記憶と重なることで果てしない世界が広がる「詩」の世界へ

根本的な孤独に突然襲われたり、生きることへの不安や疑問が湧き「自分ってなんだろう」という誰も分からない問いに苦しんだり。そんなとき、「詩」は心に寄り添い、気づきもしなかった角度から世界を見つめることを教えてくれます。
しかし、芸術と一緒で作品の読み方に正解はありません。理解しようとするのではなく、そこに広がる世界にただ浸ってみればいいのです。

瑞々しい感性が心に刺さる。ミレニアル世代の詩人による「詩集」9選
暁方 ミセイ『ブルーサンダー』


詩集タイトルの「ブルーサンダー」は、そのままの意味もあるのでしょうが、真夜中に失踪する貨物列車から来ているそうです。それを知って改めて読んでみると、夜や明け方の香る作品が多い気がします。
岡本 啓『グラフィティ』
思潮社 2014年12月発行
1983年生まれ
2015年、詩壇の芥川賞とも言われるH氏賞と中原中也賞をダブル受賞し話題になった、岡本啓(おかもと けい)さんの第1詩集。アメリカのワシントンD.C.滞在中に書いた12篇と描き下ろし1篇が収録されています。
絶妙に区切られた詩行と連が心地よいリズムを生み出し、言葉ひとつひとつから鼓動や息づかいが聞こえるような語り口。書きたいことが明確にあって衝動のまま書き切ったような若々しさに、こちらの心まで突き動かされページを捲り続けてしまいます。

この詩のタイトルは、著者の生まれ年にリリースされたSonic Youth(ソニック・ユース)のアルバムにある曲と同じでもあります。意図的につけられたのかは定かではありませんが、その歌詞の内容も含めると、ここに込められたメッセージをより深く読み取ることができるかもしれませんね。

「もう二度とはじまることがない、と/だれもがほんとに、はじまってしまった」。そんな一生を力いっぱい生きて行くしかないとでも言うように、言葉は滑らかに勢いを持って続いていきます。
最果 タヒ『死んでしまう系のぼくらに』

ときに自分勝手で毒っぽくもあるけれど、誰もが気づかないふりをしていることを代わりに言ってくれているような愛のある言葉。読んでいくうちに、弱くて脆い"ぼくら"人間がなんだか愛おしく思えてきます。
三角 みづ紀『よいひかり』

誰もがしたことがあるけれど深く考えたことはなかったような行動、見たことのある事象から"ひかり"を掬い取ったような、丁寧でやさしい作品たち。やわらかなひかりに包まれたようなはじまりの中で、今日を大切に生きようと思わせてくれる詩集です。
萩野 なつみ『トレモロ』


いつか記憶から消えていってしまう儚い光景を詩としてとっておきたい、そんなふうにささやかに紡がれたかのような……。読後心がしんとなるような余韻を味わってみてください。
文月 悠光『わたしたちの猫』


マーサ・ナカムラ『狸の匣』
思潮社 2017年11月発行
1990年生まれ
独特な作風で彗星の如く現れたマーサ・ナカムラさんの詩は散文詩で、短編小説を読んでいるような楽しさが。
詩と言えば著者の経験や心情が割とそのまま書かれているものが多い印象の中、冒頭の詩「犬のフーツク」を読み始めると、時間や世界の設定があまりにも自由であることに戸惑いを受け、それでも奇怪なストーリー展開に自ずと引き込まれてしまいます。
フーツクが読んでくれた絵本に出てくるストーリーも奇妙で、物語の中に物語があるという層のような構造が作品に深みを出しています。他にも、柳田國男の法事をイメージしたものなど謎めいた作品が多く、見どころの多い詩集ですよ。
峯澤 典子『ひかりの途上で』

「何度いのちが経たれても/ひとの手はなお/花びらを模して/どうしても/やさしく生まれようとする」からはじまり、「雪柳」や「坂道」がキーワードとなって詩全体に深みを出しています。

石松 佳『針葉樹林』

萩野なつみさんの『トレモロ』同様、内容と共鳴する佐野裕哉さんの装幀が素敵で、誰かに贈りたくなるような詩集でもありますね。
思潮社 2014年11月発行
1988年生まれ
暁方ミセイ(あけがた みせい)さんの詩は、オノマトペなどの独特な言い回し、気象や鉱物、器官モチーフが多出する点が特徴です。
主体が自然や宇宙へと広がっていく想像力豊かな詩想に、第1詩集『ウイルスちゃん』から夢中になっている方も多いのでは。宮澤賢治の研究をされていたこともあってか、どことなく賢治作品の雰囲気を彷彿とさせるところも。