インタビュー
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Vol.41 パンと日用品の店 わざわざ・平田はる香さん-この地で、「究極の普通のパン」を作り続ける

写真:千葉亜津子

長野県東御市・御牧原(みまきはら)に、「究極の普通のパン」を焼く「パンと日用品の店 わざわざ」があります。店主自ら設計した薪窯で焼かれるパンと、確かなものへのこだわりで選ばれた日用品は、全国にファンも多数。東京から長野へのIターンで店をオープンした、店主の平田はる香さんに、パンへのこだわり、もの選びのキーワードなど、“わざわざ”足を運びたくなるお店の秘密を伺いました。

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2016年07月01日作成

“普通のパン”ってどんなパン?

気がつかないうちにじわーっと体に染みていて、なくなってはじめて、ふっと思い出す言葉やもの、味。普通の味噌汁、普通の器、普通の家族、普通の考え方―。ありふれていて、自分にとっては特別でない、毎日の繰り返しの中で体に染み込んだそれを、私たちは“普通”と呼びます。

そんな“普通”をパンと日用品に込めるお店が、長野県にあります。軽井沢と上田市の間に位置する標高700mの台地、東御市・御牧原(みまきはら)。ここで焼かれているという「究極の普通のパン」は、一体どんなパンなのでしょうか?「パンと日用品の店 わざわざ」を訪ねました。
お店のある、長野県東御市・御牧原の景色(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

お店のある、長野県東御市・御牧原の景色(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

店名の由来は、“わざわざ足を運んでくれてありがとう"
「この御牧原(みまきはら)の景色がすごく気に入って引っ越してきました」
そう、うれしそうに話してくれるのは、わざわざの店主、平田はる香さんです。
Vol.41 パンと日用品の店 わざわざ・平田はる香さん-この地で、「究極の普通のパン」を作り続ける
最寄駅から車で10分。山を登ると、右手には浅間山、左手にアルプス、目の前は田畑でパッと開けている台地があります。田んぼと溜池が多く、暮らしと自然が交わる美しい場所。わざわざは、そんな土地にポツンとあるお店なので、何かのついででは訪れることのできないお店です。だから、“わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます”というのがお店の名前の由来なのだそう。
こだわりの品揃えである日用品が、ところ狭しと並ぶ店内

こだわりの品揃えである日用品が、ところ狭しと並ぶ店内

こういうパンが“普通のパン”だといいな
わざわざの人気商品である「みまきカンパーニュ」は、お店のある御牧原(みまきはら)の地名から名付けられました。小麦粉、自家製小麦酵母、そして塩、水のみでできていて、店舗に併設されている薪窯で焼かれているカンパーニュ。がっしりと大きなこのパンを一口食べると、無骨なのに厚すぎないクラスト(皮)から薪の火の香ばしさが漂い、もっちりとした中身は噛み締めるほどに小麦の香りが鼻から抜けて、舌だけでなく指先にまでじわーっと旨みが広がります。

カンパーニュ特有の無骨さを残しつつ、じんわり染み入るように優しいこのみまきカンパーニュが、平田さんの目指す「究極の普通のパン」の、ひとつの形です。
(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

「“普通のパン”と呼ばれるものが、こういうパンだったらいいなって思っているんです。『普通のパンってなんですか?』って聞かれたら、一般的に言ったらスーパーで売ってる100円前後の食パンとかになると思うんですけど、私は、うちのパンみたいなものが“普通”だといいな、って。天然酵母とか無添加とか、いろんなそういうものが“普通”になればいいのに、当たり前みたいに買えたらいいのにって思うんですよ」

近年は体のことや環境負荷のことを気遣って、「国産/オーガニック/無添加/天然酵母」といったキーワードに興味をもつ人が増えています。平田さんには「そういったものがスタンダードになればいい」という想いがあるのだそうです。
わざわざのパンは、とてもシンプルに作られる食事パン(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

わざわざのパンは、とてもシンプルに作られる食事パン(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

「多分、日本初のロケットストーブの薪窯です」という窯は、平田さん自らが設計したもの。2011年の震災をきっかけに、単一のエネルギーに頼らないパンづくりを目指しました

「多分、日本初のロケットストーブの薪窯です」という窯は、平田さん自らが設計したもの。2011年の震災をきっかけに、単一のエネルギーに頼らないパンづくりを目指しました

店舗の大部分を占める薪窯は、すごい迫力です

店舗の大部分を占める薪窯は、すごい迫力です

良い素材でシンプルに作られているわざわざのパンは、しょっぱい、甘いといったインパクトのある美味しさをあえて取り除いています。

「毎日食べて欲しいですから、できるだけ体に優しいものを目指して作っています。中でもみまきカンパーニュは特にシンプルなパンなので、意外ですけど醤油系にも合うんです。大根おろし、醤油、さんまの組み合わせはおすすめですね。オイルを使った食事にも抜群に合います。きんぴらとかもいけちゃう」と、平田さん。
喫茶もやっているわざわざ。この日は地場野菜が美しいサラダプレートに、わざわざのパン2種類が一切れずつ。ルバーブのジャムをつけていただきます

喫茶もやっているわざわざ。この日は地場野菜が美しいサラダプレートに、わざわざのパン2種類が一切れずつ。ルバーブのジャムをつけていただきます

この日は雨にもかかわらず、取材中も地元の人が入れ替わり立ち代り、パンを求めていらっしゃっていました(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

この日は雨にもかかわらず、取材中も地元の人が入れ替わり立ち代り、パンを求めていらっしゃっていました(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

普段から使う。まかないで食べる。

パンをはじめとして、わざわざで扱っているものは、90%ほどが平田さんや他のスタッフさんも普段から使っているものや、食べているものなんだそう。

「扱っているものは、ほぼ全部使ってますね。スタッフも大体すべての商品の使用感をわかっている状況です。食べ物もまかないで食べたり、ものは店の裏とか、掃除とかでも使ってるんです」
普段から使っている白木屋のはりみ

普段から使っている白木屋のはりみ

「甘さ控えめ、お料理にもバニラアイスにも」と書かれた生アーモンドバターのポップ。スタッフが普段から食べているからこそのアイデアや使い方を案内してくれます

「甘さ控えめ、お料理にもバニラアイスにも」と書かれた生アーモンドバターのポップ。スタッフが普段から食べているからこそのアイデアや使い方を案内してくれます

お店で扱うものはほぼ全ていつも使っているということは、逆に言えばわざわざが「普段から使いたいもの」「普段から食べたいもの」しか扱っていないお店だということがわかります。

「実店舗でもウェブストアの販売でもそうなんですけど、生産者や作り手と、長年コミュニケーションをとった上での取引があるんです。だからうちで扱う商品には、ただかっこいいから買ってきて並べた、ではなくて、そこに至るまでの経緯があるんです。だからこそ心から良いと思える理由をお客様にお伝えできるし、自信をもって販売できる」と、平田さん。
実店舗の他、ウェブサイトでのパンと日用品の販売もおこなっているわざわざ。「実店舗と同等の扱い」で運営しているというこちらは、入荷してすぐに売り切れになる商品も多い、人気のウェブストアです

実店舗の他、ウェブサイトでのパンと日用品の販売もおこなっているわざわざ。「実店舗と同等の扱い」で運営しているというこちらは、入荷してすぐに売り切れになる商品も多い、人気のウェブストアです

わざわざらしさは「質実剛健」にあり
では、わざわざさんで扱う商品は、どんなことを基準に選んだり作ったりしているんでしょうか、と訊ねると、
「質実剛健の一言です」とのお答えが。

「丈夫で、質が良くて、実用性があって、飽きないもの。飽きないというのは、デザインされすぎてないものなのかなって思っています。選ぶのは、出来る限りシンプルにそぎ落とされたフォルム。私の“普通”が、そういうものなんです。昔から長く持っているものがすごく多いんですよ」

※質実剛健(しつじつごうけん)―「質」は質朴、「実」は誠実の意で、「質実」は飾り気がなく、まじめなこと。「剛健」は心やからだが強く、たくましいこと。(新明解四字熟語辞典より)
「このクロスは、うちのシニアバイトの人に使ってもらったからこそおすすめできるプロダクト。ゴシゴシキュッキュッと拭く力に頼らずに、曇りなくグラスを拭くことができるんです」と平田さん

「このクロスは、うちのシニアバイトの人に使ってもらったからこそおすすめできるプロダクト。ゴシゴシキュッキュッと拭く力に頼らずに、曇りなくグラスを拭くことができるんです」と平田さん

望む“普通”が見つからないときは、オリジナルプロダクトも作ります。こちらは長野の靴下メーカーに頼んで作っているリネンの靴下。デザインも履き心地も妥協なしの一品です

望む“普通”が見つからないときは、オリジナルプロダクトも作ります。こちらは長野の靴下メーカーに頼んで作っているリネンの靴下。デザインも履き心地も妥協なしの一品です

最近は、「あなたの普通はどれですか」というものも
「質実剛健」をキーワードにわざわざがセレクトする商品も、最近は幅が少し広がってきたようです。例えば長野県内の作陶家である阿部春弥さんの器は、以前は白一色の仕入れでしたが、現在では瑠璃色や黄色も扱うようになりました。
作陶家・阿部春弥さんの器たち。シンプルな白だけでなく、美しい柄や色の器も並びます

作陶家・阿部春弥さんの器たち。シンプルな白だけでなく、美しい柄や色の器も並びます

「今はこんなふうに、お好みで選んでもらおう、という感じで買い付けているものもあります。あなたの“普通”はどれですか、という感じです」

ものを見て、使って、自分の“普通”を知っていくこと。それはつまり、価値基準を少しずつ固めていく作業かもしれません。自分にとっての“普通”を見つめていくと、何を好きだと思うのか、何におかしいと思うのかといったことが、すこしずつ輪郭を成していくことがわかります。

ルールから逸脱しても

東京から長野へのIターンで、2009年にお店を開業した平田さん。小学生のころは静岡で暮らしており、山の中を遊びまわるおてんばな少女でした。

「家は遊ぶところだし、テストで良い点数とれてるから、宿題はしたくないってずっと言っていました。うちは、放任主義の親だったんです。学校で何があったとか、どうしたいかとかは基本的に自分にゆだねられるというか。宿題やれとか、普通のことも言わないんですよ。だからもう、全然学校のルールが守れなくて、逸脱していました。でも先生も、それを無理やり矯正して沿わせよう、とはせず、そんなに縛り上げることもなく自由にさせてくれて」

毎日怒られながらも、学校で居残りする、ということで先生とは手を打ち、結局6年間、一度も宿題を家でやったことはなかったそうです。「とにかくワアー!っと明るい子でした」と平田さん。
Vol.41 パンと日用品の店 わざわざ・平田はる香さん-この地で、「究極の普通のパン」を作り続ける
しかしそんな性格も、中学・高校と進むにつれて変わっていきます。

「そういう生活してると、精神的な発達は早いんですよね。本ばかり読んで、中学くらいからだんだん暗くなってっちゃって。純文学とか、三島由紀夫とか手塚治虫が大好きでした。中高は陰湿な時代を過ごしましたね。早く大人になりたいなーって、ずーっと思ってました」

高校を卒業するときも、右ならえで四年制の大学に進学していくことに疑問を感じた平田さんは受験の流れに乗っていけず、「とにかく東京に出たい」の一心で専門学校に入ります。

「中学生のときから音楽が大好きだったんですけど、27歳で長野に引っ越して来るまで、ずーっと東京でテクノのDJをやって、副業としてウェブ関係の仕事をやってたんですよ」
最初は転勤で仕方なく長野にやって来た
旦那さんの転勤を機に東京から引っ越してきたという平田さんご夫婦。最初の一年は、月に二回ほどの頻度で東京に遊びに出るほど、長野でどう暮らせばいいのかわからなかったそうです。

「だけど、一年くらいしたら、せっかく天気が良いし、とか、色々考え方がかわってきたんです。それで、市民農園に畑を借りたんですよ。それがきっかけで、田舎好きの遊びに変わっていきました」
現在は自宅と店舗のすぐ近くに畑を借りて、喫茶で出す野菜やエディブルフラワーなどを育てています(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

現在は自宅と店舗のすぐ近くに畑を借りて、喫茶で出す野菜やエディブルフラワーなどを育てています(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

引越しから3年ほど経つころにはお二人とも、「東京には絶対戻りたくない!」という考えになっていたのだそう。結局旦那さんは当時勤めていた会社を辞め、長野県の会社に転職をし、本格的にIターンをしました。

東京に戻らなくても良いと決まったご夫妻は、永住の地として御牧原を選びます。
「もう東京いかなくていいから永住しよう、家を建てよう、となったときに御牧原をみつけて、『この辺なんにもないよ!なんて良い景色だ!』ってうれしくなって(笑)」

とても優しい声で、うれしそうに、平田さんは続けます。
「結局、一番最初にみつけた、今店舗のあるこの土地をほとんど即決で購入しました。家を建てて、お店を出して、店舗はそのころはなかったから、移動販売や玄関先での販売をしていたんです。最初はひとりでやっていたので、手漕ぎボートを漕いでいるような気持ちでした。それが今は、船も大きくなって、乗組員も増えて、という感じですね」

現在、わざわざという船には旦那さんも合流し、各々の想いを持った総勢7名のスタッフが、御牧原の風に吹かれながら気持ち良さそうに船を動かしています。

この景観が維持されていくにはどうしたらいいのかなって考えた

インタビュー中、雨の降る外を見て、「今日は、お天気ほんとに残念でしたねえ」と言う平田さん。

「雨ものんびりでいいですけどね。でもここ、晴れると空がすごいんですよ。ほんとに真っ青なブルーになるんです。あと、まわりが全部田んぼなので、風に稲穂がゆらゆらして、すごくいいです」
Vol.41 パンと日用品の店 わざわざ・平田はる香さん-この地で、「究極の普通のパン」を作り続ける
今後のわざわざの展開をお聞きすると、平田さんはこんなふうにおっしゃいます。

「最終的には広大な土地を取得して、パンや喫茶や日用品のお店の他に、公園や保育園や図書館なんかが内包されたコミュニティを作りたいんです。そもそもこの景観がすごく気に入って引っ越してきていて、まわりを見渡したときに、20年後や30年後にこれが維持されてるのかなっていうのがすごく不安だったんですね。耕してる人たちはみんなおじいちゃんおばあちゃんなので、景色が一変するだろう、というのがあって。だから、この景観が維持されていくにはどうしたらいいのかなって考えて、若い人が入ってくること、沢山の人が働ける場所をつくること、を目標にやっています。住みたい、引っ越してきたい、と思える土地になるように。おしゃれなところだけをかすめとったり、田舎のいいところだけもらうんじゃなくて、地に足をついて、そこでじっと暮らす、ということです。ちゃんとビジョンをもって、この地に根付きたい」
Vol.41 パンと日用品の店 わざわざ・平田はる香さん-この地で、「究極の普通のパン」を作り続ける
「それから、本当は今のわざわざのパンの値段は、まだ“普通”には高いと思っていて。早く出て、安くて美味しい『早い安いうまい』っていうのを目指してます。だから、もっと大きく組織化して、効率化して、沢山売って、値段を下げたいですね。自分が心から良いと思う作り方と値段の、心から食べたい味のパン。飽きのこない、毎日食べたい、健康を損なうことのない、そんな“究極の普通のパン”を作っていきたいです」

平田さんの目指す“普通”は、正直、今はまわりを見渡して大多数を占める“普通”ではありません。けれども、少数派のあり方や方法を「違うもの」として片付けることは簡単で、自分はどんなものや、かたちや、暮らし方が“普通”であって欲しいかと考え続けることはすごく大切なこと。わざわざの「究極の普通のパン」は、もしかしたらあなたの望む「普通のパン」かもしれません。
(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

(画像提供:パンと日用品の店 わざわざ)

Vol.41 パンと日用品の店 わざわざ・平田はる香さん-この地で、「究極の普通のパン」を作り続ける
ところで、店舗があるこの御牧原(みまきはら)という土地は、もともと“開拓者たちの町”なのだそうです。今から 200 年ほど前に、天皇の献上馬を育てるために開拓者たちが坂を登って住み着き、「御(おん=天皇)牧(まき)原(はら)」で「みまきはら」というその土地名の通り、牧場地として開拓されたと言われているのだそう。

そして、わざわざが作る無骨で優しい「みまきカンパーニュ」は、気骨ある御牧原の開拓者たちが育ててきた土地の名前を背負っています。平田さんの率いるわざわざはつまり、現代の開拓者なのだと、その姿が重なりました。

(取材・文/澤谷映)
パンと日用品の店 わざわざパンと日用品の店 わざわざ

パンと日用品の店 わざわざ

パンと日用品の店〈わざわざ〉は長野県東御市御牧原の山の上にポツンと佇む小さなお店です。2009年に店主一人で開業して現在7年目。食と生活それぞれの面から、自分たちが心からよいと思うものを販売しているそんな店を心がけています。商品のことはお気軽にスタッフにお尋ねください。使い方から提案、実際の商品の使い心地、耐久性にいたるまで、詳しくご案内できます。

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