《山口県萩市》幕末に活躍した維新志士たちの足跡を辿る旅へ

《山口県萩市》幕末に活躍した維新志士たちの足跡を辿る旅へ

山口県の萩市は、江戸時代は毛利氏が統治していた長州藩の城下町として栄えてきた煌びやかな歴史を持つ都市です。城下町としての面影を色濃く残す萩市には、江戸時代末期に活躍し、日本の近代化への大きな原動力となった幕末維新志士たちのゆかりの地がたくさんあります。日本近代化への礎を築いた幕末維新志士たちの足跡を辿ってみたいと思いませんか?今回は、萩市にある幕末維新志士ゆかりの地をご紹介します。2021年01月05日作成

カテゴリ:
旅行・お出かけ
キーワード
山陰・山陽山口県寺社仏閣歴史
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山口県萩市とは?

吉田松陰をはじめ、幕末に活躍をした維新志士たちをたくさん輩出した山口県萩市は、司馬遼太郎の小説「世に棲む日」、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台にもなっており、幕末好きの女子のメッカでもあります。
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吉田松陰をはじめ、幕末に活躍をした維新志士たちをたくさん輩出した山口県萩市は、司馬遼太郎の小説「世に棲む日」、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台にもなっており、幕末好きの女子のメッカでもあります。

松陰神社

松陰神社は、幕末に大勢の維新志士たちを輩出した松下村塾で教鞭をふるっていた博識者、吉田松陰を祀る神社です。
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松陰神社は、幕末に大勢の維新志士たちを輩出した松下村塾で教鞭をふるっていた博識者、吉田松陰を祀る神社です。

松陰神社には大きな絵馬が掲げられています。師である吉田松陰の姿はどの干支の年になっても変わりませんが、門下生は毎年変わるので、次の年は誰が描かれるのか楽しみですね。
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松陰神社には大きな絵馬が掲げられています。師である吉田松陰の姿はどの干支の年になっても変わりませんが、門下生は毎年変わるので、次の年は誰が描かれるのか楽しみですね。

松陰神社には、少し珍しい和傘の形をしたおみくじがあります。参拝の記念に和傘の形をした可愛らしいおみくじを引いてみるのもおすすめです。
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松陰神社には、少し珍しい和傘の形をしたおみくじがあります。参拝の記念に和傘の形をした可愛らしいおみくじを引いてみるのもおすすめです。

吉田松陰幽囚ノ旧宅

吉田松陰は、1853年6月に江戸に来航したペリーの黒船を見て、アメリカへの密航を試みます。しかし、アメリカ側は吉田松陰の乗船を拒否し、江戸幕府に身柄を引き渡された吉田松陰は、出身地である萩で幽閉されることになりました。
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吉田松陰は、1853年6月に江戸に来航したペリーの黒船を見て、アメリカへの密航を試みます。しかし、アメリカ側は吉田松陰の乗船を拒否し、江戸幕府に身柄を引き渡された吉田松陰は、出身地である萩で幽閉されることになりました。

3畳という小さな部屋で幽居していた吉田松陰は、幽居中にも熱心に勉学に励んでいました。
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3畳という小さな部屋で幽居していた吉田松陰は、幽居中にも熱心に勉学に励んでいました。

松下村塾

吉田松陰は、幽居中にも「孟子」などの講義を行っていました。そのため、多くの若者が松陰の抗議を聞くために彼のもとを訪れるようになりました。そして吉田松陰は、幽居後に「松下村塾」で教鞭を行うようになり、高杉晋作、伊藤博文、久坂玄瑞をはじめとする維新志士たちを育てていました。
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吉田松陰は、幽居中にも「孟子」などの講義を行っていました。そのため、多くの若者が松陰の抗議を聞くために彼のもとを訪れるようになりました。そして吉田松陰は、幽居後に「松下村塾」で教鞭を行うようになり、高杉晋作、伊藤博文、久坂玄瑞をはじめとする維新志士たちを育てていました。

松下村塾は世界遺産にも登録されています。ここを訪れ、どのような若者たちがこの部屋で、幕末の博識者、吉田松陰が行っていた講義を聴いていたのか想像をめぐらせてみてはいかがでしょうか。
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松下村塾は世界遺産にも登録されています。ここを訪れ、どのような若者たちがこの部屋で、幕末の博識者、吉田松陰が行っていた講義を聴いていたのか想像をめぐらせてみてはいかがでしょうか。

松下村塾には高杉晋作、伊藤博文をはじめ、吉田松陰の門下生たちの写真が掲げられています。これらの写真は、この場所が日本近代化へ原動力の担い手となった人々の偉業を静かに物語っています。
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松下村塾には高杉晋作、伊藤博文をはじめ、吉田松陰の門下生たちの写真が掲げられています。これらの写真は、この場所が日本近代化へ原動力の担い手となった人々の偉業を静かに物語っています。

伊藤博文旧宅

残念ながら内部の見学はできませんが、松下村塾からほど近い場所に、吉田松陰の弟子で初代内閣総理大臣となった伊藤博文の旧宅があります。
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残念ながら内部の見学はできませんが、松下村塾からほど近い場所に、吉田松陰の弟子で初代内閣総理大臣となった伊藤博文の旧宅があります。

伊藤博文別邸

伊藤博文旧宅の近くには、激動の幕末を生き抜き、己の知識と剣術の腕前だけを武器に初代内閣総理大臣にまで上り詰めた伊藤博文の別邸もあります。こちらの別邸は、旧宅と比較すると同じ人物が住んでいたとは思えないほど立派で、伊藤博文の偉業を今に物語っています。
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伊藤博文旧宅の近くには、激動の幕末を生き抜き、己の知識と剣術の腕前だけを武器に初代内閣総理大臣にまで上り詰めた伊藤博文の別邸もあります。こちらの別邸は、旧宅と比較すると同じ人物が住んでいたとは思えないほど立派で、伊藤博文の偉業を今に物語っています。

木戸孝允旧宅

維新三傑(大久保利通、西郷隆盛、木戸孝允)の一人である木戸孝允も、萩市で生誕した人物です。萩市には木戸孝允の旧宅があり一般公開されています。
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維新三傑(大久保利通、西郷隆盛、木戸孝允)の一人である木戸孝允も、萩市で生誕した人物です。萩市には木戸孝允の旧宅があり一般公開されています。

木戸孝允の旧宅の二階部分には、彼が幼少期に作った掛軸が展示されています。
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木戸孝允の旧宅の二階部分には、彼が幼少期に作った掛軸が展示されています。

高杉晋作誕生地

“幕末の風雲児”という異名を持つ維新志士の一人で、吉田松陰の門下生でもあり、わずか27歳という若さでこの世を去った高杉晋作も、萩市で誕生した人物です。
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“幕末の風雲児”という異名を持つ維新志士の一人で、吉田松陰の門下生でもあり、わずか27歳という若さでこの世を去った高杉晋作も、萩市で誕生した人物です。

高杉晋作誕生地では、高杉晋作が生誕したときに使われた初湯の井戸が展示されています。ここを訪れると、高杉晋作が肺結核に侵されることなく明治時代を生き抜いていたらどのような人生を歩んでいたのか色々と想像が膨らみます。
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高杉晋作誕生地では、高杉晋作が生誕したときに使われた初湯の井戸が展示されています。ここを訪れると、高杉晋作が肺結核に侵されることなく明治時代を生き抜いていたらどのような人生を歩んでいたのか色々と想像が膨らみます。

旧萩藩校明倫館

旧萩藩校明倫館は、18隻諸島に5代目萩藩主である毛利吉元が家臣の子弟教育のために建設した藩校です。広大な敷地内には学舎のほか、武芸修練上、練兵場などもあり、吉田松陰もここで教鞭をとっていました。
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旧萩藩校明倫館は、18隻諸島に5代目萩藩主である毛利吉元が家臣の子弟教育のために建設した藩校です。広大な敷地内には学舎のほか、武芸修練上、練兵場などもあり、吉田松陰もここで教鞭をとっていました。

旧萩藩校明倫館の敷地内には、旧明倫館小学校があります。木造壁に赤色屋根をしたレトロな雰囲気を醸し出している校舎は、昭和10年に建てられたものです。
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旧萩藩校明倫館の敷地内には、旧明倫館小学校があります。木造壁に赤色屋根をしたレトロな雰囲気を醸し出している校舎は、昭和10年に建てられたものです。

山口県萩市を訪れてみませんか?

《山口県萩市》幕末に活躍した維新志士たちの足跡を辿る旅へ
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山口県萩市には、今回ご紹介したスポット以外にも幕末維新志士ゆかりの地がたくさんあります。日本近代化への礎を築いた逸材をたくさん生み出した街、萩市を訪れ、幕末維新志士たちの足跡を辿る旅をしてみてはいかがでしょうか。

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