「iai(イアイ)」は、居相大輝さんが2014年にスタートさせたブランド。東京で暮らしていた彼が、故郷にほど近いこの地に居を構えたのはその翌年のこと。縁あって借りることになった築100年越えの一軒家に、妻である愛さん、娘の糸草(しぐさ)ちゃん、ヤギのこはむ、犬のしらすの3人と2匹で暮らしています。
(写真:iai)
(写真:iai)
消防士の仕事を通して「どう生きるか」を考えた
「他者と自分を区別するものが、僕の場合は身なりとか格好で。比べるということではなく、自分の姿というものに興味があったのかもしれないですね」
柔らかい日が差し込むアトリエには糸や素材がぎっしり
道具はミシンと手縫いに必要な最低限のもののみ。アトリエ内には、工場で廃棄となったパーツや端切れのストックも。形がいびつなものや、小さすぎる布の幅は「制限」ではなくヒントになる
生地の仕入れは各産地に足を運ぶ。最近は、愛知の尾州、静岡の遠州など。日本だけでなく、中国やインドの古布も好んで使う。素材ひとつをとっても、職人や仕入れている人の「顔が見える」ものづくりを大切にしている
近畿地方を中心に消防庁や海上保安庁を受験し、唯一受かったのは一番倍率が高い東京消防庁でした。図らずも上京することになった居相さんは、消防学校に半年間通ったのち渋谷区の消防署に配属。これがのちに地の利となります。
そんな環境に刺激されたのか、古着好きが高じたのか。ミシンを買って、服作りやリメイクをするうちに、自分の手でものを生み出す喜びを知った居相さん。仕事の合間をぬって、月に2回、ファッションクリエイションの概念を学ぶ教育機関「ここのがっこう*」へ通学しました。そのうちに、学校を介して出会ったデザイナーのブランドを手伝うようになり、服作りへの探求心は加速するばかり。服作りの知識は現在に至るまで完全に独学で、手を動かすことで身体に沁み込ませていきました。いっぽうで、消防士としてはハードな毎日を送っていました。自分の命を守ることが人の命に繋がる隊員の仕事、甘えや緩んだ気持ちは許されません。この経験は、服作りを「生業」としていくうえで、今もしっかりと居相さんのなかに根付いています。そして、あの日を境に生まれた気持ちも。
アトリエ(写真左)と住居兼ショールーム(写真中央)
消防士の仕事は、いつも目の前に生と死がありました。それは感傷的なものではなく日常として傍にいて、自分はどう生きているかと問いかけたのです。震災は大きなきっかけであったけれど、日々突き詰めて考えてきたことが今のiaiに繋がっていると話す居相さん。すべてをひっくるめて、この愛おしい地に帰ってきました。
暮らしを重ねて生まれるものーー「生活の花」
自作のラックに衣服がならぶ。このショールームで個展を開くことも
まっさらな状態から生活を築き、加えて衣服の制作。当初はかなり苦労されたのではと思いきや、「大変なことはないんですよね」とさらり。「僕よりは妻のほうが……」と、居相さんが愛さんに問うと「生活面での『びっくり』はあったけど、大変なことっていうのは、ないんだよなあ」と、柔らかい笑みをこぼします。
カラムシという草を乾燥させたものを衣に使用(写真左)。工場で出た靴下の廃棄を分けてもらい、リブの部分を袖のデザインに活用する(写真右)。リメイクも好きで、すでにある素材の形からアイデアが広がることが多い
この地に来た当初、服作りに追われる居相さんに代わり、ほとんど愛さんが土を耕したという。植物が好きで、東京では花屋に勤めていた。この日も庭で採れたハーブの薬膳ソーダや、畑の野菜を使った昼食をふるまってくれた
外へ目をやると、どこにいても愛さんと糸草ちゃんの姿が目に入る。居相さんは、その愛おしい風景をアトリエから眺める
年10回ほど開催していた個展も、現在は年2~3回まで。この「ペース」は、4年間の試行錯誤のすえに少しずつ見つけていったものです。あるときは思い立って、同じデザインでオーダーを受けたこともありました。「少しでも足しになれば」と居相さんの祖母に制作を依頼しますが、完成品は同じデザインでも、まったく違う佇まいのものだったのです。
「本当に不思議でした。たぶん、ミシンの加減とか、手の癖とか、僕の手かそうじゃないかってところに尽きるんでしょうね。人に頼むことで『iai』ではなくなってしまうというか。その一件があったからなおさら、僕の手だけで作ろうと決めました」
どこか民族衣装を思わせるiaiのシルエットは、居相さんや愛さんの身体に沿わせながら丁寧に作られる。デザイン画は描かないが「日本人に向けて作っている」という意識が大きい
庭の川で染めた布。鮮やかな草木染よりも植物本来が持っている灰・茶・桃色などの曖昧な色を愛す。この春は、あく抜きをきっかけにツクシなどの山菜で染物に挑戦した。居相さんの中で、生きることと服作りは繋がっている
あるべきものがあるべきところにおさまる暮らし。そんな無理のない余白を感じるiaiの衣服は、だから心地いいのでしょう。そして、居相さんは自身に限らず、装いを通してさまざまな人の生活をもみつめています。
2016年には、「生活の花」の一環として、iaiを一年間着用してもらえる人を全国から20名募集しました。おもいおもいに着古された衣服を、一年後の展示で販売し、また別の人へ引き継ぐというプロジェクトです。
(写真:iai)
(写真:iai)
(写真:iai)
(写真:iai)
「僕が一番やりたかったことは、『やりとり』なんですよね。服を作ってハイ終わり、ではなくて、服を渡してからのコミュニケーションをしっかりとりたかったのに、距離があると難しいってことも感じました。一年の中でもいろいろな場面があるはずなのに、僕がその人たちの姿をちゃんと見られていなかったことも悔やまれます。『こんな人が着ていた服』っていうのを、もう少し写真や言葉で残したほうがよかったなって。興味本位で終わるのではなく、『生活の花』をしっかりと続けていくことが、僕のこれからの仕事につながっていく気がするんです」
自分の心がよろこぶ場所へ
「作業をしていると誰にも会わない日もあるのに、今日はこういう服を着たいだとか、寝る服はこうだとか……。自分のために、その日その日の皮膚を着ている感覚ですね。以前は服を触っていても何でできているか、その奥のことなんて何も考えずに買って、着なくなったら捨てるということを普通にしていました。草木から生まれた素材や染料を使うようになって、自然と服ができたあとのことも考えるようになって。着る人のこと、山のこと、日本のこと、地球のこと……。衣服がすべてと繋がっている。ちょっと壮大ですけど、そういうことにまで思いを巡らせることが多くなった気がします」
「暮らしが主体で、その延長線上の服作りっていうやり方は、これからも崩さずに続けていきたいと思っています。でも、『これが絶対だ』ということはありません。子供が生まれる前と後で時間の使い方もまったく違うし、いつ何が、どこで起きるかわからないということもちゃんと胸に留めながらやっていきたい。ただひとついえるのは……妻がいて、子供がいて、ヤギがいて犬がいて――ここで生活している限りは、すごく健康だろうなということです」
豊かで心地のよい暮らしを、きっと誰もが望んでいるでしょう。本当は誰しもそんな暮らしができるのだけれど、日常に削られるうち、とたんにそれは難しいことに思えます。そんなとき、まばゆい風景を記憶したiaiの衣はきっと、きっかけをくれるはず。旅に出ること。一瞬立ち止まること。日々を見つめなおすこと。あなたの心が向く方へ、手を引いてくれるのです。
あるくよりも ひかえめに踊る日日に
小さな村の生活衣を身づくろう
日本のささやかな暮らしに
ひかりにゆれる衣が ひらり
花のかおりをゆたわせて
i a i は
暮らしのなかにひかりをみれる衣
そんな在りようの衣に想いを馳せ
早い服たちのずっとうしろから
遅れてゆきます
iaiデザイナーの居相大輝さんと妻の愛さん。こはむの散歩兼食事の時間に、周囲にある無数の植物に出合う。犬のしらすは人見知り(?)のため、残念ながらこの日は会えず