インタビュー
vol.64 トートーニー・神田沙耶香さん-背筋を伸ばす足元の魔法。素足に気持ち良い、靴屋のスリッのカバー画像

vol.64 トートーニー・神田沙耶香さん-背筋を伸ばす足元の魔法。素足に気持ち良い、靴屋のスリッパ

写真:神ノ川智早

一枚革を一ヶ所だけ縫い合わせて作られたスリッパは、はきものと革もののブランド・トートーニー(toe to knee)の人気アイテム。どんな履き心地なのか、なぜ一枚革で作っているのかを伺ううちに、靴屋さんとしてのブランド哲学が見えてきました。足元を選べば、気持ちも変わる。代表の神田沙耶香さんのこれまでの足跡とこれからの行き先を、東京・浅草橋でお聞きします。

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2017年07月07日作成
「自分の足の一部のような履き心地!」
これは、トートーニーのスリッパを愛用している筆者の母の言葉です。
素足で履くと自分の足のかたちに変化するので、フィット感が気持ちいいのだと、母は続けます。

「このスリッパ、もう、身体の一部。そのくらい気持ちいいよ」
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トートーニーは、東京・浅草橋に直営店を構える「はきものと革もの」のブランド。私たちが「スリッパ」と聞いて想像するものとは一線を画した姿をしており、包み込まれるような履き心地が人気です。

どうやら一枚の革を縫い合わせて一つのスリッパを作り出しているトートーニー。絶賛する母の言葉に背中を押され、そのシンプルな見た目と作りに込められたものづくりへの想いについてお伺いしてきました。
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素足で履いて気持ちがいい、計算されたスリッパ作り

(意匠登録番号:1486916)

(意匠登録番号:1486916)

職人・ものづくりの町として歴史のある東京・浅草橋。
そんな町の大通りに面したビルの階段を登り扉を開けると、光が差し込むショップへ到着します。まず目に止まったのは、窓際にある色とりどりのスリッパたちです。
ショップでは、自身のブランドアイテムのほか、「自分が使っていて飽きないもの」をセレクトし販売しています

ショップでは、自身のブランドアイテムのほか、「自分が使っていて飽きないもの」をセレクトし販売しています

「試着されるときは、ぜひ裸足でどうぞ」
そう案内してくれたのは、トートーニーの代表兼デザイナーの神田沙耶香さん。少なめのボタンが品よく着いたノーカラーの青いシャツに、シンプルなメイクと髪型、そして、落ち着いて柔らかな声色ーー。「作り手とものはどこか似ている」とはよく言いますが、まさに「このスリッパを作った方はこの人に違いない」とわかる佇まいをされています。
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さっそく試着をしてみると、「あ、こっちのサイズのほうがいいですね」と、ほんの少し見ただけでサイズを選んでくれます。神田さんに勧められたものに足を通すと、ぴったりと素足に吸い付く気持ちよさにも関わらず、足が呼吸できているような爽やかな革の履き心地。

その心地のよさの秘密を尋ねると、やはり一番の要因は「一枚で作っているから」だと神田さんは教えてくれました。
トートーニーのスリッパは、
なぜ身体の一部のように感じるのか?
何度も紹介してきたように、一枚の革を一ヶ所だけ裁縫して作られるトートーニーのスリッパ。英語でいうと「ワンピース・スリッパ」と、なんともかわいらしい呼び名です。今回神田さんに、裁縫される前の革を見せていただきました。
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「足の甲って、高い人もいれば低い人もいるじゃないですか。普通に二枚のパーツで作ると、決まったところに、決まった高さにしか足を入れることができない。そうすると、デザインによっては『足がものに合わせる』ことになる。でも、一枚革を縫い合わせると『ものが足に合わせる』ように変化でき、じぶんの足の形に自然に沿うんですね。」

そう言って神田さんは革をくるっと丸めます。すると途端に単純な一枚革が、スリッパの形に変身しました。
一ヶ所を縫い合わせる、非常にシンプルな作りです

一ヶ所を縫い合わせる、非常にシンプルな作りです

一枚革は天然皮革(牛革)を使用しているため、おもてと裏で見た目も触り心地が違います。現代の一般的な住宅事情としてフローリングが多いので、床に触れる部分は『裏』のスエードにして滑りにくい機能を際立たせているのだそう。反対にツルツルしたいわゆる『おもて』の革を肌に触れる部分にしているので、裸足で履いて気持ちがいいのです。
素足で履くのが気持ちいいですが、もちろん、靴下を履いても使えます。かくいう神田さんも大の靴下ユーザー。1〜2サイズ大きいものを選ぶといいのだそう

素足で履くのが気持ちいいですが、もちろん、靴下を履いても使えます。かくいう神田さんも大の靴下ユーザー。1〜2サイズ大きいものを選ぶといいのだそう

vol.64 トートーニー・神田沙耶香さん-背筋を伸ばす足元の魔法。素足に気持ち良い、靴屋のスリッパ
「スリッパは、基本的に埃や冷たさから足を保護する道具ですよね。使っている時間が、自然な時間になるように。一枚革のスリッパは、人によって違う形の足を包み込むので、理にかなった作り方だと思ったんです」

たった一ヶ所縫い合わせただけの革には、道具としての機能も、身体に沿うためのデザインも、そして触り心地までも、欲張りなほど詰め込まれているのです。
上の革がほんのり浮き上がっているため、サッと履きやすいデザイン。自分で洗え、軽いため、旅行や行事に持ち運びに活用している方も多いのだとか。色展開もかわいらしいですね

上の革がほんのり浮き上がっているため、サッと履きやすいデザイン。自分で洗え、軽いため、旅行や行事に持ち運びに活用している方も多いのだとか。色展開もかわいらしいですね

自分の身体と話をしたら、「はきもの」が仕事になった

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こうして現在「はきもの」と「革もの」をキーワードとし、そのうちの一つとしてスリッパを世に送り出している神田さん。しかしその2つのキーワードにたどり着くまでのお話を伺うと、決してまっすぐな道ではなかったことがわかりました。

「小学生のころでいえば、手を動かすのが好きだった、とか、絵を描くのが大好きだった、とか、そういう『いわゆる作り手の幼少期』な感じではなかったかもしれないですね。高校は田んぼ道を自転車で通って、そこで美術部に入って。でも、『部』とはいいつつも部員はふたりだけだったんです。友人と一緒に美術の先生を慕って美術室に通っていた感じです。絵を描くわけでもなく、二人でストーブの前で『進路どうする?』なんて喋ってるだけ(笑)。4階の美術室から運動部を見下ろして『楽しそう』なんてうらやんだりして」
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現在へと続く道の最初のターンは、そんな高校生活3年目の夏休みでした。当時、手に職をつけようと看護師を目指したという神田さんでしたが、ある日怪我をしてしまい、「自分の傷口が見れなかった」という経験をします。「自分の傷さえ見れないのに、看護師にはとてもなれない」と思った神田さんは、急遽進路を美術系へと切り替えることに。突然の決断だったにも関わらず、もともと素地があったのでしょう、見事、秋田県の美術工芸短期大学へと進学します。

「専攻したのは木工でした。でも、図面をひいて組み立てるまでは楽しいんですけど、どうもヤスリがけの作業が自分にはしんどかったんですね。これはあとあと分析してわかることなんですけど、職人さん的な作業よりも、設計の部分が好きだったんです。それで、将来の職として木工ではないものへと興味が移っていきました。そんな時に見ていた雑誌に、たまたま靴の専門学校の募集があって」

当時から服が好きだったにも関わらず「服に合わせて履きたい靴」がないことに漠然とストレスを感じていた神田さんは、その募集要項をきっかけとし、「いっそ自分で」とその世界に入ることを決心しました。
「私、足が小さいんです」
(画像提供:トートーニー)

(画像提供:トートーニー)

「私、小さいころから足が疲れやすい人だったんです」と神田さんはいいます。

「ちょうどいいサイズの靴を選ぶことは身体にとってすごく大事なんですね。でも小さいころの靴って、大きくなることを前提に親御さんは選ぶじゃないですか。私は、その予測より大きくならなかったんです。物心ついて自分で選べるようになってからも、実測のサイズで21センチくらいの大きさで、履きたいデザインのサイズがないので大きいものを買っていました。当時理由はわからなかったんですけど、サイズの合わない靴を無理して履いて、疲れてしまっていたんですね」

足が疲れる理由を長いことずっと知りたかった、と神田さんは続けます。「高校生のときに看護師になりたいと感じたのも、身体への興味があったからなのかもしれません」
看護師という道も木工という道も、結果論として選ばなかった道ではありますが、その道を進もうとした理由はたしかに神田さんのなかにあったのです。
vol.64 トートーニー・神田沙耶香さん-背筋を伸ばす足元の魔法。素足に気持ち良い、靴屋のスリッパ
「靴は、好きだから履くという以前に、身体に合っているものを履きます。服もそうですけど、身の丈に合ってるかどうか。特に靴は全体重を支えるものなので、身体に合っているかどうかはとても重要なんです」

こうして「はきもの」を仕事に選んだ神田さん。短大卒業後すぐに製靴学校には行くことが出来ず、足の特徴を見て靴を選ぶフィッティング販売の仕事に就きます。その後メーカー、問屋、修理などの靴業界の各流通分野に携わります。
自分の身体に耳を傾けるだけでなく、他者の身体の話を聞いていく中で、「身体に沿う靴」の重要性を知り、現在はデザイナーとして履き心地へのこだわりが溢れるアイテムを作り出しています。自分が何を好きか、そして何をストレスに感じているのかをきちんと聞こうとする姿勢は、仕事選びだけでなく日々の生活の中の小さな選択の場面でも役立つはず。美術室のストーブの前で進路について悩んでいた高校生の神田さんも、今している仕事を聞けばきっとうれしいに違いありません。
身体に合った足元は
綺麗な歩き方と、安定した心持ちにつながる
スリッパとしては珍しいほどサイズが豊富。実際に履く人に対する真摯な姿勢が伺えます

スリッパとしては珍しいほどサイズが豊富。実際に履く人に対する真摯な姿勢が伺えます

「足元が合ってると、歩き方が変わるんです」と、神田さん。

「身体に合っているものを履いていると歩き方がきれい。歩き方がきれいだと心持ちも安定すると思うんです」

使い心地のいい道具を使うと気持ちが晴れやかになるのと同じように、いいえ、自分の身体を一番底から支えてくれるという意味ではそれ以上に、靴は履く人の姿勢と表情に影響を与えてくれるのだと、トートーニーはあらためて教えてくれます。

「完璧ではない革はおもしろい。人間もそうでしょう?」

続いてキーワードの二つ目、「革のもの」についてそのおもしろさを伺うと、すぐさま返答が返ってきました。

「完璧でないところですかね。傷がおもしろいなってずっと思ってて。かわいいし、かっこいい。世の中の革製品は傷がないものがいいとされていることが多いかもしれませんが、私たちや革屋さんはあえて傷があるほうを選ぶことがあります。その傷を含めて、動物を素材として使うということだと思うんです」
生産ラインで耐久性がクリアできていないと思った革は、傷のある素材でつくるプロジェクト「1・2・100ピース」で小物などにしています。こちらはスリッパの裁縫前の形をしたクッションです

生産ラインで耐久性がクリアできていないと思った革は、傷のある素材でつくるプロジェクト「1・2・100ピース」で小物などにしています。こちらはスリッパの裁縫前の形をしたクッションです

傷を筆頭とした革それぞれの個性のおもしろさを、今後はもっと説明し、伝えていきたいという神田さん。

「ダニに刺された跡や、喧嘩した跡など。説明があればもっとおもしろいと思うんです。牛や豚が食べものとして消化され、副産物として皮から革ができ上がります。できるだけ使い切りたいと思います。最近は『端切れ(ハギレ)』とは呼びたくないと思っています」

それは革への愛情からですか?と尋ねると、神田さんは少し困ったように頭をひねり、「もともと、私のというよりは、革屋さんの愛情なんですよね」と答えます。
「革屋さんが納品に来てくれたとき、革をポンッとたたいたのを見たことがあるんです。生きものとしての命はないですが、皮から革へは長い手間隙がかかるので、別れの挨拶のように撫でて帰った様子を見て、ああ、そうだよなって」
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「ワンペアのスリッパも、右と左の革の様子は絶対違うんですよね、当たり前ですけど。平均値はとりますが、同一ではない。人間もそうですよね。不完全を許し合っているというか……。完璧な人なんていないじゃないですか。というか、そもそも『完璧』というのは何を指すんでしょうかね。この仕事をして、一度たりとも同じ革はないんですよね。それがすごくおもしろいです」
右が新品のスリッパで、左が経年したスリッパ。革は、一つとして同一ではない上、色も形もそれぞれ変化していきます

右が新品のスリッパで、左が経年したスリッパ。革は、一つとして同一ではない上、色も形もそれぞれ変化していきます

「今からバッグの型入れをするので、裁断前の革、よかったらみてください」と、神田さんは大きな一枚革を広げ、手のひらでスッと触れました。そのままじっと見つめ、型を置き、ペンでサッサッと線をひいていきます。
vol.64 トートーニー・神田沙耶香さん-背筋を伸ばす足元の魔法。素足に気持ち良い、靴屋のスリッパ
よしっ、と声を出して再び革をじっと見つめたあと、隣に座るスタッフさんのほうを向き、「これ、きれいな青」と伝えました。「きれいな青ですね」とスタッフさんも応え、2人でもう一度革をのぞき込みます。のぞき込まれた大きな青い革は、同じ景色を見せることのない空や海のように真っ青です。なるほど、こうやって革と向き合う仕事のなかで、革それぞれの傷がかっこいいと思う、個々への尊敬にも似た感情が生まれるのでしょう。
お客様の対応をはじめ、事務まわりの仕事などを担当している櫻田さんと。現在トートーニーはお二人で運営しています

お客様の対応をはじめ、事務まわりの仕事などを担当している櫻田さんと。現在トートーニーはお二人で運営しています

靴屋として、「つま先からひざまで」にこれからも寄り添う
vol.64 トートーニー・神田沙耶香さん-背筋を伸ばす足元の魔法。素足に気持ち良い、靴屋のスリッパ
ちょっと不思議なブランド名「トートーニー」は、「toe to knee=つま先からひざまで」という意味です。
バッグや革小物も人気商品ですが、「やっぱり靴屋なので、足回りのことをもっとやっていきたい」と神田さん。
(画像提供:トートーニー)

(画像提供:トートーニー)

はきものを選ぶと、表情まで変わります。足元を見つめることは、自分自身を見つめること。
革の数だけ、人の数だけ、すべてが個性を持っているのです。
もしも自分のことがわからなくなる瞬間があっても、トートーニーはぴったり寄り添うものをきっと提案してくれるでしょう。

「身体のことをもっと勉強して、もっと『はきもの』のお医者さんのような存在になっていきたいですね」

そう言って背筋を伸ばす神田さんの足元は、トートーニーの靴がしっかりと支えていました。

(取材・文/澤谷映)
toe to knee|とーとーにーtoe to knee|とーとーにー

toe to knee|とーとーにー

トートーニーは、代表兼デザイナーの神田沙耶香さんによるはきものと革もののブランド。つま先からひざまでの「toe to knee」が名前の由来です。現在は革靴、革のスリッパのほか、シンプルなデザインが人気の革財布やカバンも展開。身体の一部のように感じるはきものと日常生活に寄り添ってくれるような革ものをつくり続けています。

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