インタビュー
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vol.87 May&June・田中美帆さん-オートクチュールに魅せられて。誰かのための特別な一着を

写真:川原崎宣喜

ちいさなアトリエから生まれる、その人のためだけの一着。それは数ヶ月かけフルオーダーで作られます。花嫁の美しさを引き立たせる慎ましやかなドレスは、晴れの日の役目を終えた後、要望に応じてワンピースにお直しされることも。今回は、その人の人生に長く寄り添う一着をお届けするオートクチュールメゾン「May&June」の物語です。

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2018年08月03日作成
淡い自然光に透ける、薄く折り重なった白。
やわらかな表情の生地に施された繊細な刺繍やレース。

オートクチュールメゾン「May&June」のアトリエには、清楚なドレスたちが慎ましく並んでいます。
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これまでの道と、そしてこれからと。
人生の分岐点である特別な日に、心に決めた人とともに歩む誓いをたてる。

そのとき、花嫁の表情をさらに美しく際立たせるのは、やさしく軽やかな”白”。


オーダーメイドで作られたドレスは、花嫁に袖を通される日を今か今かと待ちわびて、胸を膨らませているようにみえます。

フルオーダーメイドで作られる、慎ましやかなドレス

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2012年にスタートしたMay&Juneは、ウエディングドレスをメインとするオートクチュールメゾンです。フランス語で”高級仕立て服”を意味する「オートクチュール」。その技法を取り入れたMay&Juneでは、一人ひとりの寸法をとりパターンの制作からデザイン、縫製まで、数ヶ月かけて特別な一着をフルオーダーで仕上げています。
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そのドレスたちは、教会で、レストランで、森の中のウエディングで……それぞれの場所に溶け込むように馴染むのが魅力。写真に収めると、まるで額に入れて飾られた1枚の絵画のようです。
ちいさなアトリエから
一着のドレスが生まれるまで
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May&Juneのアトリエ兼ご自宅を訪ねると、出迎えてくれたのがデザイナーの田中美帆さん。こぼれんばかりの笑顔でとりとめのない話に声を弾ませる様子が、天真爛漫な少女のようです。

「私、おしゃべりなんです。お客さまとのご相談では、ついつい話に花が咲いてしまって。喫茶店のようにお茶とお菓子をお出しして、皆さん3~4時間いらっしゃるんですよ。帰られるときには『ごちそうさまでした』って(笑)」

田中さんとのおしゃべりなら、3時間なんてきっとあっという間。自然体で明るい笑顔の田中さんといると、心地よくてなんでも話してしまいそうです。
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「お話している間は、ついその方の動きや何気ない仕草に引き寄せられるように目がいってしまいます。『この方のこの動きだと、肌の面積はこれくらいがきれいにみえるかな』とか。そんな風にドレスのイメージが膨らんでいくんです」

スッと静かな佇まいが印象的な人、細く白い手首が美しい人…襟ぐりやカッティングのラインを数ミリ単位で調整しては、その人ならではの魅力が最大限に活かされるよう仕立てていきます。
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そして役目を終えたドレスは花嫁さんの要望があれば仕立て直され、新たにワンピースとして生まれ変わることも。

「結婚式だけでなく、その先の日々もこの一着で楽しくなるといいなって思うんです。自分にとって"特別な一着"があったら、素敵な場所に着ていく楽しみもできるし、その服で出かけたら素敵なことが起こりそうな気持ちになったりもしますよね。そう思うと、いかにもウエディングドレスというより、オートクチュールで仕立てられたお洋服のようなものがいいなって。リネンやコットンなど、ウエディングのイメージがない素材を使うことも多くなりました」


ワンピースとなったドレスが嫁入りすると、自然とお客さんとのお付き合いも長く続いていきます。

「仕立て直したワンピースを着たお食事会の写真を送っていただいたり、家族が増えたと嬉しい近況報告をいただいたり。花嫁さんだけでなく、そのお母さまやご家族とも仲良くなることが多いので、文通のようにメールやお手紙のやりとりでつながっています」
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華やかなオートクチュールの世界に魅了されて

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デザイナー主導のもと最高の素材と熟練した職人の手仕事によって仕立てられるオートクチュール(高級仕立て服)は、19世紀後半にパリで誕生後、ハイブランドによる美しいデザインと芸術性で人々を魅了し続け、ファッション業界に華やかな歴史を作ってきました。

「デッサンを描くのが楽しそう」という理由で入った服飾学科のある高校でファッションを学ぶやいなや、田中さんはそんなオートクチュールの世界に惹かれていきます。
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とはいえ、当時高校生だった田中さん、オートクチュールを少し堅苦しいものだとは感じなかったのでしょうか。

「日常から離れた華やかさに憧れがありましたし、オートクチュールのマナーやお洋服の歴史を学ぶのがすごく面白かったんです。たとえば、文化が成熟しているヨーロッパでは、昼間のドレスアップは肌の露出をおさえるのに対し、夜は肌を大胆に見せて華やかさを演出するマナーがあったり、トレンチコートはもともと軍服だった名残で銃を下げるエポーレット(肩章)や雨よけが付いていたり……そういったことを知るのが楽しくて」
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裁縫の技術から
マナーの美学まで教えてくれた恩師
田中さんにオートクチュールの魅力を教えてくれたのは、「厳しくて怖い先生」だったという高校の恩師。

「平松先生は、当時60歳くらいでしょうか、『メゾン・マコトヒラマツ』を営む社会人講師として週に1回、オートクチュールの知識や技法を教えに来てくださっていました。美意識が高く、昔ながらのマナーを日常で実践しているような方なんです。夏に別荘に招かれみんなで朝食を作ったときには、盛り付けが美しくないと叱られたこともありました(笑)」

マナーを重んじ、所作から身だしなみ、ライフスタイルでもオートクチュールの美学を体現している先生。そうして醸し出される気品と重厚な佇まい、先生から非言語で伝わるものにも、オートクチュールの魅力がつまっていたのでしょう。

田中さんの心は静かに火を灯されたように、オートクチュールへと向かっていきました。
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「これはオートクチュールの技術を用いて作った"シャネルジャケット"です。統一感を出すため、この縁に使われているブレードも、同じ生地をほどいて糸の状態にもどしてから自分で編んで作るんですよ」と、自身で作ったというジャケットをみせてくれた田中さん。


シャネルが考案したツイードの襟なしのジャケットは「シャネルジャケット」と呼ばれ、時代を超えて愛されているアイテム(田中さんのものはニット素材)。
そのシャネルの服作りをベースに、ポケットにはメンズスーツに使われることが多い毛芯を入れオリジナルのアクセントをつけるなど、細部にまでこだわりが詰まった一着です。
それまで主流だったコルセットをなくし女性ファッションに革命を起こしたシャネル。シャネルの身体の自由な動きを重視した仕立てには、学びやヒントがたくさんあった、と話す田中さん

それまで主流だったコルセットをなくし女性ファッションに革命を起こしたシャネル。シャネルの身体の自由な動きを重視した仕立てには、学びやヒントがたくさんあった、と話す田中さん

「私は肩の高さが左右で違うので、着たときに左右のズレが修正されるよう肩のラインの高さを微妙に変えたりもしています。さらに、年齢を重ねて体型が変わったときのお直し用に縫い代を多くとるなど、オートクチュールには随所に長く着られる工夫があるんですよ」


より美しく、より長く使うため、細部にこだわって作られるオートクチュールは、完成まで数ヶ月を要します。しかし、その分、かかった時間と手間ひまに見合う長い時間をともに過ごすことになるのです。

めぐっていく流行よりも、誰かのための特別な一着を

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高校を卒業した田中さんは文化服装学院でさらにファッションを学び、オートクチュールへの憧れを持ちつつも、デザイナーとしてアパレルメーカーに就職します。

「そのころは、ひたすらデザインを考えていました。毎年やってくるSS(春夏)、AW(秋冬)のシーズンと、その合間にも展示会があるので……毎月50型ほどでしょうか。絵を描くのが好きでデザインの仕事を選んだのですが、それこそ漫画家のように机に向かう日々でした」

それは、数ヶ月かけ一着を仕上げていくオートクチュールとは真逆の世界。シーズンに合わせデザインを生み出していくサイクルは、もともとオートクチュールの考えが好きな田中さんのリズムとはズレがあったのかも知れません。
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なんとなくモヤモヤとした違和感を抱えながら働いていた田中さんに、友人からウエディングドレスを作ってほしいと依頼が舞い込みます。

「同じ高校の友人が結婚することになり、そのドレスを頼まれたのが最初の一着となりました。イラストレーターをしている個性的な子なんですが、着たいと思うドレス、似合うドレスが見つからないというんです」

今でこそナチュラルウエディングやアウトドアウエディングも珍しくなく、ドレスのデザインも選択肢が増えたものの、ひと昔まえのウエディング業界は、フォーマル一辺倒。ドレスもサテンやシフォン素材のもの、ウエストがキュッとしまったものが主流で、友人好みのものを探すのに苦労していたようでした。
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田中さんは丁寧に友人の希望を聞きだし、採寸をとると、数ヶ月かけてドレスを仕立てていきました。
「少しずつドレスを作りながら、『あぁ、やっぱり時間をかけてきちんと誰かのための一着を作っていくのって、いいな』と思ったんですよね」


友人の魅力や個性を熟知し、その魅力が活かせるようにとデザインした田中さんのドレスは、他にはない彼女らしいデザインでとても喜ばれました。

「完成したドレスをみて、昔から仲良しだったその子のお母さんまで泣いて喜んでくださって。その姿をみて、やっぱり、オートクチュールをやっていきたいと確信しました」
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一緒に人生を重ねていく特別な一着を

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これからについて伺うと「大きなことは出来ないですが…」と前置きをしながら、田中さんは顔をほころばせます。

「ドレスから仕立て直したワンピースを着たお客様とご家族の写真を、節目節目に撮影できたらいいな、と思っています。私は写真のプロではないですが、実際にお客様からの要望があって撮影してみたらとても素敵だったので、店鋪の一角でちいさな規模でやっていけたらなって。写真を撮ることが特別だった時代はすごい緊張感のなかで撮影していたから、その写真が特別な一枚になったと思うんです。ラフに写真が撮れてしまう現代だからこそ、丁寧に台紙に入れて1、2枚の特別な写真をお届けしたいです」

その最後の言葉には、田中さんのオートクチュールへの考えに通づるものがあるような気がしました。


一度きりだったはずの晴れの日の一着がお直しされ、一緒に人生を重ねていく。その様子を、家族の歴史とともに写真に残していきたい……素敵な思いつきは、新しく店鋪を構えると同時にもうすぐ叶えられる予定です。
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(取材・文/西岡真実)
May&June|メイアンドジュンMay&June|メイアンドジュン

May&June|メイアンドジュン

節目の晴れの日、いつもより少しだけ自分の気持ちに向き合い、丁寧に似合うものを考える時間を持つ。 そんな時間をお手伝いできたらとスタートした、小さなオートクチュールメゾンMay&June。美しいラインと心地よい素材を基本とし、アトリエで一つ一つ丁寧に仕上げるフルオーダーメイドのドレスは、その人の魅力や個性を引き出すよう考えられたデザイン。軽やかなレースやくるみボタンで装飾されたシンプルなドレスは、ワンピースへのお直しをすることでその後も長く袖を通すことができる。
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