色の使い方もわからないまま、色を重ねてみたのが始まり
こちらは絵のない色だけの作品。野美知さんの作品は手に持った感触と色の重なりを味わいたい
野:「その当時、お手伝いに行っていた工房が閉まることになって、そこの方が使いきれない程の色ガラスの粉をたくさんくれたんです。色の使い方も何もわからないまま、試しに作品に色を重ねてみたのが始まり。そこで『はっ』て、色のおもしろさに気がついたんです」
その出来事がなければ、野美知さんのこれまでの作品の数々は生まれなかったのです。
「北欧っぽい」と言われることも多いという野美知さんの絵のある作品。「結婚してすぐに、主人について行ったスウェーデンで見た景色が強く残っているのかもしれません」と野美知さん。月の部分がお気に入り
橋村野美知さん
例えば、代表作の絵のある作品は、まず野美知さんが竿の先にガラスを巻いて、小さく吹きます。その上にもう一度、透明なガラスを巻き、この巻き取ったばかりのやわらかい表面に色ガラスのパウダーを付けていきます。一色ずつ、色を付けたら、温めて粒を溶かし、次の色を付けては温めて溶かすという作業を5回程繰り返します。「水彩の絵の具を、のせていくように色を重ねていく感覚」だという野美知さん。そして、それを大作さんが吹いて形にしていきます。その後、除冷炉に入れて一晩冷まし、サンドブラストという技法で、表面を少しずつ削っていくと下に隠れた色が見えてくる。その色をうまく活かして絵柄を作っているのです。
野:「同じ色を使って重ねても、その順番や、濃さ、どれくらい溶かしていくかで、違ってきます。絵が描かれている作品は、とても手間と時間がかかっている作品なんです」
絵のデザインは、窯に入れたものが出てくるまで考えないのだと言います。なぜなら、毎回どんな色になるのかわからないから。野美知さんが色から沸きあがるインスピレーションをいかに大事にしているのかがわかります。
最近は絵のない作品ももっと作っていきたいと思っているそう
大:「最初は野美知が書いたラフデッサンに忠実にしたほうがいいと思ってもいたのですが、自分の感覚も入れてもっといいものができたほうがいいという考え方にしていったんです。そうしたら色と形がはまったものが作れるようになってきたんですよね」
野:「最近は私がほしい形を越えたものを考えて作ってくれています」
それはきっとふたりだからできること。
ちょっとさみしい感じ。ひとりだけの静かな世界
野美知さんの作品の魅力はなんといってもこの深みのある色使い
野:「もともとひとりの時間が好きなのですが、いつも『静かな気持ちになりたいな』と思いながら作品に向かっています。それは、ちょっとさみしい感じ。ひとりだけの静かな世界なんです」
野美知さんのふんわりとした優しい作品を見ると、それは少し意外な答えに聞こえるかもしれません。けれど、その“ひとりだけの静かな世界”は野美知さんにとって、妻でも母でもない、ありのままの野美知さんでいれる場所。そう考えると、出来上がった作品には、野美知さん自身があらわれてくるように思います。作品から感じる温かみは野美知さん本人からにじみ出ているものなのでしょう。
日本人の奥ゆかしさに憧れるし、惹かれるんです
大:「海外では、“いいもの”をどーんと見せる。『どうだ、すごいだろ』っていう文化なんです。それがもう染み付いていて、かっこいいと思えない。例えば、ベルサイユ宮殿の庭と日本庭園を見に行くのとでは何を見るかが変わってきます。美しいバラを見るのか、ただそこにある一つの石を見て楽しむのか、という風に。日本人の奥ゆかしさというか、裏側を愛でる情緒的な部分に憧れるし、惹かれるんです」
美しい陰も楽しみたい大作さんの作品
大:「日本人ということを常に意識しているんでしょうね。他の日本人たちは当たり前のように自然にやっていることがすごく素晴らしいことだったりする。その文化ってすごいと思います。これからもその部分を掘り下げていくんでしょうね」
最終的には全くの透明になっていくのかなって
箔シリーズ。鮮やかなブルーと銀箔が洗練された印象を与えます
このひびは作ったガラスを熱いうちに水にいれることでできるもの。そのまま冷めると割れてしまうため、再度炉に入れて温め直し表面を溶かして割れないようにします。そうすると模様だけ残るのだそう。「全体に模様が入っているものは珍しいと思います」と大作さん
ふちの部分には、かすかに色が添えられています
橋村大作さん
野美知さんは大作さんの作品をこう表します。
野:「完璧に工芸でもアートでもない。その中間と言うのでしょうか。難しい場所にいるなっていう話はしているんです」
「難しい場所」というのは、別の言い方をすればその作品が持つ「個性」ということ。その個性から次はどんな作品が生まれるのか楽しみです。
こんぺいとう入れ。瓶の中に物をいれるとそれが小さく見えるというガラスならではの技術を使った作品。見た目も美しい
ふたりだったら全く別なものができるかもしれない
ふたりの関係を全て物語っているような笑顔
大:「昔は周りからも『夫婦なのに作風が違う』ってよく言われていたんです。でも最近の作品は同じ空間に置いてもどちらの作品かわからなくなってきていて。だからこうして一緒に展示もできるようになったんですよね」
野:「絵のある作品は私が関わる部分が多いけれど、特に色だけの作品は合作なんだなぁって感じています」
そう嬉しそうに話す野美知さんとそれを見て優しく微笑む大作さん。そんなふたりの間に流れる空気は温かくて、とても心地よいものでした。
今回は北鎌倉駅からほど近い東慶寺ギャラリーで行われた二人展にてお話を伺いました
右二つが大作さん、左が野美知さんの作品。一瞬では見分けがつきません
野:「橋村大作、橋村野美知としての作品はありつつ、そこに新しくふたりだけの作品が生まれるのが一番いいかなって思っています。そういうのもおもしろいなって。今までは絶対にお互いに妥協できない部分があって。でも、それを受け入れ、尊重できるようになってきたんだと思います」
ひとりではできないものが、ふたりならできるかもしれない。そんな新しいものづくりに対する期待が伝わってきます。個人が追い求める作品とふたりで思い描く作品と。ガラスという素材と真摯に向き合う日々はこれからも変わることなく続いていきます。
今回のギャラリーでは展示されなかった絵のある作品。特別にご自宅から持ってきていただきました