観光客や夏休みの子どもたちで賑わう駅を抜けると、外は夏真っ盛り。まさに今、夏がスタートを切ったような日差しの中、緑に囲まれた涼しげな岩崎さんのご自宅は、静かにそこに佇んでいました。
ご本人のブランド「tassel de sica(タッセル デ シカ)」のアイテムは、主張しすぎないのにその場やコーディネートを華やかに飾ってくれるものばかり。建築家から一転、タッセル講師の資格を取得し、まったく違うジャンルの「ものづくり」に惹かれた理由や、共通しているこだわりの部分をお聞きしました。
アート作品のようなこの絵は、娘さんが小さいころの写真を元に岩崎さんが描いたもの
デンマークのブランド「Werner」の名作、シューメーカーチェア
大きな窓と高い天井が特徴の明るいお部屋でお話を伺いました
もともと何かを作ったり絵を描くことは好きだったのですが、それを仕事にするには……。芸術系の大学に行くには私にはハードルが高すぎたので、設計ならデザインに関係する仕事が出来るんじゃないかという感じで、大学で建築学科へ進みました。
――建築士としては何年勤められたのですか?
8年半くらいですね。主人も建築士なんですよ。
――それは偶然?
同じ大学内で出会って、学科が一緒だったということもあるんですけど。お嫁に来てみたら義理父は建築士、義理母はインテリアの仕事をしていて、さらに主人のひいおじいちゃんは宮大工だったっていう。「建築一色の家にお嫁に来てしまった!」って感じでした(笑)。
どこから見ても絵になる螺旋階段
屋上には一面の夏空が広がっていました。高い建物が少ない下町ならではの、気持ちのよい風景です
一階の和室は、もともとご主人のおじいさまとおばあさまが使っていたもの。休日はこの和室で、家族全員で食事をすることが多いのだそう
私たち家族が住んでいる3階は、主人と話しながら図面などを引いて改装しました。この家はもともと二世帯住宅で、3階は主人と義理姉の部屋だったんです。おじいちゃんはそんなに口を出さないんですけど、工事が終わって出来上がったときにふらっと「ふーん、こうなったんだね」って感じで見に来てちょっと緊張しました(笑)。でも、普通の家庭だったら世代が違うと話が合わなかったりしますけど、建築関係の仕事ということで共通点があるのでそこは良かったなと思いますね。
――改装するにあたってのテーマは?
もともと北欧調の家具が好きだったので、椅子とか、そういうものでなんとなく統一はされているかなって思います。あとは、天井が高かったので広々した空間にしたいというのはありました。この廊下も壁があったんですよ。それを全部取ってしまって、ロフトももう少し出てたんですけど、あまり上に行くこともないのでそれも切っちゃって、解放感を出しました。あとは、キッチンもなかったのでこれも図面を引いて作ってもらって。私も主人も身長が高いほうなので、全部がちょっと高めに出来ている感じですね(笑)。
――好きなインテリアショップはありますか?
最近あまり行けていないんですけど、カッシーナ、ヤマギワ、アクタスあたりをよく見ます。やっぱり良いものが揃っているので。買うかどうかは別として(笑)、実物は必ず見に行きますね。
こちらも北欧家具の名作、「カール・ハンセン&サン」のYチェア
あ、それね、私が塗ったんです。リビングもありキッチンもありで、部屋全体がミニマムな感じなのでキッチンはコーナーっぽくというか、お店みたいな雰囲気にしようと思って。
――DIYもよくされますか?
そうですね、たまにやります。屋上なんかも、図面を引いて木材屋さんに材料を頼むところまでは自分たちでやって。そのとき主人が屋上にお風呂をつけたがったんですよ。私は入れないし、掃除とか面倒だったので「やだ!」と思ったんですけど、どうしてもやりたいってことで、「じゃあしょうがない」って(笑)。水やお湯はもともと屋上にきてたので、それをちょっとのばして安いバスタブを買ってきてポンって入れてるだけなんですけど。
――屋上でお風呂、最高ですね……。旦那さんとは趣味や好きなものが似ていますか?
そうですね、似てます。仕事柄、「ここの壁をなくしてー」「ああそれがいいね」っていう感じですぐ話が通りますし。
う~ん。そうですね、そこはありがたい。でも大学から逆に同じようなベクトルでずっとやってきたので、違う意見があまり聞けなくて新たな風はないですけどね(笑)。
――羨ましい悩みです(笑)。お部屋のところどころにもさりげなくタッセルが飾られていますが、岩崎さんがタッセルに興味を持ったのは何がきっかけだったのでしょうか?
ヨーロッパってタッセルを取り入れたインテリアがすごく多いんですけど、仕事柄そういうのをずっと目にしてきて、いいなあってなんとなく思っていました。働いているときからクリスマスツリーとかにタッセルを飾りたいと思っていたんですけど、仕事が忙しくてなかなかできなくて。それから出産を機に退職したことで少しは自分の時間がもてるようになったので、海外のものを買ってみたり専門店で見たりしているうちに、携帯のストラップを作ろうと材料を買ってきたのが始まりですね。
IKEAの照明に黒のタッセルをつけたもの。タッセルがあるだけでラグジュアリーな雰囲気に
インターネットで作り方を調べて見よう見まねで作ったんですけど、あまり上手くできなくて。これはちょっと自己流じゃできないものかも、ということで本格的に習い始めました。
――作り方を習うだけに留まらず、講師の資格を取ろうと思ったのはなぜですか?
作り始めたころから、「これを誰かに買ってもらったりしたら楽しいな」と思ったのですが、私は「センスを売る」っていうことにすごく抵抗があって。たとえばデザイナーさんとかってセンスを売っているじゃないですか。そうではなくて、建築士をやっていたというのもあるんですけど、ほかの人ができない技術を、「私が代わりにやりますよ」って感覚でやりたいなと思っているんです。それには、ただ「習ってました」では技術的に「バックアップあるの?」ってなっちゃうから、そういう意味で保障じゃないですけど「技術を売っています」っていえるようになりたいな、と。
岩崎さんの作業スペース。愛用中の椅子は、大学時代から欲しかったという「フリッツハンセン」のセブンチェア
作業スペース横にある小さな机は、商品の撮影や、息子さんの勉強机として使用
そうですね。人様に売るのであればそういうものがないと、とてもじゃないけどお金をもらうなんてことはできないって思っていました。
――素晴らしいですね。たしかに「ハンドメイド」と一括りにするとクオリティの幅がものすごく広いですもんね。
そうですよね。器用な方だったらできるのかもしれないですけど。何が良くて買ってもらえるかって考えたときに、ひとつはやっぱり「センスが良いから買う」ってあると思うんですけど、それはそこまで自信がなかったというか。
――いえいえ、センスと技術どちらも両立されていると思います。でも、同じものを買うのであればやっぱりしっかりしたものを欲しいと思いますよね。
そうですね、お客様にとっても安心ですよね。「一応、きちんと作れる人なのかな?」って思われたほうが(笑)。やっぱり、お客様にとっては「たったひとつのもの」であって、私が何十個何百個作るうちのひとつであったとしても、「このくらいはいいだろう」っていう妥協はしちゃいけないなと思って。自分がこれを買ったときにクレームをいいたくならないものを作る、ということは心がけています。「あ、一生懸命作ってくれたんだなあ」って思ってもらえるように。
人気の「ロゼットタッセルピアス」(左)と「タッセルピアス 花畑」(右)
長さ調整可能な「3wayタッセルネックレス」(左)、大胆なデザインでコーデのアクセントになりそうな「タッセルブローチ」(右)
うーん、今はちょっと流れが変わってきているかもしれないですけど、私が建築の仕事をしていたときって「装飾は罪だ」みたいな圧力がすごくあったんですよ。いかにシンプルに、ディテールを見せずにまとめるか、みたいな。だから、装飾でゴテゴテしていると自分的に許せないっていうのがあって。まあその反動で「装飾をしたい!」ってタッセルを始めた部分もあるんですけど(笑)。本当は、装飾があってもまとまっていて素敵っていうのが一番いいんでしょうけど、そこまでできないので、やっぱりいかにシンプルに作るかっていう志向になってしまうんですよね。
――タッセルってわりと主張が強いアイテムだと思っていましたが、岩崎さんの作品は色味も上品だし、これなら取り入れられそうだと思いました。今日つけられているのもそうですけど、うるさくないのに自然と目がいってしまうというか。
ありがとうございます。もともとタッセル自体はすごく装飾性が強くて1つつけるだけですごくインパクトがあるので、ちょっとモダンに解釈したアイテムを目指していますね。
はい。4年前くらいから自分の作品を販売し出したんですけど、minneさんにはそのころから出展させてもらっています。HPがすごくきれいだったのでここに自分の作品を載せたいなと思って。全国展開なので、各地方の人にも見ていただけるのがうれしいです。島から買って下さる方もいて、「ああ、これが島へ旅立つのね」って感慨深くなるというか(笑)。あと、色んな場所でイベントを頻繁に開催されていてお声掛けいただくんですけど、百貨店さんに自分から売りに行くってなかなかできないじゃないですか。そういう部分でも、大変ありがたいなと思っています。
――チャンスが増えますね。
はい。百貨店さんでの催事になると周りに置いてあるものが一流のものばかりだし、minneさんがお声掛けして出展しているほかの作家さんもすごくレベルの高い人たちなので、その横に置かれてしまうっていう恐怖感はあるんですけど(笑)。そういうイベントに出ると、ちょっと落ち込んだり盛り上がったり、刺激になりますね。
「ポンポンタッセルイヤリング」は、通常のタッセルアクセサリーとはまた異なる、可愛らしい雰囲気が魅力です
ブランドのロゴは岩崎さんの手書き。ブランド名である「tassel de sica」は、「タッセル デ シカ」=「タッセルでしか表現できない季節感」や「私でしか届けられない作品」というコンセプトに由来しています
「一回買ってすごく良かったのでもう一度買いに来ました」って、リピートしてくれるお客様がいらっしゃって、それがすごくうれしいですね。一度購入してもらって「思ってたのと違った」とか思われていないかな?と心配になるので。
――先ほどの「技術を売る」というお話にも繋がってきますね。
はい、すごくうれしいです。
――タッセルを初めて取り入れるという人におすすめのアイテムはありますか?
インテリアでカーテンとかにつけると、ゴージャスになりすぎてしまうという方もいると思うので、まずはコースターとか、小物からだと取り入れやすいと思います。私が最初に作って自分で使っていた作品も、携帯ストラップでしたし。ハンドメイドを始めたいと思っている方も、最初から大きいものを作ろうとせず、手っ取り早いものから作るといいと思います。身のまわりの小さいものから作って、ちょっと上手くできるようになったら次、という感じで。
サイトで販売もしている、タッセル付きのコースター。まるでグラスがちょこんと座布団に座っているような愛らしさ
「ルイスポールセン」のペンダントライト。学生時代から憧れ続け、社会人になってもらったお給料でようやく購入したという思い出の品です
材料を見に行っているときから、もう結構楽しいです(笑)。
――浅草橋のパーツ問屋さんとかも行かれますか?
行きます行きます、近いので。なので立地的にはありがたいかな。パーツを見て「これがいいな」と思ったら、どう糸を合わせようかとか、お店であーだこーだ考えてるのが楽しいですね。
――無限にアイディアが浮かんできそうですね。
そうですね。だから、最初は全然使えないような材料とかでも見た感じがいいと思って買っちゃったりして(笑)。なので最近はちょっと控えめに……。素敵だけど、タッセルには向いていないと思ったら我慢して買わないようにしています(笑)。
細かいパーツはタワーケースに入れ、みつけやすい収納に
無類の缶好きという岩崎さん。可愛い缶のお菓子をみつけるとつい買ってしまうのだとか
作品を飾るスペースには、大小様々な色とりどりのタッセルが並びます
廊下の壁には家族全員の成長記録が
存在感。あとは、最近流行ってはいますけど、ここ何年かでできたものではない歴史あるものなので、その重みみたいなものも感じられるところですね。色合いによって洋風にも和風にもなるし、モダンにもクラシックにも、いろいろな方向に振れるのも魅力的だなあと思います。
――いまでも充分素敵なお部屋ですが、今後改装したい場所はありますか?
うーん、息子がもう少し大きくなったら部屋が欲しいっていい出すと思うんですよね。そしたら寝室を区切ろうかということで、このまえ主人と図面を描いてみたんですけど。
――かっこいい!いずれは岩崎さんが作業できる仕事部屋も……。
そうなんです。本当は、ちょっと作品を飾っておけたり、物がしまえる場所があればいいなと思うんですけど、子どもたちを見ていなくてはいけないのでなかなか難しくて(笑)。すごく狭くてもいいので椅子が入るくらいの小さな部屋が、いつか欲しいです!
愛用カメラと一緒にパチリ。タッセルだけでなく、カメラ・ガーデニング・山登り・サイクリング……と多彩な趣味をもつ岩崎さん。これからも輝きを増しながら素敵な作品を届けてくれることでしょう
Information
岩崎さんの著書『タッセルのアクセサリーと小もの』(日本ヴォーグ社)が好評発売中!タッセルづくり初心者さんでもわかりやすい、可愛いアイテムの作り方が掲載されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪
岩﨑晶乃『タッセルのアクセサリーと小もの』日本ヴォーグ社,2016,80p
広々とした解放的なリビング。購入したときは岩崎さんと同じくらいの背丈だったという木も、いまでは天井に届きそうなほど大きく育ちました