京都、洛北“大原”。
古くから、「しば漬け」、「大原女」の里として知られ、昭和40年の歌謡曲『女ひとり』の大ヒットから、全国に知られる有名観光地となりました。
古刹が点在する、春夏秋冬に美しい里山。
春は菜の花が一斉に咲き開き、田植えが始まる頃は新緑眩しく、晩秋の頃はカエデやモミジがと色付いて、大原を彩ります。
周囲の山並みも、参道の木々も、秋の陽の光を浴びて黄金に輝き、苔むした庭や石畳も、落ち紅葉に彩られます。

【多くの拝観者で賑わう晩秋の「宝泉院」】
冬から春も。
晩秋の賑わいが去った古刹や庭園。冷たくも冴え冴えとした空気。
特に雪に覆われた大原は、他の名所とは異なる里山ならではの、得も言われぬ風情があります。
歴史に培われた里山の風情と風景
また、比叡山を挟んだ隣県の大津からでも車で約40分、福井県小浜市からも1時間半程度と、とても交通の便が良い地です。
大原の名所を訪ね歩けば、里山の風景だけでなく、大原の食や土産物選びといった心弾む一時も楽しめます。
1.「大原」の地域特性と歴史
日本海側からの京都への入口として、天台声明の道場として、貴族や僧侶らの隠棲地として、農産物の供給する地としての役割を果たしてきた地です。
1-1.古から続く街道の中継地“大原”
高野川沿いには、北は若狭へ、南は鴨川の分岐点である出町柳へと通じる”若狭街道”が伸びています。この街道は、古代から人と物資、文化が行き交う重要な道でした。「大原」はこの街道の中継地点として栄えた地です。
また「若狭」は、“贄(にえ)”を貢ぐ“御食国(みつけくに)”としても栄えた国です。
古代から平安期にかけては、豊富に揚がる海の幸を皇室や朝廷に貢ぎ、時代が下っても、京都の食文化を支え続けてきました。若狭・小浜では古くから「京は遠ても十八里」と言われてきたように、京の都は若狭から近く、若狭湾で水揚げされた魚介は、若狭の行商人らによって京の都と運ばれていました。
若狭から京都へと至る道は“鯖街道”とも呼ばれ、そのルートは幾つもありますが、最も頻繁に利用されたのが、若狭街道です。小浜から熊川宿、朽木宿、大原、鞍馬山、京都へと至ります。
1-2.天台声明の本場
声明は、唐で学んだ円仁が当地に根本道場を開いたことから始まり、各宗派へと伝播していきました。平安中期からから末期にかけて流行した「*1今様」、また「謡曲」や「*2平曲」の成立に大きな影響を与えていると云われています。声明は各宗派で伝承されていますが、ここ大原で伝承されているのは「天台声明(又は*3魚山声明)」と呼ばれ、勝林院・来迎院が声明道場の中心となっています。
*2平曲(へいきょく):語り物音楽の演奏様式の一種で、琵琶法師の『平家物語』の旋律と演奏様式のこと。
*3魚山(ぎょさん):中国の古代声明の聖地、山東省東阿県西方にある山の名。天台宗では、大原を魚山と称している。

【「勝林院」の塔頭「宝泉院」の展示物。画像は、サヌカイト製の「石琴」で、鉄琴や木琴の様に音階が付いています。澄んだ美しい音色を奏で、声明の音律を確認するために使われます。】
唐で声明を学んだ円仁が、大原の地形が、唐(山西省五台山)の太原(たいゆわん)と似ていることから、*4名付けたと云われています。
1-3.隠れ里“大原”
『平家物語』と大原
『平家物語』の重要人物のひとりである建礼門院徳子も、平家滅亡後は剃髪して、大原に隠れ住んでその生涯を閉じています。
源平の戦いでは、最後の決戦の場となった「壇ノ浦」で、幼い安徳帝を抱きかかえ、母とともに入水しました。その身だけが源氏方に助けられた建礼門院は、平家滅亡後は、安徳帝と一門の菩提を弔うために「寂光院」に移り住んで、その生涯を閉じました。
“敵に背中を見せて逃げるとは”という直実の声に正々堂々と応じて引き返してきた武将は、我が子と変わらぬ年頃の平敦盛でした。凛々しい若武者の首を泣く泣く切った直実は、戦の“無常”を切々と感じ、武士の身分を捨て、法然に帰依、蓮生と号して、遁世の身となりました。
1-4.大原の習俗“大原女“
その歴史は古く、鎌倉期から昭和初期まで約800年も続いた大原の習俗です。荷は重く、通常30から50kgも頭に乗せて、京へと至る街道を歩き通して、都で売り歩いていとといいます。
【「京都市時代祭」で、大原女に扮した女性たち】
紺地の筒袖に赤帯、白布の被り物、脚絆に草鞋履き姿の「大原女」の裝束は、寂光院で晩年を過ごした建礼門院おつきの阿波内侍の姿が原型と云われ、今日に至るまで多くの風俗画や文献に残されているばかりでなく、大原を象徴するものとして、大切に伝承されています。
[※「大原女まつり」以外でも、大原女に変身することが出来ます(但し、有料)。「大原女まつり」や「大原女変身体験」については、記事最後の旅のInformationの京都大原観光保勝会のサイトに詳細が記されています。]
1-5.大原の特産物 “赤紫蘇&しば漬け”
大原の漬物店では、収穫したての赤紫蘇を新鮮な内に用いて樽に漬け込みます。訪れるのなら、ぜひ本場・大原産の“しば漬け”を賞味してみましょう。
2.“大原”へのアクセス&散策モデルルート
京都駅前・四条河原町・出町柳駅前・国際会館駅前から大原へ行くバス(京都バス)が運行しています。京都駅前からなら、おおよそ一時間です。詳細は以下のサイトで確認しましょう。
散策モデルルート1(所要時間:5~6時間程度)
散策モデルルート2(所要時間:8時間程度)
3.大原の名所
3-1.三千院
最澄(伝教大師)が、788年に比叡山延暦寺を開いたとき、自ら薬師如来像を刻み、それを本尊として堂を建てたのが起源です。堀河天皇の子である最雲法親王の入室以後代々法親王が住持する門跡寺院となり、明治以後この地に移りました。
平安末期の建立の柿葺(こけらぶき)の入母屋造の建物は、軒が反り、均整がとれ、実に優美。内部には、三千院の本尊『木造阿弥陀如来両脇士坐像三躯(伝源信作・国宝)』が安置されています。
3-2.実光院
江戸後期作庭の「契心園」は、律川から引き込んだ水を湛えた心字の池を中心とした池泉式鑑賞庭園。極楽浄土を表したこの庭園は、四季折々に素晴らしく、それぞれに趣きがあります。「実光院」の拝観料は、抹茶と菓子付きです。まずは、客殿で一服しながら素晴らしい庭を眺めて下さい。

【「旧理覚院庭園」の不断桜】

3-3.勝林院
浄土宗の宗祖である法然上人が学僧らと念仏について論争したと伝わる“大原問答“の舞台として知られ、“問答寺”とも呼ばれています。
勝林院の建物は、椹(さわら)板で葺いた「柿葺」、柱から床板まですべて欅(けやき)で造られた欅造りです。優美な屋根と欅がもつ美しいテクスチャも見所です。
法然上人は凡夫往生の道、つまり機根比べは学問上の問題ではなく「現に今、自身はどうなのか、そしてどうするのか。この事実の前にはいかなる理論も通じず、一歩を譲らなければならない。」と説かれた。法然上人が念仏によって極楽へ往生できることをはっきりと示したその時、本尊の阿弥陀仏がまばゆい光を放って、その主張が正しいことを証明されたのでした。
3-4.宝泉院
客殿の柱と柱の間から庭を鑑賞すると、まるで額縁の絵画に見えることから、別名「額縁庭園」とも呼ばれています。

3-5.寂光院
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
【現代語訳】
祇園精舎の鐘の音には、あらゆるものは常に変化し、同じところに留まることは決してないという響きがある。沙羅双樹の花の色には、盛んなる者も必ず衰えるという道理が示されている。おごれる人も永らえず、その有様はまるで春の夜の夢のようである。勇ましい者も帰するところは滅びゆく。それは、まるで風にさらされて、舞い散る塵と同じである。
3-6.来迎院

【本堂に安置されている来迎院の本尊、薬師(中央)・釈迦(右)・阿弥陀(左)の三如来坐像。二体の脇侍は、不動明王(左)と毘沙門天(右)。】
3-7.音無の滝
3-8.里の駅大原
4.三千院の参道(大原バス停周辺~三千院門前)の食事処&土産処

「三千院」の山門前には、特産物の漬物店や食事処が軒を連ねています。以下では、出発点の大原バス停周辺から三千院門前にかけてのお勧めの飲食店や土産物店を紹介します。
【画像は、12月末頃の三千院門前。】
大原リバーサイドカフェ来隣 (きりん)

人気は、「里の恵み おにぎりランチ」。
昔ながらの羽釜で炊き上げた大原産のコシヒカリは、もっちり、ふっくら。おにぎりは、その日のおにぎり8種から好みのものを5種類選べます。
もとしろ
志野 松門(しのしょうもん)
ぽん酢とドレッシングの専門店 味工房 志野
志ば久
芹生茶屋(せりょうちゃや)
京美茶屋
小の山荘

メニューは、ざる蕎麦や天ぷらそばといった蕎麦類の他、味噌煮込みうどんやおばんざいもあり、充実。観光地の旅館にあっても、価格はリーズナブルでお値打ちです。
5.寂光院参道(寂光院門~大原バス停)の食事処&土産処
大原山荘 足湯カフェ
雲井茶屋
味噌庵
わっぱ堂
たんば茶屋
6.里山に抱かれて。大原の工房
大原工房
その他の工房や専門店
旅のInformation

観光マップ・年間行事・大原の朝市等、大原観光の詳細については、以下のサイトへ。
旅のおわりに

【「宝泉院」の枯山水庭園】
風は冷たくも、カラッとして、葉を落とした木立の上には青空が澄み渡り、初夏から秋まで木々の葉に遮られていた日光は、庭園や田舎道を穏やかに照らし、木立の影をそっと落とします。
冬木立の里山も、静まった古刹や名園も、清廉な空気に包まれ、佇めば、里山ののどかなる風景、閑寂なる世界を静かに味わえます。
うららかな春、桜の春を楽しむためにも、冬の季節も存分に味わいましょう。
【宝泉院】