「とにかくやってみよう」とゼロ地点から飛び込んだ革の世界
「シンプルで使いやすく、使うほど手になじんでいくものを作りたい。でも、ただシンプルなだけじゃなく、そこにほんの少しのユーモアをプラスすることで、使う人に楽しさも感じてもらえると嬉しいですね」
そう語るのは、レザーブランドkurosawa(クロサワ)の黒澤洋行さん。そんな黒澤さんが生み出すのは、使い勝手がいいだけの単なる”物”ではなく、持っていることで毎日が愛おしくなるような、暖かでやさしいレザーアイテムだ。
こちらが黒澤洋行さん。穏やかで暖かい人柄が、作品にもそのまま表れている。
「革に興味を持ち始めた頃、ちょうど近所に革製品のお店ができたんです。そのお店に通っていたところ、職人さんが足りていないという話を聞き「だったら自分がやってみよう!」とすぐに応募しました。それまでは全く畑違いの仕事に就いていたので素人同然だったんですが、革製品を自分で作ってみたいという強い気持ちが芽生えていたので、迷うことなくこの世界に飛び込みました」
自然豊かな環境を求めて、5年前に東京から移り住んだ千葉の工房。大きな窓から見える美しい景色も創作の源。
全ての工程を手作業で、たった一人で行っている黒澤さん。そのため、工房内には様々な道具や素材が所狭しとあふれている。
「仕事で手がけていたのは男性向けのアイテムでしたが、プライベートで妻のためにバッグを作ったことがきっかけで、女性向けの作品にも興味を持ち始めました。仕事で作る男性向けの商品よりも、女性向けのアイテムの方がデザインの幅が広く自由度も高いので、作っていて自分自身も面白さを感じるようになりましたね」
こちらは奥様が愛用中のバッグ。淡いベージュだったヌメ革が、5年の使用でこんなに美しいあめ色に。
もの作りの真ん中にあるのは身近な人を想う気持ち
人気のベビーシューズはデザイン豊富でどれを選ぶか迷ってしまうほど。全て革で作られているため、小さなお子さんの足にもやさしくなじむ。
自然を愛する黒澤さん。使われているモチーフも、蜂、白鳥、うさぎ、しろくま、ひまわり、ちょうちょなど、動植物をテーマにしたものがほとんど。
評判が評判を呼んで徐々にオーダーが増え、それに伴いカラーもデザインも豊富に。今では、kurosawaといえばベビーシューズを思い浮かべる人も多いほどの代表作となった。ベビーシューズも、独立のきっかけとなった奥様のためのバッグも、黒澤さんのもの作りは常に“身近な人を喜ばせたい”というシンプルな発想が出発点。
「使ってくれる人のことを思い浮かべて作ると、やっぱり良い作品ができますよね。何かひねり出そうと無理やり考えている時って、納得のいくものはなかなかできなくて。自然と思いついたものをそのまま形にしていくのが、自分のスタイルには一番合っています」
黒澤さんのお子さん達が愛用していたシューズ。履きこまれて、革独特の味わい深い表情に。幼い頃の記憶がギュッと詰まった、家族の大切な宝物だ。
鹿革の糸で刺繍されたトレードマークの蜂。手縫いのため、一匹ずつ表情が違うのも味がある。
使用する部分によって糸の太さを変えているため、ぷっくりと立体的な仕上がりに。
そう言って屈託無く笑う黒澤さん。全ての作品に共通して感じられる暖かなユーモアは、”使ってくれる人を楽しませたい”という気持ちはもちろん、黒澤さん自身が作品作りを楽しんでいるからこそ生まれるものなのだ。
蓋を開くと白鳥の顔が覗くペンケース。楽しい遊び心に思わず頬がほころぶ。
大切にしたいのは作品を通して生まれるコミュニケーション
「使っていただく方と直接お会いできる機会を大切にしています。とくにベビーシューズは、購入していただいた後に実際にお子さんが履いている写真を送ってくださる方や、僕の作ったシューズを履いて、またイベントに会いに来てくださる方もいらっしゃるんですよ。自分の作品をこんなに喜んで使ってくださっているというのが伝わって、本当に嬉しいんです」
もの作りにおいて何よりも丁寧さを大切にしている黒澤さん。使う方のためにと、全ての工程に心を込めて丹念に仕上げていく。
この作品たちを手にした人たちにも、そのやさしさはきっと伝わるはず。
丁寧なもの作りを続けながら創作の幅を広げていきたい
こちらも定番アイテムの一つ、刺繍ヘアゴム。可愛らしく存在感抜群の蜂が、多くの女性から人気を集めている。
「今後は男性が持ちやすいユニセックスなものも増やしていきたいですね。自分自身でも使えるような作品をもっと作りたいと思っています」
”自分以外の誰かのために”という発想でのもの作りが当たり前となっていたことで、男性向けのアイテムが少ないというのも、なんともお人柄がよく表れたエピソード。そんな黒澤さんが作るアイテムは、男性向けのシンプルで機能的なものであっても、きっとやさしく暖かいユーモアを感じられるものになるのだろう。
お話し中、終始ニコニコと穏やかな笑顔だった黒澤さん。作品について楽しげに語るその瞳は、少年のように輝いていた。
見るからに丁寧な造りであることが伝わってくるkurosawaのバッグ。