内側にも外側にも進んでいくための10冊
《私》の内側に歩いていく5冊
■『死にたいけどトッポッキは食べたい』ペク・セヒ 著、山口ミル 訳(光文社)
不安神経症を患う著者が、病院の先生と自身との対話をボイスレコーダーで記録し、それを文章におこした本です。考え方の極端性や恐れの多さを話す筆者に、先生が語りかけていきます。この本でも、明確に「こうして私は元気になりました」とは書かれてはいません。本は2冊目も出版されています。結論は出ません。ただ著者が悩みに向き合い、苦しみながらも小さな光を掴みかけてはまた見失う流れが続きます。その姿を追っていく中で、私たちは“ヒント”をキャッチすることができます。渡す・教えるのではなくて、シェアする時代なのだと思います。
■『あやうく一生懸命生きるところだった』ハ・ワン 著、岡崎暢子 訳(ダイヤモンド社)
生き方に対しての、諦念のような、希望のようなものが詰まった1冊。韓国は日本よりも学歴フィルターの分厚い競争社会です。日本の共通テストに相当する日に、警察官が受験生を送り届けたり、後輩たちが応援に駆けつける様子は有名ですね。現在の韓国では、その熾烈な争いに疲れ切った若者世代が現れてきました。著者の男性も、その中の1人。幸福になろうと努力すればするほど、不幸になる謎について考えた彼の、「ああ、よかった!一生懸命生きちゃうところだった、セーフ!」という姿勢…あなたは、どう思いますか?
■『怠けてるのではなく、充電中です』ダンシングスネイル 著、生田美保 訳(CCCメデイアハウス)
若者世代の競争社会への疲労は、この本にも現れています。もともとメンタルの不調のある著者が、「“普通の大人”であろうと努力するのをやめた」ということを語ります。生きていると、どうしても何かしらのスランプに陥ることがあります。そして、そのスランプが他人から見るとどうでもいいもののように思えてしまったり。はっきり言われてしまうことだってあります。そんな時に、『ウチ族』(いわゆる引きこもり属性?)の著者は、どんな回復薬を使うのか。小さな小さな不調が、どうしても大きな傷のようにジクジクと傷んでしまう人に。
■『実は、内向的な人間です』ナム・インスク 著、カン・バンファ 訳(新光社)
《HSP》《繊細さん》という言葉が一般的に認知されて、どれぐらいになるでしょう。実際、内向的で他者よりも傷つきやすいタイプの人々が存在します。おそらくその性格とは、血液型が○型であるとか、身長がどのぐらいとか、絵が得意・下手とか、そういった類の、性質の分類に入るのでしょう。外向的であればあるほど生きやすいように作られた世の中で、「あるある」を提示していくエッセイ集。韓国で大切にされているのは、解決法よりも、共感による共闘なのだと思います。現に、解決策がなくても、勇気づけられるのです。
外側から《私》を観測する5冊
■『言葉の温度』イ・ギジュ 著、米津篤八 訳(光文社)
ハングルは世界一合理的で優れた文字だと言われています。確かに勉強してみると、形を組み合わせて文字を作るので、音と文字の形が覚えやすいのがわかります。整然と並ぶハングル表を見ると、「うまく作ったなぁ」と確かに感心…。しかし、韓国語を用いた表現や語彙が、ロジカルで整然としたものばかりなわけではありません。「言葉には固有の温度がある」と著者は語ります。ひとつひとつの言葉で、私たちは他者を愛したり、傷つけたりできます。言葉の重み、温度、湿度、彩度、それらを使いこなすことで、他者と伝え合えるものが増えます。ソウルで新聞記者として働いた著者による、言葉に真摯に向き合った、熱い本です。
■『彼女の名前は』チョ・ナムジュ 著、小山内園子・すんみ 訳(筑摩書房)
私たちは、1人だけでは、自分を認知することができません。人と関わっていくことで、自分自身の尊厳や価値を学んでいきます。その個人性を、属性による判断で蔑ろにする権利は、誰にもありません。しかし、悲しいことに、フェミニズムへの抵抗はまだ存在し、過去から現在に向かって女性は女性であることで傷つけられている現実があります。この中に収録されているのは、28編の短い物語です。意識して読んでいただきたいのは、《どの女性たちも、バトンを渡す相手のために立ち上がっていくこと》です。私たちには、《次の人》に、より良いものを渡す義務があると思うのです。その1歩目として、この本を開いてみてください。
■『女ふたり、暮らしています。』キムハナ・ファンソヌ 著、清水知佐子 訳(CCCメディアハウス)
陽気でシティなカバーイラストのように、軽快に暮らす女性2人と猫1匹。暮らし始めたのは40歳手前から。性格もライフスタイルも職歴も違うけど、衝突もするけど、一緒に住んで、いい感じ。シェアハウスというライトなノリではなく、人生を共に戦っていこうと決めた仲間同士で、同盟を組むように暮らすこと。家庭を築くって、結婚や家族とじゃないとできないことなのかな?と、ちょっと疑問が芽生えてきます。ファミリーじゃなくて、ユナイテッド。全然、ありでしょう。
■『わたしに無害なひと』チェ・ウニョン 著、古川綾子 訳(亜紀書房)
人と人との交錯を描く短編集。《無害》とはどういうことか、まずは一度読み始める前に考えてみてください。どんな関係性でも、終わりがきます。特に、若い頃に出会って、あの時は密接に強く関わり合ったはずなのに、もう年賀状でさえ出さなくなった人。思い返しもしなくなった元恋人。人間関係は自分自身の意思や感情があって成立するもので、うまく噛み合わなくなること、ぶつかること、遠くなること…全て仕方のないことです。でも、でも、離れてしまうことは《終わり》や《失敗》ではないのだなと思わせてくれる物語ばかりです。
■『わたしたちが光の速さで進めないなら』キム・チョヨプ 著、カン・バンファ 訳(早川書房)
韓国のSF小説集…というと、なんだか不思議な気持ちになる人は少なくないでしょう。隣の国で紡がれた、もしもの世界を楽しめる作品が7本収録されています。SFに親しんだ方なら、おそらく「よく見た題材を取り扱っているな」と思うかもしれません。しかし、この作品集の魅力は、SFという無機質・ロボめいた印象を持つ世界線で、人間同士の交流を彩り豊かに描いている点にあります。宇宙ステーションや、死後に意識だけを格納する図書館など、未来的な要素ばかりなのに、感じるものは全てあたたかいのです。
■『家にいるのに家に帰りたい』クォン・ラビン 著、チョンオ 絵、桑畑優香 訳(&books)
このタイトルと同じことを考えた経験のある人は、案外多いのではないでしょうか。ここでの《家》とは、おそらく自分の家や自室のことを言うのではなく、自分自身が守られる・安心できる・1人でいられる場所…という意味になると思います。1人で部屋にいたとしても、自分に安心することができないとか。韓国の心のエッセイに共通するのは、誰かを諭すようなやり方で語りかけてこないというところです。あくまでも自分の感情の吐露として、言葉が紡がれていきます。おそらく、あなたを助けてくれる本ではありません。ただ、「私はこう思う」というやり方を知ることで、癒されることも大切です。