お好みの恋はどんな恋?
恋とは、落ちるものだった。
舞城王太郎『私はあなたの瞳の林檎』(講談社)
『コイノカオリ』(角川文庫)
瑞々しい人物描写で定評のある作家6人が、“恋の香り”をテーマに紡ぐ6篇のラブストーリー。6人6様の切り口が面白く、本当に誰かの恋をそっと見守っているような気持ちになります。どの作品も恋に落ちる瞬間のドキドキを思い出させる作品ばかりで、心拍数が上がりそう!残り香を楽しむように、ゆっくり1篇ずつ楽しみたい短編集です。
中田永一『百瀬、こっちを向いて。』(祥伝社)
そう、恋とは落ちるものだった……それも、無様に!忘れかけていた青春の甘酸っぱさをこれでもかと突きつけられるような青春小説が4篇収められています。どれも、恋愛小説。どれも、青春。読みやすいスマートな文章とテンポのいい展開で、終始爽やかに青春の恋模様が描かれます。そして、晴れた秋の青空のような、爽快な独特の読後感が印象的!それもそのはず作者の中田永一さん、読ませる文章で定評のある有名作家さんのセカンドペンネームなんです。元は覆面作家ネームだったそうですが今は公表されているようですので、興味のある方は調べてみてくださいね。
しっとりした重みが心地よい、大人の恋愛小説
山田詠美『無銭優雅』(幻冬社)
「心中する前の心持ちで、つき合っていかないか?」どんなシニアの恋かと思いきや、主人公は40代前半の男女ふたり。十分大人ではあるけれど、恋に年齢は関係ないと思わせるピュアでかわいいふたりのやりとりは軽妙で自然体で、ついつい応援してしまいます。お似合いってこういうことだよなあ!と読んでいて羨ましくなる、恋がしたくなるお話です。
川上弘美『センセイの鞄』(文藝春秋)
40歳が視野に入ってきた妙齢の女性・ツキコさんと、30と少し年の離れたセンセイの静かな恋の物語です。一人呑みの居酒屋で、ツキコさんは高校の恩師と再会します。以来、飲み友達のように共に肴をつつき語り合うふたりの日常が、流れるような美しい文章で綴られます。そんな平穏な日常の中にも隠しきれないツキコさんのセンセイへの慕情が溢れ出し、いじらしいやら可愛いやら。学生のようでやはり大人なツキコさん、かっこいい青年のようでやはりおじいちゃんなセンセイ、その埋まりそうで埋まらない年の差がもどかしく、それでも二人が想い合う暖かさに、じんわり胸が温まる傑作です。
小川洋子『やさしい訴え』(文藝春秋)
夫の浮気と暴力から逃れて林の中の別荘に隠れ住む瑠璃子は、そこでチェンバロを作る男女と出会います。どこか現実離れした静かな林の中、3人の関係は日を追うごとに濃密になり、読みながらも息がつまるほどの閉塞感が漂います。愛なのか、依存なのか、心なのか、身体なのか……揺れ動く瑠璃子の気持ちを伴奏するように、美しいチェンバロの音が聞こえてきそうな作品です。重くなりがちな空気に風穴を開けてくれる老犬ドナもいいアクセントになっています。
失っても、恋。悲しくも愛おしい失恋の物語
鷺沢萌『失恋』(新潮社)
どれもが「失恋」をモチーフにした4つの短編で構成される物語です。恋を失う話ではあるけれど、ここで語られるのは失った"恋”を慈しみそっと胸にしまい、そして前を向いて進もうとする再生の物語です。その時には悲しく切ないけれど、誰かを想ったことは無駄じゃない。失恋も含めて恋って素敵、そう思える作品です。
三秋縋『君の話』(早川書房)
記憶を改変できるテクノロジーが普及した未来が舞台の、恋と別れのSF小説です。「会ったことのない幼馴染みと再開した」という謎めいた1節で始まる本作。主人公の天谷千尋は人為的に作られた記憶“偽憶”を取り込んで記憶を改変した青年です。ところが、作られた“偽憶”の中にだけ存在するはずの幼馴染みがアパートの隣室に住んでいる所から物語が動き始めます。何が本当で何が偽りなのか、恋とは、運命とは……。寂しさと幸福感が同時に溢れてくるような、余韻の残る読後感が心地いい作品です。
又吉直樹『劇場』(新潮社)
自分は特別な人間だと信じて疑わない演劇作家・永田。仕事なし、人望なし、甲斐性なし、自意識だけは人並み以上。そんな永田の自尊心を支えているのは、「永くん」と慕ってくれる彼女の沙希ちゃんの存在でした。演劇ではなく彼女の存在で自尊心を保っていることに自分では気が付かない永田と、永くんのダメなところも嫌いになれなくて苦しむ沙希ちゃん。一緒にいては駄目になると心の奥で知りながら、それでも一緒に居ずにはいられない若い二人のほろ苦い恋の物語です。好きな人のために、そして自分自身のために、ボロボロになりながらも一歩を踏み出すラストには、暗い舞台に一筋の光が射す情景が目に浮かぶようでした。
甘過ぎ注意?!王道ラブストーリー
身も悶えるような王道恋愛小説で、頭も心も恋でいっぱいにしませんか。
本多孝好『WILL』(集英社)
主人公は森野・29歳。11年前に亡くなった両親の跡を継ぎ、寂れた商店街で葬儀屋を営んでいる女店主です。この本には、森野葬儀店に持ち込まれる“死者”を媒体にしたちょっと不思議なヒューマンドラマが数篇収められているのですが、どの話にも必ず登場するのが、幼なじみの青年・神田です。いくつかのドラマが時系列に別の話として語られる中で、森野と神田の関係は1冊全話を通して進展していく仕掛けになっています。この神田青年が、とにかくいい男!不器用な森野と一途な神田の恋愛に、ドラマそっちのけで夢中になってしまいました。
辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版)
失踪した婚約者・真実を探し、真実の生い立ちをさかのぼることを決めた架。物語の前半は、真実の過去に向き合うと同時に自分自身にも向き合う架の姿が描かれます。そして、探し当てた真実の口から語られる失踪の真相と想い……。真美もこの失踪を通して自分と向き合う時間を過ごしていました。人間の嫌な部分、弱い部分を容赦無く描き出し、「あなたにもあるでしょう?こういう所」と問い詰められる様な居心地の悪さに戸惑いつつ、最後には全てが昇華されて爽やかに泣ける、そんな長編恋愛小説です。
有川浩『植物図鑑』(幻冬社)
王道中の王道、何を今更と叱られるかもしれませんが、恋愛小説と言えばこの1冊は外せません。出会い、惹かれあい、すれ違い……古典的とも言える王道のラブストーリーながら、有川さんが書くとなんと生き生きと魅力的なことか!ベッタベタに極甘な蜜のような幸せに、あなたもどっぷり浸ってみませんか。
読書の醍醐味!世界観ごと本の世界に浸れる3冊
三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社)
「愛なき」なのに恋愛小説とはこれいかに?心配はいりません。ここに、愛はあります。植物学にのめり込み人生の全てを植物に捧げる理系女子・本村と、そんな本村に恋をした定食屋の店員藤丸の、心温まるほんわかラブコメディ。植物に全興味を奪われるあまり藤丸の恋心にまるで気が付かない本村と、ストレートに思いを表明し続ける藤丸のどちらもキラキラと眩しくて愛おしくて、ふたりの恋の成就を祈らずにはいられません。
よしもとばなな『王国』(新潮社)
人里離れた山奥でおばあちゃんとふたり薬草を摘んで暮らしていた18歳の雫石(しずくいし)は、山の開発で山を降り、都会で一人暮らしを始めます。自然の中でおばあちゃんに守られ育ってきた雫石。都会の全てに戸惑い、傷つく彼女を救ったのが占い師の楓でした。人との距離の取り方すら知らない雫石の恋と成長が、静かな筆致でゆっくりと綴られます。おばあちゃんが与え続けてくれた愛情を糧にいつしか雫石自身も強く人を愛するようになっていく様子が、自然の力とリンクしながら静かに力強く胸を打つ名作です。
川村元気『四月になれば彼女は』(文藝春秋)
“彼女が撮る写真は、なぜかどれも色が薄かった”。大学時代の恋人から突然届いた手紙。世界を旅しているという彼女からの手紙をきっかけに、二人の恋人時代の記憶が呼び起こされます。彼女が撮る写真と同じ、どこか淡くつかみどころがなく、繊細にきらめく恋の日々。一方彼は、現実主義の彼女との結婚を1年後に控え、精神科医として仕事をこなす日々を送っていました。物語は、生々しく色がついた彼の現実と、淡い色彩の彼女との思い出を行き来しながら進みます。ついに現在の彼女に会いに行った彼に知らされるある真実、そして彼が見つけた愛とは……。切なく、もどかしく、美しい恋の物語です。
自意識たっぷり、勢いと悩みにまみれた思春期の、甘酸っぱい恋を扱った本作。もやっとした心のうちをスパッと言語化してくれる気持ち良さ、登場人物達のストレートな物言いの爽やかさ。変哲のない日常でも恋する若者には毎日が事件なわけで、それを茶化さず隠さず美化せずしっかり描いている作者の筆力に脱帽です。そもそもタイトルの時点でなんだかキュンと来ませんか?