酸いも甘いも深みを増す、大人の恋愛
PART1:大人としてまっすぐ向き合うからこそ。困難に突き当たる物語
仕事も恋愛も充実。それでも本命には言い寄れない
パリで繰り広げられる大人の三角関係
■『ブラームスはお好き』フランソワーズ サガン 著、朝吹登水子 訳(新潮社)
主人公は、パリでディスプレー・デザイナーとして活躍する39歳の女性・ポール。恋人のロジェとはもう六年の付き合いで、ぽーつは彼を見るといつも「私は彼を愛している」と思いますし、一緒に過ごす時間も楽しいと感じています。けれど最近、ロジェがポールの部屋に上がることが少なくなって、満たされない想いが膨らんでいました。そんな時、十五歳年下の青年・シモンに出会い、想いを寄せられるように。ロジェとは違う、若く、美しく、エネルギッシュな彼に、ポールはひかれていきます。パリのおしゃれな景色に、孤独感や愛する心の難しさが浮かび上がってきます。
愛しているのに伝わらない。そんな困難を乗り越える物語
■『レインツリーの国』有川浩(新潮社)
中学生のころ好きだった本を思い出し、ふとパソコンで検索してみた主人公の伸行。すると、「ひとみ」という人がその本の感想を書いているブログを発見します。伸行が感想をメッセージで送ったことから、2人は知り合いになり、そのうち現実でも会うまでに進展。ところが実際に顔を合わせて話をすると、伸行は違和感に気づきます。ひとみは補聴器をしており、耳が聞こえづらい障害を持っていたのです。お互いにひかれ合っているのに、しっかり向き合おうとするからこそ突きつけられる、健常者と障がい者の壁。二人が困難を乗り越えられるのかドキドキで、ページをめくる手がとまりません。
PART2:結婚は愛の形のひとつ?それとも?「結婚」の意味を問う物語
とある不倫の形を軽やかに描く
■『A2Z』山田詠美(講談社)
不倫は、誰にとっても忌み嫌われるもの。特に不倫された側は、それを知らされた時深く傷つき、悲しみの底に突き落とされてしまいます。しかしこの小説に登場する夏美は、夫の一浩から恋人がいることを知らされた時、交通事故の目撃者のようにあっけにとられます。どこか冷静で、「そういうこともあるよな」と思ってしまっている夏美。そしてそんな夏美にも、恋に落ちる瞬間が訪れて…。白と黒ではっきりとは分けられない人間の気持ちをさわやかに描いています。
幸せな結婚とは?現在にも通じる高慢と偏見
■『高慢と偏見』ジェイン・オースティン 著、大島一彦 訳(中央公論新社)
18~19世紀ころのイギリスでは、女性は仕事を持つことができず、裕福な家庭に嫁ぐことが、生活のためにも自身の幸せのためにも必要でした。田舎町ロンボーンに住むベネット家の娘たちもまた、母親に急かされ婿探しに奔走します。しかし階級社会であるイギリスでは、結婚をめぐって男女の間に「高慢」や「偏見」がはびこっており、一筋縄ではいきません。現在と感覚が違うところもあるものの、本質的には現在と変わらない部分もあり、「結婚」という制度を考え直したい時に読んでほしい1冊です。
同棲=結婚?そう、うまくはいきません
■『しょうがの味は熱い』綿矢りさ(文藝春秋)
愛し合っていて、同棲もしている。ここまでくれば、結婚も間近!と思ってしまいますよね。しかし実際には、仕事の状況や生活スタイルの違い、相手との気持ちの温度差で、実は結婚とは遠いところにいたと気づくこともあります。本書は、そんな2つのカップルを描く2篇を収録。ただ愛し合っていれば、結婚してハッピーエンド。そんな幻想的な恋愛ではなく、現実にしっかり根差した心の動きが、手に取るように伝わってくる物語です。
PART3:年齢も立場も忘れさせる。抗いようのない心の動きを描く物語
年齢なんて関係ない!恋する気持ちを思い出す
■『運命に、似た恋』北川悦吏子(文藝春秋)
主人公のカスミは、現在一児の母。6年前に離婚した後、クリーニング屋で地道に働きながら、息子と2人暮らしをしています。あるとき、クリーニング品を配達した先でユーリという有名デザイナーに出会います。歯の浮くようなセリフを言ったり、思い付きでカスミを振り回したり。自由で無邪気なユーリに最初は戸惑っていたものの、次第に心を奪われていきます。実はカスミは、昔ユーリと会ったことがあったのですが…。ユーリにドキドキさせられながら、「恋を卒業したい」「素直に受け入れたい」そんな葛藤に揺れ動くカスミに共感してしまいます。
人生の後半に始まる、ひとつの壮大な恋
■『マチネの終わりに』平野啓一郎(文藝春秋)
クラシック・ギタリストとして活躍している、38歳の蒔野聡史。デビュー20周年記念のため国内外でツアーをこなし、最終公演日ではこれまでにないほど素晴らしい演技を披露しました。しかしツアー終了後、聡史のもとを訪れた記者・小峰洋子と出会ったことで、運命は大きく動き出します。洋子には婚約者がおり、聡史のスランプ・洋子のPTSD・国を超えた行き違いなど数々の困難が立ちふさがるものの、言葉では言い表せない部分でどうしようもなくひかれ合っていく2人。「未来は常に過去を変えてるんです」という冒頭の2人の会話が、物語が進むにつれ理解できるような気がしてきます。
心を温かく照らす光のような、静かでやさしい恋
■『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子(講談社)
主人公の入江冬子は、34歳。幼いころから普通に人と会話することができず、自信を持てずにいました。人間関係に居心地の悪さを感じ、新卒で入社した出版社を辞め、今はフリーランスの校閲者として働いています。ある時初老の男性・三束さんと出会って、冬子は自然と心ひかれていくのですが…。人とのふれあいは、心をすり減らすこともあるけれど、真夜中に輝く光のような温かさと美しさをもたらしてくれることもある。そんなことを思わせてくれる物語です。
PART4:時を経て深みを増す。かつての愛に再会する物語
14通の手紙を通じて埋まっていく心の傷
■『錦繍』宮本輝(新潮社)
かつて、とある事件のせいで思いが通わず、離婚した男女。10年後、紅葉の美しい蔵王で再び出会ったことから、物語は動き始めます。本書は、男女が往復書簡でやりとりをしあうという形式で書かれたもの。書簡といっても、互いの近況や感じたことが事細かに書かれ、自然と2人の気持ちに入り込めるようになっています。昔何があったのか、どんな思いで生きて来たのか、今はどんな気持ちなのか…互いを思いやる書簡が、静謐で洗練された文章で交わされ、読み進めていくうちに前向きな気持ちになっていきます。
仕事も恋愛もうまくいっていたのに。突然訪れる再会
■『ありふれた愛じゃない』村山由佳(文藝春秋)
主人公は、老舗真珠店で働く32歳の女性・藤沢真奈。仕事は順調で、年下の恋人とも付き合っており、充実した私生活をおくっていました。ところが真珠の買い付けのため訪れたタヒチで、昔よりも生き生きとした元彼と出会ってしまって…。すでに抱えているものがあるからこそ、心の揺れを抑えようとする真奈。彼女が一度動き出した心を抑えられるのかどうか、ぜひ手に取って確かめてみてください。
終わってしまったからこそ、永遠になる恋もある
■『マディソン郡の橋』ロバート・ジェームズ ウォラー 著、村松潔 訳(文藝春秋)
舞台は1960年代のアメリカ。フランチェスカ・ジョンソンは、夫や子供とともにイタリアからこの地へやってきて、農家の主婦として暮らしていました。あるとき、地元にある屋根付橋を写真に収めるためやってきた写真家ロバート・キンケイドと出会います。一緒にいられる4日間、強烈にひかれ合い、愛し合う2人。フランチェスカは今の暮らしを捨てることを選ばず、別れることになりますが、その愛はその後の2人の心にずっと残り続けていて…。お互い思いやりに満ちているからこそ結ばれず、それでも愛し合う物語。2人の愛は、永遠の愛を実現する一つの形なのかもしれません。
PART5:「愛」って何だろう?深い意味に触れる物語
「愛」にはいろんな形があっていい
■『きらきらひかる』江國香織(新潮社)
主人公の岸田笑子は、自称アル中。世間体のため、家族を心配させないため、十日前にお見合い結婚しました。実は、結婚相手の睦月は男性の恋人がいる同性愛者。お互いすべてを理解し、認め合いながら、それを隠して結婚したのです。ところが家族の干渉や2人の関係の不安定さに、笑子はどんどん精神をむしばまれてしまいます。互いに結婚生活を維持しようと努めても、それが裏目に出てしまい、どんどん行き詰りに。嫌っているわけではない、むしろずっと愛していたい人たちと、傷つけあいながらも離れられない、恋とも友情とも名付けられない関係性が描かれます。最後には、こんな愛の形があってもいいのではないか、と考えさせられますよ。
2人だからこそわき上がる、いとおしい気持ち
■『やめるときも、すこやかなるときも』窪美澄(集英社)
元彼女の結婚式で出会った女性を、家に連れ込んでしまった家具職人の壱晴。名前も知らないまま、女性はいつの間にか帰っていましたが、家具のパンフレットを作ろうと依頼した制作会社の担当者・桜子として再会することになります。仕事で関わっていくうちに、壱晴にひかれていく桜子。一方壱晴は、かつて起こった出来事のせいで、12月に数日間声が出なくなるという秘密があって…。やめるときもすこやかなるときも、大切な人のことを受け入れ、一緒に乗り越えていきたい。そう思わせてくれる物語です。
愛する人のためにできることを、改めて考えたくなる物語
■『アジアンタムブルー』大崎善生(角川書店)
主人公は、出版社の編集者として働く山崎隆二。百貨店の屋上でぼんやり煙草をふかして、空を見上げるのが好きな33歳です。物語は、彼の日常を描きながら過去を振り返る形で進みます。万引きしてしまった中学時代、高校の先輩との特別な関係、仕事で知り合ったSMの女王、そして大切な恋人・葉子との出会い。隆二は葉子と恋に落ち、同棲を始めるのですが、ある日突然葉子が倒れてしまって…。どうしようもない運命に対して、恋人のために何ができるのか。隆二のあたたかさと、周囲の人々のやさしさに、涙があふれます。
■『言い寄る』田辺聖子(講談社)
玉木乃里子は、フリーのデザイナー・画家として活躍する31歳。個展を開くなど仕事は順調で、男に会えば次々に言い寄られ、仕事も恋愛も満喫しています。実は、乃里子は知人の三浦五郎に片思い中。奔放な暮らしをしているように見えて、本命にはなかなか気持ちを告げられないままでした。ところがある時、元同僚の美々が未婚のまま妊娠。人の良い五郎は、かわいそうだからと快く籍を貸してしまって…。どれだけ相手を想っていても、相手にはなかなか伝わらない。そんな乃里子のじれったい気持ちがひしひしと伝わってきます。