どのようにして、ムーミン谷のやさしい世界をつくりだしたのか――。
その原作者、トーベ・ヤンソン(1914-2001)の半生を描いた映画『TOVE/トーベ』が、2021年10月1日(金)より全国公開されます。
本作で描かれるのは、主に、30代~40代前半にかけてのトーベ・ヤンソン。第二次世界大戦終結直後、いたるところに戦争の爪痕が残るフィンランド・ヘルシンキで廃墟と化した部屋を借り、絵画制作のための自分のアトリエをつくりだすところから、彼女の人生模様が綴られます。
© 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved.
そして今回は特別に、主演のトーベ役を務めたフィンランドの女優、アルマ・ポウスティにインタビューを敢行。リアリティー溢れる演技を披露した彼女に、撮影の裏話を伺いました。
私たちがまだ知らないトーベ・ヤンソンの素顔を、スクリーンに
そこで紐解かれるのは、あまり知られていないトーベ・ヤンソンの人生。
プライドをもって創作に励む、ひとりの芸術家として。そして、常識にとらわれず自由に生きる、ひとりの人間としての姿を浮き彫りにします。
ムーミン作者ではなく、芸術家としての素顔
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父はフィンランドで著名な彫刻家、母は挿絵画家という芸術一家で育ち、厳格な父との間には軋轢を抱えていたそう。芸術家として成功したいという高い志を持ち、本業は“画家”を名乗って、創作に情熱を注ぎました。
劇中では油彩画家として個展を開くシーンがあるほか、ヘルシンキ市庁舎のフレスコ画、舞台美術など、様々な仕事を引き受けている様子が描かれています。
なかには、大家さんに滞納した家賃を絵画で支払うという日常の一幕も。芸術家として生計を立てることの難しさを物語ります。
トーベにとってムーミンの創作活動は、あくまで生計を立てるための仕事のひとつであったということも、本作の描写で明らかに。
トーベにとって「ムーミン」の存在とは――
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しかし、だからといってムーミンの物語が商業的なものかというとそうではなく、トーベ・ヤンソンの精神と深く結びついている世界。そのことは『TOVE/トーベ』を鑑賞した方は、すぐに理解できることでしょう。
ここでひとつ取り上げたいのは、ムーミントロールはトーベが第二次世界大戦の戦火にさらされるなかで、自分を慰めるようにして生み出した存在だということ。戦争の恐怖のなかで、ムーミンの存在に、心の安らぎを見いだしていたことが分かります。
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ぜひ、創作エピソードもお見逃しなく。
自由を愛する、ひとりの人間としての素顔
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本作でトーベが心を寄せた相手として描かれているのは、ジャーナリストのアトス・ヴィルタネン、そして、舞台監督のヴィヴィカ・バンドラー。ほかの誰も立ち入ることができないような、心が通じ合う関係性を築きます。のちに破局を迎えることとなりますが、ふたりとの友情は生涯にわたって続いたそう。
実はアトスもヴィヴィカもトーベと交際していた時は既婚者(*)。そしてヴィヴィカにおいては女性。当時のフィンランドで、同性愛は犯罪とされており、堂々と公にはできないパートナーシップでした。
戦争による暗い影を引きずっている時代、男性優位で保守的な美術界のなかで、トーベはそれらに抗うように自由を渇望し、常識に捉われない自分らしい生き方を貫いた人と言えるでしょう。
アトスはその後妻と離婚
トーベと長きにわたる恋愛関係にあり、彼女のよき理解者でもあったアトス・ヴィルタネン(右)
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トーベが激しい恋に落ちた、舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラー。暗号めいた言葉を交わすなどして、二人だけの関係を深めていった。
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映画の終盤では、トーベの生涯のパートナーとなるトゥーリッキ・ピエティラ(中央)の姿も。
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これまで抱いていたイメージを覆すような、知られざるトーベ・ヤンソンに出会える映画『TOVE/トーベ』。
ご紹介した以外にも、本作にはファンの心をくすぐる見どころがたくさん。
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大人の心に響く、哲学的なメッセージも多い「ムーミン」シリーズ。この秋映画を通して、その原作者の内なる世界を感じ取ってみてはいかがでしょう。
- Interview - トーベ役、アルマ・ポウスティさんに訊く
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彼女は世界中で愛されている、非常に有名なアーティスト。アイコン的存在なわけですけど、まず、そのことを忘れなければいけないと考えました。できるかぎり彼女という人物の真実に近づくこと。決してかわいらしく、きれいごとのようには表現しない。ザイダ・バリルート監督もそのことを強く意識されていて、「キュートであることは敵!」と、現場で監督が1回叫びましたね(笑)。
もちろんそのためには、リサーチを重ねました。彼女が描いたものを見たり、読んだり。また、詳しい方にお話をうかがったり、ドキュメンタリーを見たり。ドローイングのレッスンも受けました。
どのような葛藤があって、どのようにしてアーティストとしての自分を見つけていったのか。自分を肯定していったのか。彼女のうちなる世界を豊かに感じとることで、表現したいと考えました。
―― それでも、演じるのは世界的に有名なトーベ・ヤンソン。難しい役どころです。実際の撮影はいかがでしたか?
みんなやっぱり、このトーベ・ヤンソンというすごい人物を描くということに、すこしびびっていたわけなんです。でも、バリルート監督が素晴らしいことを言ってくれて。「(彼女はすごい人すぎて)もう失敗しか絶対ありえないんだから、失敗するなら、面白い形で失敗しようよ」というふうに言ったんですね。この言葉でみんなの心が開放されて。自由に、彼女の物語に飛び込んでいくことができました。インスピレーションを自由に感じることができるようになる、大きなきっかけです。
また、監督に加えて、撮影監督が女性であったことも、良かったように思います。わたしと3人で美しいトライアングルの関係を築くことができ、そこには女性の視点ならではの、ある種、思いやりのようなものがありました。
女性同士の親密なシーンは、「ぎこちなかったのでは?」と思われがちなのですが、レンズ越しにそのようなまなざしを感じて、とてもよい撮影になりました。ふたりの女性の間の、官能的な生活の部分を模索することができました。それは本当に、演じることが喜びに感じる体験で。わたしにとっても、驚きでした。
―― 最後に、キナリノ読者へメッセージをお願いします。
まず、この映画を楽しんでいただきたいですね。そして、この作品を観て、「自分自身に、理由なく制限をかける必要なはいんだ」というインスピレーションを得てくださったら嬉しいです。
人生を自由に模索していくこと。愛する人のことを大切にして、自分をオープンにするにすること。それが、わたしのメッセージです。
<profile>
アルマ・ポウスティ(Alma Poysti)
1981年フィンランド・ヘルシンキ出身。母語はスウェーデン語だが、フィンランド語や英語、フランス語にも精通している。2007年にフィンランドのシアターアカデミーを卒業。フィンランドやスウェーデンの舞台や映画へ出演し、俳優としての経験を積む。2012年に主演を務めた『Naked Harbour(原題)』がユッシ賞(フィンランドのアカデミー賞)で作品賞を含む8部門にノミネートされ、大きな注目を集めた。また、2014 年にトーベ・ヤンソン生誕100年を記念して制作された舞台『トーベ』で若かりし頃のトーベ・ヤンソン役を演じたほか、アニメーション映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』(14)ではフローレン(スノークのおじょうさん)の声を担当した。
© Marica Rosengard
- Information- 映画公開情報
『TOVE/トーベ』
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1944年のヘルシンキ。戦火の中でトーベ・ヤンソンは自分を慰めるようにムーミンの世界を作り、爆風で窓が吹き飛んだアトリエでの暮らしを始める。型破りな彼女の生活は、彫刻家である父の厳格な教えとは相反していたが、自分の表現と美術界の潮流との間にズレが生じていることへの葛藤、めまぐるしいパーティーや恋愛を経つつ、トーベとムーミンは共に成長していくのだった。自由を渇望するトーベは、やがて舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーと出会い、互いに惹かれ合っていく。
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