インタビュー
vol.88 雨氣・藤田友梨子さん - 欠けているからこそ、愛おしい。
海の香りを運ぶアクセサリのカバー画像

vol.88 雨氣・藤田友梨子さん - 欠けているからこそ、愛おしい。
海の香りを運ぶアクセサリー

写真:川原崎宣喜

お互いの欠けた部分をおぎなうように、手と手をつなぎ寄り添う、ちいさな貝殻。誰の目にもとまらない貝殻の欠片や石ころに美しさを見出すのは、「雨氣」という屋号でアクセサリーやオブジェなどの創作活動をする藤田友梨子さん。「そのままの姿が美しいから」と削ったりはせず自然の形を活かしたアクセサリーは、雨や森、潮の香りをはこんでくれます。そこには、海のように深い藤田さんの想いが込められていました。

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2018年08月24日作成

かつて子どもだった誰もがきっと持っている思い出。自然のなかでころげまわるように遊んだ記憶は、いくつになっても特別なものです。


――家の裏手に広がっていたみかん畑。裸足で夢中になって遊ぶ耳に聞こえたのは、ざざーっと風にゆれる竹やぶの音。

自転車をこいで兄と夕焼けを追うと、赤く染まった空を背にいつもやさしく迎えてくれた瀬戸内の海――
それは、愛媛県松山市で生まれ育った藤田友梨子さんの幼いころの記憶。現在は『雨氣』という屋号のもと、貝殻や石、砂など、自然のものを組み合わせたアクセサリーやオブジェなどを制作しています。

自然の美しさをそのままアクセサリーに

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海の香りを運ぶアクセサリー
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海の香りを運ぶアクセサリー
現在は、仙台で暮らして6年。藤田さんのアトリエには、小瓶に入れられた砂や光にきらめくちいさな石、そして、さまざまな色と形の貝殻が宝物のように並べられています。それらは、藤田さんが海や山へ通ってはコツコツと拾い集めたもの。
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海の香りを運ぶアクセサリー
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海の香りを運ぶアクセサリー
欠けた貝殻や石たちは、藤田さんの手によって美しいアクセサリーに生まれ変わり、身につける人に海や山の気配をはこんでくれます。

しかし、そのアクセサリーを生み出した本人は、自らを「ただの拾う人」と、ひと言。デザイナーといわれるのは不思議な気分だと、藤田さんは話します。

「私は"拾う人"であって、 "デザインする人"っていう意識はまったくないんですね。この子たちは十分、そのままでかわいから」
集めた貝殻たちを愛おしそうに眺めながら、ただの謙遜でもなくそう口にする藤田さんからは、並々ならぬ海への想いを感じます。
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海の香りを運ぶアクセサリー
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海の香りを運ぶアクセサリー

「そのままでいい」と教えてくれた、ふるさとの海

幼いころから好きだったふるさとの海が、藤田さんにとって、さらにかけがえのない存在となったのは、ある経験がきっかけでした。

大学卒業後、会社員として働きはじめたものの「まったく向いてなかった」という藤田さん。
「まわりに迷惑をかけてばかり……自分の仕事の向かなさ具合にショックを受けました。さらに、悩みが尽きず心に余裕がなくなったことで、本を読むことや絵を書くことなど、それまで大好きだったことができなくなったんです。まるで、"自分"というものがどこかにいってしまったような感覚でした」
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海の香りを運ぶアクセサリー
そして、空の色や花の香り、木漏れ日の光の形など、母が教えてくれた「自然美に目を向ける豊かさ」や写真が趣味だった祖父から学んだ「表現する悦び」。常にそばにあったはずのそれらさえ、毎日を過ごすことに精一杯で見失ってしまったといいます。

「このままでいいのかなと色々考えました。自分のいいところをなくしてしまうのは、自分のためにもならないし、すごく親不幸だなって思ったんです 。親からもらったものや大事にしてきたものをすべて手放してまで、やるべきことなのかなって」
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海の香りを運ぶアクセサリー
そんなとき自然と足が向かったのは、海でした。
仕事帰りにそのまま海へ行き、砂浜のそばに車を止めると、窓を少し開けて波の音を聞きながら眠る。その音は、藤田さんをなぐさめるかのように、いつもやさしく包み込んでくれました。

「すごくおおらかで、落ち着くんですよね。お母さんのお腹のなかってこんな感じだったのかなぁとか、ちいさいころに聞いた竹やぶの音に似てるなぁって思いながら眠りについて。
そのうち、陽がのぼって自然と目が覚めるじゃないですか。夜明け前の海は、除々に空が白くなっていく時間があるんですけど、空も海も真っ白で境界がなくなって……現実感のない真っ白な海と空をみてると、まるで新しく生まれ変わるような感覚になるんです。そうして、今日もがんばろうって思える。
生まれては消えていく命のはざまの場所だから、たぶん、それがいいのかな。そのころは、すごく海に助けられていました」
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海の香りを運ぶアクセサリー
尊敬と恐れと信頼が入り混じった、大好きな海。誰もいない海はどこまでも自由で、会社員でも何者でもない、"ひとつの命"として存在する心地よさを感じたといいます。

あるとき、誰もいない砂浜でぼーっと長いことしゃがみこんでいると、ふと、貝殻の欠片が目に留まりました。静かにそこに流れ着き砂に埋もれた貝殻は、誰にも見向きもされず、拾われることもなかったのでしょう。
でも藤田さんは、波に揺られ風を受けて、雨に晒されたからこそ生まれた表情に美しさを感じました。


――きれいだな。
こんなふうに欠けてしまっても、この子はこの子で頑張ったんだな。


そう思うと、自分自身をみているようで愛おしく、まるで『大丈夫だよ』と励まされているような気持ちになったといいます。慣れ親しんだ海から届いたやさしいメッセージは、そのときの藤田さんにとってどれだけ心強かったでしょう。

貝殻の欠片をお守りのようにそっとスーツのポケットにしのばせては、幾度となく一緒に仕事へ向かい、その日々を乗り切りました。
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海の香りを運ぶアクセサリー

その子の欠けてしまった物語を、再び紡ぐ

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海の香りを運ぶアクセサリー
数年後、結婚した藤田さんは、ふるさとの海に別れを告げ、ご主人の転勤で仙台に暮らすことになります。東日本大震災が起きた翌年のことでした。

「最初は、すごく不安だったんです。それまでずっと瀬戸内のおだやかな海に支えられてきたので、東北の海と仲良くなれるかなって。なにより震災で多くの方が亡くなった海を恐れる気持ちと、海を嫌いになりたくない気持ちが入り混じり、心情は複雑でした」

ところが1ヶ月ほど迷った後、意を決して海へむかった藤田さんを迎え入れたのは、視界いっぱいの広大な海でした。
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海の香りを運ぶアクセサリー
「ドキドキしながら、はじめて仙台新港の海を見下ろしたとき『すごくきれい』って思ったんです。海辺では、釣りをする人、親子連れで遊ぶ人、でもやっぱり、ぼーっと立ち尽くしたままずっと海を見つめている人もいました。そんな海辺の光景をながめていたら、あぁ、ここに住んでた人たちは、この海がすごく好きだったんだろうなって……」
その光景を思い返し、藤田さんは思わず声を詰まらせます。

うまく言葉にできないけれど…と前置きして続けたのは、「だれも、なにも悪くない」と思ったこと。

海が悪いわけでもない、地震が悪いわけでもない。海も人もあるがままに、ただ、そこにいるだけ。
海を嫌いになりたくないなんて、身勝手な理由をつけ海を遠ざけていた自分が未熟に感じたといいます。
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失くした物語を埋めるように。
はじめてのアクセサリー
はじめて行った仙台の海から貝殻を持ち帰りながめていると、欠けてしまっている部分をなんとかしてあげたくなりました。

そのころにはすでに『雨氣』として活動し、アンティークの紙を使ったコラージュ作品などを創作していた藤田さん。貝殻の欠けた部分に、文字が印刷された古い紙を継ぎ足してみたのです。

「欠けたところにこの子の物語があるような気がして。長い旅の間になにがあったんだろう、と想いをめぐらせながら手直ししてあげたら、不思議と自分もなぐさめられるような気持ちになったんです」

いつの時代のどこの国の言葉なのか、それはまるで、貝殻が失くした物語を代わりに語ってくれているかのように、しっくりと馴染みました。


そうして、なんとはなしに拾い集めてきたほかの貝殻や石たちも、アクセサリーへと姿を変えていくことになるのです。
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海の香りを運ぶアクセサリー
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海の香りを運ぶアクセサリー

欠けたまま、手をつなぎ寄り添えたら

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海の香りを運ぶアクセサリー
海の話題がまだ繊細な時期だったこともあり、はじめは自分のために作っていた貝殻のアクセサリー。ですが、知り合いの作家さんから「一緒に作品展をやらないか」と誘いをもらったところから、除々にお客さんの手に渡ることが多くなっていきました。


辛いとき幾度となく助けてくれた「欠けた貝殻」は、欠けた部分をおぎなうように寄り添う、ちいさなピアスに生まれ変わりました。

「 もはや、元々なんだったのか分からないほどちいさな欠片でも、一人ぼっちでいるより手をつないでくれる子がいたらいいかなって。形は削ったりせず、その子が旅をしてきた今の形のままで、ピッタリ合う子を探してあげたいんです。なかなか相手が見つからない子もいますが、ようやく見つかったときには『仲良しがみつかってよかった!』と、嬉しくなります」
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海の香りを運ぶアクセサリー
――お互いの欠けた部分に合う相手と、手をつなぎ合って新しい物語を紡いでいけるような気がする。

「この子たち」と、愛おしそうに貝殻を呼ぶ藤田さんは、やさしい目でそういいました。

"雨の気配"を忘れないように、『雨氣』

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海の香りを運ぶアクセサリー
「ブランド名の "雨氣"とは、雨の前の空気感や気配を指す古い言葉なんですけど、心がすり減っていたとき、本のなかに見つけて。『あ、雨好きだったなあ』って思い出したんです。雨が降る前の空気とか、ボツボツ降りはじめたときの緑が沸き立つようなにおい、ザーッと雨が降るときの空気が洗われるような感じ……それがすごく好きだったのに、こんなことも忘れてたんだなって」

いつでもそこにあるのに、普通に過ごしていると見過ごされてしまうもの。
雨の気配も緑の匂いも、幼いころからずっと変わらずにそこにある。それを感じられないほど変わってしまうのは、いつも自分です。
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海の香りを運ぶアクセサリー
「雨の気配だけでなく『お月さまキレイだな』とか『雲の流れが早いな』とか、日常のなかで些細な自然を感じられたら、それって幸せじゃないですか? それに気がつく余裕をもつことは、自分を大切にすることでもあると思うんです」

そんな風に自然を感じる気持ちを忘れないよう、ブランド名は『雨氣』と名付けました。


「作品を見た人にも『貝ってこんなに面白かったんだな』とか『海へ行きたいな』って思ってもらえたらうれしいし、幸せです。海へ行ったら、きっとその人にも素敵な時間が待ってるから」
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海の香りを運ぶアクセサリー
――そのままでいいんだよ。欠けているところが、あなただけの魅力だから。


身につけるたび、ちいさな海がお守りのようにそっと見守ってくれる。

『雨氣 -uqui-』は、藤田さんの想いとともに、海のやさしさを運ぶアクセサリーです。
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海の香りを運ぶアクセサリー
(取材・文/西岡真実)
雨氣|うき雨氣|うき

雨氣|うき

拾い集めた自然のものでピアスやブローチ、ハットピンなどのアクセサリーを制作。それぞれの持つ美しさを見出し、自然のままの形を活かしたアクセサリーへと生まれ変わらせている。貝殻のほかに、石英とよばれる透明な石や、最近では砂を使ったものも。 作品展の情報は公式Instagramにて。
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