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【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編のカバー画像

【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]

写真:岩田貴樹

作り手のこだわりが詰まった美しい「名品」のストーリーをひもとく本連載。「白木屋傳兵衛商店」インタビュー後編では、7代目の中村悟さんに引き続きお話を伺う。箒産業の低迷や、農家の廃業……。幾度も時代の波を乗り越えてきた同社の挑戦と、次の時代への思いとは。

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2022年07月19日作成
>>インタビュー前編はこちらから

時代の波を乗り越えて

白木屋傳兵衛商店7代目当主・中村悟さん

白木屋傳兵衛商店7代目当主・中村悟さん

ライフスタイルの変化により、急激に普及した江戸箒。今でこそその魅力が見直されているが、幾度となく時代の波に揉まれてきた。第二次世界大戦下では一部地域を除いて原料の栽培が禁止される。戦後は物資や人手不足によりしばらくは生産量が低下。復興と共に徐々に需要を取り戻しはじめるが、昭和50年中ごろ、高度経済成長期に入るとふたたび陰りが見えはじめる。

「日本って敗戦っていうものすごく大きなマイナスの時代がありますでしょ。あれって経済的なことだけじゃなく、精神的なダメージもあって。『三種の神器』(冷蔵庫・テレビ・洗濯機)じゃないけど、電化製品の登場で『それまでのものはいかんもんだよ』って考え方になった。うちの箒なんかも『こんなものは女性を家庭に縛り付けておく道具で、これからは必要ないものだ!』みたいに完全否定されたことがあったんですよ。これからは掃除機の時代だって」
5代目の中村寛吉さん。歌と踊りが大好きな遊び上手だったという

5代目の中村寛吉さん。歌と踊りが大好きな遊び上手だったという

洋室が増えたことで掃き出し口がなくなったり、床は畳ではなくカーペットを敷くなど、住宅が変化すると、箒の役割は掃除機に取って代わられた。さらにカバー箒などの大量生産品の普及も、箒需要の低下を後押しする。白木屋傳兵衛商店では事業用の箒をはじめ、荒物や用度品の仕入れなどで会社を維持した。

転機となったのは1980年代、デパートの催事へ参加したときのことだった。中央区の伝統工芸を紹介する催しで、先代の梅吉さんは過去の経験からあまり乗り気ではなかったそうだが、持っていった在庫はわずか2時間で売り切れ。一筋の光を見た中村さんたちは「もう一度本業をちゃんとやってみよう」と一念発起。外に出ていた職人にも帰ってきてもらい、軸足を箒に戻した。
【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]
「本業に戻ると非常に強い部分がありましたね。職人頭の高木が、草選りをはじめとした特殊な技術をしっかり守っていてくれたので、うちもそれで繋がった。今は職人も非常に成熟した段階になってきて、本当に良いものが作れるようになってきたので、やっと安定してきたかなって」

最初の催事が好評だったことで、次々と各地のデパートから声がかかり、あれよあれよと20か所ほどの出展が決まった。それから悟さんは、6代目の梅吉さんと全国を飛び回る目まぐるしい日々を送ることになる。久しぶりに自宅に戻ると、人見知りした幼い娘さんに泣いて逃げられたこともあったと苦笑する。
【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]
「でも商売に一生懸命になることで、僕もずいぶんと周りから教えてもらいながら勉強もできました。これで金があって暇だったらね、カスみたいな人間になってたと思う、本当に(笑)。そんな暇もなく、なんとかやってこれたので、そういう意味ではよかったのかなと思います」

食やものづくりなど、歴史が残る中央区では地域のつながりも深い。白木屋傳兵衛商店も参加している「東都のれん会」は、ジャンルや会社の大小関係なく、各店で助け合いながら発展することを目的とした江戸老舗の集まりだ。以前は5年ほど他社メーカーで勤務していた悟さんにとって、ここでの出会いが大いに刺激になったという。
(提供:東都のれん会)

(提供:東都のれん会)

「のれん会には、いずれ家業を継いで社長になっていく人たちの『若旦那の会』もあって。その人たちの新しい企画や考え方に触れるのがすごく面白くってね。みんなえらいのが、我を出さずにちゃんとお店を中心に考えるんですよ。大切なことはみんなのれん会に教えてもらったね、って話を父としていましたね」
昨年91歳で逝去した、先代の中村梅吉さん。中央区の文化サポーターも務めていた。こちらは、生前に遺影をテーマに写真集を制作したときのもの。「プロに撮らせたんだって(笑)。でも、いい写真だなって思ったんだよ」と悟さん

昨年91歳で逝去した、先代の中村梅吉さん。中央区の文化サポーターも務めていた。こちらは、生前に遺影をテーマに写真集を制作したときのもの。「プロに撮らせたんだって(笑)。でも、いい写真だなって思ったんだよ」と悟さん

父は勉強好きで商売はからきし、といたずらっぽく悟さんが笑う。先代の梅吉さんは文化研究者としての顔ももっていた。悟さんに代替わりしてからは、江戸東京博物館のボランティアや戦争体験の語り部として活動し、地域の人にも親しまれていた。
座敷箒以外にも、洋服ブラシやテーブルに使えるハンドサイズも人気。

座敷箒以外にも、洋服ブラシやテーブルに使えるハンドサイズも人気。

厚紙を張り合わせて柿渋を塗った「はりみ」も人気製品のひとつ。外枠には竹ひごをはめ込み、強度も充分。静電気もおこらず、ストレスなくホコリを集めることができる

厚紙を張り合わせて柿渋を塗った「はりみ」も人気製品のひとつ。外枠には竹ひごをはめ込み、強度も充分。静電気もおこらず、ストレスなくホコリを集めることができる

反対に「勉強嫌いの商売好き」という悟さんは、現代の住宅スタイルに合わせて今までになかった箒を提案。前編で紹介したコンパクトな「手箒」や、手箒よりも柄が長く幅が狭い「おてがる箒」はいずれもヒット作になった。6代目と7代目の奮闘によってピンチを乗り超えてきた都内で唯一の箒専門店は、あと数年で創業200年を迎えようとしている。

農家の廃業も…国産の原材料を守るために

収穫前のホウキモロコシ(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

収穫前のホウキモロコシ(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

草箒の原材料「ホウキモロコシ」は、農家の閑散期の副収入として各地で栽培されていた。しかし、昭和40年ごろをピークに生産量は減少。近年では箒需要の低下や生産者の高齢化などにより、ますますその数が激減しているという。白木屋傳兵衛商店と長年付き合いがあった茨城県つくば市の農家も、数年前についに栽培を終えた。国産のホウキモロコシは江戸箒の命。このままでは文化も途絶えてしまう。いてもたってもいられず、悟さんをはじめ社員一丸となり農家に指導を受け、栽培の技術を継承する取り組みを始めた。
昭和40年代に箒職人が技術を伝えたことで、現在でも箒づくりがさかんだというインドネシア。白木屋傳兵衛商店では国産の原材料のほか、インドネシア産の草を使った製品も販売している(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

昭和40年代に箒職人が技術を伝えたことで、現在でも箒づくりがさかんだというインドネシア。白木屋傳兵衛商店では国産の原材料のほか、インドネシア産の草を使った製品も販売している(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

製品に採用している国産の原材料は、茨城県つくば市・神奈川県三浦市・山形県東根市の三拠点でつくられている。東京・中央区の友好都市でもある東根市では、もともと箒草の栽培がおこなわれていたわけではない。名乗りを上げてくれた数名のJA研究生も、ホウキモロコシの栽培に関しては初心者だ。

夏場に雨が多く日照時間が少ない東根市は、好条件な土地とはいえなかった。しかし、つくば市や栃木県の農家にも技術指導をしてもらううちに、4年目となる今年はようやく光明が見えてきた。今では県をまたいで、生産者同士の交流も活性化してきていると、悟さんは話す。
(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

「僕も知らなかったような茎を太くしすぎないノウハウとか、すごくピンポイントなところも解決策が見えてきて。『そんなやり方があるんですか!』ってびっくりしましたよ。生産者さんたちも一緒にやる仲間がいるのはモチベーションが違うみたいで、意見交換をどんどんするようになりました」

「僕らはその辺には踏み込めないので、本業同士の話ってやっぱりレベルが違うなあって(笑)。ノウハウがついて、収穫量も増えて、作る人たちも少し冒険ができるようになるんですね。なんでもやってみるもんだなって思いました」
東根市で江戸箒の作り方をレクチャーする職人の神原良介さん(写真提供:東根市 総合政策課 )

東根市で江戸箒の作り方をレクチャーする職人の神原良介さん(写真提供:東根市 総合政策課 )

(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

(写真提供:白木屋傳兵衛商店)

ホウキモロコシの栽培は、生産者側にも思わぬメリットがあった。名産である洋ナシやサクランボなどの果物と繁忙期が被らず、害獣対策に手を焼く必要もない。努力の甲斐あって、来年にはもっと高品質なものが期待できるとのこと。東根市がホウキモロコシの産地として名を揚げるのも、そう遠い未来の話ではないかもしれない。

座敷箒の文化を未来に

白木屋傳兵衛商店では、文化の継承にも力を入れている。もともと材料を仕入れていた栃木県の生産者は、家業として箒を作り続けてきた職人でもあった。しかし、体を壊してホウキモロコシの栽培を断念。それでも、栃木に伝わる箒づくりの技法を遺したいという思いがあったが、販売する場所がない。それを聞いた悟さんは、店頭での販売を決意する。
【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]
伝統工芸品に指定されている「都賀の座敷箒」など、栃木県の箒は見た目にもかわいらしく、繊細で華やかな編みが特徴だ。預かった品物を並べるとすぐに完売し、リピーターもできたとうれしそうに語る悟さん。「体がよくなったら、また作ってくださいね」と声をかけると、とても感動して喜んでくれたという。

「箒屋さんもできればたくさんあったほうが、お互いにいろいろ聞けて技術も向上するし、後世にも繋がるので、やってよかったなと思いました。伝統的な箒は、土に還るし電気も使わない。環境には理想的な清掃用具だと思います。将来のためになるべく環境に配慮していくっていうのはこれから特に大切になってくると思います」
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江戸箒を使うようになってから、とにかく掃除機の出番が減った。今では箒で床を掃くのが楽しくて、毎日掃除をせずにはいられない。どの家でも、当たり前にそんな光景が見られればと思うものの、それは一店の力だけでは難しい。白木屋傳兵衛商店の年間の生産量は多くて2000本。一本を10年使ったとしても、2万家庭ほどへの供給が限界だ。

「うちだけじゃ、環境に対して大きなインパクトは出てこない。だから、できれば大手のメーカーさんも含めて、ちゃんとした材料と作り方でもっと社会に提供していかなきゃいけないはずなんですよ。どこが売れるとか関係なく、できれば大手さんも含めて、業界として力を入れていかないと、という気持ちは常にあります」
【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]
原材料の不足や後継者問題など、まだまだ課題は山積みだ。年々条件が悪化する中で、品質もキープしなければならない。それでも悟さんは、これからも文化を守っていきたいと力強く語る。

「激流に流されないように一生懸命クオリティを維持していかないと、すぐに『昔に比べて品質が落ちたね』となってしまう。農家さんや職人さんを食べさせるっていうのも、非常に大切な仕事のひとつです。面倒くさいことも多いんだけどね(笑)、面白いですよ」
【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]
もともと箒は祭祀具として生まれたもので、神の依り代と信じられていた。安産祈願や魔除けにまつわるものなど、日本各地には多くの伝承や風習が残っている。いにしえの人たちも「掃き清める」という行為を通して、心を軽くしていたのかもしれない。
【白木屋傳兵衛商店】掃除が好きになる魔法の箒 [後編]
最近は考えに行き詰ると、まず箒を手に取る。頭を空にして体を動かすうちに、気持ちがすっきりしてくる。あんなに憂鬱だった掃除の時間が、心をリセットするためのひとときに変わった。

空は飛べないけれど、白木屋傳兵衛商店の江戸箒はやっぱり魔法の箒だ。
「白木屋傳兵衛」のアイテムを見る
白木屋傳兵衛(しろきやでんべえ)
白木屋傳兵衛(しろきやでんべえ)
東京・京橋の箒専門店。天保元年(1830年)の創業以来、変わらない製法で江戸箒をつくり続けている。軽く、掃き出しやすく、掃きグセがつきにくい質の高い製品は長年の愛用者も多い。
・公式HP
・オンラインショップ

【イベント情報】江戸箒を直接手に取るチャンス!

(写真提供:白木屋伝兵衛)

(写真提供:白木屋伝兵衛)

「白木屋傳兵衛」は全国の催事に参加予定!江戸箒は使ってみて初めてその魅力がわかるもの。ぜひ、自分の手にしっくりくる一本を探してみてくださいね。

7月21日(木)~7月27日(水) 東急百貨店 吉祥寺店
8月23日(火)~8月29日(月) 仙台三越
9月7日(水)~9月19日(月) 天満屋 岡山本店
9月15日(木)~9月25日(日) 丸井今井札幌本店
10月26日(水)~10月31日(月) 日本橋三越本店
11月13日(日)~11月15日(火) 晴海トリトンスクエア
※イベント詳細や営業時間は、上記リンクより各施設のHPをご覧ください。
※緊急事態宣言等の状況により、予定が変更される可能性があります。

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