「撮った日が、記念日」

東京は世田谷区にある「鈴木心(しん)写真館」。家族写真、冠婚葬祭、成人式はもちろんSNS用のプロフィール写真から、はたまたちょっと早めの遺影(!)まで、「なんでもござれ」の写真館だ。スタジオの真向かいにある松陰神社に見守られるように、今日も撮影がスタートした。

やや緊張気味の花ちゃんに、「パパにぎゅーして!」「好きな食べ物はなあに?」と投げかけるのは、代表の鈴木心さん。傍らでは、アンパンマンのぬいぐるみを手にしたスタッフの末松早貴さんが、身振り手振りで笑顔を引き出す。テンポよくシャッターが切られていき、和やかな空気の中で撮影が終了した。

「みんなでいくぞ!アンパーンチ!」という末松さんの掛け声とともにラストカット!
時おり提案しながら、鈴木さん自らがお客さんと一緒に写真を選んでいく。撮影もさることながら完成までの時間も、駆け抜けるように、速い。このスピード感にこそ、「写真をアトラクションのように『体験』して楽しんでほしい」という写真館の思いが表れている。額装された写真を白鳥さんご夫婦に手渡すと歓声があがった。
あっという間に周りの空気を変え、シャッターひとつで人を楽しませ、巻き込んでいく。鈴木さんが提唱する「写真はライブだ」という言葉通りの光景がそこにはあった。

果たしてどんな写真に?

白鳥さんたちが悩みに悩んで選んだのはこの2枚。絵になるご主人、飾らない笑顔がチャーミングな奥様、とにかくパパが大好きな花ちゃんの素敵なご家族(写真提供:鈴木心写真館)

撮影料はプリントとデータ各1枚、木製額をすべて含む55,000円(税込)。プリントには、豊かな階調と質感が美しいドイツ製ハーネミューレの紙を使用。額の装飾は最低限にして、写真の魅力をより引き立てる

最後はみんなで記念撮影!
まるで操り人形のようにポーズを指定され、引きつった笑顔で写った苦い写真の思い出が誰にでもあるだろう。鈴木心写真館には、大手スタジオのように貸衣装も大げさな小道具もない。その代わりに、身ひとつで、どんな日でもいつもの自分を魅力的に写してくれる。「撮った日が、記念日」というキャッチコピーの通りに。

額の裏には、鈴木さんが毎回違う直筆メッセージを書き込む。写真集などにサインを求められたとき、「名前だけでは面白くない」と、可愛らしくもちょっとシュールな動物たちを描くようになったのだそう
はじまりは小さな“違和感”

撮影中の真剣な表情と変わり、親しみやすい笑顔の持ち主である鈴木さん。日課であるバナナを朝ごはんに
「僕って、写真以外はなんにもできないんですよね」
そう話す鈴木さんは、毎日習い事の予定がある多忙な小学生だった。ピアノやラグビー、そろばん、英語、水泳に空手、書道……文化もスポーツもひと通り経験したが、そのどれもが長続きしなかったという。唯一続いたのは、音楽と写真。大学までは本気で音楽のプロを目指していたけれど、苦手な作曲が自分の中でネックとなり、プロへの道は絶たれてしまった。「ラクそう」という理由で飛び込んだアルバイト先で出合った写真だけが、不思議と苦にならなかったという。それからは、誰よりも、とにかく撮った。
「撮影をご覧になってわかると思いますけど、僕、面倒くさいことがすごく嫌いなんです(笑)。ひとつの目的を成し遂げるためにいかに工数を減らすかということに興味があって。もともと僕はテレビゲームが好きで、卒業文集の『将来の夢』コーナーにもゲームのプログラマーって書いていたんです。自分に与えられたタスクの中にルールと目的をもってゲーム化して取り組んでいくっていうことが好きなんでしょうね。今振り返ると、音楽でも写真でも、長続きするものはすべてそう考えていました」

「写真家としての仕事では、被写体とクライアントが別なんですよ。僕らにお金を払うのは、モデルさんや役者さんではなくて、出版社や企業。当然、被写体の人たちもそこからお金をもらっている。そんなこんなで僕らと被写体の関係って空虚なんですよね。いいものを作りたいって思っている人もいるけど、自分の利益だけを考えている人たちもいる。熱のこもった写真や現場で作られたものが、ずうっと宙に浮いている感じがしていたんですよ。なんかやりがいがない、って」

(写真提供:鈴木心写真館)

(写真提供:鈴木心写真館)
ふつふつと感じた静かな興奮と可能性。写真館は、そう遠くない未来、これからの自分たちの活路を見出す手段になる――鈴木さんはそう確信する。それから約2年後の2013年、自身の写真展でのイベントの一環としてふたたび撮影ブースを設けた。写真展とはいえ、ギャラリートークのように一方的なものは好きじゃない。どうせなら、みんなで参加できるものに。これが現在の「鈴木心写真館」の原点だ。その展示をきっかけに、地元局の福島テレビから「イベントで出展してほしい」と依頼があった。少しずつ声を掛けられるようになり、自らも売り込みに行き、活動の輪が広がっていく。以来、現在の写真館をオープンさせるまでは、鈴木さんの故郷である福島県を中心に「出張写真館」という形で定期的に開催してきた。

福島の「うねめ祭り」に出展した際の写真。店頭の入り口にある提灯と、ユニフォームである法被は、この祭りから着想を得たもの。「いつだって、お客さまにお祭りのように気軽に楽しい時間を過ごしてほしい」という思いが込められている(写真提供:鈴木心写真館)

(写真提供:鈴木心写真館)
「好きなこと」を無理なく実現できる場所

自費出版『鈴木心写真館のあゆみ』。2011年から7年間の写真館の軌跡が紹介されている。160ページの大ボリュームで、写真館に関わったスタッフやお客さんの声、鈴木さんの思いを掲載している。こちらはオンラインショップで発売中
「交通費を払ってでも行きたくなる写真館を目指していたから、ある程度の集客が望める東京はわざと避けていたんです」と、鈴木さんは当時を振り返る。生半可な活動ではないから、自分たちへの発破だって、平気でかける。そんな熱意が伝染してか、リピーターのお客さんも増え、企業からの依頼も入るようになった。気づけば5年間で撮影したのは16000人。

(写真提供:鈴木心写真館)


「鈴木心」から「鈴木心写真館」へ

撮影のサポートと、今回の取材風景を撮影してくれた齋藤さおりさん(左)。鈴木さんを囲み、写真館の前で
「もともとはPRとして加わったのですが、どんなことがお客様にとってうれしいのかということを探るために、コミュニケーターも担当するようになりました。自分が心を開いていれば相手も開いてくれるだろうと思っているので、私はお客様にガンガン切り込んでいくタイプ(笑)。お子さんのコンディションがよければ、親御さんは絶対にハッピーなので、その子のテンションを上げることを第一に考えて行動していますね」

「齋藤は、お客様との会話の中で、平気ですごいパスを出すことがあるんですよ(笑)。ただ、僕はそういうことのほうがお客様の心って解けたりするんじゃないかなって。たとえば服屋に行って、『試着できます』って当たり前のことをいわれるよりも、服を見てたらいきなり『似合う!』っていわれた方が、インパクトがある。予定調和じゃないというか、それがいいところでもあるんです」

「アシスタントだった人たちには『これをして』という伝え方だったんですけど、今は『これはどうだろう?』っていうコミュニケーションに変わってきた。自分の中で、もう『鈴木心』ではないんですよね。仲間が加わって小さな基地ができたことによって、活動の仕方もかなり変わってきたと思うし、これからも変わり続けていくと思います」

(写真提供:鈴木心写真館)
鈴木さんがそういいかけると、「何いってるんですか、自分が一番そうですからね(笑)!」と、すかさず末松さんから突っ込みが入る。師弟関係も、雇用関係もここにはない。役割の垣根を必要としないフラットな関係性があるからこそ、このプロジェクトは、模索しつつもすくすくと成長してきたのだろう。
「写真が一番生きている姿」を伝えていく

「僕がそうだったように、『写真で自分らしさをどう発見するか』を伝えることが、僕らの最大の目的なんです。作品だとか商業だとか、そんな小さい枠じゃなく、言語のようにコミュニケーションツールとして写真を使う。それを先導していくのが、写真家や写真館の役割だと思っています」

「僕らが仕事で撮っている写真って、誰かが見て消費されていくものなんです。でも、家族写真はどこかのご家庭に必ず残り続ける。それは、アートじゃできないことなんですよ。アートは量産する数を絞ることで価値になっていく。でも写真は量産するために生まれてきた視覚複製技術。写真が一番生きている姿はそういう形だと思うんです。僕は、家で火事が起きたら、壁にかかっている絵よりも家族写真を持っていくのが人間だと思っているので。そこに自分が介在できたから、今後は『写真ってこんなに自分を豊かにする道具なんだ』ってことに気づいてもらえるような、そんなプラットフォームを作っていきたいですね」

レンズ越しの人々の愛おしい「いつか」を見据えて、鈴木さんは今日もシャッターを切る。
(取材・文=長谷川詩織)
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この記事とは違う視点からの撮影風景をぜひお楽しみください。
写真家の鈴木心さんとスタッフの末松早貴さん