素敵な挿絵に忘れられないストーリー。もう一度あの世界へ
そもそも「絵本」ってどこからどうやって始まったの？
本の普及は「印刷技術の発展」とともに
はじまりは「子どもに喜ばれなかった子どもの本」
いわゆる絵本の伝統はイギリスに根付いています。イギリス文学の普及は、1476年、グーテンベルクの印刷機に衝撃を受けた商人、ウィリアム・キャクストンが初の印刷会社を設立したことにはじまります。
その後、1600年代後半に行商人チャップマンが日用品とともに売り歩いた、ポケットサイズの安価な冊子が庶民に浸透し始めました。
『シンデレラ』『青ひげ』『巨人殺しのジャック』などは、子どもにも広く読まれ、児童文学という形態はチャップ・ブックとともに始まったと言われています。
「子どもが読んで楽しい子どもの本」がロンドンで初出版
シャルル・ペロー作品やグリム童話、アンデルセン童話の英訳も、ニューベリーの手によって刊行されました。本当の意味での子どものための絵本は、ここから始まったと言われています。
子どもの本の父、ニューベリーについて学べる絵本
『子どもの本の世界を変えた ニューベリーの物語』
ミシェル・マーケル 文 ナンシー・カーペンター 絵 金原 瑞人 訳（西村書店 2020年）
子どもの頃から本が大好きだったニューベリー。大人になってから印刷所での仕事を経験し、やがて自分の会社をつくります。
子どもの本といえば、規則やアルファベット、算数、キリスト教の本くらいしかなかった時代に、子どもが楽しめる本を作ろうと決意し、『小さなかわいいポケットブック』を作りました。「子どもが読んで楽しい子どもの本」を、世界で初めて出版したニューベリーの伝記を分かりやすくまとめた絵本です。
自分にも人にも贈りたくなる【とっておきの絵本】14選
大人になっても引き込まれる世界観
不朽の名作『不思議の国のアリス』
ルイス・キャロル 作 リスベート・ツヴェルガー 絵 石井 睦美 訳（BL出版 2008年）
世界で最も有名な児童文学と言っても過言ではない『不思議の国のアリス』。原書の挿絵はジョン・テニエルによるものですが、時代を経て様々な挿絵で出版されています。その中でもおすすめしたいのが、オーストリアのツヴェルガーが描くアリス。透き通るような水彩と確かな想像力による独特な構図で、新しいアリスの世界を見せてくれます。
この物語には、ナンセンスな言葉遊び、そして教訓詩や流行歌のパロディである詩や童謡の挿入が論じられています。メッセージ性の強いもののように感じますが、元々は1人の少女アリス・リデルを楽しませるために創られたお話でした。
少女時代に戻ったつもりで、もう一度この不思議なワンダーランドに繰り出してみませんか？
永遠のあこがれ？『白雪姫』
高津 美保子 文 山本 容子 絵（ほるぷ出版 1992年）
「雪のように色が白く、血のようにほおが赤く、カラスのように黒いつやつやしたかみの毛」の白雪姫には、多くの少女があこがれたことでしょう。
お馴染みグリム童話の「白雪姫」ではありますが、ドイツの"白雪姫型"のいくつかのお話を参考に書かれており、白いキツネが登場します。山本容子さんの銅版画がとにかく独創的で素晴らしく、贈り物としても◎
感性が磨かれるアーティスティックなイラスト
旅に出たくなる『A Lion in Paris（パリにきたライオン）』
ベアトリーチェ・アレマーニャ（TATE 2014年）
イタリアのボローニャで生まれたアレマーニャは、パリ在住の絵本作家。どことなく、モディリアーニのようなイタリア風色使いを感じさせます。こちらは英語版ですが、元々はフランスの出版社からフランス語で出版されています。文字がほとんどなく、絵を見るだけでも十分楽しめますよ。
サバンナでの生活に退屈していたライオンは、刺激を求めてパリにやってきました。しかし、人々はライオンに見向きもしません。
鉛筆の線とコラージュを交えたイラストが独特な雰囲気を放っています。ページを捲る度に広がる、特徴を捉えたパリの街並み。ライオンと一緒にあこがれのパリを歩いている気分を味わってみてください。
未来への希望『やくそく』
ニコラ・デイビス 文 ローラ・カーリン 絵 さくま ゆみこ 訳（BL出版 2014年）
すさんだ街で、貧しい人たちからスリをして生きていた"わたし"。ある晩、老婆のカバンをひったくろうとしたことがきっかけで、彼女の人生は動きはじめます。ボローニャ・ラガッツィ賞フィクションの部、優秀賞受賞作。
薄暗い前半から次第に活気に満ちていく街と"わたし"の心の劇的な変化を、カーリンは見事に描き切っています。水彩と色鉛筆を部分的に使い分け、他のページには一色の色鉛筆の、線のみで描かれたものも。線の歪みや重なりも気にしない、創作は自由であること。それが彼女のスタイルです。
※こちらのイメージは英語版のものです。
ロンドンで活躍するカーリンは世界が注目するイラストレーターであり、陶芸作家でもあります。ブラティスラヴァ世界絵本原画展でグランプリを獲得したことで、日本にもファンが増えました。彼女の作品を扱う雑貨屋さんもあるようです。
好きなものがある人生って楽しい
ファッションが好き『おしゃれなクララとおばあちゃんのぼうし』
エイミー デ・ラ・ヘイ 著 エミリー・サットン 絵 たかお ゆうこ 訳（徳間書店 2015年）
クララは、人形やぬいぐるみのために帽子や洋服を作るのが大好き。帽子を創るときは、いつも帽子屋であるおばあちゃんの帽子を被ります。
原書はイギリスにある芸術・デザイン分野で有名な博物館V&Aから出版されており、舞台も当博物館になっています。サットンが描くカラフルで緻密なイラストがなんと言ってもおしゃれ！
※こちらのイメージは英語版のものです。
Photo by Yasuko
ノースヨークシャー生まれのサットンは、クラフトや版画の制作も行っている大人気のイラストレーター。1919年創業のヨークの老舗ティールーム「Bettys（ベティーズ）」とコラボし、紅茶のパッケージやビスケット缶のデザインもしています。細部まで丁寧に描かれた異国情緒漂うイラストは、色使いが素敵で、一目で恋に落ちてしまいますよ。
本を愛する人に『ルリユールおじさん』
いせ ひでこ 作（講談社 2011年）
舞台はパリ。お気に入りの植物図鑑がばらばらになってしまった女の子ソフィーと製本職人のおじさんが出会い、図鑑がよみがえるまでの工程が丁寧に描かれています。
世界に1つだけの植物図鑑が出来上がっていく工程は、本を愛する人なら夢中になるはず。残された余白と会話で進むストーリーが、場面の奥行きとリアルさを感じさせてくれます。
「本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。」
職人の静かな情熱、好きなものを大切にし続けることで人生が豊かになることを教えてくれる絵本です。
傍に置いておきたい宝物のような絵本
素敵が散りばめられた『BROOCH（ブローチ）』
内田 也哉子 文 渡邉 良重 絵（リトルモア 2004年）
渡邉良重さんと言えば、大ヒットお菓子ブランド「AUDREY（オードリー）」のパッケージデザインも手掛けるデザイナー。"女の子"の好きなものを全部集めたような彼女のデザインは、ずっととっておきたくなるような不思議な魅力を持っています。
内田也哉子さんの詩情あふれる言葉に心を揺さぶられ、薄い紙に描かれた繊細なイラストにため息が漏れる絵本。透けた次ページのイラストが重なり、幻想的な雰囲気を出しています。
交錯する想い『アオサギとツル』
ダーリ採集によるロシア民話より
ユーリー・ノルシュテイン 原案 フランチェスカ・ヤーブルソヴァ 絵 こじま ひろこ 訳（未知谷 2006年）
映像の詩人とも呼ばれるロシアアニメーションの巨匠ノルシュテインの傑作が、妻ヤーブルソヴァの挿絵を添えて絵本になりました。美しい装飾が施された絵は、ロシアの古いお屋敷に飾られた絵画のよう。
惹かれ合っているアオサギとツルは、求婚をし合いながらもすれ違い、意地を張り合ってしまいます。繰り返されるすれ違いが寂しくもコミカルで、憎めない愛らしさのある"2人"に感情移入してしまいます。愛することと孤独、後悔、大人になった今だからこそ分かるストーリーなのではないでしょうか。アニメーションの世界観もとっても素敵ですよ。
ずっと心にしまっておきたいストーリー
悲しみを乗り越えるために『わすれられないおくりもの』
スーザン・バーレイ さく・え 小川 仁央 やく（評論社 1986年）
野原のみんなからとても頼りにされていたアナグマ。「長いトンネルの向こうに行くよ、さようなら」という手紙を残していなくなりました。かけがえのない友を失った悲しみにくれる仲間たち。やがて、アナグマとの思い出を語り合いながら、生きるための希望を見つけていきます。アナグマが残してくれた"おくりもの"とは、いったいなんだったのでしょうか？
喪失を乗り越える導きをくれる、ずっと大切にしたいストーリー。イラストとともに、良質な絵本です。
人間の尊厳とは『ゆきのしたのなまえ』
クロード・マルタンゲ 作 フィリップ・デュマ 絵 とき ありえ 訳（講談社 2006年）
男の子はおじいちゃんと散歩中、何度も聞いたことのあるお話をせがみます。ドイツを旅行中、ある教会の前にいた犬を連れた物乞いの男のこと。旅行を終えた後に、住所も分からないその男に手紙を出したこと。男の子がその物乞いの名前を尋ねると、おじいちゃんはこう言います。
「こころにとってかけがえのないものに、いつもなまえがあるとはかぎらない」。
スイス人作家マルタンゲが綴る、祖父と孫の対話物語。フランス人絵本作家デュマのラフな水彩画が、深く静かに続いていく対話に、美しい風景を与えています。子どもにも読み聞かせたくなる、心にぐっとくるストーリーです。
動物たちのひみつの暮らしを覗く
ほほえましい動物たちの世界『ひみつがあります』
布川 愛子（白泉社 2020年）
きつね、野うさぎ、りすなどの様々な動物がそれぞれの小さな秘密を明かしてくれるお話。洋服を着た擬人化された動物たちとその秘密がかわいらしく、思わず微笑んでしまいます。
ページを捲る度に飛び込んでくる、細やかなイラストと素敵な色使いは布川 愛子さんならではですね。かわいいもの好きな方へのプレゼントにも◎
壮大なミニチュア舞台『マウスマンション サムとユリア』
カリーナ・スカープマン ないとう りえこ やく（メディアファクトリー 2011年）
挿絵ではないですが、あまりの素晴らしさに取り上げました。オランダ出身のスカープマンが3年の歳月をかけて手作りした、高さ3mのドールハウスを舞台に繰り広げられる、ねずみたちの愛情あふれる物語。初版は、オランダの小さな出版社から発売されるや、2日で完売したそうです。
Photo by Yasuko
こちらは、アムステルダム中央図書館に展示してある、マウスマンションの実物の一部です。通常のマンションにはないようなユニークなお部屋もあり、何時間かけても隅から隅までじっくり観察したくなります。愛嬌のあるねずみたちが、各々趣味や仕事に勤しむ姿も微笑ましい、ドールハウス好きが夢中になれる1冊。こんなマンションに住んでみたいですね。
自然の美しさに浸る歓び
可憐な妖精たちの世界『リーサの庭の花まつり』
エルサ・ベスコフ さく・え 石井 登志子 やく（童話館出版 2001年）
森のはずれに住むリーサは、ある日、夏至の妖精から夏至まつりに招待されます。そこでは、美しいバラの女王がお客様の花々を歓迎していました。
エルサ・ベスコフはスウェーデンを代表する絵本作家。可憐な花たちが纏う衣装は、どれもその花の雰囲気を生かしており、ベスコフの想像力に圧倒されます。ページを捲れば、妖精たちのミュージカルを見ているような楽しい時間のはじまりです。
※こちらのイメージは英語版のものです。
色で感じる幻想的な時間『あおのじかん』
イザベル・シムレール 文・絵 石津 ちひろ 訳（岩波出版 2016年）
太陽が沈み、夜がやって来るまでの空の青色は、水色から濃紺へだんだんと深まっていきます。その空の下では、様々な青い生き物たちが夜を迎える準備をしています。
フランスの絵本作家シムレールは、生物や植物をじっくり観察し細やかに描く能力に長けています。全体的に青一色でありながら微妙な使い分けをし、この特別な時間を見事に描いています。太陽の光が僅かに残された青だけの世界。心がしんとなり、夜の香りがしてきそうです。
絵本との出合いが人生を変えることも
記事を読んで下さっているあなたが、宝物にしたくなるような絵本に出合い、その延長にある"あなただけの物語"をより豊かに過ごせますように＊
