長く愛せる製品を目指して。土屋鞄の新しい取り組み
コロナ禍により、自宅にいる時間が増えたことで、身の回りの「もの」にあらためて意識を向けるようになったという人も多いのではないでしょうか。できるだけ自分にとって心地のよいものを、長く、愛着をもって使いたい。それは、土屋鞄がずっと大切にしてきたことでもあります。外出自粛などで鞄を使う機会が減ってしまうという悩みこそありましたが、「長く愛せる製品」を届ける取り組みにいっそう力を入れるきっかけにもなりました。
そのひとつが、2020年末から始まったメンテナンスサービス。土屋鞄製品を対象店舗に持ち込むと、知識豊富なスタッフが無料でケアしてくれるというもの。特別な機械や道具は使わず、自宅でも簡単に再現できる方法で、その場でお手入れしてくれます。アイテムの状態を見ながら、対面で日々のケアや悩みなどのアドバイスにも答えてくれるこのサービスは、土屋鞄の駆け込み寺。サービス開始以来、HPを見て訪れる人も多いのだとか。
メンテナンスに使用される道具。店舗ではケア用品も取り扱っている
製品に新たな命を。リユースの取り組み
修理を施し、リユース製品として生まれ変わった鞄(写真:土屋鞄製造所)
もうひとつの大きな変化は、昨年の年末から始まった「リユース」の取り組み。昨年の11月に開催されたポップアップストアでは、使われなくなった製品に新たな命を吹き込み、定価の50~75%で販売しました。どのアイテムにも愛用されてきた面影があり、新品とはまた違った美しさをたたえています。
機能的にはまだまだ使えるものの、退色が進んでいたショルダーバッグ。革の状態は保ちつつ、クリーニングと補色を施し、美しい風合いをよみがえらせた(写真:土屋鞄製造所)
今年から通年サービスとなるこの取り組みを支えているのが、修理職人の存在です。基準が決められている新品と違い、持ち主のクセや傷み具合に加え、それぞれの「理想の形」が異なる修理には、経験と高い技術が不可欠です。この道に入って約半世紀(!)のベテラン・福田安宏さんは、「やりがいは喜んでいただけること」と話します。
職人の福田安宏さん。鞄職人だった叔父に弟子入りし、この道へ。厳しい修行を経て独立後、さまざまな製品づくりに携わり、現在は土屋鞄製品の修理を担っている(写真:土屋鞄製造所)
「長年修理を担当していますが、印象的だったのは『動物にかじられてしまった』というご相談でしょうか。スタッフから聞いたときはとても驚きました。自分のかわいいペットがしたことなので怒るに怒れず(笑)、でもどうにか製品を復活させたいという気持ちもとても伝わってくる……。どのようにかじられたのか写真からは全く想像がつかなかったので、修理後のイメージを作ることができず、可否を保留にしたまま製品をお預かりしました」
お客さんから預かった製品はわずかなミスも許されない。「すべて一点もの」という意識を持ち、柔軟に対応していくため、工夫や研究が欠かせない(写真:土屋鞄製造所)
革が傷んでいると縫い穴の破れや広がりに繋がるため、ひと目ずつ慎重に糸を抜いていく(写真:土屋鞄製造所)
「範囲も大きく不規則な革破れだったので途方に暮れそうになりましたが、今まで培ってきた経験をフルに活かし、ほぼ元通りに再現できました。品をお返ししたあと、とても喜んでいただけたとの連絡があり、本当にうれしかったです。作業の大変さと感謝の言葉がセットになって、私の中でとても印象に残っている仕事ですね」
「心一つに」したものづくりを届ける
軽井沢工房の様子(写真:土屋鞄製造所)
今年で創業57年を迎える土屋鞄ですが、いわゆる「老舗」の重々しさは感じられません。次はどんな面白いことができるだろう?――そんなわくわくした思いが反響するように、店舗や工房のそこかしこに軽やかで気持ちのよい空気が流れています。取材中に目にした創業者・土屋國男さんの少年のような笑顔が、そのゆえんを物語っていました。
「夢のある企画、募集してます」と書かれた求人票をきっかけに入社した広報の山田さんもまた、土屋さんの姿に心動かされた一人です。
「夢のある企画、募集してます」と書かれた求人票をきっかけに入社した広報の山田さんもまた、土屋さんの姿に心動かされた一人です。
「創業者が普通の職人だったら、今のようになっていなかったと思います。自分で道具を作ったり、『今よりももっと良いもの』を作るための発想がすごく豊かなので、同じところに留まらないというか、その心が社内全体に染みついているんじゃないかと。今でも工房に顔を出しては、たまに少しでも気になるところがあると『あれ?これちょっと……』と、やさしい顔で厳しい突っ込みを入れていますよ(笑)。20年前に入社したときに若手第一号だった職人もそういう風に育ってきて、みんな同じ感覚。何か困ったことがあればみんなで一緒に解決するし、チームで働くってことを自然にできるような雰囲気はあると思いますね」
たった3人から始まった工房は、いまや従業員数が600人を超える会社に成長しました。一般的に規模が大きくなるほどコミュニケーションは難しく、チーム間の距離ができてしまうこともあるのでは……。昨年入社した広報の山登(やまと)有輝子さんとお話して、それが杞憂であることがわかりました。
たった3人から始まった工房は、いまや従業員数が600人を超える会社に成長しました。一般的に規模が大きくなるほどコミュニケーションは難しく、チーム間の距離ができてしまうこともあるのでは……。昨年入社した広報の山登(やまと)有輝子さんとお話して、それが杞憂であることがわかりました。
広報の山登有輝子さん。昨年の新卒採用には2000人を超える応募があったのだそう
「もともと、私もものづくり好きで、同期にもそんな人達が多いんですけど。心から自分が良いと思うものを世の中に広める仕事がしたくて、作る人へのリスペクトがある土屋鞄に惹かれました。入社後は、もう『納得!』という感じで(笑)、自分たちが作っているものへの誇りやこだわりを日々実感しています。手で作ったものをまた手に届けていくということをずっと貫いてきた会社なので、働いている人もすごく優しくて。こういう人たちの手によって作られているから、お客様へ伝わっていくものがあるんじゃないかなと思います」
土屋鞄の工房内には、「心一つに!」と書かれた大きな革が掲げられています。その言葉通り、デザイナーや職人、創業者・土屋國男さんの志を受け継ぐ人々は「長く愛されるように」という一心で、今日もものづくりを続けています。
それぞれの物語を刻んだ土屋鞄の製品は、それだけですでに一冊の日記のよう。次のページに綴られていくのは、あなただけの愛おしい毎日です。
(取材・文=長谷川詩織)
それぞれの物語を刻んだ土屋鞄の製品は、それだけですでに一冊の日記のよう。次のページに綴られていくのは、あなただけの愛おしい毎日です。
(取材・文=長谷川詩織)
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(写真左上から時計回りに)まずはクロスで表面のホコリや汚れを乾拭き。次に細かい隙間や内部をブラッシング。次にムース状のレザーフォームを使い滑らせるように浸透させていく。最後にクリームを塗り、革の目に詰まらないようにブラシで浸透させる