江戸の暮らしから生まれた掃除道具
夜中だろうとお構いなし、気になったときにさっと床をなでる。軽いから力いらず、柔らかくよくしなる穂が、するんと勝手に復ってくるさまも楽しい。リズムをつけて掃いているうちに、みるみる塵やホコリが大集合。あとは軽く水拭きなんかすれば一丁あがり、たちまち掃除上手になった気分になる。
今では首都高速道路が走るこの地には、かつて「京橋川」があり、竹河岸としてにぎわった。竹材などの仕入れに不自由しないという地の利もあったが、箒づくりをはじめたのには、もうひとつ「江戸の地」ならではのわけがある。自身も生粋の江戸っ子である7代目当主・中村悟さんはこう語る。
歌川広重の「京橋竹がし」にも当時の様子が描かれている(『名所江戸百景』 1857年、国立国会図書館 蔵)
白木屋傳兵衛商店(商号:白木屋傳兵衛中村商店)7代目当主・中村悟さん。気持ちのよい江戸弁を時折交えながら、さまざまなお話を聞かせてくれた
店内では、神奈川と和歌山の熟練の職人がつくる棕櫚帚も販売している
しかし、はじめは穂先から粉が出るため、しばらくは板の間で使い込む必要がある。その点、すぐに畳に使えて目の埃を掃きだしやすい「江戸箒」は、まさに畳のための箒といえる。こうして画期的な掃除道具は、たちまち江戸の暮らしに根付いていった。
「軽く、柔らかく、コシがある」江戸箒の三拍子
製品は材料の質により色糸でランク分けされている。写真左から軽さを重視した「上」、バネ感がありコシが強い草でつくるため、絨毯などに適した「特上」、選別した中でも最高級の材料を使用した「極上」
穂先は長さによって柔らかさに差があるため、「草選り」では唯一どの草も性質が変わらない穂の根本を触って判断する
職人頭の高木清一さん。三代にわたり箒職人として製品を作り続け、江戸箒の魅力を今に伝えている(写真提供:白木屋傳兵衛商店)
たとえば、ラインナップの中でも手頃なインドネシアの草を使った箒。つくりもよく充分にホコリは取れるが、しならせるのに少しだけ力がいる。次に、国産の草を使った「上」を試してみる。先が細かくホコリのまとまりがよい。さらに畳を掃いてみると、穂先がひとつひとつの目にしっかりと入っていく感覚。筆のようななめらかさで、なんとも気持ちがよい。軽く、掃き出しやすく、掃きグセが起こりにくい三拍子が揃った江戸箒ができるのは、材料選びからすべての工程に息が通うからこそ。
そう話すのは、職人の神原(かんばら)良介さん。神原さんのほかに頭の高木さん、女性の先輩職人が2名。この道12年の神原さんは、社内で一番の「若手職人」だ。流れるような迷いのない手さばきに感心していると、笑いながらこう話す。
職人・神原良介さん
一連の流れをまとめたマニュアルはあれど、あとは自分で体得していくしかないという。自分でも手を動かしながら頭職人の作業を目で盗み、疑問を解き明かしていく。今でもまだまだ納得がいかないことだらけだと話す神原さんの顔は、それでも楽しそうに見えた。
江戸箒ができるまで
神原さんの職人道具。箒専用のものはひとつもなく、ときには改造しながら自分の道具を作っていく
1.草の選別から下準備
選別したホウキモロコシ。左が穂先になる部分。すべてを草で作ると重さが出てしまうため、内側には茎を短く切った「クダガラ」を仕込む(写真右)
草を編む麻糸にも霧吹きでしっかりと水を含ませる
2.「耳」と「玉」をつくる
今回の手箒は体をかがめて穂先を斜め下に差し出して使うもの。片側のみに耳を作ることで、上からの力を受け止め手の負担を減らす。反対に、まっすぐ立った姿勢で使う「長柄箒」は、この耳が両側にあり、垂直にかかる力を分散する形になっている。
草とクダガラを合わせ、束をつくる。同じ草でも太さや穂の垂れる向きが異なる中で、どの製品も均一に作らなければならない。「何年職人を続けようと毎回材料の状態は変わるので、ベースをイメージしながら作ることが、普通だけど一番難しいところですね」と神原さん
草とクダガラを束にして、緩まないよう杭に巻き付けた麻糸をピンと張る。一本ずつ折り上げた茎の下に糸を通し、耳を編み上げていく。クダガラは箒の形を保ち強度を上げる役割もある。また、空間を埋めることにより、掃いたときにバネ感がつき安定感が出るのだそう
シャープなフォルムにするために木槌で叩きながら調整していく。厚みのさじ加減は職人の好みで微妙に変わってくるという
同じ要領で編み上げた「玉」
3.胴編み~胴締め
胴編み
耳と同様に、それぞれの束の茎と麻糸を交差させ、ギュッとテンションをかける。この作業を繰り返し、胴を編み上げていく。胴編みが完成したら、再度木槌でで叩き全体を締めて形を整える
胴締め
胴に厚みを出すため、内部に短く切ったクダガラを仕込む
胴を2段に分けて縛る。ここで使っているのは登山用のロープ。全身を使って相当な力をかけるため、ほとんど一年でロープが切れてしまうのだとか(!)
胴部分が完成すると、箒の形に近づいてきた
4.柄を差し込む
外側の茎を折り返し、内部を削る
先端をU字に削った竹柄を、木槌で力強く打ち込みながら刺す
外側の茎を切り落とし、別の箒で再利用する。この切り口に籐を巻き、編み上げの作業は完了
5.仕上げ
オオトジ
穂先の根本に糸を巻きつけ針で綴じ、木槌で締め、また針で綴じていく。穂先が広がりすぎるとすき間ができてしまうため、ここで形を整える。裏表でバランスが異なるため「最初は思うところから糸が出ず苦戦した」と神原さん。この後、鋸の刃を改良した道具で穂先を漉き、余分な種などを取り除く
コアミ
少量の穂を取り、糸を通して穂先を手で整えながら編んでいく。コアミを施すことで穂先が暴れず、まとまりが出る
「これね、眠くなるんですよ。ふだんは工程ごとにまとめて作業しているんですけど、みんな気乗りがしないから、30本分くらい溜まっちゃったときはさすがに師匠に注意されましたね(笑)。編みながら余分な穂をはぶくので、メンテナンスも兼ねています」
穂先を整えて完成
オオトジとコアミの間に色糸を入れる。その後、手に持ったときに全体がちょうど床に当たる角度で穂先をカット。草や麻糸に水分が含まれているため、ふたたび一週間ほど乾燥してやっと製品になる
使う人を思う丁寧なものづくりを
「職人だからお伝えできることもありますし、お客さんと話せるのはいいですよね。ずっと籠って作業することもできますけど、やっぱり品物を作るんだったら、使う人の声をちゃんと聞かないとおそらく向上はしない。それこそ昔からのお客さんに『最近よくないな』って言われたら当然焦るし、何とかしなきゃって気持ちにならなきゃ職人は続けられないんじゃないかなって。いろんな発想も生まれますし、せっかく参加するならそういうところも色々聞きたいと思っています」
そういって、愛情たっぷりに話してくれた神原さん。
一本の箒には、ここでは紹介しきれないほど細やかな工夫が詰まっている。「理想は師匠の箒」と話す神原さんだが、江戸箒に真摯に向き合う彼の理想の一本が、この先どんな表情を見せるのか。5年、10年と使えるもの……とは知りつつも、自分の手に馴染む「お気に入り」を探すのが楽しみで、また店を訪れたくなった。
・公式HP
・オンラインショップ
(写真提供:白木屋傳兵衛商店)
7月21日(木)~7月27日(水) 東急百貨店 吉祥寺店
8月23日(火)~8月29日(月) 仙台三越
9月7日(水)~9月19日(月) 天満屋 岡山本店
9月15日(木)~9月25日(日) 丸井今井札幌本店
10月26日(水)~10月31日(月) 日本橋三越本店
11月13日(日)~11月15日(火) 晴海トリトンスクエア
※緊急事態宣言等の状況により、予定が変更される可能性があります。
(写真提供:白木屋傳兵衛商店)