しんしんと降る細雪のように、ぽつり、ぽつりと。でも確かに、積み重ねるように話してくれたのは、「点と線模様製作所」テキスタイルデザイナー、岡理恵子さん。動物や植物、自然をモチーフにしたテキスタイルを中心に展開する「点と線模様製作所」は、2008年のスタート以降、「PARCO」や「倉敷意匠計画室」など、様々なショップやブランドとコラボし、雑貨、ファッション小物、雑誌の挿絵、ショーウィンドウの壁面など、活動の幅を広げてきました。
ころんとした形が愛らしい「紫陽花」。こちらは2013年に作られたテキスタイルです
きつねたちが楽しそうに駆け回っている情景が浮かぶ「キツネノ小道」
人気のテキスタイルで作ったトートバッグ
「点と線模様製作所 デザイナー・岡理恵子」ができるまで。
手先がとても器用だったという、岡さんのおばあさま。新しい手芸にチャレンジしては、どんどん極めていったのだそう。岡さんの描く精工なテキスタイルは、おばあさまの血を受け継いだものだったのでしょうか。
「それが、そんなこともなかったんです。マフラーの編み方を教えてもらっても、私が昼寝している間に完成していたり(笑)。祖母はお洋服を作るのも得意だったので、本を見て『素敵だな』と思ったセーターやワンピースをリクエストしたり、私は作ってもらうことの方が多かったですね」
岡さんのご自宅から見える一面の銀世界。取材当日に出迎えてくれた岡さんのお母様が、「これでも今年は(雪が)少ない方なんですよ」と、笑顔で話してくれました
「きっかけは些細なことだったんですよ。『試験を受けるための勉強』は高校受験で嫌になってしまって(笑)。推薦入試ができるところというのと、職人さんが何かを作っている姿を見るのが好きだったのもあり、ものづくりが出来る場所を探したんです。実はそれまでほとんど絵も描いたことがなくて、入試の三ヶ月前くらいから美術の先生にデッサンを教えてもらったんです」
アトリエの本棚には、デザインの教科書から図鑑や絵本などがぎっしり並んでいました
「そんなに絵を描くのが楽しいとは思ってなくて。『用途性のある模様を描く』という感じで作っていて、今も『絵を描いている』っていう感覚ではないからこそ、描けるんですよね」
うまく言えないんですけど、と、自分の中の感覚を丁寧に言葉にしながら教えてくれた岡さん。そんな彼女は、大学在学中に、モダンデザインの父と呼ばれる19世紀イギリスのデザイナー、「ウィリアム・モリス」の壁紙を木版で再現します。
本棚の中にも「ウィリアム・モリス」のデザイン集が
「それがすごく腑に落ちたんですよね。元々モリスの模様が好きだったっていうこともありますし、今まで大学で学んだことも活かしながらできるなあって。それまでは、漠然と「模様作りをしたい」という想いだけだったんです。先生が壁紙を薦めてくれたときに、『モリスも、暮らしの中にある美しいものを目指して色々なものをデザインしていたんだよ』って教えてくれて。それを聞いて、『あ、自分が目指したいのはそういうものだな』って気付いたんです。モリスのやってきたことが、自分にとってもしっくり来て。先生の一言は大きかったですね」
日々のきらめきが「模様」として生み出される瞬間
「雪かきをした後に残るのは、どんな模様でしょうか。透き通るような冬の青空、汗をかきながらかいた雪跡。太陽の光に反射する強い光のコントラストに夏を思い出して作った模様です。」(北の模様帖・雪かきのあとで)
画像提供:点と線模様製作所
「夜中に鳥の鳴き声が聞こえました。一見、暗く静まりかえった森から聞こえてくると、何とも不思議な気持ちになります。鳴き声の主達はどんな詩を歌っているのでしょうか。枝や葉はどんな風にとりまいているのでしょうか。そんな不思議の気持ちを題材に鳥の庭と題して作った模様です。」(北の模様帖・bird garden)
画像提供:点と線模様製作所
「広い大地に一面に咲くタンポポ。風が吹くとさわさわと揺れ、黄色と緑の波がたつようです。春、一瞬の風景を模様にしました。」(北の模様帖・tanpopo/dandelion)
画像提供:点と線模様製作所
ご自宅の一室にある岡さんのアトリエ。部屋に入ってすぐに、テーブル傍の大きな窓に目がいきます
「冬は木に葉っぱがないけど、だからこそ、違う季節に思いを馳せる。今じゃないどこか、今じゃない季節を想像するのが好きなんですよね」
「幼いときから一人の時間が多かったことも影響しているかもしれない」と話す岡さん。「自分がいない視点」とは、客観的に、自分と他者を切り離して考えること。一見、冷たい印象を受けかねますが、それこそが岡さんの「あたたかなものづくり」に強く影響を与えていました。
お客さん・職人さんと接する中で模様の作り方も変化が
「お客さんは方向性を教えてくれる感覚も持っている方々なので、話している中で次はこういう生地作ろうかな、とひらめくことも多いです。『これを見て、ポーチじゃなくてお洋服作りたくなっちゃった! 』という風に、生地を見て何を作るか思い付く方もいらっしゃるので、それはとてもうれしいなあと思いますね」
2014年に行われた静岡での展示で、立て看板を描く岡さん
画像提供:点と線模様製作所
「空間デザインを勉強していたので、テーブルクロスやクッションカバー、カーテンの模様を想像しながら作っていたんですけど、お客さんは圧倒的に、小物やお洋服を作る方が多いんですよね。なので、それに合わせて、オリジナルの模様は最近どんどん小さくなってます。こんなに小さくなるとは思わなかったです(笑)」
小さなブローチにしても映える岡さんのテキスタイル
「小さい模様を作るようになって、断然動物などが描けるようになって来ましたね(笑)。学生のころは、絵が描けなかったので線だけで構成していました。線を引いて、上に丸をつけて花に見せる……という風に、どちらかというと図のような形で作っていたのが、今はだんだん手を動かして、挑戦して描くようになりました。最初は動物の模様に苦労していたんですけど、色々勉強しながら、クレヨンや絵の具、ペン、色々な画材の力を借りて描いています」
初めは苦手だったという動物の模様。そんな風に思えないほど、躍動感に溢れた生き生きとした姿が描かれています
机の上には、カラーペン、色鉛筆、絵の具など、様々な画材が並びます
机の横にちょこん、と寄りそう引き出しと、よく使い込まれた道具たち。どちらも味があります
「最初は意識していなかったんですけど、刺繍工場の方に図案を見てもらったときに、『良くなる模様だというのがこの図案を見て分かる』と言ってもらえたんです。良くなっていく模様は迷いがなく、最初からまとまって出てくるものだって。視覚で交換し合うものだから、頭の中のイメージを言葉で伝えてもわからないので、ちゃんと作った物を渡すのはやっぱり間違いじゃないんだな、と思って。それを聞いてから、より、中途半端なものを渡さず一回一回完結している模様を出すようにしています」
「北の模様帖・bird garden」(左)と、「QUARTER REPORT・Risu no Shigusa」(右)の原画。何枚も紙を切り貼りして作られていることがわかります
「原画は一枚絵で仕上げるのではなく、一つの部品として仕上げ、そこからはパソコンで切り貼りしていきます。一枚で全部描きあげようとすると、その時の『こんな模様にしたい』っていう勢いが薄れてしまう気がして。パソコンで作業できるところまで完成したら描くのをやめるんです。早く模様にしたい、という気持ちがあるんですよね」
原画を描き終えたら、レイアウトはパソコンで行います
目指すのは人を安心させる「健康的」な模様
岡さんがデザインした「QUARTER REPORT」で作られたカーテン
「生活の場で使われる模様は『落ち着いた』『大胆な』など様々な種類がありますが、全てにおいて健康的で使う人や空間を最もよく表現し支えることが大切な要素だと思います」(点と線模様製作所 blog・2010年9月3日)
岡さんにとっての<健康的な>模様とは、いったいどんなものなのでしょうか。
「もちろん健康的でない模様があっても良いんですよ(笑)。それはTPOで。何かのパーティーのときに、少し人に刺激を与えるくらい挑戦的な色や模様であっても、ハレの場であればその模様はちゃんと成立すると思うんですよね」
私の場合は、と、岡さんは続けます。
「一つ模様ができあがると、なるべく、ずっと販売し続けられるような『定番』になってほしいと思っていて。そこを目指すとなると、人に害を与えない、視覚的に疲れない、邪魔にならない……、その模様を見ていると怖い感じにならないものをイメージするというか。やっぱり、昔々の人たちにとっての『模様』は、自分の身を守るため、子どもを守るため、自分がどこの人かわかるようにするためのものであったように、その人や空間にとって『意味がある模様』であって欲しいなと思っていて。自分の場合は、それにプラスして今の世の中に向けたものなので、『健康的な模様』っていう表現をしたんです(笑)」
様々な色がのせられているのに、どの色もパレットの上でケンカせず、なんだか馴染んでいるよう。このやさしい色使いもまた、「健康的な模様」に欠かせないものなのです
「誰かのためのものづくり」に場所は関係ない
「そこが何かを作る本当に最初のかけらだなって。自分の何かを見せたくてスタートした訳ではなく、『誰かのために』と始めたものなので、今でもそれは変わらないですね。なので、ほかの場所に行ったからといって、何かが変わるもんでもないなあって思っています。どこでやってても『どこかの誰かのため』になるだろうし、自分が体験していることは、誰かも体験しているって思うと場所はあまり関係なくって」
「ここにいると、良いことばかりでもないですけどね。東京と比べて、早い流れに乗ることはできないですし。すごくマイペースに進めている状況なんですけど、『誰かのため』の模様作りなので、購入してくれる人のために作るのであれば、そのことを考えながら作らなきゃいけないなと思うんです。だから、少し流行と距離があることで、『誰かのため』に集中できる気がしていて。これが正解かはわからないですけど、本質の、本当のところの模様を作るっていうことになってくるのかなって」
しかし反対に、無意識の内で自分を形成していくのは、「自分が心地良いと思う場所」だということもまた事実です。
矛盾しているようですが、まっすぐな岡さんのお話を伺っていると、そのどちらにも頷けるような気がします。そして、どちらもきっと、岡さんの「ものづくり」のために必要なこと。ひょっとすると、それを両立することが、岡さんにとっての「北海道でしかできないこと」に繋がっていくのかもしれません。
「そうかな、って思いながら今は続けています。最初は気後れしていた部分もあったんです。テキスタイルの学科を卒業しているわけでもないので、自分はどこに向かえば良いのかがわからなかった。でも、競争の中でやっていくより、『対お客さん』との関係をこつこつと積み上げて行くのが自分のものづくりの形だという気持ちがあったから、今改めて振り返ってみると、北海道に意味があったんだなって。そう思える7年目になりました」
残したいのは「岡理恵子」ではなく、「ずっと愛されていく模様」
「私の模様作りは、自分ではなく『それを使う人が主役』だと思って作っていて。<岡理恵子が作った模様>ではあるんですけど、時を重ねていくうちに、私が作ったものじゃなくなればいいのにって思うんです。長い間かけて、『これ、誰がデザインした柄か分からないけど家にずっとあるよね』って感じで、模様だけがずっと残っていけばいいなあって。60歳まではこういう仕事を続けて、そのくらいになったら、モリスが仲間たちと建設設計した自宅『レッド・ハウス』のように、今度は自分の作りたいものに囲まれたそんな空間を作りたいです。今度は『誰かのために』ではなく、すごく個人的なことをしていきたいなぁ、ということは思ったりします」
もう少し先の未来の話を、はにかみながら、笑顔でそう答えてくれました。
どんな場所にいても、そこには必ず、ほかの誰かへの「気持ちあるものづくり」が存在します。そんな想いを紡ぐように、編み上げるように。「点と線模様製作所」はこれからも、いつか誰かが見たような、だけどまだ誰も見たことのない景色を、「どこかのあなた」のために生み出していきます。
アトリエの窓から見える真っ白な雪は、もう次の景色を待っているかのようです。
(取材・文/長谷川詩織)
すべて長さで量り売りされているテキスタイル。プリントと、刺繍が施されたもの