お城の歴史をちょっと学びながら観光を楽しんでみませんか?
1.真っ白な漆喰が美しい「姫路城」
姫山の地に初めて砦が築かれたのは1333年、赤松氏の時代といわれています。以来、13氏・48代が城主を務め、戦塵にまみれることなく今日にいたっています。
赤松氏の後、西国統治の重要拠点として羽柴秀吉、池田輝政、本多忠政が城に夢を託して拡張、いま見られる全容が整ったのは戦乱の世が落着いた1617年のことです。
出典:姫路市|姫路城の歴史
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2.日本最古の五重六階の天守を持つ「松本城」
松本城の創建年代については、諸説があります。昭和33年に文化財保護委員会が発行した『指定文化財総合目録 建造物篇』では、文禄3年から慶長初年とし、平成24年文化庁文化財部参事官(建造物担当)が発行した『国宝・重要文化財建造物目録』では、乾小天守を文禄元年、天守・渡櫓を元和初年頃としています。
3.復元すれば日本最大の天守となる「駿府城」(城跡)
慶長10年(1605)将軍職を2代秀忠に譲った家康は、その翌年駿府を「大御所政治」の拠点の地と定めて再び戻ってきました。天正期の駿府城を拡張(三ノ丸)修築し、駿府の町割りや安倍川の治水事業に取りかかり、現在の静岡市の市街地の原型が造られたのです。
そして、家康自らは、晩年も「大御所」として天下の実権を掌握し、駿府は江戸をしのぐ政治・経済・文化の中心としてその黄金時代を迎えたのでした。
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4.大名庭園が見事な国宝「彦根城」
当初は湖畔の磯山を予定していたといわれていますが、直継の代になって現在の彦根山に決定し、20年の歳月をかけて築城されました。
天守は大津城から、天秤櫓は長浜城から移築。天守は2年足らずで完成しましたが、表御殿の造営、城郭改造など、城郭の完成は1622年とされています。 この間、井伊直孝は大坂冬の陣で兄直継に代わって出陣し、その功績によって家督を継ぎ、夏の陣では豊臣方の木村長門守重成と戦い大功をあげ、井伊直政(常に先鋒を務め、徳川四天王のひとり)に劣らぬ武将と賞賛されました。
かつて、日本には2万5千ものお城があったと言われています。江戸時代の「一国一城」や明治時代の「廃城令」によって、お城は取り壊されてしまいました。天守閣や城郭が現存するお城は、松本城や姫路城、彦根城などを含む12城のみとされています。かつて徳川家康がその生涯をとじるまで過ごしていたとされる駿府城も例外なく取り壊され、一部の櫓や石垣だけが現存しています。