インタビュー
vol.102 iai・居相大輝さん -愛おしい記憶をその一着に。ひかり満ちる日常ののカバー画像

vol.102 iai・居相大輝さん -愛おしい記憶をその一着に。ひかり満ちる日常の衣

写真:山本康平

ゆっくりと流れる時間に身を任せ、愛おしい些細な風景に目を細める。そんな心地よい日常からうまれる、一着の衣があります。「iai(イアイ)」は、京都の山村に暮らす居相大輝さんが2014年にスタートさせたブランド。豊かな自然に囲まれた村での日常をヒントに直感で生み出される衣服は、すべてが一点物です。よく晴れた初夏の日、居相さんの衣がもつ物語をお聞かせいただきました。

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2019年07月05日作成
vol.102 iai・居相大輝さん -愛おしい記憶をその一着に。ひかり満ちる日常の衣
京都駅から2時間ほど列車を乗り継いで、いくつもの街や里を追い越すと、やがて濃い新緑がむっとかおります。ここは京都府福知山市大江町の集落。棚田百景にも選ばれている美しい田園風景が広がるこの農村で、日々うまれている衣があります。

「iai(イアイ)」は、居相大輝さんが2014年にスタートさせたブランド。東京で暮らしていた彼が、故郷にほど近いこの地に居を構えたのはその翌年のこと。縁あって借りることになった築100年越えの一軒家に、妻である愛さん、娘の糸草(しぐさ)ちゃん、ヤギのこはむ、犬のしらすの3人と2匹で暮らしています。
iaiデザイナーの居相大輝さんと妻の愛さん。こはむの散歩兼食事の時間に、周囲にある無数の植物に出合う。犬のしらすは人見知り(?)のため、残念ながらこの日は会えず

iaiデザイナーの居相大輝さんと妻の愛さん。こはむの散歩兼食事の時間に、周囲にある無数の植物に出合う。犬のしらすは人見知り(?)のため、残念ながらこの日は会えず

スタートからわずか数年、口コミでその認知度を上げ、個展などでも即完売するほど根強いファンをもつiai。立体裁断で生み出される衣服は、ひとつとして同じデザインはありません。空と山のあいだ、草木や水のひかり、その色にひとつとして同じものがないように、iaiの衣服もまた、すべて違う顔をもっています。
(写真:iai)

(写真:iai)

(写真:iai)

(写真:iai)

一点物の衣を手にする手段は、年に数回行われる個展と、ホームページで「一日一衣」として「気ままに」更新される通信販売のみ。感情や物ごとの瞬発力が昔とは比べものにならないスピードで動く今の時代、この販売形態を不便に感じる人もあるかもしれません。しかしだからこそ、一着と巡り合ったときの出合いを大切にしたくなるのです。

消防士の仕事を通して「どう生きるか」を考えた

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居相さんは野球少年であるいっぽうで、服が好きな少年でした。とりわけ心が躍るのは、鏡の前で祖母や母の服を合わせるとき。自分で買い物へ行く年頃になっても、惹かれることが多いのは女性の服です。思春期には男女の区別を意識することもありましたが、高校生になると洋服の性別の境界は気にならなくなったといいます。

「他者と自分を区別するものが、僕の場合は身なりとか格好で。比べるということではなく、自分の姿というものに興味があったのかもしれないですね」
柔らかい日が差し込むアトリエには糸や素材がぎっしり

柔らかい日が差し込むアトリエには糸や素材がぎっしり

道具はミシンと手縫いに必要な最低限のもののみ。アトリエ内には、工場で廃棄となったパーツや端切れのストックも。形がいびつなものや、小さすぎる布の幅は「制限」ではなくヒントになる

道具はミシンと手縫いに必要な最低限のもののみ。アトリエ内には、工場で廃棄となったパーツや端切れのストックも。形がいびつなものや、小さすぎる布の幅は「制限」ではなくヒントになる

生地の仕入れは各産地に足を運ぶ。最近は、愛知の尾州、静岡の遠州など。日本だけでなく、中国やインドの古布も好んで使う。素材ひとつをとっても、職人や仕入れている人の「顔が見える」ものづくりを大切にしている

生地の仕入れは各産地に足を運ぶ。最近は、愛知の尾州、静岡の遠州など。日本だけでなく、中国やインドの古布も好んで使う。素材ひとつをとっても、職人や仕入れている人の「顔が見える」ものづくりを大切にしている

興味の対象ははっきりしていたけれど、高校卒業後の進路は漠然としていました。ほとんどの同級生が当然のように大学を受験するなか、居相さんが影響を受けたのは、海上保安庁の現場を舞台にした映画『海猿』。身体を動かすことが好きだったし、仕事をするなら人の役に立つことと決めていた自分にぴったりの仕事と思えたのです。

近畿地方を中心に消防庁や海上保安庁を受験し、唯一受かったのは一番倍率が高い東京消防庁でした。図らずも上京することになった居相さんは、消防学校に半年間通ったのち渋谷区の消防署に配属。これがのちに地の利となります。
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「寮も渋谷区だったので、よく原宿に行くようになったんですよね。好きな服を着て遊びに行っているうちにファッションスナップを撮られるようになって。これで配属先が都心から外れていたら、たぶんそういうことに触れる機会もなかっただろうなって(笑)」

そんな環境に刺激されたのか、古着好きが高じたのか。ミシンを買って、服作りやリメイクをするうちに、自分の手でものを生み出す喜びを知った居相さん。仕事の合間をぬって、月に2回、ファッションクリエイションの概念を学ぶ教育機関「ここのがっこう*」へ通学しました。そのうちに、学校を介して出会ったデザイナーのブランドを手伝うようになり、服作りへの探求心は加速するばかり。服作りの知識は現在に至るまで完全に独学で、手を動かすことで身体に沁み込ませていきました。いっぽうで、消防士としてはハードな毎日を送っていました。自分の命を守ることが人の命に繋がる隊員の仕事、甘えや緩んだ気持ちは許されません。この経験は、服作りを「生業」としていくうえで、今もしっかりと居相さんのなかに根付いています。そして、あの日を境に生まれた気持ちも。
* デザイナーの山縣良和氏が2008年に創立したスクール。実技だけでなくファッションの表現について幅広い視点で学ぶことができる
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2011年3月11日。その日は非番のため、寮で疲れて寝ていた居相さん。突然の激しい揺れに飛び起き、弾かれたように徒歩で署に戻ります。震災から一週間は消防署に寝泊まりし、被災地にも足を運びました。稼働が少し落ち着いてくると、あらゆる場面で、震災で住む家を失った人たちのことが頭をよぎるようになります。胸に突き付けられたのは、「自分だったらどうする?」という問いでした。
アトリエ(写真左)と住居兼ショールーム(写真中央)

アトリエ(写真左)と住居兼ショールーム(写真中央)

「僕は直接経験しているわけではないから何もいえないけど、生まれた場所がなくなるってどんな感覚なのか考えていたんです。たとえば食糧がお店になくなってしまったら物資を待ちますよね。人に頼った生活だと、たぶんすごくイライラして、精神的にも落ちていく。それだったら自分で完結しようと思ったんです。野菜を作ることや、家を建てられる知識を持ったり、今からでも全然遅くないなって。思い切ったわけではなく、自然と『帰ろう』と思いました」

消防士の仕事は、いつも目の前に生と死がありました。それは感傷的なものではなく日常として傍にいて、自分はどう生きているかと問いかけたのです。震災は大きなきっかけであったけれど、日々突き詰めて考えてきたことが今のiaiに繋がっていると話す居相さん。すべてをひっくるめて、この愛おしい地に帰ってきました。

暮らしを重ねて生まれるものーー「生活の花」

自作のラックに衣服がならぶ。このショールームで個展を開くことも

自作のラックに衣服がならぶ。このショールームで個展を開くことも

村での生活は、まず家を生き返らせることから始まりました。居相さんたちが越してきたときは、ひどく傷み、朽ちかけていたというこの一軒家。床を張り替え、土を塗り、畑を耕し、二人の手で淡々と息を吹き込んだ住処は今、そこかしこに澄んだ空気が満ちています。

まっさらな状態から生活を築き、加えて衣服の制作。当初はかなり苦労されたのではと思いきや、「大変なことはないんですよね」とさらり。「僕よりは妻のほうが……」と、居相さんが愛さんに問うと「生活面での『びっくり』はあったけど、大変なことっていうのは、ないんだよなあ」と、柔らかい笑みをこぼします。
カラムシという草を乾燥させたものを衣に使用(写真左)。工場で出た靴下の廃棄を分けてもらい、リブの部分を袖のデザインに活用する(写真右)。リメイクも好きで、すでにある素材の形からアイデアが広がることが多い

カラムシという草を乾燥させたものを衣に使用(写真左)。工場で出た靴下の廃棄を分けてもらい、リブの部分を袖のデザインに活用する(写真右)。リメイクも好きで、すでにある素材の形からアイデアが広がることが多い

この地に来た当初、服作りに追われる居相さんに代わり、ほとんど愛さんが土を耕したという。植物が好きで、東京では花屋に勤めていた。この日も庭で採れたハーブの薬膳ソーダや、畑の野菜を使った昼食をふるまってくれた

この地に来た当初、服作りに追われる居相さんに代わり、ほとんど愛さんが土を耕したという。植物が好きで、東京では花屋に勤めていた。この日も庭で採れたハーブの薬膳ソーダや、畑の野菜を使った昼食をふるまってくれた

外へ目をやると、どこにいても愛さんと糸草ちゃんの姿が目に入る。居相さんは、その愛おしい風景をアトリエから眺める

外へ目をやると、どこにいても愛さんと糸草ちゃんの姿が目に入る。居相さんは、その愛おしい風景をアトリエから眺める

「縫製から染色、販売まで一貫してやっているので、周りから見たらすごく大変そうなんでしょうけど、楽しく活動させてもらっているので何も大変ではなくて。仕事は僕たちの暮らしの延長のような感覚なんです。『これで成り立つの?』と聞かれることもあるんですけど、自分たちのペースで無理なくできるし、今気持ちよく暮らせているから、成り立っているんじゃないかなって」

年10回ほど開催していた個展も、現在は年2~3回まで。この「ペース」は、4年間の試行錯誤のすえに少しずつ見つけていったものです。あるときは思い立って、同じデザインでオーダーを受けたこともありました。「少しでも足しになれば」と居相さんの祖母に制作を依頼しますが、完成品は同じデザインでも、まったく違う佇まいのものだったのです。

「本当に不思議でした。たぶん、ミシンの加減とか、手の癖とか、僕の手かそうじゃないかってところに尽きるんでしょうね。人に頼むことで『iai』ではなくなってしまうというか。その一件があったからなおさら、僕の手だけで作ろうと決めました」
どこか民族衣装を思わせるiaiのシルエットは、居相さんや愛さんの身体に沿わせながら丁寧に作られる。デザイン画は描かないが「日本人に向けて作っている」という意識が大きい

どこか民族衣装を思わせるiaiのシルエットは、居相さんや愛さんの身体に沿わせながら丁寧に作られる。デザイン画は描かないが「日本人に向けて作っている」という意識が大きい

庭の川で染めた布。鮮やかな草木染よりも植物本来が持っている灰・茶・桃色などの曖昧な色を愛す。この春は、あく抜きをきっかけにツクシなどの山菜で染物に挑戦した。居相さんの中で、生きることと服作りは繋がっている

庭の川で染めた布。鮮やかな草木染よりも植物本来が持っている灰・茶・桃色などの曖昧な色を愛す。この春は、あく抜きをきっかけにツクシなどの山菜で染物に挑戦した。居相さんの中で、生きることと服作りは繋がっている

「生活」を何よりも大切にしている居相さんは、日々のかけらをひとつひとつ繋ぎ合わせるようにして服を作ります。朝目覚めて、その日の気分を確かめるように布を触り、素材を選び、裁断する。昼には手を止めて休憩し、畑や身の回りのことに汗を流し、ふたたび日没まで作業を続ける。これが居相さんのいつものリズム。

あるべきものがあるべきところにおさまる暮らし。そんな無理のない余白を感じるiaiの衣服は、だから心地いいのでしょう。そして、居相さんは自身に限らず、装いを通してさまざまな人の生活をもみつめています。
vol.102 iai・居相大輝さん -愛おしい記憶をその一着に。ひかり満ちる日常の衣
「生活の花」は、そんな視点から生まれたこころみのひとつ。この場所に来て以来、その地に根ざした村の人々の姿に魅せられた居相さんは、村の人々に一着一着衣服を作ります。土に汚れ、日々の仕事で破れほつれた袖や裾。意図して作られた形ではなく、生きてきた姿がみえるような衣にこそ、その人間の本当の美しさが宿る。居相さんはそう考えます。村の人たちが身につけるiaiは、まるで何十年も人びとの身体と一緒にあったように、しっくりと、誇らしげに見えるのです。

2016年には、「生活の花」の一環として、iaiを一年間着用してもらえる人を全国から20名募集しました。おもいおもいに着古された衣服を、一年後の展示で販売し、また別の人へ引き継ぐというプロジェクトです。
(写真:iai)

(写真:iai)

(写真:iai)

(写真:iai)

(写真:iai)

(写真:iai)

「量産されている服は、少し前のコレクションが安く売られていたり、サンプルセールをかけられたり……よく目にする光景なんですけど、僕はなんでやろうなあって疑問に思っていて。そのときに気持ちを込めて、愛情を込めて作った服であれば、どの時期でもどんな時代でも、価値っていうのは一緒だと思っているから。ひとりひとりが袖を通して生活の中で記憶を残していった服っていうのは、すごく光が満ちているように感じるんです。僕はその服の奥が見えるようなものを届けたいと思っています」
(写真:iai)

(写真:iai)

iaiの服はあくまで日常着。作品として展示で終わらせるのではなく、その衣服に惹かれた誰かにふたたび着てもらうことが、目標とする循環のひとつです。一年後に戻ってきた服は、色褪せや擦れを修繕し、新たな魅力が加わって生まれ変わりました。しかし、課題もあったと居相さんは話します。

「僕が一番やりたかったことは、『やりとり』なんですよね。服を作ってハイ終わり、ではなくて、服を渡してからのコミュニケーションをしっかりとりたかったのに、距離があると難しいってことも感じました。一年の中でもいろいろな場面があるはずなのに、僕がその人たちの姿をちゃんと見られていなかったことも悔やまれます。『こんな人が着ていた服』っていうのを、もう少し写真や言葉で残したほうがよかったなって。興味本位で終わるのではなく、『生活の花』をしっかりと続けていくことが、僕のこれからの仕事につながっていく気がするんです」

自分の心がよろこぶ場所へ

vol.102 iai・居相大輝さん -愛おしい記憶をその一着に。ひかり満ちる日常の衣
この山村に来て4年。居相さんの心は、自分がしっくりくる場所、空気へ導かれるように、日々うつろいゆきます。衣服に対する感情も、ここに来たときとはまったく別のものになっていました。東京にいたときは、服を選ぶときも「他者からどう見られるか」という気持ちが大きかったという居相さん。しかし、今は「自分たちが心地いいか」というところに重きをおくようになったといいます。

「作業をしていると誰にも会わない日もあるのに、今日はこういう服を着たいだとか、寝る服はこうだとか……。自分のために、その日その日の皮膚を着ている感覚ですね。以前は服を触っていても何でできているか、その奥のことなんて何も考えずに買って、着なくなったら捨てるということを普通にしていました。草木から生まれた素材や染料を使うようになって、自然と服ができたあとのことも考えるようになって。着る人のこと、山のこと、日本のこと、地球のこと……。衣服がすべてと繋がっている。ちょっと壮大ですけど、そういうことにまで思いを巡らせることが多くなった気がします」
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その場所に腰をすえる様子を表す「居」。“互いに”のほかにも「みる」「観察する」という意味がある「相」。名が体を表すように、居相さんはこの場所にあふれる豊かな色を、きよらかな目でじっとみつめます。その色をたっぷりとふくみ、iaiの衣は産声のような幸福のなか、はじめて生まれてくるのです。

「暮らしが主体で、その延長線上の服作りっていうやり方は、これからも崩さずに続けていきたいと思っています。でも、『これが絶対だ』ということはありません。子供が生まれる前と後で時間の使い方もまったく違うし、いつ何が、どこで起きるかわからないということもちゃんと胸に留めながらやっていきたい。ただひとついえるのは……妻がいて、子供がいて、ヤギがいて犬がいて――ここで生活している限りは、すごく健康だろうなということです」
vol.102 iai・居相大輝さん -愛おしい記憶をその一着に。ひかり満ちる日常の衣
そう話す居相さんの顔は、きっぱりと眩しいひかりのほうを向いていました。

豊かで心地のよい暮らしを、きっと誰もが望んでいるでしょう。本当は誰しもそんな暮らしができるのだけれど、日常に削られるうち、とたんにそれは難しいことに思えます。そんなとき、まばゆい風景を記憶したiaiの衣はきっと、きっかけをくれるはず。旅に出ること。一瞬立ち止まること。日々を見つめなおすこと。あなたの心が向く方へ、手を引いてくれるのです。
あるくよりも ひかえめに踊る日日に

小さな村の生活衣を身づくろう

日本のささやかな暮らしに

ひかりにゆれる衣が ひらり

花のかおりをゆたわせて



i a i は

暮らしのなかにひかりをみれる衣

そんな在りようの衣に想いを馳せ

早い服たちのずっとうしろから

遅れてゆきます
出典:iai concept
(取材・文=長谷川詩織)
iai|イアイiai|イアイ

iai|イアイ

1991年生まれ・京都府出身のデザイナー居相大輝によるブランド。2015年より京都府福知山市の山村を拠点とし、日本の美しい風景を切り取りながら日々衣服を生み出している。通信販売と個展の情報はHP・インスタグラムで随時更新中。

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