シンプルさの中にみえる、自然のかたち
北欧家具の世界的なブランドであるアルテックは、そんな国で約80年前にスタートしました。
家具だけでなく、トレーやランチョンマット、メモ帳などの、デザインモチーフを活かした小物も
東京・原宿にあるアルテックの、オフィス兼ショールーム(画像提供:アルテック)
2014年に合併したスイスの家具メーカー「ヴィトラ」の製品とともにアルテックの製品が並びます
「波や石、山や森の自然の中に、あんまり長方形や正方形というものはないでしょう。アルテックのプロダクトの多くは、自然な柔らかい形なんです」と話してくれたのはアンニさん。
約10年前、たったひとりでアルテックジャパンをスタートさせたアンニ・アイリンピエティさん。現在、アルテックとヴィトラの日本のセールスだけでなく、アジア、中東のホームマーケットの開拓を行っています
蘆原(あしはら)恵理さんは、普段はSNSやイベント、PR活動などを通して使い手の方々とコミュニケーションをするなど、マーケティングとPRを担当されています。後ほど記事内でもご紹介する「ドムス チェア」への思い入れは人一倍でした
同じくマーケティング&PRを担当をされている金子尚子さん。今回、インタビューに答えていただくだけでなく、ご自宅で実際にアルテック製品を使用されている様子を撮影させていただきました
金子さんのご自宅でも、スツールをテレビ台にしたり、キッチンでは炊飯器を置いたり、そのとき使っていないものはスタッキングしておいてあったりと、自由自在に使われていました。
「うちはこどもが二人いるんですけども、子どもたちも自分でスツールを移動させたりして、自由に使っています。軽いから本当に使い勝手が良いんです」と金子さん。
金子さんがご自宅で実際に使用されている、アルテックの「ドムス チェア」(左)と「E60 スツール」(右)。3本脚が「スツール60」で、4本脚が「E60 スツール」です。ご自宅には全部で5脚の「スツール60」と「E60 スツール」がありましたが、こちらの写真のスツールは、お子さんと一緒に座面や脚に自分たちで色を塗ったものなのだそう
和室にも馴染むアルテックの椅子。こちらはフィンランドのデザイン界の巨匠、エーロ・アールニオがデザインした「ベビーロケットスツール」です
自然界に存在する、流れるような形、なめらかで柔らかい形の要素を持つアルテックの製品のデザインは、和室にあっても違和感のない佇まいを可能にしています。
L - レッグの制作過程がわかるパーツ。無垢の木にスリット(割れ目)をミリ単位で入れ、その間にベニヤ板を挟みます。プレス加工を施しながらL字型に曲げ、最後に人の手により隙間を木屑で埋め、磨きをかけて完成します
フィンランドの工場で磨きの作業を待つL - レッグ。美しい曲線が並びます(画像提供:アルテック)
スリット(割れ目)にベニヤ板が挟んであることが見てとれるL - レッグ
「ドムスチェアは、家族で誰が座るか取り合いになるほど人気です」と話してくれた金子さん。
座面が広く、ゆったりと座れるにも関わらず、スツール60のようにスタッキング可能なドムス チェア。肘掛が短いことによって狭い場所でも使いやすいこの椅子は、1946年に、イルマリ・タピオヴァーラ*というデザイナーによってデザインされました。
絶妙な形にデザインされたドムス チェアもまた、フィンランドの工場の職人によって形作られています(画像提供:アルテック)
「ここは私が!私に説明させてください(笑)。最近実はフィンランドに行ってまいりまして*、ドムスチェアの虜になって帰ってきたばかりなんです」
そう言って、ドムス チェアとそのデザイナーについて話を続けてくれます。
「ちょっと立って説明していいですか(笑)」と言ってドムス チェアの説明をしてくれる蘆原さん。「座面が3Dになっているので、おしりが包まれるようなすわり心地の良さなんです」
学生寮の内装と共に家具のデザインを任されたタピオヴァーラは、「長時間座っていても快適な、勉強をするための椅子」、「場所を選ばず、食堂などでもマルチに使える椅子」、「ちょっと友達とおしゃべりするときもリラックスして座れるような椅子」の全てを兼ね備えたドムス チェアをデザインします。
学生たちの快適な暮らしのためにデザインされたこの椅子は、その使い勝手の良さ、座り心地の良さから、1950年代、アメリカやイギリスでも大ヒット。時代を超えた使い心地の良さで現在もファンが多く、日本の狭い住宅事情や暮らし方にもフィットするとして、日本でも最近注目されています。
この日のインタビューの際も、蘆原さんと金子さんが座っていたのはドムス チェア(手前は革張り)でした。肘掛の短さによってテーブルにぶつかりにくく、せまい場所でも快適に使用できることが伺えます
「タピオヴァーラは、製品ひとつひとつの機能や座り心地を磨いたデザイナーでした。そうして出来上がったものは、結果として本当に座り心地が優れたものです。そして綺麗。とても繊細なデザインですね。L - レッグをデザインしたアアルトが、木の加工技術というシステマティックな部分やシンプルな基礎の部分を追求するデザイナーだったのであれば、タピオヴァーラは、それぞれの製品のデザインを洗練させ、次のステップまで磨いていく、というタイプのデザイナーだったと思います」
短い肘掛が見た目にもかわいらしい、金子さんご自宅のドムス チェア
日本の、ものに対する価値観が“戻った”
(画像提供:アルテック)
「10年前、この仕事をはじめたときに『日本では引越しのときにはそれまで使っていた家具のほとんどを入れ替えて、新しいものを揃える人が多い』と教えてくれた人がいたんですね。10年前の日本には、そういう使い捨て文化があったと思います。フィンランド人としては『それは本当ですか?』という、ちょっと信じられない思いがありました。でも今、日本のそういう価値観も変わってきた。……というよりも、もしかしたら“戻ってきた”と言った方が良いかもしれません」
「日本語には昔から『もったいない』という言葉がある、とよく言いますよね。実はこの言葉、フィンランドにもあるんです」とアン二さんは続けます。
「フィンランドにも日本にも、ものを大事に長く使う、という考え方がもともとあるはずです。でも、少なくとも10年前の日本では、『もったいない』という文化はあまり感じることができなかった。だから今は、日本の価値観が変わったのではなく、“戻ってきた”んだと思うんです」
「私もそれは感じています。状況が変わってきたと感じたのは震災後です。2011年以降、ものに対する価値観が変わったと感じています。例えば雑誌を見ても、家具だけではなくて、お洋服や暮らしまわりのものも“良いものを”という特集が増えていますよね。そして、その“良いもの”の基準は値段ではなくて、素材だったりとか、着ていて心地良いものだったりとか、作りが良いもの、そして好きなもの。そういうものを長く使いましょう、という流れになってきていますよね」
長い目でものを見るということ
アルテック創業当初の工場の写真。現在は機械を導入しつつも、多くの工程で今も変わらず、職人の手によって自然の木材を活かしたものづくりがなされています(画像提供:アルテック)
80年生きた白樺のバーチ材を乾かしている様子。バーチは、混合林の中で時間をかけて木の中身を充実させ、太く大きくなる広葉樹です(画像提供:アルテック)
「伐採したあとは、また木を植えないといけないということになりますけど、森は自然に、森自身の力でも植樹をおこなっています。人間が森を作る必要はなくて、自然というのは……」
そういって少し言葉に詰まるアン二さん。言葉を選び、続けてくれました。
「言葉が足りないですが……。つまり、木が自然に生まれる環境があれば、森は自然に大きくなるんです。長いスパンで見ているんですね。そして、人間がそれを壊さない中で伐採をすれば良い。そういうことだと思います」
「先日フィンランドに行ってきて感じたことがあるんですけども、フィンランド人の自然との向き合い方というか、その、まず『向き合う』という言葉が合っているかもわからないんですけど……。とにかくそれが、とてもナチュラルだと感じます。フィンランドで最も大きな都市であるヘルシンキでさえ、駅から2km行かずとも森や湖がある中で人々が暮らしている。木の伐採の仕方もそうですが、フィンランド人はそういうことを、おそらく昔からずっと、日々の暮らしのレベルでやっていますよね」
ゆっくりと、時間をちゃんとかけて、長いスパンでものを見る。一本の木も、木材として使えるものに育つまでには時間がかかります。フィンランドではおそらく、「自然と向き合う」という言葉にさえ違和感があるほど、「自然と共に、自然の一部として暮らす」という文化が根付いているのではないでしょうか。
「そういう、フィンランドと森との関係の話を知らないとしても、日本人はアルテックの製品にどこかそういうことを感じてくれて、心地よさを感じてくれているのかもしれませんね」
素材の面でも、デザインの面でも「長い目」で見てものづくりをおこなうアルテック。こちらは2015年に発表された「カアリ シリーズ」の棚。木材とスチールによって構成されています。アルヴァ・アアルトの「L – レッグ」という部品を応用する考え方からインスピレーションを受け、「カアリ」というスチールの部品を棚やデスク、テーブルに応用しているシリーズです
「見た目のシンプルなデザインはもちろん魅力ですが、フィンランドの森との関わり方や、デザイナーたちの哲学や技術などの背景やストーリーを聞くことで、より一層好きになってくれる方も多いと思います。そういう、ものとしての存在だけでなく、ストーリーがきちんとあるということを知ることでより愛着がわくし、私自身、そこにキュンとしてしまいます(笑)」
アン二さん、蘆原さん、そして金子さんは、最後にこう話してくれました。
「日本とフィンランドには、無意識のうちに共感し合っている部分がまだまだ沢山あると思うんです。長く使ってもらえる、愛される家具を、長い目で見た生産体系の中で作り続ける。そうやって、国と国との地理的な距離を越えて、心地良いと思えるものづくりを続けていきたいですね」
理由を言葉にはできなくとも、知らず知らずのうちに惹かれてしまい、長く大切に使いたいと思う―。そんな家具を、アルテックはこれから何十年先、何百年先も作っていってくれるのでしょう。
アルテック製品に感じる心地よさの秘密と共に、アルテックのデザイン、そしてものづくりの向こう側にある、北欧の美しい風景が見えた気がしました。
(取材・文/澤谷映)
アルテックの家具は、シンプルな一方、自然を感じさせる曲線やどこか柔らかさのある佇まいのものが多いのが特徴です