食べ物を粗末にしない。おもちゃを乱暴に扱わない。古くなったり壊れてしまった物は、補修したり手入れをすることで、なるべく長く使えるように。中でも、針と糸を使って洋服のほつれを直したり、ボタンを付ける裁縫は、「物を大切にする」ための、もっとも身近で基本的な作業です。家族が自分のために一生懸命作ってくれた通学セットや、大切な誰かのために何度も糸をほどきながら、初めて作った編み物……。
私たちが「もの」を大切だと思えるのは、何かを作る上での誰かの気持ちや、それに掛けられた時間を知っていて、感謝できるからこそなのかもしれません。
最高級品の糸にのみつけられていた“ダルマ印”
(画像提供:横田株式会社)
写真の「ダルマ家庭糸」で知られる横田株式会社は、今年で創業115年の歴史ある縫糸・手編糸の製造会社です。おばあちゃんやお母さんの裁縫箱の中で、このダルマ印を目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
(画像提供:横田株式会社)
*2 大正から昭和にかけて女性の間で流行した平織りの絹織物。大胆な柄や鮮やかな色彩が特徴
横田株式会社の自社工場は二つ。一つはここ「製造工場ダルマン」、もう一つは京都・紫野にある染色工場。綿糸を中心に撚糸・精錬・染色・製品加工までを自社工場で行っています。
滋賀の工場で作られるのは主に綿糸。
紡績工場から送られてきた単糸と呼ばれる細い糸を合糸して、チーズと呼ばれる糸玉に巻き、撚糸します(写真左)。糸をねじることで、太さと強度を出していき、炎の中で毛羽を焼いて表面を整える。これをガス焼きといいます(写真右)
ガス焼きを終えた後は、染色へ向けての作業を進めます。写真は「かせ切り機」。かせ切り機で一かせ分を巻き終えた後、上から垂れ下がった糸「ひびろ」でかせを束ね、結び合わせます。こちらは熟練者のみができる難しい作業。巻き終えた糸は染色工場へと送られます
染色工場でシルケット加工・漂白・染色された糸は再び滋賀の工場に送られ、かせからチーズへ巻き直されていきます。これにより、この後製品となる巻きの作業がしやすくなるのです
カードに巻かれた糸は、最後までひとつひとつ検品されていきます。写真は、竹串で巻き乱れた糸を内側に入れているところ。機械ではできない繊細なところは、こうして手作業で丁寧に進められていくのです
代表取締役・横田宗樹さんの新しい挑戦
横田株式会社の代表取締役・横田宗樹(もとき)さん
家業に挑戦してみたくなった
「場所を取るからどかしてくれって言われるんですけど(笑)、昔の機械って格好良いじゃないですか。いつか直営店ができたらディスプレイにしようと思って取っておいてもらっているんです」
そういってうれしそうに話してくれたのは、横田株式会社の代表取締役である横田宗樹(もとき)さん。
企画チームの部長も兼任する横田さんは、ダルマ糸に新しい風を吹き込もうと、新ブランド「DARUMA THREAD(ダルマスレッド)」を立ち上げます。京都出身で、建築物の造形美に触れることが多かったこともあり、10代の頃から建築に興味を持ち始め、大学卒業後は家業を継ぐことなく、商業施設の企画や内装の設計、施工を手がける不動産会社の営業を務めていました。
動かずとも、今もなお存在感を放っていた古い玉巻機
就職先では、商業施設のテナントリーシング*に携わっていた横田さん。大きなお金が絡む業務だということもあり、取締役や経営者など、トップで働く人たちと話をする機会も多く、刺激を受けたといいます。
こうして、東京支店の営業から横田株式会社に入社した横田さん。前職では一つの案件で数百万~数千万の資金が動く仕事をしていただけに、ひとつ数百円の小さな糸が、多くの社員を支えているということにシンプルに感銘を受けたといいます。創業家の人間が入社するとなると、少なからず社内のスタッフから意識されるだろうということもあり、「周りの人がしていることを自分もできるようになろう」という気持ちで、人一倍勉強する毎日を送りました。
「SyuRo」と「ダルマスレッド」のコラボレーションアイテム、ブリキの裁縫缶。元々、SyuRoオリジナルの缶を裁縫箱として使用している方も多かったそう(画像提供:横田株式会社)
「あの辺りは面白そうなお店が沢山あるな、と以前から思っていて、『SyuRo』にふらっと立ち寄ったんです。どちらかというと男性的で、素材感むき出しのプロダクツが薄暗い照明の中で光っている……その雰囲気が、ダルマの製品とも合うんじゃないかと思いました。僕自身、心のどこかで『手芸店じゃないところに糸を置いて欲しい』という想いがあったんですけど、たまたまその日店舗にいらっしゃった宇南山さんと喋っていて、『なんか面白そうじゃないですか』と興味を持っていただけたんです」
靴下とボールタイプの家庭糸がセットになったギフト。イニシャルや模様など、自分の好きなように刺繍することができるので、生まれてきた赤ちゃんとママにとって最高のプレゼントになりますね(画像提供:横田株式会社)
「そもそも人のために手を動かすということは、想いを伝えたり、一手間かけるということ。それが伝わりやすいベビー向けのキットが良いのでは」という宇南山さんの提案で、ひとつひとつ製品づくりを進めていきました。こうして、ダルマ家庭糸は「DARUMA THREAD(ダルマスレッド)」として新しいスタートをきったのです。
「もの」だけではなく、それ以外の“付加価値”が必要
今秋、新発売のソックヤーン
でも、「靴下用の糸」って、改めて言われると、なんだか新鮮な印象……。
「海外ではソックヤーンってすごくメジャーなんです。日本にもあるにはあるんですけど、太過ぎたりとか、靴下なんだから洗濯機で洗えないとダメなのに、洗えなかったりしたんですよね。昔は『中細』と言われるような毛糸で靴下を編んでいたんですけど、どちらかというとメーカーが並太・中細・極太っていう風に特に用途を決めずに売り出していて、それを手芸好きの人が『これで靴下を作ると可愛いわよ』って自己流で広まっていく形だったんです。メーカーの方は『これで何を作るのか分からないけど、中細が売れるからとりあえず作ろう』というふうに、あまりお客様のことを知らなかったんですよね。正直、うちも数年前までそうでしたし」
「『編み物なんてまずしない人』が作って、売りに行き、店頭の人が編めないことも多い。それで、お客さんだけが好きで買っていくという、なんとなくそんな図式があって。それだと、何だか上手く広がっていかない。そういうところが見えてきたのもあって、僕たちが作る物では『編んだ物を身につける』ということの良さを少しずつ伝えていきたいなと思ったんです」
「基本的に『手作り』って、“ダサい”というイメージが少なからずあったと思うんです。上手に出来るわけがない、というか。僕自身もそうだったんですけど、時間を掛けて作ったのに、いざ出来上がると『こんなものか……』って愕然とする経験って絶対にあると思うんですよ。そういう意識を変えていきたくて。一から作らなくても、今ある物にちょっと足すだけでオリジナルは作れるし、例えば、プラントハンガーなんかは、素敵なアイテムが簡単に作れます。三つ編みなら皆さんできるじゃないですか。縫う、編む、だけではなく、『結ぶ』ということだって立派な手芸です。そういうことをしながら、自分の暮らしの中で自分らしさを表現できたら素敵だなあと思って」
太めの糸を編んで作られたプラントハンガー。糸を使ったワークショップも定期的に行われています(画像提供:横田株式会社)
手縫い糸と並んで、横田株式会社を支えたロングセラーのレース糸。昭和30年代にレース編みが大流行し、多くの人がバッグの中にレース糸を忍ばせていたとか。元々この工場もレース糸を増産するために建てられたのだそう。こちらは、年に一度販売される20g増量パッケージの梱包作業中
人気商品の「SASAWASHI」は現在12色で展開中。標高1000m以上にのみ群生するくま笹を原料にした和紙の糸で、帽子などを編むのに適しています。天然の抗菌作用、防臭、UVカット、撥水(はっすい)加工が特徴
ここ数年、手芸用品は生産量も消費量も減少傾向にあり、ヒット商品を作っても作っても、なかなか楽になれないのが現状。街の商店街から手芸店が減り、100円ショップの手芸コーナーはどんどん増えていく……。もっと抜本的にやり方を変えなければいけないのだろうか、と考える中で、想うことがあるといいます。
「多分、“もの”だけではしんどいんだろうなって思うんです。形としては物を売っているかもしれないんですけど、そうじゃない付加価値というか、何かを提案していかないと難しいだろうなって思いますね」
そのための提案をしていきたい
「僕は今34歳なんですけど、15~6歳のときに見ていたセレクトショップの店員さんって、すごく格好良く見えたんですよね。それって何でだろうって考えると、多分、自分らしい服をちゃんと選んで着ていたからだと思うんです。今は全体的に、『その人らしさ』が薄れている気がして。なんとなくそれが良い感じ、という気持ちで物を買っている雰囲気があるというか。『良い』『悪い』というよりは、『似合っているかどうか』の方が大切な時代なのかなあと何となく思っていますね」
でも、と横田さんは続けます。
「自分で手を加えた物ってその人にちゃんと似合うし、気持ちが乗っていると自然と素敵に見えると思うんです。何でその色が良いと思ったのかということも含めて、その人らしさが表現できるじゃないですか。付加価値ってことで言うと、自分で手を動かして作った物が、自分の暮らしの中に馴染むような、そんなご提案がしたいんです。そうするとその人は、その人らしく生きていける気がして」
横田さんが、息子さんのために刺繍をした小さな上履きとソックス。見慣れたアイテムも、糸を少し加えるだけでこんなに個性的に、素敵に仕上がります
「身につける衣服も、使う道具も、自分がお金を払ってまで買うなら“共感できるもの”でないと買ってもらえないし、僕自身も買わないと思うんです。例えば、ボタンって付け直します? シャツとか着ているとどうしても袖の辺りがボロボロになってきて、それ以外はきれいなんですけど、ここを直したりするのに数千円掛かるってなると、新しい服を買おうってなってしまいますよね。服の値段もすごく安くなってきているし。本当に大事に使いたい物でなければ、中々直してまで使わない。その辺りが難しいところというか。だから、『ボタンをつけてまで着たい服』も必要なんだと思います」
糸だけにこだわらず、お客さんの期待を超え続けたい
今年の4月に発売になった玉巻機。部屋に置いておきたくなるようなアイテムが、今までにありそうでなかったため、横田株式会社で「作ってみよう」ということになったそう(画像提供:横田株式会社)
「多分、『ダルマの糸』って、今はある程度認知して頂いていると思いますし、そういったものづくりの考え方に期待して、他のアイテムを購入して下さる方もいると思うんです。だから、『良いもの』であることは当然で、そこからさらに『期待を裏切らないこと』が大切だと思っています」
こちらはマテリアルコード。「ペレット」というプラスチックを溶かして作られています。本来は農業資材、防虫網、ロープ、網戸などに使用される素材ですが、おしゃれなカラーバリエーションで、かぎ編みのバッグやアクセサリーを作るのにもぴったり。水に濡れてもOKなので、夏場に活躍しそうなアイテムとなりました(画像提供:横田株式会社)
フィルムに巻かれて流れてきたカード巻きの糸。これを5つずつ仕分けしながら、欠陥がないかどうかを瞬時に見分けています。入社当時はやりすぎなのではないかと思った横田さんでしたが、その「やりすぎ」くらいのチェックがあるからこそ、長い間信頼されてきたと、今では思っています
「A社もB社も同じ物を出してしまうと、選択肢が少なくなってしまうと思うんですけど、逆を言うと、皆が『他がやっていないようなことをやろう』とすればもっと盛り上がっていくんじゃないかなと思います。そこをどこかの真似事みたいにしてしまうと、ユーザーさんの期待を裏切ってしまう。だからこそ「今ないもの」を作らないといけないっていうのは意識しています。『こんなのあったら面白いよね』っていうことを、糸に限らずどんどん広げていきたいなと思っています。せっかく日本で作っているわけですから、それは国外の人にもお伝えしたくて、海外の展示会に向けて準備なんかもしているところです」
目移りしてしまう、鮮やかな色見本
物事の発想の原点は「お客様の目線に立って」ということだという横田さん。その想いは工場の見えるところにも、しっかりと表れていました
透き通るように美しい、染色作業後の綿糸
色々なものを編み上げて、巻き込んで。簡単にはほどけないほど強く、だけど、ひとつひとつを丁寧に紐解いてみれば、最後にはシンプルな、一本の信念に辿り着きます。そしてこれからもきっと、様々な糸が編み上げられていくのでしょう。
(写真左から)企画生産部の松坂さん、整備士の岡本さん、横田さん、工場長の浅井さん、工程管理の山口さん
言葉とは裏腹に横田さんの笑顔がはじけました。その笑顔はこれから先に胸を膨らませているようです。
何かを届け、伝え続けていくために必要なのは、何度転んでもまた立ち上がる精神。
横田さんのこの笑顔こそが、今のダルママーク。そう、「七転び八起き」の印です。
(取材・文/長谷川詩織)
(画像提供:横田株式会社)