カラフルで美味しい和菓子のお店
落雁と聞くと、菊や梅、ききょうなどをかたどった、お供えものとして飾られることの多い和菓子というイメージをもつ人が多いかもしれませんが、店内に並ぶのは、見るだけで思わず笑顔になるようなかわいらしいものばかり。
季節限定のお菓子も人気。「bird(バード)」は、鳥が落雁、雲は琥珀糖、そして金平糖がちりばめられたセットで販売される、春の限定商品(画像提供:UCHU wagashi)
厳選した素材で作る、口どけのよい落雁
「和三盆糖の落雁は、繊細な意匠(デザイン)を表現することにこだわる余り、混ぜ物を加えているものがあります。けれど、僕はそれを美しいけどおいしいと思えなかった。そこで僕はおいしい落雁を作りたいと思ったんです。和三盆糖だけではおいしいけど崩れやすい、それなら崩れにくいデザインを考えればいい。ここでデザイナーとしてのスキルが役立ちました。柔らかな口溶けを大事にするために、お菓子は7~8mmと薄くして、平面的なデザイン性を取り入れました」
口溶けのよさと見た目の美しさのバランスを見極めデザインされる落雁の木型
UCHU wagashiの落雁制作の様子。すべて手作業で和三盆糖を木型に入れ込んでいきます
ゆっくりとした口調でそう話しながら、木本さんは落雁の説明をしてくれます。
「いろんな和菓子屋さんが日々、せっせと上生菓子の意匠(デザイン)に取り組んでて、お店でも目立つところにある。でも落雁っていつも端っこにあるんですよ……。落雁もすごいお菓子なのに。なんとかしたいと思いました。和三盆糖で作るお干菓子は一般的には落雁とは呼ばれていません。『和三盆糖』として販売されています。だけど、UCHU wagashiでは、あえて『落雁』として販売しています。落雁って素敵な名前だし、もっと使われる現在進行形の言葉にしたいから」
和三盆糖。ここにごく少量のしとり(水分)を加え、丁寧に揉みあわせます。しとりで湿った和三盆糖を木型に押し入れます。和三盆糖は粒子が細かく、口溶けが良い。しかしその分、扱いにも繊細な技術が必要です
型からはずせば、くちどけがよい落雁ができあがります。写真はピンク色が美しい春限定の「drawing (spring ver)」(画像提供:UCHU wagashi)
時を重ねてきた和菓子は「生き続ける伝統文化」。そしてそれを守るため、UCHU wagshiが考えていることを木本さんはこう説明してくれました。
「最近は、だんだん和菓子と洋菓子の差がなくなってきていると感じます。時代に合わせて変化していくことはとても大事だし、必然かと思います。でも、売ることを優先し、和菓子に洋素材をくっつけることには違和感もある。それは進化ではなくて退化な気がするんです。和菓子がいまの時代にフィットして発展するために、新しい要素を取り入れ変化する。UCHU wagashiはそういう和菓子を作りたいと考えています」
お茶席の様子。春限定の「momohana(モモハナ)」と(画像提供:UCHU wagashi)
「例えば、お茶席は本当に美しい。『一期一会』という言葉も茶道から生まれた言葉らしいです、人との出会いを一生に一度と思い、相手に対し最善を尽くしながらお茶を点てることを意味します。究極のホスピタリティーですよね。UCHU wagashiもそういう思いでお菓子を作り、販売したいと願っています。僕はヨーロッパのデザインも大好きだし、普段に着物も着ないけど、『和』のデザインが素敵だなぁと思ったのは、茶席への興味が始まりでした。こんなに欧米化している日本で原点回帰するのは簡単ではないですよね。でも知れば知るほど、四畳半の茶室に日本人らしいの美意識が詰まってることに驚かされます」
UCHU wagsahiのブランドのコンセプトは、「人をわくわくさせたり、しあわせにする和菓子」。目指しているのは、伝統を守りつつ、これから新しい伝統になっていくような「今の和菓子」です。
普段の自分のテーブルを「お茶席」に
(画像提供:UCHU wagashi)
「京都は新しさと古さがうまく調和した街です。でもなぜか案外、新しいことはやりにくい。歴史がありすぎて、みんな新しいことをやったり、変えたりするのは恐いのかなぁと思います。怒られるんじゃないかとか(笑)。京都にはたくさんの外国人が住んでいます。僕の友達もそうだけど、固定観念や慣例とか関係ないから、すごく斬新なアイデアで生活してたりするんです。それをみて、僕も外国人みたいな感性で、和菓子と向き合おうと考えています」
「和菓子に興味を持ってもらうために、僕ができることを考えました。まずお茶席の『おもてなし精神』の美しさを実感してもらうこと。別に茶室でなくても、着物を着てなくても、正座しなくても、『おもてなし』はできるじゃないですか。大切な人を家に招いて、その人の喜ぶ顔が見たくて、自分なりの季節を表現する。まずはこれで十分かなって」
そんな素敵な想いから生まれたお菓子が「drawing(ドローイング)」。丸や四角も作ってほしいという要望もあるそうですが、それだと自分が楽しむためのゲームでしかなくなり、「誰かのために何かをしてさしあげる」という「おもてなし」からは遠のいてしまうため、あえて複雑な形が作れないままにとどめているのだそう。
まさに普段の自分のテーブルで自由におもてなしを楽しめる和菓子である「drawing(ドローイング)」。このように、UCHU wagashiの落雁は「伝統文化」を大切に受け継ぎながらも、現代の私たちに何かしらの「気づき」や「新しい価値」をあたえてくれます。
和菓子のある「時間」や「場面」までデザインする
例えばジャスミン茶、ほうじ茶、抹茶といったティーフレーバーの落雁である「ochobo(おちょぼ)」。この商品は、京都のお寺の境内で自動販売機のジュースを片手に休憩する人を見かけたことで生まれました。
「せっかく何百年の歴史ある場所にいるのに、缶ジュースってもったいないなぁ、って思ったんです。僕は彼らにお茶をふるまうことはできないけど、せめて、ホッとしたい時にお茶の和菓子を食べてもらいたいと思って、デザインしました」
木本さんは「ochobo(おちょぼ)」を持ち歩き、休憩をする、という、お菓子のある「時間」や「場面」をもデザインしているのです。
ティーフレーバーの落雁が箱いっぱいに詰まっている「ochobo(おちょぼ)」
「スクエアの薄いお菓子自体に美しさを求めていますが、同時に機能美を大事にして考えました。手に取ったとき、口元にお菓子をもっていった時、食べる姿が美しいお菓子を作りたくて。和三盆糖のお菓子は割ると粉々になってしまうけど、このお菓子はゼリーで少し粘度があるから、割ってもあまり粉が出ないし、部屋も着物も汚れない。食べる所作が美しいのも、和菓子の大事な要素だと思っています」
こちらが「mix fruits(ミックスフルーツ)」と名付けられた落雁。左から時計回りにキウイ、オレンジ、フランボワーズです。やさしい甘さに天然果汁のさっぱりとした酸味と香りが合わさり、お抹茶やアールグレイとの相性が抜群(画像提供:UCHU wagashi)
「おもしろい」だけではない、「愛される理由」のあるものを
「永く続いている多くのものは、存在に必然性を感じます。そしてそれは常に一時的なものです。時代は常に動いている。それに合わせて変化し続けられることもとても大事だと思います。存在意義のないものは変化さえ出来ないし、時代に流されて消えていくと思います。おもしろいものや新しいものを作りたいって思ったことはなくて、自分が思う存在意義のあるものを作りたい。主観的なアイデアを思うまま作れた時、それは当然ほかにないものだから、人にとっては新しいものになるだけなんです。でも主観的と言いながらも、何百年も続いている老舗の和菓子屋さんと共に存在している責任は重く感じながら作っています」
寺町店の様子
伝統のルールからはみ出たところに、目的が見えた
そんなUCHU wagashiを木本さんがひとりではじめたのは、2010年のこと。
京都に生まれ育ち、グラフィックデザイナーとして東京で活動していた木本さんは、京都の伝統的な暮らしや文化は、古い家系や文化産業を営む家に生まれた人たちが受け継ぐものであって、そうでない自分にはどこか縁遠いものだと感じていました。ましてや、仕事で京都の伝統文化に関わるという発想はまったくなかったと言います。
京都御所内。手前の承明門からのぞき、奥に見えるのは、公家など一部の貴族が天皇に拝したり、儀式をおこなう場であった正殿です
そんな木本さんの転機となったのが、海外暮らし。ちょうど勤めていた会社を辞めたタイミングで、友人が暮らすニュージーランドで1年ほど働いてみることにしたのです。
自分らしく京都をおもしろく良くしたい
そのうちのひとつが、京都がすごく素敵な場所だということ。古い寺社や町並み、文化が色濃く残っていることに改めて気がついたそう。しかし反面、残念を感じることもたくさんあったそうです。
「僕もそうだったけど、渦中にいると見えないというか、当たり前すぎて大事さに気づいてないことってありますよね。この街並みも当たり前だったし、それがうまく使われていないのも当たり前でした。日本という大きな一つの経済体ですから、東京も京都も道路や街作りも全部同じになってしまう。効率が良くていいこともあるけど、地域の特色は活かせない。町家を維持するのはお金がすごく掛かるんですよ。マンションを買ったほうが実際安くて快適だと思います。文化や街並みを維持するのって、そんな効率とは対局にあるものです。まさに非効率」
そう言って一息つき、木本さんは次のように続けました。
「文化を維持するのって、その非効率を楽しめる気概か、能天気かどっちかだと思いますね。で、僕は生粋の京都人ではないですから気概はないわけです。だから僕は能天気主観で楽しもうと考えているわけです(笑)」
ワクワクしたり、しあわせにする和菓子
そうこうしているうちに、和菓子の世界で「自分だからこそできる新しい何か」に出合います。それは、リサーチのため京都駅のお土産コーナーで、ガラスケースにずらりと並ぶ和菓子を眺めていたときのことでした。
「たくさんの老舗の和菓子が並ぶ京都駅のガラスケースを見てた時でした。こう、ガラスケースがずらーっと並んでいるんだけど、僕にはどれもあんま大差なくみえちゃって。箱も深緑とかあずき色が多くて、無知ゆえなんですけど、お菓子もどれも同じに見えました。それで、それを見ながら、ハッと思ったんです。『もしマリメッコ(北欧のテキスタイルブランド)が作ったお菓子がこの隣に並んだらどんなんだろう、みんな喜ぶだろうなぁー』って。それでその時、なんか気難しく和菓子を考えて悩んでいたのが、パッと『自分の好きなことやればいいんだ』って考えることができたんです。ブランドのコンセプトである『人をワクワクさせたり、しあわせにする和菓子』が生まれた瞬間ですね」
茶席菓子の意匠(デザイン)には「季節を見立てる」という絶対的なルールがありますが、UCHU wagashiのお菓子にはそのルールを守っていない商品も。「animal(アニマル)」という商品は、カバやアシカ、はりねずみにひつじといった動物をモチーフとしています。
「落雁って基本的に茶席のお菓子だし、なかなか子どもが食べる機会は少ないですよね。もっと子どもに親しまれる商品も欲しいなぁと思って考えました。あと、おばあさんがお茶のお稽古ごとに子どもを呼ぶためのお菓子っていうシチュェーションもいいなって。デザインは親しみのある動物たちをできるだけ簡素化して、子どもっぽくなりすぎないように。味はこれも子どもたちが喜びそうなココアとバニラを選びました」
「animal(アニマル)」は、こうして「子どもをお茶席に呼ぶ」という大きな目的をひとつ見出しているのです。
動物型で子どもも喜ぶお干菓子を、と作られた「animal(アニマル)」
「京都の伝統産業はみんな『新しいことをしなきゃ』って思っている。でも長く続いていればいるほど変化するのはとても難しくなります。古いお客さんと新しいお客さんをどちらも満足させる商品を作るのはほんと難しいことだと思います。あとほとんどが代継ぎの経営者だから、しがらみもあるし、オセロをひっくり返すほどの大きな変化を起こせない雰囲気がありますね、和菓子業界にもそういう閉塞感みたいなものを感じます。でも僕にはそれが無いし、もっとエネルギッシュにやりたいこと、おもしろいことをやればいいやって思っています。伝統に敬意を持ち、新しいことを素直に楽しむ。それでいいと思いますね」
「木で例えると、伝統的なお菓子を大切に作り続けている老舗は幹であり、UCHU wagashiは枝であると思います。枝は多方に伸びて葉を生やして栄養を幹に送る、また幹はしっかり根を張って枝の先まで水分を送る。この循環が大事だと思います。僕らは和菓子に興味を持っていない人と和菓子を繋ぐプラットホームだと考えています」
UCHU wagashiでは、幕末より続く京都のお茶屋さんや老舗茶道具店の依頼を受けてオリジナルの落雁を作ったり、スヌーピーミュージアムとのコラボレーション商品を作ったりと、新たな交流も生まれています。「老舗」を木の幹、新しいことをはじめる「UCHU wagashi」は枝に例えて、木本さんは京都の和菓子の未来を作っていく使命をもって活動されています。
UCHU(宇宙)のように無限に紡ぐ、京都のこれから
ディレクターを務める松本亜弓さん
「UHCU wagashiは、なぜこのお菓子を作るのか、なぜこのデザインなのか、お客様にどう感じて欲しいのかというところまで、すべての商品に一貫してきちんとものを作っていると自負しています。私はもともと学生のころから、ものづくりをしたいと思っていて、何か新しいことをしている会社を探していたんです。そんなときに、たまたま縁があり、木本も『新しいことをして、成長していきたい』という考え方だったので、ここでなら何か役に立てるかもしれないと感じました」
新しく何かをはじめることで「京都の伝統」に貢献したいという木本さんの想いは、こうしてしっかりと若い人たちにも受け継がれています。松本さんのように"ものづくり"にたずさわりたいという熱い想いをもっていても、思うように行動にうつせないでいる若い人たちは京都では意外と多いのかもしれません。そういう人たちにとっては、UCHU wagashiは思い切って新しいことにチャレンジできる理想の環境といえるかもしれません。
「京都ものがたり」は、UCHU wagashiらしいデザインのお菓子。ビルの向こうに見える大文字。京都のランドマークである京都タワーなど、いまの京都が描かれています。「僕はいまの京都に生きているし、いまの京都を等身大で紹介したいと思いました。そんなことできるのもUCHU wagashiならではですよね」
「UCHU wagashi」というユニークなブランド名は、「和菓子も、宇宙のようにまだまだ無限の可能性を秘めている」という想いからつけられたもの
「フリーのデザイナー時代に疑問に感じていたこと。例えば駅に貼られるポスターのデザインをすごい一生懸命に作っても、それが渋谷駅に貼られて、ワンクールで剥がされる。そしたらもう誰も憶えていない。何年か後にそれを持ち出して、誰かに見せても、古くさく見えてしまう。『あったよねー』、『なつかしい』なんて言われて」
「でも京都の仕事にはそれがない、継続することに価値があるからです。年輪みたいに時を重ねる美しさがあります。ましてや100年前の仕事がなつかしいなんて言われないです(笑)。僕らはそういう場所でいつも新しいことにトライして、それを積み重ねていきたいです。UCHU wagashiは『いまのお菓子を作っていくこと、それが100年後にあたらしい文化になる』というコンセプトで活動しています。今はあたらしくて、ちょっと奇をてらったブランドだけど、100年後には伝統の仲間入りをしたいと考えています」
そういって木本さんは前を向き、未来を見据えました。
(取材・文/玉泉雅子)
お店の代表的な商品「drawing(ドローイング)」は、円をちょうど4等分したようなピースで、"魚"や"ちょうちょ"など好きなモチーフを自由に作って楽しめます(画像提供:UCHU wagashi)