インタビュー
vol.21 Found MUJI・矢野直子さん-“なんでもないモノ”に価値を見出すことで、暮らしはもっと豊かになる
写真:松木宏祐
無印良品のスタッフが、世界各地を旅して暮らしの良品を“見つけ出す”活動「Found MUJI(ファウンド ムジ)」。モノを“作る”のではなく“見つける”ことの大切さをあらためて見つめ直すこの活動の意義と、そこに込められた無印良品の原点ともいえる想いを、プロジェクトの立ち上げメンバーである矢野直子さんに語っていただきました。
暮らしにまつわる商品を幅広く展開し、日本のみならず世界各国でも高い人気を誇る生活ブランド「無印良品」。多くの方に愛される商品を次々と生み出すヒットメーカーである無印良品が、ものを”作る”のではなく”見つける”ことを目的として行っている活動「Found MUJI」をご存知でしょうか。この「Found MUJI」つまり「見出されたMUJI」と名付けられたプロジェクトは、無印良品のスタッフが世界中に足を運び、各地域に根付いた”良品”を探し出して商品化するという取り組み。衣食住のあらゆる商品を開発・販売している無印良品が、なぜ今”作る”ではなく”見つける”ことに重きを置いた活動を行っているのか。その背景について、Found MUJIのプロジェクト立ち上げ当初から関わっている、良品計画 生活雑貨部 企画デザイン室長の矢野直子さんにお話を伺ってきました。
フラッグショップである「Found MUJI 青山」。Found MUJIの商品は、この青山店と限られた店舗のみで販売されています
「もともと無印良品の始まりは”探す・見つけ出す”というところからでした。例えば、最初の頃の代表的なアイテムに「割れしいたけ」があるんですが、これは工場では製品として不適格とされる「割れたり欠けたりした椎茸」を袋詰めにして低価格で販売した商品。キレイな丸じゃなくっても味は美味しいままだし、少し見栄えが悪くても、その分リーズナブルに販売できるなら、そのほうがお客様に喜んでいただけるという想いから商品化したものなんです。それ以外にも、例えば業務用の製品などでシンプルで機能的なモノは、特別にデザインなどしなくても、一般の方向けにちょっと手を加えるだけで多くの人に使っていただけると考えているんです」
お話しを伺った矢野直子さん。ふわりとした優しい笑顔とやわらかな語り口が印象的な、とてもチャーミングな方でした
工場で無駄になっているモノや、業務用として使われている製品、先人の知恵が活きている道具などを探し出し、それを出来るだけシンプルな状態で商品化するというのが無印良品のもともとの哲学。既にあるモノの良さを最大限に活かして商品を提供するという、リデュース・リユースの精神が出発点でした。
店舗1階の様子。その時期のテーマに合わせてディスプレイが変更されるため、訪れるたびに新鮮な驚きを感じられます
「創業当時は、今あるモノに少しだけ手を加えて商品化するというのが基本だったので、デザイナーを募集する際にも「デザインしないデザイナーを募集します」と謳っていたほどなんです。多くの人に共感していただけるモノ作りのために、“仕立てる”とか“仕上げる”といった工程ではデザインがとても大事なんですけど、一からデザインするわけではなく、“今ある良いものは良い”というのが基本なんですね。その良さを崩さず、お客様の声を聞きながらリファインしたりリデザインすることが大事だと考えていました」
しかし無印良品が多くの人に支持されるメーカーへと成長するに伴い、ユーザーからの要望も多く寄せられるように。そしてそんな声に応えていくうちに、ゼロから自社で開発する商品もだんだんと増えていったのだと言います。
作るだけではなく、見つけることの大切さを見失わないために
東大阪で何十年も作り続けられているスチールの工具箱。仕様は変えずに、カラーのみホワイトに変更して販売されています
小鹿田焼、萩焼、砥部焼など、日本各地の伝統的な焼き物を集めた「日本の10窯」の器たち。日本ならではの美意識が感じられます
お客様からのニーズに応えることでいつのまにか自社の開発製品が増え、一時は商品数がなんと8000アイテム以上になったことも。求められて沢山の製品を販売できることは企業にとってプラスではあるのですが、しかしその一方で「最初の理念だった”探す・見つけ出す”という意識をみんな忘れがちになっているんじゃないか…」との思いも募っていったそう。
「あらためて自分たちの原点を見つめ直す必要があると感じたことで、“探す・見つけ出す”ということに重点を置いたFound MUJIの活動を始めることにしたんです。どんどんモノ作りをするということは大切なことではあるけれど、無印良品がもともと持っていた”既にある良いモノを活かそう”という意識から離れてしまって、足元が崩れてしまう可能性もあるんですよね。だからこそ、無印良品の中にFound MUJIが在り続けるということが、自分たちの初心を忘れないためにはすごく大事なことだと思っています」
フランスで公的機関や公立図書館の公文書保管に用いられている「コシャーさんの箱」。Found MUJIの代表的なアイテムの一つです
企業としては、大量に商品を作って販売すればするほど利益にはなるはず。しかし、そこであえて一度立ち止まり、目先の利益や効率よりも”探す・見つけ出す”という理念を大切にしたいと考えたのは、無印良品の生活美学とも言える、創業以来のある想いからでした。
「これからは、ただモノを作り続けていけばいいという時代ではないと思うんです。資源を大切にして今あるモノで再編集するということも大事だし、まだ眠っている良いモノを掘り起こして紹介していくということもすごく大事。そしてもちろん、むやみに消費するのではなく”モノを長く大切に使う”ということも。無印良品が、ただ商品を売る小売業ではなく”良いモノを長く大切に使ってもらいたい”という考えを持ってモノ作りをしているということ、そしてその考えが、多くの人に共感してもらえるよう努力し続けるということがとても重要だと思っています。だからこそ、商品を製造販売するだけではなく、既にあるモノにあらためて価値を見出していくという意識が大切なんですよね」
フェアトレード商品でもあるケニアの「ソープストーン」。一つひとつ柄や表情が違うのも手作りならではの魅力
ドイツの福祉作業所でハンディキャップのある職人さんたちによって作られている木製ブラシ。Found MUJIでは、商品を通しての社会貢献にも意欲的に取り組んでいます
ただモノを売るのではなく、本質的な意味での豊かな暮らしを提供し続けていきたい。その想いの象徴がまさしくFound MUJIなんですね。
このFound MUJIの取り組みが多くの方に支持され、2014年にはグッドデザイン賞の「未来づくりデザイン賞」を受賞。本当の意味での「良品」とはなんなのかをあらためて問いかけるその姿勢に、「モノづくりの”未来”が感じられる」として高く評価されました。
そんなモノと消費の関係を大事に考えるFound MUJIの活動。実は使う側に良い商品を提供できるというだけでなく、作る側の無印良品にとっても、モノ作りのアイディアリソースを得られる貴重な機会でもあるのだとか。
日常の”なんでもないモノ”にあらためて価値を見出したい
各地から集めた日用品に加え、現地で作ったオリジナル商品なども並ぶ2階スペース。アパレル製品もあり、その多くはユニセックス対応
「Found MUJIでは、スタッフが世界各地を旅する「Foundの旅」によって商品を探しだすんですけど、毎回、必ず新しい発見があるんですよ。その土地の文化に根付いた日用品ってまだまだ沢山あって、紹介しきれていない素晴らしいモノがいっぱいあるし、そこから私たち自身が良いヒントを得られる事もあるんです。だから、「Foundの旅」はお客様のためだけにというわけではなく、私たち自身にとっても、モノ作りのアイディアの引き出しを豊かにするために重要なんです」
現地にちゃんと足を運んでその土地の空気を吸い、人々の暮らしを肌で感じるからこそ、新たに気付けることも沢山あるのだそう。
「以前にデザイナーの深澤直人さんと中国を旅した際に、景徳鎮の市場で見つけた青白磁にとても感銘を受けました。民の時代そのままの技術を受け継いで作られた器なんですが、1000年も前から変わらぬ形がとても魅力的で。古くからある技法が長い時間を越えて脈々と繋がり、名も無い職人さんたちに広く受け継がれているというのは、本当に素晴らしいことですよね。世界にはそういった良品がまだまだ眠っているんだと、あらためて気づかされた出来事でした」
長い歴史のなかで廃れず、ずっと受け継がれてきている無名の品こそ、まさに本当の意味での「良品」。そしてそれは、無印良品がそもそも持っている“人々の暮らしに寄り添う”という視点があるからこそ、見つけ出せるものでもあるのでしょう。
「探すとは言っても、もちろん「お土産物やさん」に置いてあるようなモノを探してくるわけではなくて、地元の人が普段使っている“日用品”を探すということをとても大事にしているんです。普段使いのモノにこそ、暮らしの知恵が息づいているはずですから」
日常にある”なんでもないモノ”にあらためて価値を見出す。その姿勢をFound MUJIの活動によって保てているから、無印良品が生み出す商品は人々の生活によく馴染み、そして多くの人に愛され続けているんですね。
モノだけではなく、現地の空気感や文化・伝統を伝えるために
一階のウィンドウは、企画テーマに合わせてインテリアコーディネーターの作原文子さんがスタイリング
世界中から、それぞれの土地の暮らしが息づくアイテムを探し出すFound MUJI。その取り組みで大事にしているのは、単に“モノ”を探し出してくることだけではありません。モノの背景にある文化や、その地域の人々ならではの知恵や伝統をしっかりと伝えることも、Found MUJIの大切なテーマの一つだと矢野さんは語ります。
「お客様は商品そのものだけじゃなく、その裏にある背景もすごく知りたいと思うんです。もちろん、モノを見た瞬間の「わー素敵!」っていうインスピレーションの部分も大切なんですけど、その後ろに流れているストーリーが分かった時に、ぐっと心を動かされるのが人間の心理じゃないかなって。だから、Found MUJIのフラッグショップである「Found MUJI青山」では、モノにまつわる文化や物語までもしっかりと伝えるために、企画ごとに毎回ディスプレイやイベントも趣向を凝らして、少しでもお客様に届くようにって心を込めているんです」
その言葉どおり、「Found MUJI青山」のディスプレイには「現地の空気感や雰囲気も伝えたい、お客様に少しでも楽しんでほしい」という気持ちが随所に表れています。現在開催中のBASQUE(バスク)地方の生活用品を集めた企画展「BASQUE」でも、この地方ならではの独特の文化や家庭の暖かさが伝わるようにと工夫が凝らされていました。
テーブルクロスやお皿、グラスなどのほか、パンや香辛料などの食材も展示。食卓の雰囲気がよく伝わってきます
バスク地方の日用品に加え、現地の人々や風景の写真も飾られていました
「そのモノが生まれた背景や作っている人たちの姿を想像して、楽しみながら商品を使ってもらえたら私たちも嬉しいです。BASQUE展の後にも、寒い時期に向けて”世界の靴下”を集めた企画「冬のはきもの」や、12月にはFound MUJIならではの視点でスウェーデンを紹介する「Found MUJI SWEDEN」なども企画しています。きっと、皆さんが思っているスウェーデンとは一味違った、新たな魅力を知っていただけると思いますよ」
そう言って、楽しそうにこれからの展示予定を教えてくださった矢野さん。
聞けばFound MUJIの企画は、立案から旅、商品探し、店舗でのディスプレイやイベントと、一つのテーマごとに3年以上もの月日をかけて取り組んでいるそう。商品を販売するという観点から言えば、決して効率的とは言えないFound MUJIの活動。でも、全ての企画にそれだけの熱意と労力を傾け、しっかりと各地の文化や暮らしを理解した上で商品を見つけ出しているからこそ、それを手にした人たちにもその情熱が伝わり、新鮮な感動や発見を与えられるのでしょう。
テーマによって表情がガラリと変わるギャラリーの様な1階スペース。次の企画ではどんなディスプレイになるのか楽しみですね
「 無印良品のコンセプトを作ってくださったデザイナーの田中一光さんの言葉で、
”簡素が豪華に引け目を感ずることなく、その簡素の中に秘めた知性なり感性なりがむしろ誇りに思える世界、そういった価値体系を拡めることができれば少ない資源で生活を豊かにすることができる”
というものがあります。これこそがFound MUJIが最も大切にしている想い。この言葉を胸に、これからも世界中に足を運び、地域の文化に根付いた、簡素だけれど使う人の心を豊かにしてくれる”日常の道具”を探し続けていきたいですね」
バスク・ベレーを手にしながら、バスクの文化や暮らしについて丁寧に説明してくださった矢野さん。その表情はきらきらと明るく、「Found MUJI」の活動に楽しんで取り組んでいらっしゃることがよく分かりました
世界に眠っている暮らしの「良品」を見つけ出すために、そして無印良品が無印良品としての美学を忘れず在り続けるために、Found MUJIの旅はこれからも続いていきます。
世界各地に息づく文化や暮らしを感じに、そして無印良品の原点に触れに、ぜひ一度「Found MUJI青山」を訪れてみてください。きっとあなたの暮らしをちょっと豊かにしてくれる、新しい価値や発見に出会えるはずです。
フラッグショップである「Found MUJI 青山」。Found MUJIの商品は、この青山店と限られた店舗のみで販売されています