インタビュー
vol.23 FUTAGAMI・二上利博さん-触れる度に愛着が湧き、その人にとっての「あって当たり前」な存在になるものを作りたい
写真:神ノ川智早
100年以上の歴史を誇る老舗の鋳物メーカー「株式会社 二上」。その二上がデザイナーの大治将典さんとタッグを組んで新たに立ち上げたのが、真鍮(しんちゅう)の生活用品ブランド「FUTAGAMI(フタガミ)」です。金属でありながらもどこか温かで柔らかい印象を持ち、使うほどに手に馴染み愛着が増していく…。そんなFUTAGAMI製品の“ずっと触れていたくなる”心地よさの秘密と、老舗メーカーが新たなもの作りへと挑んだ始まりのストーリーを伺いに、富山県高岡市の工房を訪ねました。
伝統を守りながらも、「いま」が息づく新しい表現を求めて
日本の銅器生産の9割以上を占めている富山県高岡市。
青々とした田園地帯が広がる中、十数軒もの銅器工房が軒を連ねるその一角に、真鍮(しんちゅう)の生活用品ブランド「FUTAGAMI」を制作している「株式会社 二上」はあります。
明治30年創業の「二上」。118年に渡って真鍮製品を作り続けてきた老舗メーカーです
今ではほとんど見かけないというアンティークな機械。歴史の長さを物語っていますね
工房内に足を踏み入れてまず驚いたのは、思いのほか若い職人さんたちが多いこと。しかもその半数ほどが女性であり、皆さん20代のように見受けられました。
「鋳造*の現場は過酷なため、若い人があまり積極的にやりたがる仕事ではないんですよ。でも最近では、FUTAGAMIの作品を見て「自分たちもこういうもの作りがしたい」と来てくれる人が増えました。ありがたいことですよね」
そう語るのは二上の代表、二上利博さん。
次世代の担い手が不足しがちなもの作りの現場でありながら、若い人や女性の作り手が多く集まっているのは、FUTAGAMIの製品がそれだけ幅広い層から共感を得ていることの証でもあります。これまで若い世代にはとくに馴染みが薄く、トラディショナルな印象の強かった真鍮。しかしFUTAGAMIは、そんな真鍮の前時代的なイメージを見事に塗り替え、今や金属製品の新機軸として多くの人から支持される存在に。伝統的な巧みの技術と現代的なデザインが見事に融合したFUTAGAMIのアイテムたちは、いったいどのようにして生み出されたのでしょうか。
*鋳造(ちゅうぞう)…金属を熱で溶かして鋳型(いがた)に流し込み物を作ること
FUTAGAMIを始めてからは、もの作りが好きな若い職人さんも増えたそう。美大出身の方も多いのだとか
明治30年の創業以来、100年もの長きに渡って仏具一筋で製造を行ってきた二上。しかし、ライフスタイルの変化などによって仏壇の需要が減少してきたことに伴い、「伝統的な仏具製造だけを続けていくことに、危機感を募らせていた…」と、二上さんは語ります。
「高岡は江戸時代から続く銅器産地なため、工房の数がとても多いんです。そのほとんどは仏具製造がメイン。しかも長年の風習で、どの工房がどういったものを作るのかが決まってしまっていて、自分たちで好きな仏具を自由に作れるわけではないんですね。二上が専門としているのは「輪灯」とよばれるものなんですが、この輪灯は仏具の中でも装飾的な部品。いわゆる“飾り照明”の高級品で、かなり大きな仏壇じゃないと収まらないもの。そのため、現代風の簡略化された仏壇では、まず最初に省かれてしまう部分なんですよ」
FUTAGAMIの製品は“砂”で形成した鋳型に金属を流し込む「砂型鋳造」。脆い砂でも金属の型をちゃんと作れるのは、職人さんの技術力があってこそ
真鍮は銅と亜鉛を溶かし合わせた金属。溶解して成分調整した真鍮を、砂型に流し込んで成型していきます
近年では大都市圏だけでなく、地方でも大きな仏壇の需要が激減。二上の専門である輪灯のニーズも減少してきていることを、ひしひしと肌で感じていたと言います。
「輪灯の需要が減ってきたからといって、各工房で専門が決まっている仏具では勝手に他のものを作る事はできないし、かといって、仏具以外のものに挑戦したくても自分自身でデザインができるわけでもないし…。そう模索していた時に知り合ったのが、デザイナーの大治将典さんでした」
二上のある高岡市では、毎年県外からデザイナーを招いたワークショップを開催していて、大治将典さんもそこに参加した一人でした。二上さんが大治さんのワークショップを手伝ったことで知り合い、この時の出会いが、後のFUTAGAMI誕生のきっかけとなりました。
あえて“加工しない”という選択。「最初は不安しかなかった」
砂型から取り出したばかりの真鍮製品。ここから、不要な部分を取り除いて仕上げていきます
大治さんとの出会いにより、新たにFUTAGAMIを始めようと決意した二上さん。しかし、自分たちが納得できる“新しいもの作り”を完成させるまでには、伝統的な製法を100年以上も守ってきた工房だからこその葛藤や戸惑いも多くあったようです。
「本来なら、研磨して表面加工を施した状態が真鍮製品の完成。でも大治さんは「年月と共に風合いや深みが増す、経年変化をしっかりと楽しめるものにしたい」と仰って。だからFUTAGAMIは、型から取り出したままの表情を活かす“鋳肌(いはだ)仕上げ”にしているんです。研磨もほとんどしていないし、変化を楽しんでもらうために酸化防止の処置も施していないんですよ」
左が研磨しいていない状態の鋳肌。右がペーパー仕上げをしたもの。質感が全く違うのがよく分かりますね
加工しないとはいっても、使いやすくするために“整える”ための作業はしっかりと行われています
真鍮独特の持ち味や風合い、型に流し込んだ時におこる金属と砂型の化学反応などもそのまま活かすために、あえて何も施さない状態にこだわったFUTAGAMI。しかし、これまでの真鍮製品といえば、研磨して仕上げにメッキや塗装を行うのがごく当たり前のことでした。
長い年月をかけて培ってきた伝統的なプロセスを放棄し、新たな挑戦に踏み出すのには大きな勇気がいったと、二上さんは当時を振り返ります。
「今まででいえば未完成の状態でフィニッシュとすることに、非常に不安がありました。これまでは、鋳肌そのままで完成品としている真鍮製品はほとんどなかったんですよ。FUTAGAMIのような鋳肌を活かしたものが受け入れられるのかどうか、ほぼ賭けですよね。どんな反応が返ってくるのか、全くの未知数でした」
これまでは未完成だった状態で作品を完成させるとなれば、どこを終点とするかが難しいもの。作り手の二上さんもデザイナーの大治さんもFUTAGAMIの“完成”を掴みきれず、暗中模索の日々が続きました。
「商品のお披露目となる展示会の前日ギリギリまで仕上げの状態には悩んでいて、本当に不安しかなかったですね。でも、展示会当日に皆さんの反応を見て、ようやく、これでよかったんだと確信が持てました(笑)」
加工しないことで真鍮そのものの質がしっかりと分かってしまうため、鋳肌仕上げの方が手間がかかるそう。各製品の特性に合わせて金属の調合などもそれぞれ変えています
星や太陽、銀河などがモチーフとなった栓抜きと鍋敷き。芸術的ともいえる造詣は、さながらオブジェのよう
「今となってはちょっとした笑い話なんですが、FUTAGAMIの最初の作品が完成するまでに大治さんはものすごく悩まれて、円形脱毛症になってしまったほどなんです。そのぐらい、本当に一生懸命取り組んでくださったし、ここまで真剣に考えて深く関わってくださるデザイナーさんは、他にはいないと思います」
通常、メーカーとデザイナーとのコラボといえば、プロジェクト単位で依頼と報酬が発生し、それが終了すれば縁は途切れてしまうもの。でも大治さんの場合は、まるで身内のような関わり方でFUTAGAMIの制作に取り組んでくださるのだとか。
「大治さんは、一緒にブランドを育てていってくれているというか、私たちと“一緒に生きていく”というような姿勢なんです。だから頼りがいがあるし、繋がりもとても深い。お互いに信頼しあって作品を作っているという感じが、すごく強いんですよね。彼とでなければ、僕もきっと続けてこられなかったと思います」
大治さんのデザインを実現するため、使用する電気部品を二上さんが一から探し出して作ったというデスクランプ。こうしたエピソードからも、二人の関係性が伺えますね
ブランド立ち上げから6年が経った今でも、大治さんは月に一度は工房を訪れ、製品作りのためのミーティングを欠かさないそう。但しミーティングとは言っても机で頭を捻るだけではなく、ごはんを食べたりお酒を飲んだりしながら談笑し、その会話の中からお互いの考えていることを感じとるのだとか。
「大治さんがよく「一緒にごはんを食べられる人とじゃないと、一緒に仕事はできない」って言うんです。ごはんを一緒に食べるって、“なんでもないごく当たり前のこと”でもあるんですが、同時にとても深いことだとも思うんですね。ビジネスライクで表面的な関係じゃなく、そんな“なんでもなく深いこと”を当たり前に自然にできる間柄を大事にしているってところが、とても彼らしいなって思うんですよ」
そう、ちょっと照れくさそうに笑いながら語る二上さん。その笑顔からも、大治さんを気の置けないパートナーとして信頼している様子がよく伝わってきました。FUTAGAMIの製品が、金属でありながらもどこか温かで柔らかい雰囲気を纏い、人々の“なんでもない”暮らしの中にすんなり馴染むのも、お二人の気取らず自然体な関係があってこそなのかもしれません。
ちゃんと手にとって使うことで、ものは【熟成】していく
工房内に置かれていたFUTAGAMIの道具立て。使い込まれて、独特の良い色身に変化しています
FUTAGAMIで手がける製品は、基本的にはすべて“生活用品”。もともとは日用品とはおよそかけ離れた装飾的な仏具を作っていた二上さんが、“暮らしに根ざしたアイテム”にこだわって制作しているのは、少し意外なことのようにも思えます。
「ずっと長く使うことができて普段の生活の中で必然性を感じられるもの、ちゃんと“人の手に触れるもの”を作りたいんです。実際に手に触れて使い込んでいくことで、ものに対する愛着も湧きますし、使い方によって、そのものの表情も全然違ってくるんですよ」
真鍮製品の経年変化を誰よりもよく理解している二上さん。使い方で変化の仕方が違ってきてしまうものだからこそ、「ちゃんと触れてもらえるもの」であることを大切にしています。
「真鍮は、ただ置いてあるだけでも空気に触れて酸化していくので、どんな状態でも必ず変化はするんです。それも経年変化ではあるんですけど…。僕は、ちゃんと使われているもの、ちゃんと手入れされているものの変化は【熟成】だと思うんですよ。逆にほったらかされていたものの変化は、ただの【劣化】だと思うんです。だからこそ、ちゃんと手にして使ってもらえるものを作りたいんですよね」
その道具を使うことで何気ない日常がちょっと豊かになる、ちょっと贅沢な時間が過ごせる。そんな、使う度に心地良さや楽しさが感じられて、自然と触れたくなるものが理想なのだと二上さんは言います。
2015年の春に立ち上げたFUTAGAMIの新ライン「MATUREWARE by FUTAGAMI」
生活の中にあって、使い手や家族と一緒に育っていくものを作りたいとの想いから、2015年の春にはFUTAGAMIの新ラインとなる「MATUREWARE(マチュアウェア) by FUTAGAMI」も誕生しました。こちらはネームプレートやドアのレバーハンドルといった、いわゆる建築用の金物に特化したブランドなんだとか。
「このMATUREWAREもFUTAGAMIと同様に鋳肌そのものを活かしているので、使い込むことで味わいが増し、経年変化の表情が楽しめるようになっています。家って、建てた時からそこに住む家族と一緒に育っていくものだと思うんですよね。僕らの作ったものが、家族と一緒に時を重ねながら【熟成】していってくれたら嬉しいですね」
暮らしの中に「あって当たり前」なものを作り続けていきたい
伝統的なもの作りの型を破り、次々と新たな試みを続ける二上さん。しかし、こちらからの「次なる展望は?」との問いに対して返ってきたのは、意外なほどに堅実で実直な、いかにも職人さんらしい真っ直ぐな答えでした。
作業中の真剣なまなざし。インタビュー時の穏やかな表情とは打って変わり、まさに職人の顔そのものです
15kg以上もある柄杓を軽々と扱い、炎の立つ真鍮を大量の型へと瞬く間に流し込んでいく様は、正に圧巻の一言でした
「これからも今と同じ姿勢を保って、ブレずにもの作りをしていきたい。僕自身の希望は、ただそれだけですね。一瞬でブームになって飽きられるようなものではなく、「あって当たり前」と思ってもらえるようなもの、ちゃんと長く使ってもらえるものを作り続けていけたら、それが何より嬉しいです。実はそのために、大規模なビックイベントなどには出展しないようにしているし、イベント商戦向けの大量発注なども受けないようにしているんですよ。そういう商業的な場で売れるものを作ろうとしてしまうと、自分たちが大切にしている、“生活に根ざしたもの作り”から遠ざかっていく気がして。偉そうに聞こえてしまうかもしれないけど、常に身近に置いて使ってもらうものだからこそ、ビジネスばかりに気をとられず、使う人の気持ちに寄り添ったもの作りを忘れずにいたいですね」
しかし言葉だけで「売り上げよりも、生活に根ざしたもの作りを」と語るのは易くても、その信念を実際に貫くのは、経営者としては容易なことではないはず。
「ブレずにい続けるって、すごく難しいことでもあるんですけど」と、ちょっとだけ困ったように苦笑しながら、二上さんは続けます。
「本当はね、会社を大きくしたり売り上げを伸ばしたりってことを、もっと優先したほうがビジネスとしてはいいのかもしれないんですが…。でもそういうことよりも、FUTAGAMIに関わってくれる人みんなが幸せになれて、僕らの作ったものがちゃんと長く使い続けてもらえることのほうが、大事だなって思うんですよ」
そう、気負いのない様子で語ってくれた二上さん。とても穏やかで飄々としたお人柄ながら、その内には、やはり職人らしい確固たる信念と、もの作りにかける熱い想いが溢れていました。
“なんでもない”もの、“あって当たり前”のもの。二上さんが自然体で語る、そんな何気ない言葉の中にこそ、FUTAGAMIの真髄があるのではないでしょうか。FUTAGAMIのアイテムが持つ、気負わない美しさと手にする度に感じる心地よさ。それらは、他ならぬ二上さん自身が「ありふれた日常の中で感じる”ちょっとした心地よさ”」こそが、暮らしを豊かにする本質だと知っているから生み出せるものなのでしょう。きっとこれからもブレずに真っ直ぐに、そして、「あって当たり前」だけど、触れるたびに心が少し豊かになる、そんなもの作りをずっと続けていってくれることでしょう。
明治30年創業の「二上」。118年に渡って真鍮製品を作り続けてきた老舗メーカーです