1995年に独立して以来、さまざまなテキスタイルを生み出してきた鈴木さん。オリジナルのファブリックブランド「OTTAIPNU®(オッタイピイヌ)」のみならず、北欧の老舗テキスタイルメーカー「マリメッコ」のデザインを手掛けるなど、数々のメーカーや企業とコラボし、積極的に活動してきました。
イラストレーターに憧れ美大へ進学……突然の挫折?
鈴木さんの事務所にて。都会の真ん中にありながら、穏やかな日の光が差し込む
幼少期から絵を描くことが好きで、多感な時期に心惹かれたものも、やはりアートの世界でした。鈴木さんがまだ高校生だった1980年代初頭は、PARCOが主宰する「日本グラフィック展」など大規模な公募展が開催され、アート業界に最も勢いがあった時代。それまでの商業的なものとは違った、自由な発想のイラストレーションに強い影響を受けた鈴木さん。その衝撃はいつしか憧れへと形を変えていきました。
「僕が通っていたのは普通の県立高校だったんですけど、一人だけ美大を目指すって子がいたんです。話を聞きに行ったら、どうやら美大を目指すための予備校ってものがあるらしい、ということがわかって。高3の夏休みに予備校の夏期講習に行ってみたら『絵が上手い』ってことがすべての価値観という感じだったんです。本当にそれでいいんだったら、すごく幸せなことだなって衝撃を受けましたね」
「合格したものの、『染織って何だろう』っていうレベルで(笑)。そのときは受けられるところは受けて『とにかく美大に入る』っていう気持ちが強くて、結果として合格したのが染織科だったんですよね。当時の多摩美の染織科は手描き友禅とか型染とか、伝統工芸的なことを学ぶ科だったんです。先生たちもデザイナーではなく、『作家』という感じ。すごく古典的な世界だったんですよね。手を動かす作業は好きなんですけど、僕が憧れていたのはいわゆるデザイナーやイラストレーター。正直、あまり興味が持てなかったんです」
人生を変えたふたつの出会い
鈴木さんが手がけたマリメッコのテキスタイル(写真:UNPIATTO INC.)
「昔のマリメッコのテキスタイルの写真でした。吊るされた布がただ風になびいている、それだけの写真だったんですけど、すごく惹かれたんですね。調べると、北欧ってところにあるテキスタイルのメーカーなんだっていうのがわかって。その後、当時マリメッコでデザイナーをされていた石本藤雄さんの展覧会が銀座で開催されているのを、先生に教えてもらって観に行きました。『花鳥風月のようなもの以外にもこんなデザインがあるんだ』って、そのときから少しずつテキスタイルの世界にも興味を持つようになったんです」
「作品のスライドを見ただけでもう、『大好き!!』ってなりました(笑)。粟辻先生は北欧のテキスタイルにすごく影響を受けていた方だったので、僕がもともとそういうものに惹かれていたこともあり、一気に惹き込まれて。こんなことをやっている人もいるんだなあって」
2012年に開催された「粟辻博のテキスタイルデザイン展」(写真:ブログ「テキスタイル獣道」より)
「今は色が好きで、たくさん使いますけど、実は僕、学生の時は色が苦手だったんです。極端にいうと原色しか使わなかったのが、仕事となるとすごく微妙な色を使い分けていくことになる。先輩たちが『もうちょっと青、赤』とか話していても、僕には全部同じグレーに見えるんですよ。この人たちは一体何をやっているんだろうって感じで(笑)。そこから猛勉強しました」
「粟辻先生には、『物を作る人としてこういう風に生活をしなさい』ってことまで叩き込んでもらいましたね。ちょっと大げさにいうと、どう生きるかってことを。会社に行くのが年間200日だとしたら、190日は怒られていたし、本当に怖かったですけど(笑)。でも、あれだけ怖くて、あれだけ元所員たちに慕われている人を僕は知らない。普通はボスの悪口三昧になりがちだけど、粟辻先生はOBやOGに本当に慕われていて、太陽のような人でした。若い頃にそういう人の仕事を見られたのは本当にラッキーだったし、本当に財産。僕のすべてなんじゃないかなあ」
「自分のしたいこと」に向き合った独立後
(写真:原田智香子)
「いってみれば『名前が出ない仕事』ですよね。どこのショップでも扱っているような、ベージュの無地のカーテンとかをずっと作っていました。そのころは、デザイン雑誌とかを見るのもちょっと辛かったですね(笑)。今の自分が立っている場所とのギャップというか、そんな時期もずいぶんあったように思います。それでも、仕事はそれなりに楽しくやっていたんですよ。現場に入ってものを作っていたので、作り方を一から見ることができたし、機屋(はたや)さんや印刷会社にも繋がりができて。そのときの経験は今すごく強味になっています」
北日本新聞社の130周年を記念した「富山もようプロジェクト」で手掛けたラッピング紙面。読むのが楽しくなりそうなユニークなデザイン(写真:小柴尊昭)
家具メーカー「arflex(アルフレックス)」の代表作「A・SOFA」の誕生30周年コラボ企画。ファブリックを鈴木さんが手がけた。写真は日本橋高島屋のディスプレイ(写真:アルフレックス ジャパン)
JR西日本の「ふるさとおこしプロジェクト」では、なんとラッピング電車「SETOUCHI TRAIN」をデザイン。今年の3月に瀬戸内海と多島美の間で運行を開始。美しいスカイブルーが豊かな景色に映える(写真:JR西日本)
(写真:UNPIATTO INC.)
「点滴を打ちながら20日間入院していて、『これはさすがに仕事のやり方を変えなければまずい』と思ったんです。ちょうどそのころ、東京造形大学で非常勤講師の仕事を始めたのですが、そのことも今後を考えるきっかけになりました。学生のころを思い出すと、本当に失礼ながら、自分が興味を持てない仕事をしている人をすごくバカにしていたんですよ。今思えばとても立派で素晴らしい仕事なんですけど、『どこの誰が描いたかわからないような花柄の生地を見せられても……』って。でも、教える立場になって、今まさに自分が学生からそう見られているんじゃないかって、ドキッとしたんです」
鈴木さんの事務所「有限会社UNPIATTO(ウンピアット)」。イタリア語で「皿」という意味をもつ。ちなみにブランド名である「OTTAIPNU」はこれを反対にした造語。、偶然にも、文字の並びが北欧の雰囲気をもっているため、よく北欧の言葉と間違えられるのだそう
「うちの大学には教育者として学生のことを真剣に考え、熱心に⼒を注いでいる素晴らしい先⽣がたくさんいます。僕はやはりデザイナーという立ち位置なので、教育という観点では、その⼈たちには適わない。でも、デザインの仕事に対して全速力で走っている姿を学生に⾒せてあげたいという思いはあります。僕にとっても『学⽣に⾒られている』っていうのは刺激になるし、彼らにも何かを感じてもらえたらうれしい。学校にいなかったら知りえなかった感覚というのは、間違いなくありますね」
「もしかしたら、今作っているものを、バイトでこつこつ貯めたお金で買う人がいるかもしれない。そう考えると、適当なことはできないですよね。僕は、今まで100%完璧な仕事はしたことがないと思っていて。終わってしまえば『もう少しこうすればよかった』ってことが絶対に出てくるんです。それは仕方ない。ただ、作っている段階で、自分が一晩頑張って直せるようなことだったら、面倒くさがらず、最良のところまではもっていこうと思っています」
「吉井タオル」のkoishi(小石)バスマット。当時、今治タオルはとても柔らかいことが特徴だった。そこで鈴木さんが考えたのは「柔らかくないけど気持ちよいを」という逆転の発想。地面に敷き詰められた石をイメージしたシンプルなデザインで、ブランド初のコラボ商品にして、10年以上愛されているロングセラー品。フィンランドの展示会で知り合ったマリメッコのデザイナーも、偶然来日時にこのバスマットを購入していたのだとか
ヴィンテージファブリックのコレクターでもある鈴木さん。1950年代にトーベ・ヤンソンがデザインしたファブリックの現物を見たときのことが忘れられない。ムーミンをモチーフにデザインするときは、可愛らしさではなく、トーベ独特の少しひねくれた世界観を出せるように意識しているそう(写真:クォーターリポート)
©Moomin Characters™
今年、ライフスタイルショップ「Afternoon Tea」から発売された限定チョコレートのパッケージを担当(写真:Afternoon Tea)
2015年に手がけた「ユニクロ×OTTAIPNU by Masaru Suzuki」のUT(写真:UNPIATTO INC.)
届けたいのは、気持ちが高揚するような色や柄
2013年、東京の「CASE GALLERY」で開催された「鈴木マサル 傘展 持ち歩くテキスタイル」より(写真:三嶋義秀)
「僕は『派手=きれいな色』とは思っていません。単体で見て汚い色なんて絶対に存在しなくて、生かすも殺すも組み合わせなので、そこはすごく意識しています。まあ、個人的に派手な色は好きなので、許されるのであれば使いたいんですけど(笑)。もちろん白黒ベージュも好きですし、自分でも着るんですけど、どこかにインパクトのある色を使うようにしていますね。ずっと無難な色ばかりだと、なんだか思考が停止してしまうような気がして」
「たとえば、部屋の中に赤いクッションがひとつボン、とあったら、周りをどうにかしなくちゃ、っていろんな物事が動きますよね。もともと日本はたくさんの色を使っていた国なので、もっと服とか小物とか、後先考えず、きれいだと思ったら直感で選んでいいと思うんです。後悔はするかもしれないけど、『こんなの買っちゃった!』って、ちょっと嬉しいし、気分が上がりますよね」
2015年の展示「鈴木マサルのテキスタイル」より(写真:三嶋義秀)
「北欧のようなテキスタイルって、なかなかほかの国にはないんですよね。大学時代は『繊細であることが美学』というすごくコンサバティブで伝統的なことをしていたので、よけい印象的でした。ドンッと色面がある大胆さが心に響いて、ただただ気持ちが上がったんです」
(写真:原田智香子)
「我々はオギャーと生まれて、10秒後にはもうテキスタイルにくるまれちゃうわけですよね。それからほぼ離れることなく今に至って、24時間ずっと肌に触れている素材ってほかにない。たとえば紙は、手で触るくらいですけど、布は今この瞬間も足の裏にさえ触れている。紙や鉄、木なんかとはまったく違う感覚で人の中に入っていく、本当に特別な素材だと思うんです。僕はそこに気持ちが高揚するような色や柄をのせて、人に届けたいと思っています」
「あなたが少しでも楽しい気持ちになりますように」
そんなメッセージが込められた鈴木さんのテキスタイルは、きっとあなたの強い味方になってくれるでしょう。
(取材・文=長谷川詩織)
Information
森と湖と、アンブレラと。
ポルトガルの小さな街アゲダで芸術祭の一環として2012年から始まった「アンブレラスカイ」。傘が頭上を埋め尽くす非日常的な光景は、多くの人の心を引きつけます。今回のイベントは、メッツァビレッジで開催される日本最大級のアンブレラスカイ・デザインプロジェクト。空間のディレクションと100mを超える「色柄の道」のデザインを鈴木さんが手がけています。とびきりカラフルでドラマチックな空間体験を楽しんで。
開催期間:2019年6月8日(土)~7月15日(月)
時間:10:00~21:00 ※施設・イベント内容により異なる
会場:メッツァビレッジ(埼玉県飯能市宮沢327-6 メッツァ)
鈴木マサルの傘 POP UP STORE
「鈴木マサルの傘 POP UP STORE」
今回で9年目を迎える、色とりどりの傘が楽しめる展示。1枚布だからこそできる、大胆で楽しいデザインに心も踊りそう。今年の梅雨を彩る、お気に入りの一本が見つかるはず。
<東京>
開催期間:2019年6月15(土)~6月23日(日)
時間:11:00~19:00
会場:CASE GALLERY(東京都渋谷区元代々木町55-6)
<松山>
開催期間:2019年6月15日(土)~7月7日(日)
時間:10:00~19:00 ※火・水曜定休日
会場:MUSTAKIVI(愛媛県松山市大街道3-2-27 美工社ビル1F/B1F)
(写真:原田智香子)