得意げなすまし顔や、期待に輝く目、ちらっと見せる不安そうな素振り。様々な表情をきらきらさせた小学一年生とすれ違う季節が、今年もやってきます。並んで歩くその背中には、まだ少し大きなランドセル。身体に似つかないランドセルのハンドルをぎゅっと握りしめ、まっすぐ学校へ向かう子どもたちを見ていると、初めてランドセルを背負った時のことを思い出し、すっと背筋が伸びるような気持ちになります。
「子どもの持ちものだからこそ、上質で品のあるものを作りたい」。創業者の変わらない信念は世代を越えて受け継がれ、ランドセル専門店としてスタートした小さな鞄工房は、今やランドセルのみに留まらず、バッグから革小物まで幅広く、使うひとにずっと“寄りそう”ものづくりを届けています。
工房が併設されている西新井本店。工房見学スペースがあり、職人の技を間近で見ることができます
広い工房内に、完成間近のランドセルが所狭しと並びます
たった一人のための、たったひとつのランドセル。子どもたちに会える日を、今か今かと心待ちにしているよう
工房の壁には、ランドセルに使われるパーツが貼られています。その数なんと110以上! どれがどの部分に使われるか考えてみるだけでワクワクしてきます
年季の入った道具を撫でながらそう話してくれたのは、職人さんの中でも一際目を光らせていた、創業者の土屋國男さん。70歳半ばを過ぎた今でも、こうして現役の職人として工房に立ち、ランドセル作りと若手の育成に携わっています。
「土屋鞄製造所」創業者の土屋國男さん。ランドセルに使用される小さなパーツの一つ一つを、角度を変えて丁寧に検品していきます
一緒にものづくりを経験してきた、愛おしい道具たち。最初からしっくり手に馴染むものはありません。使いやすく改良していくうちに、土屋さんは、いくつもの作業道具を発明してきたそう(!)
創業者 土屋國男さんとランドセルの出会い
「僕は二年目から、ランドセルの材料集めを担当していたんです。資材を届ける役目で、職人さんのところへ出入りしていましたから、ランドセルを作る現場に関しては、それはもうよく見ていましたね。自分が集めた材料がどんな風に変化していくか、ランドセルの組み立て方はそこで学びました」
スタッフの皆さんからは「お父さん」の愛称で慕われている土屋さん。職人の時の真剣な顔つきとは一転、やさしい笑顔でインタビューに答えてくれました
職人の仕事を誰よりも見てきた土屋さんだからこそ、職人の皆さんから信頼されているのが分かります。自らが職人になった今でも、若手職人への指導や、皆への声かけを大事にしています
ふかふかの背当て。厚さの異なるクッション材のU字型に沿って、ミシンをかけていきます。職人さんは慣れた手つきでなめらかに動かしていましたが、カーブの部分がとても難しい作業なのだそう
「いやぁ、大変でしたね。ミシンも、職人さんは簡単にかけていたんですけど、自分でやるとなかなか上手くかからないんです。独立後は、一年近く一人でランドセル作りを勉強して、その後、少しずつ仕事を手伝ってくれる人が増えていって。自分の経験が浅かったので、人を雇う前に一人である程度苦しんだ経験があって良かったんじゃないかと、過去を振り返ってみると思いますね。入ってくる人はもちろんランドセル作りが分からない、僕も分からない、って、それじゃあさすがにね(笑)」
「まとめミシン」と呼ばれる作業。組み立てられたランドセルにミシンをかける「仕上げ」の工程です。まっすぐに伸びるステッチが美しい!
「僕がその当時作ったものは駄作というか、もう、すべてがね、そういった人の技術に及ばなかったですね。ミシンのピッチにしても、細かいところにしても、高級感が出ているんですよね。良い腕をもつ人が作る鞄っていうのは、やはりすべての部分に神経が使われているんです。実際に、ランドセルを作っている自分でも、『よくこんな細かい作業ができるな……』って思うくらい。言ってみれば、僕はそれまで井の中の蛙でしたから、本当に勉強になりましたね。もし次にコンクールに出展する機会があれば、今度は『あの場所はこんな風に、ここはこういう風にしよう』って、想像を膨らませていました」
こちらは貼り合わせの作業。ほんの少しでもズレてしまうと、きれいな箱型にはなりません
最後に全体を見て形を確認。作業は素早く正確、迷いがなく、これも熟練した職人の手だからできる技です
あるとき、6年間使ったランドセルをリサイクルして作る「ミニランドセル」が、世の中で注目され始めました。保管しておくのも大変、でも捨ててしまうのももったいない……。そんなランドセルを小さくし、思い出として取っておけるサービスを、土屋鞄製造所でも始めることに。
目をきらきらさせながら、土屋さんは続けます。
「その子どもさんの6年間の生活がよくわかるんですよね。落書きしてあったり、傷み具合だったり……。生活が、ランドセルの中にくっついてきているんですね。思い出が詰まったランドセルですから、やんちゃな子どもの物もあれば、すごくまじめに丁寧に使った子もいる。例えば傷とか、そのランドセルの中で一番特徴的な部分を残して作ったら、お客様にとても感動していただけたんです。お葉書や何かをいただいて。作る喜びっていうのを、そこでも感じましたね」
ランドセルを語るときの土屋さんの瞳は、こちらも笑顔になってしまうくらい、本当にうれしそう。まるで自分の子どものように(と、いっても過言ではないでしょうが)、愛を持ってランドセルに接しているのが分かります
「各地から、全国のメーカーさんが作ったランドセルが集まってくるんですから、本当に色々な状態のものが見られるんです。6年間使っていると、どこが一番傷むとか、どんな材料が良いとか、技術に関しても、とても学習できたんです。『6年間使ったランドセル』を色々見て、時代やメーカーによって作りも違って……。鞄の歴史のようなものも感じられて、ランドセルに関して深く考えさせられた仕事でしたねぇ」
前ベルトを指し、「握ってみてください」と土屋さん。実際に触ってみると、とてもしっかりと頑丈な作りになっていることがわかります。この部分に荷物を掛ける子どもが多く、一度切れてしまったことから、この中には5重にした補強材が入っています。大人が引っ張っても中々切れない、とても強い材料なのだそう
たとえ子ども用の鞄であったとしても、だからこそ手を抜かず、大人から見ても『格好良いね』といえるような、“品のある”ランドセルを作るのが土屋さんの信念です。常に完成の「その先」を考えたものづくりは、土屋鞄の原点になっています。
次の世代へ受け継がれていく“土屋鞄流”
そして昨年、50周年を記念して、長年培った技術とそれ以上の想いを集結させ作られたのが「OTONA RANDSEL(オトナランドセル)」。長い間ランドセルを作り続けてきた土屋鞄だからこそ追求できた新しいビジネスバッグの形です。
(画像提供:土屋鞄製造所)
そう、笑顔で話してくれたのは「OTONA RANDSEL」を担当した、デザイナーの舟山真利子さん。もともと美大でテキスタイルを学んでいた舟山さんは、大学で土屋鞄の求人を見つけたことをきっかけに入社。人が使うことで初めて物になる、愛着がわくものを作りたいという気持ちがあり、土屋鞄のものづくりに共感します。しかし、入社後は苦労も多かったそう。
職人が鞄を作る上で作業の道しるべともなるデザイン画は、単におしゃれなだけではなく、鞄の構造や組み立て方を理解した上で描くことが重要です。初めは、ステッチの入り方も分からず、職人さんと密に相談し、アドバイスをもらいながら、鞄のことを一から学ぶことで、少しずつデザインを描けるようになったといいます。
実際のデザイン画。作る側が見ても構造が分かるよう、細部まで描き込まれています
「自分で描いた図面が職人さんの手で3次元の立体に起こされて、こんなに格好良い鞄が出来上がったという感動が、さらにお客様にも届いて……。レビューやネットで感想を見たときや、持っているのを見たときに、その実感がわいてきて。その連鎖が本当にうれしいです」
どこから見ても美しいシルエットの「OTONA RANDSEL」。背負わせていただいたところ、とても軽く、背中にはランドセルの背当て部分の懐かしい感触が残りました
「製品を『買ってほしい』というよりも、『良いものを使ってほしい』と思っている職人や会社のみんなの想いをとにかく伝えたくて、店頭に立っています」と話すのは、西新井本店の店舗スタッフ、関口由季子さん。ご両親が自宅で革漉き職人の仕事をしていたことで幼い頃から革に馴染みがあり、革製品にも興味があったことから土屋鞄製造所に入社します。以前は美容室でずっと接客に携わっていた関口さんですが、土屋鞄の接客は、ほかの接客業とは少し違っているそう。
今年で入社9年目になる関口さん。その間に店舗数も増え、近所の方や革製品好きの一部のお客様が多かった入社当時と比べると、革初心者の方や、土屋鞄に憧れを持っている方など、幅広い層のお客様が増えたそうです。
色とりどりのランドセル。大人でも選ぶのが楽しくなってしまいそうな、宝石箱のようなディスプレイです
玄関に貼り出されていた一年生、その家族からのお便り。直接届く「ありがとう」が、次のものづくりに向けての原動力になります
工房の壁でも目を惹く、きれいなスカイブルーの一枚革にはこんな言葉が掲げられていました
職人、デザイナー、店舗スタッフ……土屋鞄の製品は、一人でも欠けてしまうと本当の「完成」にはなりません。作る人、伝える人、届ける人、全員が使い手のことを想い、できあがる製品に対して最上級の誇りをもって、全力のものづくりをしているからこそ、長年愛されてきたのだと感じます。そして何よりも、胸を張って「土屋鞄が大好き! 」。声にはしないものの、皆さんの真摯な眼差しと笑顔がそれを教えてくれました。
日本の文化であるランドセルを、長く残していきたい
「創業当初、工房の近くに学校があって、僕の作ったランドセルを背負ってる子が、たまーにお店の前を通ったりするんですよ。当時は家族経営みたいなものですから、そんなにたくさん生産できるわけではなく、自分の作った製品が社会の中で生きているのを見られるっていうのはなかなかないんですよね。そういうところにものづくりの喜びっていうのはありますよね。それを直に感じられたのが、僕の場合はランドセルだった。日本の一つの文化のようなものですから、この文化を長く継続していきたいと思っています」
土屋鞄製造所は今日も、「いつかのあなた」に寄りそうものづくりを、ひたむきに続けています。
(取材・文/長谷川詩織)
(画像提供:土屋鞄製造所)