インタビュー
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vol.70 「toco.」・宮嶌智子さん -丁寧に生活を折り重ねてつくられる、あたたかな宿

写真:yansuKIM

まるで秘密の花園に迷い込んだような庭園と日本家屋。東京のまんなかにあるゲストハウス「toco.(トコ)」は、築95年の古民家を改装した宿です。併設のバーはさまざまな人が集い、語らう場所として多くの人に愛されています。そこには、訪れた人に懐かしさと安心感を与えてくれる「なにか」がありました。日々、生活を丁寧に積み重ねるようにしてつくられている「toco.」の日常と、そのはじまりの物語を伺ってきました。

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2017年10月06日作成
vol.70 「toco.」・宮嶌智子さん -丁寧に生活を折り重ねてつくられる、あたたかな宿

それは、まるで和風版「秘密の花園」のようでした。

古民家を改装したゲストハウス「toco.(トコ)」。はじめて訪れた人は、うっかり見落としてとおりすぎてしまいそうな小さな入り口をみて、こう思うでしょう。
「あれ?古民家と庭があると聞いたけれど……」
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そう不思議に思うほど、表のとおりからは日本家屋も庭も見えず、和の雰囲気を感じません。ひとまずなかに入り、リビング兼バーとなっているエントランスで宿泊客はチェックインを済ませます。

その奥にあらわれるのが宿泊棟へとつづく1枚の引き戸。促されるままに扉をあけると……その途端、目の前に広がる景色にだれもが一瞬息をのみます。
(画像提供:「toco.」)

(画像提供:「toco.」)

そこには確かに、趣あふれる庭と日本家屋が。東京のどまんなかとは思えない、凛とした和の空気はまるで別世界。

それは、扉一枚でどこか別の場所にきてしまったような、はたまた、遠い記憶のどこか懐かしい場面にタイムスリップしたかのような……不思議な感覚です。

庭に足を踏み入れると、四方を民家に囲まれ、道路に面していないことが分かります。どうりで、表からは見えないわけです。

春には桜、秋にはもみじも楽しめるという小さな庭と日本家屋は、戦火を逃れ、95年もの間この場所で静かに時代の変化を見つめつづけてきたのです。
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立派な日本家屋の宿泊棟にお邪魔すると、御年95歳の貫禄はさすが。「おばあちゃんのうち」のようなどっしりとした安心感に「ほーっ」と自然に肩の力が抜けて、はじめて訪れたのに思わず「ただいま」といいたくなります。

宿泊客が出払った「toco.」は、ちょうど「お掃除タイム」。ほうきや雑巾をもって、働き者のスタッフたちが忙しく立ち回っていました。
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今年最後の夏だったのではないか、というほど蒸し暑かった8月末の取材日。
この日が雑巾がけデビューだという住み込みヘルパーのさっこさんは、じんわり汗をかきつつ丁寧に床を磨いていきます

今年最後の夏だったのではないか、というほど蒸し暑かった8月末の取材日。
この日が雑巾がけデビューだという住み込みヘルパーのさっこさんは、じんわり汗をかきつつ丁寧に床を磨いていきます

掃除がひと段落し、12時になるとお待ちかねのお昼ごはん。
その日のごはん担当が、朝一番にスタッフのまかないを用意してくれています。わいわいとおかずを温めなおし、お箸を用意したら……みんな揃って「いただきます!」
ひと汗かいたあとのごはんは格別。賑やかな食卓は、縁側に移動することもあるそう

ひと汗かいたあとのごはんは格別。賑やかな食卓は、縁側に移動することもあるそう

この日のメインメニュー・おろしハンバーグを担当したのは、「玉ねぎは生のまま入れる派」のみっこさん。食卓を囲んで、美味しいごはんをいただくと会話も弾みます。
つくりおきおかずもたくさん。どれもこれも本当に美味しい!それぞれの自信作がならびます

つくりおきおかずもたくさん。どれもこれも本当に美味しい!それぞれの自信作がならびます

縁側でスイカを頬張り、ひと休み。「知ってる?『toco.』には可愛い座敷わらしが住んでるんだって(笑)」目撃した海外のゲストからは「She was so beautiful!」と評判なのだそう

縁側でスイカを頬張り、ひと休み。「知ってる?『toco.』には可愛い座敷わらしが住んでるんだって(笑)」目撃した海外のゲストからは「She was so beautiful!」と評判なのだそう

腹ごしらえを済ませたら、お掃除再開です。チェックインの時間までにゲストを迎える準備をととのえます。
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生活するように、丁寧に毎日を積み重ねていく

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「toco.」を訪れて感じるのが、生活の気配。
いってらっしゃい、おかえり、という「toco.」スタッフの声が響く古民家には、誰かの生活のなかにお邪魔しているような暖かさと安らぎがあります。

「それこそ“生活するように”というのは意識してますね」と話すのは、開業メンバーのうちのひとり、宮嶌(みやじま)智子さん。
「ひとつひとつは地味な作業ですが、毎日しっかり箒ではいて、雑巾をかけて、きれいにして、お客さんを迎える。そういう日々をきちんと積み重ねていくことを大事にしています」
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はじまりは、4人の仲間から

ゲストハウスブームの火付け役ともいわれる「toco.」ができたのは7年前。
今や「toco.」を含め、4店舗のゲストハウスと100名余りのスタッフを抱えるまでになった会社「Backpackers' Japan(バックパッカーズジャパン)」は、大学の同級生を中心とした4人のメンバーからはじまりました。
「好きな仲間と"面白いこと”をやりたい」
「大学卒業後、現在の代表・本間から『一緒になにかやらないか』と声がかかったんです」
もともと福島大学の同じイベントサークルに所属していたという、代表の本間貴裕さんと宮嶌さん。在学中100人規模の鬼ごっこを企画するなど、さまざまな活動を行っていました。
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当時からリーダシップをとり『将来、好きなやつらと面白いことをやりたい』といっていた本間さんが、宮嶌さんを含めた仲間数人に声をかけたのです。
「でも、私はそのとき、新卒で就職したばかりだったんです……いつかは声がかかるかなとは思ってましたが、まさかのタイミング。もう、親の、特に父親からの反対がものすごくて」

学生時代のイベントサークルでは、副代表という立場で運営に関わっていた宮嶌さん。「なんでもできる」能力の高さから、どうしても宮嶌さんが必要だと思った本間さんたちは、宮嶌さんのご両親を説得するため、最終手段に出ました。

「年明け早々に、男3人がスーツを着て私の実家の山形まで来てくれたんです。『娘さんをください』といわんばかりに(笑)」
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これには厳格だというお父様もさすがに根負けし、「賛成はしないが、失敗しないようアドバイスする」と渋々ながら納得してくれたといいます。

こうして4人は「なにか面白いこと」をするため、晴れて起業の準備へ。1年間、同居生活をしながらお金を貯めることになりました。
ケンカしながらも
“同じ釜の飯”を食べた1年間
「もちもちの白いたい焼き、覚えてます?一時期すごく流行った」
タピオカ粉や米粉をつかった、もちもち食感のたい焼き。たまたま、そのたい焼き屋をやらないかと声がかかり、フランチャイズの孫請けとして、4店舗のたい焼き屋をまかされることになった宮嶌さんたち。そこから1年間、働きながらの共同生活がはじまりました。

新しいことへの挑戦と仲間との共同生活。なんだか楽しそう!と思いきや「いや、でも、当時は毎日のようにケンカしてました」と宮嶌さんは笑います。
「その時点では、なにをやるのか具体的に決まっていなかったんです。それに、貯金するためお小遣い制で、ひとり月3万円前後しかない……そういうストレスもあって。どこに向かうのか目標がないまま頑張っているのは、辛かったです」

海外に行った経験のある代表・本間さんの強い意志で、「旅の価値を伝えたい」ということは決まっていたものの、そこからの道のりは決して「楽しい」だけで乗り越えられるものではありませんでした。
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節約のために、食事はすべて自炊。
朝と夜、そしてお弁当、1日3食のごはんを宮嶌さんが担当していたといいます。4人は、ケンカしながらも同じ食卓で宮嶌さんのつくったごはんを食べ、「なにをやりたいのか」「なんでやるのか」「コンセプトはどうするのか」……1年間、毎日のように話し合いをつづけていきました。
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ゲストハウスという目標が決まり、ようやくスタートラインに

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そんな1年を過ごして資金が貯まったころには、「ゲストハウスをつくる」という目標が決まっていました。

とはいえ、そのころ日本では、簡易的に宿泊できるゲストハウスのような施設は多くありませんでした。そこで、まずはゲストハウスのリサーチをするため、世界一周と日本一周、4人それぞれが別ルートで旅に出ることに。“外国人としてゲストハウスに泊まる”という経験がなかった宮嶌さんは、100日間の世界一周へ旅立ちました。
リサーチのための世界一周へ
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はじめての「旅」。約20カ国をめぐりながら宮嶌さんが感じたのは「不安」でした。

なにが起こるか分からないのが長旅。日本から遠くはなれた見知らぬ地でひとり、「もし怪我をしたら」「このタイミングで日本の親になにかあったら…」などさまざまな不安が襲います。
「そんなとき、宿泊先のスタッフの方がやさしくてウェルカムな雰囲気だと、それだけで安心できると気付いたんです。それってもしかしたら、ある意味ではセキュリティよりも大事なことかもしれないって」

毎日、代わる代わるゲストがやってくる宿でも、きちんとスタッフがひとりの人間として向き合ってくれる。ひとり旅でのその安心感は、身にしみるほどだったのだろうと想像できます。

その想いはその後、「toco.」を含め、運営するゲストハウスの接客の原点となっていきました。
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「サーフィンの言葉で、すごくいい波がくる日を”THE DAY”っていうんですが、私たちの会社には『Today is THE DAY』という指針があります。
私たちは毎日たくさんのゲストを迎えてるけれど、お客さんにとっては、ここに滞在する1日が"特別な1日”だということを忘れずに接客しよう、そんな意味です」
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これ以上ないくらいの物件。
古民家との
奇跡的なめぐり合わせ
お客さんの7~8割は海外からの旅行客だという「toco.」。それにしても、これ以上ないくらいピッタリな建物と庭です。こんな物件を一体どうやって探しだしたのでしょうか。

「それが、かなり奇跡的なめぐり合わせで、あっという間に決まったんです」

人生とは不思議なもので、まるで最初から仕組まれていたかのように、驚くような偶然が重なることがあります。特に不動産は「ご縁」で決まることも多いもの。
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条件は、「駅から近いこと」「空港からのアクセスがよいこと」。どんなにいい物件でも、宿として成功するためにこの2つだけは外せないと決めていました。
長期戦を覚悟していた物件さがしでしたが、それから2週間、運命の出逢いは向こうからやってきたのです。

それは、同じ時期に物件さがしをしていた友人がきっかけでした。その友人がたまたま入った不動産屋で紹介された、まだ図面もなく、値段も決まっていない公開前の物件が「toco.」でした。実際に見に行って素晴らしい古民家を気に入った友人ですが「ひとりで運営するには、もて余してしまうから」と宮嶌さんたちに話が回ってきたのです。


条件をクリアした理想的な立地と、海外の人によろこばれる和風の建物。それは、ゲストハウスとして生まれ変わるのを待っていたのでは、と思うほどピッタリの物件でした。
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「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」

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"国籍や宗教、人種、思想、性別、年齢、職業。そういったものをひとまず隣に置いて、「人」と「人」とが話せる空間をつくりたい”
ゲストハウスをやると決める前からあったのは、その想いでした。

「なにをするにしろ、それがベースにあって。ゲストハウスやバーも、そのための"手段”だと思っています」と宮嶌さん。宿泊客だけでなく、近所の人も集うにぎやかな「toco.」には、まさにそのコンセプトそのままの風景があります。

「この間、流しそうめんのイベントをやったときには、近所の方がたくさん来てくださって。子どもたちが流しそうめんやっている横で、大人たちはビールを飲んで……町内会のようでした(笑)」

近所で東京一古い居酒屋を営む常連のおじいちゃんは、仕込み前にやってきては、さまざまな国のゲストとのおしゃべりを楽しむのが日課だといいます。
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「愛されている家」というのは、一歩足を踏み入れたとたんに分かるものです。すみずみにまでみっちりと、安らぎの空気が満ちているから。

丁寧な日々を折り重ねてつくられた空間は、旅の合間のひとときに訪れた人をホッとさせてくれます。
生活があり、笑顔があり、「おかえり」といってくれる。
多くの人に愛され見守られながら、95歳を超えた古民家は、これからもおだやかに多様な人を迎えます。

(取材・文/西岡真実)
ゲストハウスtoco. | げすとはうすとこゲストハウスtoco. | げすとはうすとこ

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「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」というコンセプトのもと、築90年の古民家を改装して作られたゲストハウス。併設されたバーでは宿泊者だけでなく、様々な人が集い、語り合います。温かみある立派な木造家屋と日本庭園。四季により移ろう風景と変わらない景色の中、旅立った人がまた気持ちよく帰って来られる場所であるよう、日々丁寧に宿をしつらえています。

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