古代ローマの皇帝『ハドリアヌス』が治めた広大な領地
- 寒さに負けない体を目指す!ゆらぎがちな冬のご自愛ケアキナリノ編集部
第14代ローマ皇帝『ハドリアヌス』
在位:117年〜138年
76年にローマ属州「イタリカ」(現在のスペイン・セビリヤ)で生まれたハドリアヌスは、先の皇帝トラヤヌスの死去により、117年に皇帝に就任しました。ちなみに歴代のローマ皇帝で初めてヒゲを生やしたのが彼。
ハドリアヌスが残した世界遺産〜イタリア〜
ローマ帝国の要、イタリア・ローマは街全体が『ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂』として世界遺産に登録されています。
パンテオン(『ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂』イタリア)
そんなローマ歴史地区に約2000年前の姿を完全な形で残しているのが『パンテオン』。ハドリアヌスは即位の翌年、消失してしまった初代パンテオンの再建に取り掛かります。現在残っているのがまさにその2代目なのです。
「パンテオンを見ずしてローマを去るものは愚者なり」ということわざがあるほどローマっ子に愛され続けるパンテオン。巨大なドーム型の天井を持つ円堂とギリシャ建築を取り入れたポーチを目の前にすると、その巨大さと美しさに圧倒されます。
ギリシャ風の破風と列柱が目を引く入り口の正面。
天井の丸い穴はラテン語で「目」という意味をもつ「オクルス」と呼ばれています。ドームの直径と床から天井までの高さは共に43.2m。そのためオクルスの下に立つとまるで完全な球体の中にいるような不思議な気持ちに包まれます。
パンテオンを語るとき忘れてはいけないのがローマン・コンクリートの存在です。なんと現代のコンクリートよりも耐久性や強度の面で優れているとか。オクルスの下に立って当時の建築技術の素晴らしさをじっくりと味わいたいものです。
ウェヌスとローマ神殿(『ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂』イタリア)
ローマ帝国の中心地フォロ・ロマーノの東の端にある「ウェヌスとローマ神殿」もハドリアヌスの設計によるもの。
121年に建設が始まり、完成したのはハドリアヌスの没後となる141年。実に20年近くもかけた神殿の大きさは、現存する基壇だけでも長さ145m、幅100m。現在知られている古代ローマの神殿の中でも最大級です。
祀られていたのはローマ神話の愛と美の女神”ウェヌス(ヴィーナス)”とローマの女神”ローマ”です。2つの神殿は背中合わせになるように作られていて、女神ウェヌスが見つめていたのは神殿の東に位置するコロッセオ(画像奥の建物)。すぐ近くまで列柱で囲まれた参道がのびていたと伝えられています。
サンタンジェロ城(『ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂』イタリア)
135年、ハドリアヌスはローマを流れるテヴェレ川沿いに自身の霊廟の建設を開始します。それが現在も残る世界遺産『サンタンジェロ城』です。サンタンジェロ城という名前の由来は6世紀末の伝説からつけられたもの。かつては「ハドリアヌス廟」と呼ばれていました。
夜間ライトアップされるサンタンジェロ城とサンタンジェロ橋は息を飲む美しさ。
右にサンタンジェロ城、左に見えるのがバチカン市国にあるサン・ピエトロ大聖堂です。サンタンジェロ城は長い歴史の中でローマ法王の避難場所としても使われたこともあり、バチカン市国からはパセットと呼ばれる回廊がサンタンジェロ城まで通じています。
ヴィッラ・アドリアーナ(イタリア・ティヴォリ)
ローマの東、ティヴォリにある世界遺産『ヴィッラ・アドリアーナ』。イタリア語で「ハドリアヌスの別荘」という意味です。
別荘とはいえ120ヘクタール以上といわれる広大な敷地はまるで一つの街。ハドリアヌスが帝国内を視察して得た知識を駆使し、ギリシャ、エジプト、ローマなどの素晴らしい建築の数々が再現されています。
エジプトの古代都市アレクサンドリアとカノプスを繋ぐ運河を再現したといわれる「カノープス」。現在はギリシャ神話の女神を象った柱「カリアティード」が残るだけですが、かつては周囲を部屋が取り囲んでいたといいます。正面に見える彫刻は、ナイル川で死亡した美少年アンティノウスを想って作らせた青年像といわれています。
円形の回廊が取り囲むドーナツ状の池が特徴的な「テアトロ・マリッティモ(海の劇場)」。中央の島に渡るには橋が必要で、ハドリアヌスの隠れ家のような場所と考えられています。奥に見える建物はギリシャ語図書館です。
ヤマザキマリさん原作の『テルマエロマエ』でも温泉好きとして取り上げられたハドリアヌスですから、もちろん”テルマエ(公衆浴場)”も作っています。中でも規模が大きく大浴場とされているのがこちら。真ん中の柱はイオネア式を取り入れギリシャ好きの面目躍如ですね。
ローマから日帰り旅行も可能な距離にありながら、見ごたえ満点。ぜひ足を延ばしてみてくださいね。
ローマを飛び出して行った先は?
在位21年のうち12年を費やしたという視察旅行は計3回。広大なローマ帝国内を飛びまわるだけでなく、建築関係者を随行させ各地で公共事業を実施したとか。そのおかげで世界各地にハドリアヌスの手がけた建築物が世界遺産として残っています。
ドイツ
『ローマ帝国の国境線』のリーメス・ゲルマニクス
ローマ帝国最大の領土を築いた先帝トラヤヌスが”攻めの皇帝”なら、ハドリアヌスは”守りの皇帝”。何度も行われた視察旅行は、広大なローマ帝国の国境を安定させるためと言われています。第1回の視察旅行でも早い段階で、ドイツにあるリメス・ゲルマニクスからライン川攻防線を視察しています。
「リメス・ゲルマニクス」は、ドナウ川からライン川まで続く総延長550km以上にもなる砦。さしずめヨーロッパ版万里の長城といったところでしょうか。土塁や石塁で築かれた長城、物見櫓、城砦から構成されています。
こちらは復元された物見櫓。ローマ時代、国境線は河川や山脈などが自然の防衛ラインとなっていましたが、ライン川とドナウ川が途絶える地域では、このような人工の城壁が必要だったのでしょう。
バート・ホンブルク(ドイツ)には、ローマ時代のザールブルグ砦が完全な形で再現されています。博物館も併設されていて一見の価値あり。
イギリス
『ローマ帝国の国境線』のハドリアヌスの長城
ローマ帝国の国境線は海を渡りイギリスにまで続いています。現在のスコットランドとの境界線の近くにある「ハドリアヌスの長城」は、第1回視察旅行中の122年にハドリアヌスの指示により建設が始められました。総延長は約117.5kmもあり、イギリス・ブリテン島の西から東まで貫くほどの長さに圧倒されます。
壁の規模は場所によっても異なりますが、高いところでは4〜5mの高さになったと言われています。
約1.5kmごとに監視台が設置され、6kmごとにローマ兵が守る要塞も築かれたと伝えられています。
歩くのが大好きなイギリスの人々。もちろんハドリアヌスの長城にもフットパス(歩くための小径)が用意されています。
なかにはハドリアヌスの長城の全域約120kmを踏破する強者もいるとか。もちろん一部分だけを歩くツアーも用意されていますよ。周りに広がる景色も最高なのでイギリスを訪れた時にはぜひ歩いてみてくださいね。
スペイン
タラゴナの考古遺跡群
バルセロナから電車で約1時間。地中海沿いの美しい町「タラゴナ」。ローマ時代はイベリア半島最大の町として栄えていました。ハドリアヌスも第1回視察旅行の際に立ち寄ったとか。
現在でも、町のあちらこちらにローマ時代の遺跡が残っています。画像は12世紀に建設が始まったタラゴナ大聖堂。ローマ時代のジュピター神殿の上に建てられているそうです。
街のいたるところにローマ時代の遺跡が残っていますが、なかでも地中海をのぞむ”円形闘技場”の美しさは格別。ハドリアヌスもこの景色を愉しんだのかも…と想像するだけでワクワクします。
円形闘技場へと続く地下通路跡。ライトアップされた様子がとても幻想的ですね。ここを歩けばローマ時代にタイムスリップしてしまいそう。
“悪魔の橋”という異名をもつ「ラス・ファレラス水道橋」。アウグストゥスの時代(BC1世紀)に作られたにも関わらず、保存状態が良く現在も橋の上を歩くことができるというのも驚きです。
タラゴナを訪れたらぜひ立ち寄って欲しいのが「国立タラゴナ考古学博物館」。当時のモザイク画や彫刻がたくさん収蔵されていて、歴史好きだけでなく美術に興味がある方も十分楽しめます。こちらは大変保存状態の良いモザイクで描かれたメドゥーサの首。
ローマ時代の城壁に沿って続く「考古学の散歩道」。周囲に広がるタラゴナの郊外を眺めならがゆっくりと歩くのも気持ちよさそうですね。
トルコ
エフェソス
旧約聖書にも登場する古代都市『エフェソス』は、ローマ帝国の地中海交易の中心地として栄え、ローマ時代の遺跡が数多く残されています。現在は内陸に位置していますが、ハドリアヌスが訪れた当時は港湾都市であったと伝えられています。
エフェソスにはハドリアヌスに捧げられたという「ハドリアヌスの神殿」(138年頃完成)が残っています。ハドリアヌスの視察は123年と129年の2回と伝えられているので、完成した姿は見ていなかったかもしれませんね。
ヒエラポリスーパムッカレ
幻想的な景観が印象的な『パムッカレ』は、紀元前から続くトルコ有数の温泉保養地です。真っ白な石灰棚と時間によって色を変える温泉水が織りなす絶景に、ローマ皇帝も同じ景色を眺めていたかも…なんて想像が膨らみます。
残念ながら近年は水量が減ってしまい、温泉として楽しむことは難しくなってしまったそうです。でも、裸足で歩くことができるので、石灰棚からの絶景を眺めながら足湯を楽しむのもいいですね。
温泉として楽しむならパムッカレの「アンティーク・プール(ANTIQUE POOL」がおすすめ。温泉プールの下に沈んでいるのは、なんとローマ時代の遺跡そのもの!底に沈む遺跡を眺めながら温泉を楽しむことができます。
パムッカレの丘の上にあるのが世界遺産『ヒエラポリス遺跡』。ハドリアヌスが整備したと伝えられています。
83年に建設されたローマ様式の門「ドミティアン門」。ヒエラポリスを貫くメインストリートの北の入り口に立っています。建設当時の姿を残しているとのことですから、きっとハドリアヌスも通り抜けたことでしょう。
ドミティアン門の隣にある「北の浴場」。かつては床一面に大理石が敷き詰められていたとか。
なんとメイン通りに面して建てられているのは水洗式の公衆トイレ。1世紀ごろのものだそうです。
ヒエラポリス遺跡の中でも特に良好な状態で保存されているのが、206年に完成した円形劇場。かなり傾斜がきついのが特徴です。
ギリシャ
アテナイのアクロポリス
ギリシャ・アテネの中心地にそびえ立つ「アテナイのアクロポリス」。アテネには第1回と第3回の視察旅行で立ち寄ったとされています。時にギリシャかぶれと言われるほどギリシャ文化に傾倒していただけに、やはり外せなかったようですね。
アテナイのアクロポリスの東に位置するゼウス神殿。現在はコリント式の柱が15本残るだけですが、完成当時は104本もあったと伝えられています。建設途中で放り出されていた巨大な神殿は、約700年の時を経てハドリアヌスによって完成されました。
アルジェリア
ティムガット
地中海に面するアルジェリア北部に残るローマ遺跡「ティムガット」。各地に残るローマ時代の遺跡の中でも最大級と言われています。長く砂に埋もれていたことが好条件となり、当時のローマ植民都市の施設の1セットが完全に残っています。そのため“アフリカのポンペイ”と呼ばれることも。写真は「トラヤヌスの凱旋門」です。
ローマの都市に欠かせない劇場。ティムガットに残るのは半円形劇場です。
今も残る遺跡の間を歩けば、当時の生活をのぞいている気分になれそう!
リビア
レプティス・マグナの考古遺跡
137年に完成したハドリアヌスの浴場。浴場だけでなく、プールや冷浴場もそなえた娯楽施設のような場所だっと考えられています。
ハドリアヌスの浴場に併設されていたトイレ。当時は間を隔てる壁などなく、トイレも重要な社交場となっていたのには驚きです。
北アフリカで2番目の広さを誇るアウグストゥスの劇場。1世紀初めごろに、アウグストゥス帝によって建設されたと考えられています。
『レプティス・マグナ』は、アフリカ初のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスを輩出したことでも有名です。こちらは彼の業績を記念して作られた「セウェルスの凱旋門」。
2016年現地情勢の悪化に伴い、残念ながら“危険にさらされている世界遺産(危機遺産)”に登録されました。現在リビアは外務省が発信する渡航情報では、レベル4の退避勧告が出されています。
シリア
パルミラ遺跡
ローマ帝国と東方地域との通商に欠かせない都市であった『パルミラ』。第3回視察旅行の途中、129年に訪れたハドリアヌスは、『パルミナ・ハドリアナ』と改名するほどその魅力の虜になったとか。
2013年現地情勢の悪化により、残念ながら“危険にさらされている世界遺産(危機遺産)”に登録されました。現在シリアは外務省が発信する渡航情報では、レベル4の退避勧告が出されています。
ヨルダン
ペトラ遺跡
「ペトラ」とはギリシャ語で「岩」という意味。その名の通り多くの建造物が岩をくり抜いてつくられています。こちらは「エド・ディル」と呼ばれる修道院。ペトラ遺跡でもっとも大きな建物です。
この写真で気づいた方も多いのでは?そう、映画「インディー・ジョーンズ/最後の聖戦」に登場する遺跡としても有名です。こちらは「エル・カズネ」と呼ばれる宝物殿。
ローマ帝国最大の版図を築いたトラヤヌス帝の時にローマの属州として組み込まれたペドラは、130年ハドリアヌスが訪れたことを記念して「ペトラ・ハドリアヌス」と改名されました。写真はローマ時代の劇場跡。
「シーク(Siq)」と呼ばれる自然の峡谷から覗くペトラ遺跡。1日ではとても回りきれないほど広大な遺跡ですが、まだ全体の1%ほどしか発掘されていないとか。今後の調査が楽しみですね!
おわりに
いかがでしたか?世界各地に残るハドリアヌス帝の足跡を巡る旅。世界遺産として登録されているだけでもこんなにあるなんて、彼はまさに“旅する皇帝”ですね。
ハドリアヌスが治めていた西暦120年頃のローマ帝国の領土を示した地図を見れば、その広さは一目瞭然。西はモロッコ〜東はトルコまで、彼はこの広大な領土を精力的に視察に訪れ、訪問先で数々の建造物を建設したと言われています。そしてなんといってもその多くが世界遺産として現代まで残り、実際に見ることができるのが最大の魅力。今回は、ハドリアヌスの足跡を辿る世界遺産の旅へご案内いたします。