ガラスの「ドキッ」とする美しさをアクセサリーに
台所仕事の最中に、うっかり落として割ってしまったグラス。慌てて片付ける前にあらためてその姿を見てみると、ガラスの破片が光を纏い、キラキラと鋭い美しさを放っていることに気がつくかもしれません。
——「ガラスが割れちゃったとき『危ない』という気持ちの方が先に立って、まじまじとあまり眺めないじゃないですか。でも、割れたガラスの断面って本当はすごく美しい。ひとつひとつに波紋があって、ドキッとする表情が隠れていたりするんです」
そう話すのは「sorte glass jewelry(ソルテグラスジュエリー)」の関野ゆうこさん。イタリア語で「運命、未来」という意味のガラスアクセサリーブランドです。
クラッシュしたガラスの断面など、ガラスの多様な表情を活かしたアクセサリーは、同じデザインでもそれぞれに個性があり、ひとつとして同じものはないのが魅力。つける人を選ばないガラスと金の組み合わせが、大人の女性をさりげなく引き立ててくれます。
関野さんは「制作活動で毎日ガラスを見ていても、そのたびに、ガラスの多様な美しさに見とれてしまう瞬間がある」といいます。
関野さんは「制作活動で毎日ガラスを見ていても、そのたびに、ガラスの多様な美しさに見とれてしまう瞬間がある」といいます。
「工房で制作をしていると、透明感のある固定的なガラスのイメージだけじゃなくて、普段の生活では見れないようなガラスの表情があって。それが実はすごいキレイなんです」と、関野さんはおっとりとした口調で話します。
「そういう皆さんが知らないガラスの表情を、ちいさなアクセサリーで出せたらいいなと思っています」
「そういう皆さんが知らないガラスの表情を、ちいさなアクセサリーで出せたらいいなと思っています」
夫婦だからこそできたsorte(運命)のアクセサリー
そんなアクセサリーが生みだされてるのは、関野さん夫妻が営む兵庫県のガラス工房「SORTE GLASS(ソルテ グラス)」。濃厚な緑に囲まれた静かな場所にあります。
早速、作業風景を見せてもらうと、そこは、繊細なアクセサリーを作っているとは思えない、熱く厳しい現場でした。
室温が40度以上になることもあるという吹きガラス工房。中央にある窯(溶解炉)の温度は、メンテナンス時以外24時間ほぼ1年中、1100度に保たれています。その蓋を開けると、肌に焼けるような熱を感じて、思わずのけぞるほど。一気に体中から汗が吹き出す熱さです。
むせるような熱気のなか、関野さんは無駄のない動きで竿を窯のなかに入れて、熔けたガラスを巻き取っていきます。
早速、作業風景を見せてもらうと、そこは、繊細なアクセサリーを作っているとは思えない、熱く厳しい現場でした。
室温が40度以上になることもあるという吹きガラス工房。中央にある窯(溶解炉)の温度は、メンテナンス時以外24時間ほぼ1年中、1100度に保たれています。その蓋を開けると、肌に焼けるような熱を感じて、思わずのけぞるほど。一気に体中から汗が吹き出す熱さです。
むせるような熱気のなか、関野さんは無駄のない動きで竿を窯のなかに入れて、熔けたガラスを巻き取っていきます。
竿の先についたガラスは柔らかいので、下に落ちないよう、竿を回し続けなければなりません。竿にかかるその抵抗の大きさによって、ガラスが今どれくらいの柔らかさなのかを感じとり、張り詰めた緊張感のなか、感覚を研ぎすませて作業を進めていきます。
そこからは、夫であり、ガラス制作のパートナーでもある亮さんとの共同作業。
見事なまでに息の合った「あうんの呼吸」で効率よく進み、熱い朱色のガラスは、飴細工のように自由自在に形を変えていきます。
見事なまでに息の合った「あうんの呼吸」で効率よく進み、熱い朱色のガラスは、飴細工のように自由自在に形を変えていきます。
竿から外れないよう、根本部分に水をかけて冷やし硬めます。「ジューッ!」という音とともに蒸気が
ガラス工房でしか見られない、柔らかに形を変える自由なガラスの姿
あちらとこちらから、綱引きのようにぐい〜っと伸ばして出来るのは、細い棒状のガラス
ひと晩かけてゆっくり冷ました棒状のガラスをカットしてスクエアに。ここから形を選別して商品にできるものだけを選定していきます
打って変わって、ガラスに細かい筆使いで丁寧に金彩(液状にした金)を施す繊細な作業。この後、600度ほどの熱を加えることで金液の不純物がとび、ガラスに薄い金の膜が定着します
この繊細な佇まいからは想像できない、厳しい熱さといくつもの工程を経て、sorte glass jewelryは作られていました
妻のデザインセンスに、夫の高い技術
出会ってから12年になるというお二人。8歳年上のご主人・亮さんは、アメリカのガラス学校で講師を務めた経験があるほどの技術とキャリアをもつガラス作家です。関野さんが出したデザインのアイディアは、亮さんの技術でイメージ通りの形になっていく、恵まれた環境だと関野さんは話します。
「アイディアはあっても、技術がないと形にするのは難しいんです。クオリティの高いものにするまでには時間がかかるものですが、主人がいるお陰でそこがグッと短縮できています。デザインのアイディアをすぐに形にできて、しかも、夫婦なんで『ココが違う』とか文句もいえちゃう(笑)。今まで一緒に過ごしてきた時間のぶん、私がいいと思うポイントとか、イメージの共有もできているし、完成させたいカタチがはっきりみえるのは本当に助かります」
「アイディアはあっても、技術がないと形にするのは難しいんです。クオリティの高いものにするまでには時間がかかるものですが、主人がいるお陰でそこがグッと短縮できています。デザインのアイディアをすぐに形にできて、しかも、夫婦なんで『ココが違う』とか文句もいえちゃう(笑)。今まで一緒に過ごしてきた時間のぶん、私がいいと思うポイントとか、イメージの共有もできているし、完成させたいカタチがはっきりみえるのは本当に助かります」
工房でも家でも24時間常に一緒のお二人。ご主人の亮さんに「夫婦喧嘩はしますか?」と聞いてみると、笑いながら答えてくれました。
「仕事も家でも常に一緒にいるから、もちろん喧嘩することもありますが、長引かせると仕事に響くので(笑)吹きガラスは1人ではできない作業が多いので、どうしても人の助けが必要。お互いに手伝いながら……ですね。妻のデザインセンスのよいところは、尊敬しています」
「仕事も家でも常に一緒にいるから、もちろん喧嘩することもありますが、長引かせると仕事に響くので(笑)吹きガラスは1人ではできない作業が多いので、どうしても人の助けが必要。お互いに手伝いながら……ですね。妻のデザインセンスのよいところは、尊敬しています」
ガラス工芸か、照明デザイナーか……迷いに迷った進路
子どものころから絵を書いたり、もの作りをするのが好きだったという関野さん。工芸高校があると知り、喜び勇んでデザインの基礎など総合的に学べる学科へ入学しました。
「私は美術が好きやったし、絵が上手だと思ってたんです。でも、工芸高校に入ったら絵の好きな人がいっぱいいて。そういう人たちと比べたら、自分の絵の好きさはちょっと違うかなって。悩んだ末に、そのころは照明に興味があったこともあり、照明デザイナーになることを目指して勉強していくことにしました」
「私は美術が好きやったし、絵が上手だと思ってたんです。でも、工芸高校に入ったら絵の好きな人がいっぱいいて。そういう人たちと比べたら、自分の絵の好きさはちょっと違うかなって。悩んだ末に、そのころは照明に興味があったこともあり、照明デザイナーになることを目指して勉強していくことにしました」
当時、別の職業を目指していた関野さんとガラスとの出合いは、学校の研修で行ったイタリアでのこと。教会や美術館、博物館をみてまわる際、自由時間に自然と手にとり眺めるのは、ガラスで作られたものばかり。イタリアの地で見るガラスの美しさに惹かれていました。
思えば、もともとガラスが好きで、子どものころは、屋台で売っている小さいガラス細工の動物を親にねだったり、フライパンで炒ったビー玉を熱いまま水にジャッと入れ、クラックを作る遊びをしていたという関野さん。ビー玉のなかにできるひび割れがキラキラしてすごくキレイだったといいます。
「そこで、ガラスの魅力と、本当に自分の好きなことに気がついて。高校3年生で進路を決めなきゃいけない時期だったので、ガラス工芸か、照明デザインの方にいこうかすごく迷ったんです」
そのとき先生からいわれたのは「ガラスじゃ食っていけないからやめとけ」という言葉でした。
思えば、もともとガラスが好きで、子どものころは、屋台で売っている小さいガラス細工の動物を親にねだったり、フライパンで炒ったビー玉を熱いまま水にジャッと入れ、クラックを作る遊びをしていたという関野さん。ビー玉のなかにできるひび割れがキラキラしてすごくキレイだったといいます。
「そこで、ガラスの魅力と、本当に自分の好きなことに気がついて。高校3年生で進路を決めなきゃいけない時期だったので、ガラス工芸か、照明デザインの方にいこうかすごく迷ったんです」
そのとき先生からいわれたのは「ガラスじゃ食っていけないからやめとけ」という言葉でした。
それでも気持ちはガラスに惹かれます。ガラス工芸か、照明デザインか……散々迷った末に、決め兼ねて大阪芸大のガラスコースとプロダクトデザインコースどちらとも受験した関野さん。運を天にまかせてみたけれど、結果は見事に両方合格。
「結局、自分でどっちに進むか決断しなきゃいけなくなって(笑)。プロダクトデザインを学ぶ自分を想像してみたんです。そしたら、キャンパスでガラスをやってる人たちを見たとき、きっと自分もやりたくなって我慢できないなって。ガラスは我慢できないくらいやりたいこと。だからガラスを選びました」
そうして、大学でガラスを学ぶこととなった関野さん。そこで技術指導員として学校にきていた現在のご主人・亮さんと出会います。
「結局、自分でどっちに進むか決断しなきゃいけなくなって(笑)。プロダクトデザインを学ぶ自分を想像してみたんです。そしたら、キャンパスでガラスをやってる人たちを見たとき、きっと自分もやりたくなって我慢できないなって。ガラスは我慢できないくらいやりたいこと。だからガラスを選びました」
そうして、大学でガラスを学ぶこととなった関野さん。そこで技術指導員として学校にきていた現在のご主人・亮さんと出会います。
トラブルから生まれた、”運命”という名のアクセサリー
7年の付き合いを経て、結婚後、夫婦で工房を立ち上げた二人。しばらくすると、設備のトラブルが多発して吹きガラスの作業ができない時期が続きました。
「吹きガラスってすごいお金がかかるんですよ。作業はできなくても、窯は24時間ずっと焚きっぱなしなので電気やガス代はかかる。お金を稼がなきゃいけない……と窮地に立たされて」当時を思い出して関野さんの表情が曇ります。
手元にある材料でなにかできないか、と目に入ったのは、たまたまご主人が芸大の卒業生にもらったという「金彩」。そうして偶然手元にあった素材を組みあわせてできたのが、ガラスに金彩を施したアクセサリーでした。
「吹きガラスってすごいお金がかかるんですよ。作業はできなくても、窯は24時間ずっと焚きっぱなしなので電気やガス代はかかる。お金を稼がなきゃいけない……と窮地に立たされて」当時を思い出して関野さんの表情が曇ります。
手元にある材料でなにかできないか、と目に入ったのは、たまたまご主人が芸大の卒業生にもらったという「金彩」。そうして偶然手元にあった素材を組みあわせてできたのが、ガラスに金彩を施したアクセサリーでした。
もっと若い世代にも届けたい
”作品”から”ブランド”へ
”作品”から”ブランド”へ
「作ったアクセサリーを地元のマルシェに出店して発表したら、自分が思っている以上にご好評いただいたんです」
アクセサリーを購入してくれたマルシェのお客さんは、20~40代の比較的若い世代。それまでは、百貨店などとの付き合いが多く、お客さんも50~60代の余裕がある世代が中心だった関野さんにとっては、新鮮でした。
「もっと垣根を低くして、若い世代にもお洋服を買うような感覚で作家もののガラスアクセサリーを手にとって欲しいと思いました。そのためにはブランディングもしっかりしないダメだな、と」
アクセサリーを購入してくれたマルシェのお客さんは、20~40代の比較的若い世代。それまでは、百貨店などとの付き合いが多く、お客さんも50~60代の余裕がある世代が中心だった関野さんにとっては、新鮮でした。
「もっと垣根を低くして、若い世代にもお洋服を買うような感覚で作家もののガラスアクセサリーを手にとって欲しいと思いました。そのためにはブランディングもしっかりしないダメだな、と」
高校の授業で、商品のブランディングについて学んでいた関野さんは、ロゴや台紙、箱などのデザインも自分で作っていきました。
「自宅のプリンターで台紙を作ったり、既製の箱にゴム印でロゴを入れたりしてました。……でも、客観的に見たときに素人感が否めないと思って。もう一段階上のところでブランディングしたいと、デザイナーさんに頼むことにしたんです」
縁あってお願いしたデザイナーさんに作ってもらった、ロゴとカタログ、パッケージデザインでsorte glass jewelryのまわりの世界観を固めていきました。そうして参加したのが、新人デザイナーの登竜門ともいわれるBtoBの展示会「rooms(ルームス)」。
「展示会で気がついたのは、ほかの出展者の方々は展示でブランドの世界観を出すのが上手で。ものをポンと置いているだけでは目に留めてもらえない、背景やコンセプトが伝わるような展示にしなきゃ、と思いました」
ブランディングに加えて、展示のレイアウトでもブランドとしての世界観を作り込むことに成功し、見事、展開したいと思っていた雑貨屋さんや服屋さんとつながることができたといいます。
「自宅のプリンターで台紙を作ったり、既製の箱にゴム印でロゴを入れたりしてました。……でも、客観的に見たときに素人感が否めないと思って。もう一段階上のところでブランディングしたいと、デザイナーさんに頼むことにしたんです」
縁あってお願いしたデザイナーさんに作ってもらった、ロゴとカタログ、パッケージデザインでsorte glass jewelryのまわりの世界観を固めていきました。そうして参加したのが、新人デザイナーの登竜門ともいわれるBtoBの展示会「rooms(ルームス)」。
「展示会で気がついたのは、ほかの出展者の方々は展示でブランドの世界観を出すのが上手で。ものをポンと置いているだけでは目に留めてもらえない、背景やコンセプトが伝わるような展示にしなきゃ、と思いました」
ブランディングに加えて、展示のレイアウトでもブランドとしての世界観を作り込むことに成功し、見事、展開したいと思っていた雑貨屋さんや服屋さんとつながることができたといいます。
身につけた人に出会いを。運命に導くアクセサリー
それまでは、器やオブジェなどのガラス製品を作ることが多かった関野さんですが、器と違ってアクセサリー制作は「お客さんとの距離が近い」と感じるそう。
「みなさんすごく大事にしてくれて、壊れても『修理してまた着けたい』っていってくださる方も多いのでうれしいです。『大切な人からもらったピアスが、車にひかれて割れちゃった!』なんてご相談があったり(笑)。直接肌に身に着けるものだし、愛用している人の気持ちがこもるので、より丁寧に作っていこうという気持ちが強いですね」
「みなさんすごく大事にしてくれて、壊れても『修理してまた着けたい』っていってくださる方も多いのでうれしいです。『大切な人からもらったピアスが、車にひかれて割れちゃった!』なんてご相談があったり(笑)。直接肌に身に着けるものだし、愛用している人の気持ちがこもるので、より丁寧に作っていこうという気持ちが強いですね」
大切な人からもらったものだったり、大切な人に会うときにつけるものだったり。肌に一番近く、直接触れるアクセサリーには、使い手の気持ちも宿っていきます。
――sorte(ソルテ)は運命、出会いは運命。sorte glass jewelryを身につけたあなたに、たくさんの出会いを。
そんな願いをのせたアクセサリーは、「逢いたかった人に会えた」とお客さんから報告を受けることもあるといいます。
sorte glass jewelryは、ともにガラスの美しさに魅了されたゆうこさん、亮さんの二人三脚で生まれたもの。どちらが欠けてもこの世に生まれることはなかったアクセサリーです。
耳元にきらめく夫婦で作られたガラスは、どんな出会いを運んでくれるのでしょうか。
(取材・文/西岡真実)
――sorte(ソルテ)は運命、出会いは運命。sorte glass jewelryを身につけたあなたに、たくさんの出会いを。
そんな願いをのせたアクセサリーは、「逢いたかった人に会えた」とお客さんから報告を受けることもあるといいます。
sorte glass jewelryは、ともにガラスの美しさに魅了されたゆうこさん、亮さんの二人三脚で生まれたもの。どちらが欠けてもこの世に生まれることはなかったアクセサリーです。
耳元にきらめく夫婦で作られたガラスは、どんな出会いを運んでくれるのでしょうか。
(取材・文/西岡真実)
透明度の高い水が溜まっているように見える、これもガラス。年に1回行う熔解炉のメンテナンスで交換した坩堝(るつぼ:溶けたガラスが入った容器)