またワイン界において、醸造された年月や良質なぶどうが収穫された年の製品を指すことから、近代では、古いだけではなく「特定の年に作られた価値のあるもの」として車や楽器、家具、古着などに対して幅広い定義で使用されるようになった。長い年月を掛けて熟成された独特の風合いや、もの言わぬ者たちが体で語るその年代のストーリーは、私たちの心の奥底を掴んでやまない。「orSlow(オアスロウ)」の代表兼デザイナーを務める仲津一郎さんも、そんな「ヴィンテージ」に魅了されたうちの1人だ。
はじまりは1本のオーバーオール
定番アイテムの「STANDARD DENIM 105」(左)と「IVY FIT DENIM 107」(右)。ファイブポケットのアイテムにはすべてに品番がついている。107は裾に向かって細くなる美しいシルエットが特徴で、女性にも人気のアイテム。「リピーターの方が『いつもの105』といえるように、品番訴求に力を入れています」と仲津さん(画像提供:orSlow)
約6年前にはユニセックスアイテムの展開もスタートした。デニムの知識がない人にもヴィンテージジーンズの独特の風合いを感覚でわかってもらいたいと、インディゴの色目、織り方までにこだわっている。「飽きの来ない日常着」を意識して作られるorSlowのアイテムは、様々なコーディネートを楽しみたい女性にも受け入れられた。サイズ展開の豊富さや絶妙なシルエットで、今まで古着に親しみがなかった人でも取り入れやすいと評判だ。
男女問わず人気の「60'S DENIM JK」。今季は「BLACK」をテーマに掲げ、定番のインディゴの印象を一新。大人のためのワークウェアが揃う
着心地にも徹底的にこだわる。こちらは「吊り編み機」という昔の機械を使って編まれたスウェット。空気を含みながら時間をかけて編んでいくため、柔らかい手触りとなる。縫製には縫い目の凹凸が少ない「フラットシーマー」というミシンを使用
今季の新作「Hunting Vest」(写真左)と「Quilted No Collar Coat」(写真右)
「その当時は、今みたいに着古したような加工がされていないデニムが主流だったので、そういう服ってすごく珍しいなあと思ったのが最初でしたね。デニムって洗濯と着用を繰り返して色落ちしていく素材じゃないですか。しかも、経年変化で色落ちしていくことによってさらに愛着が沸いてくる。素材そのものにすごく興味を持ったんです」
アトリエにはデニムやジーンズに関わるたくさんの資料が
ヴィンテージデニムとの出合い
「昔のデニムは、濃淡の差がハッキリ出たり、色の落ち方が全然違うんですよね。うちで作っているものも、その時代の風合いを再現して作っているんですよ」
そういって、ヴィンテージデニムの魅力を語ってくれた仲津さん。製造方法の進化により、近年ではムラのない「きれい」なデニムに仕上げることが可能になった。反対に、昔は技術が発展途上だったため意図的ではないムラができ、筋状に色が落ちる“縦落ち”など独特の味となる。
アメリカ製の「SINGER」ミシン
写真は「ユニオンスペシャル」という小さなアメリカ製ミシン。裾上げのステッチなど、ヴィンテージの細かいディテールを出すのに欠かせないミシンだが、今は製造されていない貴重なもの(画像提供:orSlow)
特に裾の処理はジーンズでとても重要なポイントのひとつ。写真は「ユニオンスペシャル」で裾上げしたジーンズ。裏側を見ると鎖のような縫い目ができているのがわかる。これを「チェーンステッチ」といい、洗うことで「パッカリング」という縮みや捻れが生じ、履き込んでいくうちに生地にも独特の表情が生まれる
アメリカでの決意、国産メーカーへの就職
約1年半の渡米を終えて帰国した仲津さんは、アルバイトをしながら服飾の専門学校に通った。しかし、学校ではデニムを作るためのミシンはおろか、作り方を知る人も存在していなかった。縮率を計算したパターン、加工や専用ミシンの知識など、服飾の中でも特に専門性が高いジーンズ製造。知識が得られる専門学校は全国でも限られていた。
orSlowが取引しているのも、ほとんどが児島地域にある工場(画像提供:orSlow)
(画像提供:orSlow)
(画像提供:orSlow)
メーカーでの約5年間は、仲津さんにとって感動の連続だった。
「当時はとにかくジーンズを作りたいっていう気持ちがすごかったんですよね。専門学生時代、大阪のミシン屋さんに作り方を聞きに行ったこともあったのですが、ジーンズを縫ったりしないので、詳しいことはなにも掘れなかったんです。インターネットもないから、独学でジーンズを分解してみたり、頭の中で想像するしかなかった。だから、就職先の研修で実際の工場を見学したときは感動しましたね。社内にはデニムを作るうえで必要なすべての工業用ミシンが揃っていますし。自分は企画として入社したんですけど、携わった製品が実際にラインになって生産されているところを見たときや、サンプル室でパートさんに縫い方を教えてもらったことは今でも大切な思い出です」
ひとつひとつの壁を乗り越えて
ブランドは今年で創立12年。当初は持ち込み営業や展示会に参加するも、思うように製品が売れずしばらくは苦しい時期が続いたという。仲津さんは広く営業することをやめ、自分の好きだったショップに絞って持ち込みを続けた。ジーンズを愛した仲津さんが作る「本物」に、同じ感性をもったブランドや、古着に目が肥えたバイヤーたちが共感してくれた。
毎シーズン、約50型ほどのサンプルが作られる
「ハンドキャリーでサンプルを持ち込んで展示していました。当時は円安だったので、製品の価格もすごく高くなっちゃったんですよね。ジーンズ1本350ドルとか(笑)。物は気に入ってもらえても値段で拒否されたりとか。今は少し購入してもらいやすい値段になってきているので、流れは変わって来たんですけど。ロットの関係で縫製工場もなかなかみつからなかったり、いろんな壁があったんです。国内でも海外でも、ひとつひとつ壁をつぶして、それを2008年頃からずーっとやり続けまして。スタッフも増えて環境も整ってきて、やっと今、自分が本当に作りたいと思うものを形にしやすくなってきました」
アトリエ前で、「orSlow」スタッフの皆さんと
(画像提供:orSlow)
「吟味しながら、オリジナリティのあるものづくりを」
めまぐるしい速さで流れていくファッションの世界で、ゆっくりと進みながら自分らしさを見つめ直していく」
orSlowのブランド名には、こんな意味が込められている。ブランドを立ち上げた2000年代は、ファストファッションの登場によりアパレル業界が変革の中にあった。仲津さんはブランド名の由来についてこう話す。
ブランドロゴは、立ち上げ当時に仲津さんがマウスで描いたもの。ネームのデザインも、すべて仲津さんがイラストレーターで作成しているのだそう
力強くそういった仲津さんはこう続ける。
「でも、服の作り方自体は変わっていくと思います。自分たちは今の作り方を変えないですけど。今はホールガーメント® 横編機とかね、コンピューターでニットを編み上げたりするじゃないですか。それと同じように、いろんな服が3Dプリンターとかで作られるようになったり、転換期が来るだろうなと思っていて。そうなってくると、今後残っていく服も変化していくと思うんです」
(画像提供:orSlow)
(画像提供:orSlow)
「やっぱり裁断したときにはぎれとか結構出るので、そういう技術が出てくるといろんな“無駄”がなくなってくるので。それはもう良いことだと思いますよ。いろんなことあるかもしれないですけどね」
これまでに作られたネーム。アイテムや年代によって色やデザインを少しずつ変え、リピーターの人も楽しめる仕様になっている
「人間は寿命が決まっていますけど、自分が死んだ後も残していけるようなブランドにしたいと思っています。もちろんブランドにも寿命があると思うんですけど、長く継続していって、数十年後に『何年代のorSlow』っていわれるようなアイテムを作っていけたら。何年も着用して同じものを買いたいと思ったとき、そこにorslowの服が変わることなく存在するものでありたいと思っています」
ヴィンテージの本当の価値とは、それを手にした人がまた新しい価値を加えていけることなのかもしれない。「長く着てもらうこと」を前提とし、時代に流されないペースで生み出されるorSlowのアイテムには、その余白が充分に残されている。いつかの仲津さんのように、「orSlowのヴィンテージ」を手にした少年が目を輝かせる、そんな日が訪れるかもしれない。
(取材・文/長谷川詩織)
代表の仲津一郎さん