目にも心地良い、やわらかな風合い
そして、その心地良さを求めてもう一度手にとると、今度ははなさずにはいられない。
周りの空気を吸いこみ、やさしく囲いこんでいるような風合い。その心地良さは、目に映るほどです。
ストールは、今からずっと昔、明治時代後半に誕生した「ガラ紡」という糸から織られています。この糸を紡ぎだす日本最古の紡績機は、現代の大量生産の技術にとって代わられ、稼働しているといわれるのは日本でわずか2~3機ほど。通常の紡績機の何十倍もの時間をかけて、ゆっくりと紡がれます。
「Suno & Morrison(スノアンドモリソン)」は、この「ガラ紡」を中心に、インドの「カディ」という手紡ぎ手織りの生地などで、暮らしを彩る品を届けています。
カディの巾着袋。表地にオーガニックカディ、裏地に薄手のカディを使用するなど、パーツのデザインや役割によって素材を変えています
生地を織る際に残ってしまうガラ紡を生かせないだろうかという思いから、試行錯誤のすえ完成したというアクセサリー
奄美大島の工房で染められたガラ紡のストール。鮮やかな琉球藍のブルー、雄大さを感じる泥染めのブラウンが美しい
だからでしょうか、「Suno & Morrison」のアイテムには、暮らしにそっと寄り添うようなおだやかな空気が流れています。
情熱が生み出す、手紡ぎのような風合い
「Suno & Morrison」の齋藤由清乃さん。じっくり丁寧に言葉を紡ぐように話してくださいました
ガラ紡の太さには独特の"むら"がありますが、これこそが手で紡いだような素朴な風合いの秘密です。
機械所有/日清ニット
ガラ紡機の操作は、職人の感覚だけが頼りというから驚きです。産地が異なる落ち綿の繊維は、長さもさまざま。ときに湿度によっても変化するほど繊細です。ガラ紡には、このことで必然的に生じる"むら"を、できる限り均一の太さに紡ごうとする職人の技術と情熱が注がれているのです。
「あまりに太い糸になりすぎてしまって、サンプルよりもずっしりと重いものができあがってしまったこともありました。ガラ紡を製品にすることは苦労が絶えなくて、大変な作業なんです」
そう語りながらも齋藤さんの表情は嬉しそう。そこには、ガラ紡への愛情と、力を尽くしてくれる職人の方々への感謝の気持ちがにじんでいるようです。
「やっぱり風合いでしょうね。最初にガラ紡でストールを手織りしたときの感動がすべてかなって思います。この素材、絶対に気持ちいいって」
ガラ紡を使い続ける理由を、穏やかながら力をこめて話してくれた齋藤さん。優しさがあふれでている可愛らしい笑顔が魅力的です。ふわっとその場の空気を和やかにしてくれる雰囲気ですが、奥底には自分の感覚を信じ抜く強さを秘めています。
魅了されたテキスタイルの世界
とにかく好きだったというのが織ったり、刺繍をしたり、無心で行うこと。細かな作業を積み重ねることで表情が浮かび上がる手仕事に心惹かれたといいます。そして、もうひとつ齋藤さんの心が躍ったのは色遊び。組み合わさることで生まれる新たな色の魅力を、絵を描く代わりにテキスタイルで表現したという齋藤さん。
卒業制作では、幅3mほどもある刺繍作品を完成させ、自由な創作活動に没頭した4年間は、「テキスタイルが好き」という純粋な気持ちを育む期間でもありました。
着る人を想い続ける生地づくり
「工場に伝わりやすい生地の仕様書の書き方とか、そういう業務的なことも学びましたし、テキスタイルが最終的に洋服になったときにどうなるかという考え方を学ばせてもらいました。大学生のときは、好きだと思ったものを自分の世界だけで表現していたんですけど、着る人のことを考えてデザインするということを鍛えてもらいました」
素材の触り心地、個性豊かな色彩。アパレルブランドでの体感は、齋藤さんのものづくりの土壌をつくっていきました。のちに、この豊かな土壌は、齋藤さんのアイデアやデザインという種を育て、ブランド誕生に向かってぐんぐんと芽を伸ばしていくことになります。
「退職してふとどうしようかなと思ったときに、とりあえず、まず自分の手を動かしてみようかなって。思い切って機織り機を買ったんです、結構でかい(笑)」
その大きさは、なんと6畳の部屋をまるごと占領してしまうほど。明確な目的があったのだろうと尋ねると、「そうですね……いわれてみれば、どうして買ったのかな」とふふっと笑った齋藤さん。ですが、ここからの行動は、進むべき道が見えているかのようにまっすぐなものでした。
「手紡ぎ手織り」の風合いを求めて
「糸を紡いで生地を織ってみると、やっぱり手紡ぎ手織りっていいなって思ったんです。すごく不格好というか、きれいではないんですけど、温かみがあるし、素材感も面白いなと感じました」
その風合いに惚れこんだ一方で、自分の手で糸を紡ぐことに限界を感じた齋藤さんは、手紡ぎの糸を購入することを考えましたが、出回っている種類にも量にも限りがありました。
「手紡ぎの糸のような風合いの紡績糸はないだろうか」――これまで体感した感触を思い起こすように考えをめぐらしたとき、かすかによぎったのが「ガラ紡」。さっそく購入してガラ紡でストールを織ってみると、その感触は深く心に響くものでした。
初めて手織りした「ガラ紡」のストール。平織りとワッフル状に織られた様子は、やわらかさが目から伝わってきます。齋藤さんにとって思い出深いアイテム
「それでガラ紡をたくさん買って、インド藍の染料を買って自宅で藍染めをしたり、柿渋液を買ってきて柿渋でガラ紡を染めたりして、ストールやクッションカバーをいくつかつくって展示会をしたんです。それが前身である「su:no」のはじまりです」
この心地良さをたくさんの人へ届けたい
(奥)作家時代に齋藤さんが藍染めして手織りしたラグ。(手前)インドのジャイプールで職人によって織られたコットン100%のラグは、ブランド第一号のアイテム
ご主人とは、学生時代から一緒に何かつくれたらいいねと夢を語り合ってきたのです。それは、若い2人の日常会話といえるものでしたが、齋藤さんのものづくりを楽しむ気持ちを道しるべに現実となるタイミングがやってきました。
ガラ紡績屋の社長さんは、齋藤さんの話を聞くと先導をきり、生地を織る機屋、アイテムを形づくる縫製工場までつないでくれ、あっという間に生産ラインが登場したのです。
「とってもどきどきしました」とそのときのことを緊張を思い出すように齋藤さんが笑います。ガラ紡がどれだけ繊細なのか理解していた齋藤さんにとって、真正面から素材に向き合う覚悟も必要だったのでしょう。
「これは好きじゃないとできないね」
この発注書を見て、工場を仲介してくれた方がぼそっとつぶやいたという言葉。齋藤さんの中で静かにみなぎる情熱がつたわったとき、「Suno & Morrison」は誕生したのです。
色選びも、心に響くままに
(画像提供:Suno & Morrison)
「色を決めるときに何かを見るってことはないんですけど、インドとか、ビビッドな色を使って考えられない色使いをしていたり、昔出張で行ったバングラディッシュで買ったストールが、渋いグレーの中にぴっとショッキングピンクが入っていたり、常々面白いなと思っているので、それに影響されているかもしれないですね」
素材選びと同じように、色選びも心に響くままに。「Suno & Morrison」の定番ともいえる美しい藍色は、その魅力に惹かれ、以前奄美大島まで藍染めをしに行った工房に今でも染めてもらっているのだそう。
カディは、まさに齋藤さんのものづくりの基本でもある手紡ぎ手織りの生地。インドがイギリスの植民地だった時代、人々の自立を促すために生きていく糧として生まれた歴史があり、今もインドで人々に愛され、生業にする人が多く存在します。
きなり色にシルクスクリーンでプリントされたグリーンが生き生きと描かれています
チェック柄のデザインもすべて齋藤さんオリジナル。ラインが重なりあって魅力的な柄が生まれます
インドの工場に送るカディの指示書を見せてもらうと、さまざまな色、太さのラインが織りなす、幾通りものチェックの柄が。そのデザインは、ときに1mmに満たない糸数本でラインを描くこともある緻密なものです。
色使いを考えているときが一番生き生きとしているとご主人にいわれるそう。「自分では意識していないんですけどね」と、嬉しそうに笑いながらご自分でも驚いている様子。大好きな素材で織られることを想像しながらデザインする時間は、とても楽しいものなのでしょう。
気づいたらそばにある存在に
「Suno & Morrison」では、ガラ紡の原料である落ち綿はオーガニックコットン。そのほかカディをはじめたとしたアイテムは、オーガニック素材からつくられています。カタログには、糸の素材に使用されるさまざまな植物の名前と、それが紡がれてアイテムなるまでの工程が丁寧に記され、読みふけってしまうほど。
しかし、これまでも齋藤さんにとっては、こだわりと呼ぶには少し違います。
「普段、オーガニックにこだわっているわけじゃないんです。いいなと思ったものがそうだったということが多くて」
選ぶ理由は心地良いから――そんなシンプルに、正直に感覚に向き合う姿勢に、驚きに似た気持ちに包まれました。齋藤さんは、気負いなく、どこまでも自然体なのです。
ブランドにかける思いを齋藤さんにたずねると、こうゆっくりと話してくれました。
心に響くことを大切にしながら、齋藤さんがゆっくりと歩む先には、偶然とも必然ともいえるような出会いが重なり、心地良いアイテムが生まれていきます。
(取材・文/井口惠美子)
カディというインドの手紡ぎ手織りの生地のストール。光を放っているようにも見える鮮やかな色合いに目が奪われます