのシニアバイトの人に使ってもらったからこそおすすめできるプロダクト。ゴシゴシキュッキュッと拭く力に頼らずに、曇りなくグラスを拭くことができるんです」と平田さん
望む“普通”が見つからないときは、オリジナルプロダクトも作ります。こちらは長野の靴下メーカーに頼んで作っているリネンの靴下。デザインも履き心地も妥協なしの一品です
作陶家・阿部春弥さんの器たち。シンプルな白だけでなく、美しい柄や色の器も並びます
ものを見て、使って、自分の“普通”を知っていくこと。それはつまり、価値基準を少しずつ固めていく作業かもしれません。自分にとっての“普通”を見つめていくと、何を好きだと思うのか、何におかしいと思うのかといったことが、すこしずつ輪郭を成していくことがわかります。
ルールから逸脱しても
「家は遊ぶところだし、テストで良い点数とれてるから、宿題はしたくないってずっと言っていました。うちは、放任主義の親だったんです。学校で何があったとか、どうしたいかとかは基本的に自分にゆだねられるというか。宿題やれとか、普通のことも言わないんですよ。だからもう、全然学校のルールが守れなくて、逸脱していました。でも先生も、それを無理やり矯正して沿わせよう、とはせず、そんなに縛り上げることもなく自由にさせてくれて」
毎日怒られながらも、学校で居残りする、ということで先生とは手を打ち、結局6年間、一度も宿題を家でやったことはなかったそうです。「とにかくワアー!っと明るい子でした」と平田さん。
「そういう生活してると、精神的な発達は早いんですよね。本ばかり読んで、中学くらいからだんだん暗くなってっちゃって。純文学とか、三島由紀夫とか手塚治虫が大好きでした。中高は陰湿な時代を過ごしましたね。早く大人になりたいなーって、ずーっと思ってました」
高校を卒業するときも、右ならえで四年制の大学に進学していくことに疑問を感じた平田さんは受験の流れに乗っていけず、「とにかく東京に出たい」の一心で専門学校に入ります。
「中学生のときから音楽が大好きだったんですけど、27歳で長野に引っ越して来るまで、ずーっと東京でテクノのDJをやって、副業としてウェブ関係の仕事をやってたんですよ」
「だけど、一年くらいしたら、せっかく天気が良いし、とか、色々考え方がかわってきたんです。それで、市民農園に畑を借りたんですよ。それがきっかけで、田舎好きの遊びに変わっていきました」
現在は自宅と店舗のすぐ近くに畑を借りて、喫茶で出す野菜やエディブルフラワーなどを育てています(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)
東京に戻らなくても良いと決まったご夫妻は、永住の地として御牧原を選びます。
「もう東京いかなくていいから永住しよう、家を建てよう、となったときに御牧原をみつけて、『この辺なんにもないよ!なんて良い景色だ!』ってうれしくなって(笑)」
とても優しい声で、うれしそうに、平田さんは続けます。
「結局、一番最初にみつけた、今店舗のあるこの土地をほとんど即決で購入しました。家を建てて、お店を出して、店舗はそのころはなかったから、移動販売や玄関先での販売をしていたんです。最初はひとりでやっていたので、手漕ぎボートを漕いでいるような気持ちでした。それが今は、船も大きくなって、乗組員も増えて、という感じですね」
現在、わざわざという船には旦那さんも合流し、各々の想いを持った総勢7名のスタッフが、御牧原の風に吹かれながら気持ち良さそうに船を動かしています。
この景観が維持されていくにはどうしたらいいのかなって考えた
「雨ものんびりでいいですけどね。でもここ、晴れると空がすごいんですよ。ほんとに真っ青なブルーになるんです。あと、まわりが全部田んぼなので、風に稲穂がゆらゆらして、すごくいいです」
「最終的には広大な土地を取得して、パンや喫茶や日用品のお店の他に、公園や保育園や図書館なんかが内包されたコミュニティを作りたいんです。そもそもこの景観がすごく気に入って引っ越してきていて、まわりを見渡したときに、20年後や30年後にこれが維持されてるのかなっていうのがすごく不安だったんですね。耕してる人たちはみんなおじいちゃんおばあちゃんなので、景色が一変するだろう、というのがあって。だから、この景観が維持されていくにはどうしたらいいのかなって考えて、若い人が入ってくること、沢山の人が働ける場所をつくること、を目標にやっています。住みたい、引っ越してきたい、と思える土地になるように。おしゃれなところだけをかすめとったり、田舎のいいところだけもらうんじゃなくて、地に足をついて、そこでじっと暮らす、ということです。ちゃんとビジョンをもって、この地に根付きたい」
平田さんの目指す“普通”は、正直、今はまわりを見渡して大多数を占める“普通”ではありません。けれども、少数派のあり方や方法を「違うもの」として片付けることは簡単で、自分はどんなものや、かたちや、暮らし方が“普通”であって欲しいかと考え続けることはすごく大切なこと。わざわざの「究極の普通のパン」は、もしかしたらあなたの望む「普通のパン」かもしれません。
(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)
そして、わざわざが作る無骨で優しい「みまきカンパーニュ」は、気骨ある御牧原の開拓者たちが育ててきた土地の名前を背負っています。平田さんの率いるわざわざはつまり、現代の開拓者なのだと、その姿が重なりました。
(取材・文/澤谷映)
お店のある、長野県東御市・御牧原の景色(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)