京の老舗が挑んだ新たなもの作り「胡粉ネイル」のはじまりを訪ねて
深みがありながらもあでやかで、それでいて凛とした品も感じさせる。
平安時代から近世まで、日本女性の頬紅や口紅として愛されてきた、伝統的な“和の色”です。
そんな優美で柔らかな“日本らしい色彩”と、内側から滲むような品のある艶。そして、発色が美しいだけでなく爪や肌にも優しいことから、幅広い女性たちに愛されている「胡粉(ごふん)ネイル」。この「胡粉ネイル」を生み出したのは、実は化粧品メーカーではなく、創業260年にもなる日本画絵の具の専門店「上羽絵惣(うえばえそう)」さん。
長い歴史を誇る老舗の“絵の具専門店”と、化粧品の“マニキュア”。
この両者には、一見これといった共通点は見当たらないように思えますよね。
伝統ある絵の具専門店とマニキュアがどうやって結びつき、そして、どのようにして美しく優しい「胡粉ネイル」が生まれたのか。
そのはじまりのストーリーを紐解きに、「上羽絵惣」本店のある京都を訪ねました。
最初にあったのは「伝統を絶やしてはいけない」という使命感
そう笑顔で快活に答えてくださったのは、「胡粉ネイル」の発案者である石田結実さん。
石田さんは歴史ある「上羽絵惣」の10代目。お父様が病で倒れられたことをきっかけに家業を引き継ぎ、そこから「もっと色の魅力を人々に伝えるために」と、色についての猛勉強を始めたことが、「胡粉ネイル」の出発点になったのだと言います。
上羽絵惣10代目の石田結実さん。お話ししているだけでこちらまで元気になれる、そんな明るく朗らかな方でした
長く受け継がれてきた伝統的な“色”の美しさを伝えていくことの使命、そして働いてくださっている職人さん達を守りたいとの強い想いから、「上羽絵惣」を存続させていくためにと日々試行錯誤していた石田さん。
色彩について学ぶ傍ら、異業種交流会などにも積極的に参加することで、日本の伝統色を活かした“新しい道”が開けないかと模索し続けていました。
お店の奥には日本画用の絵の具が所狭しと置かれています。岩絵の具や胡粉、泥絵の具など、商品点数はなんと700点以上
絵の具の種類によって製作工程が異なるため、それぞれの絵の具で担当する職人さんが分かれているそうです
それまで「上羽絵惣」にとってのお客様といえば、画材屋さんか絵を描く方だけに限定されていました。しかし、「全ての人が芸術家なんだ」と思い至ったことをきっかけに、一気に発想が転換されていったのだとか。
お店の入り口を入って左手には「胡粉ネイル」を自由に試し塗りできるスペースが。ご自分に似合う色を探してみてください
そこでネイルに興味を持ち出して調べたところ、流行のジェルネイルで爪を傷めて悩んでいる人や、肌が弱くて除光液が使えず、マニキュアを塗れない人たちが多くいることを知ります。
「ちょうどそんな時、「爪に優しいホタテ塗料のマニキュアが開発され、注目を集めている」というニュースを耳にして。ウチで昔から扱っている“胡粉”も原材料はホタテ。天然素材で口に入れても大丈夫なくらい安全ですし、胡粉でネイルを作ったら皆さんに喜んでもらえるんじゃないかとひらめいたんです。使用する接着剤を“水溶性”にすれば嫌な臭いもしないし、除光液を使わなくても落とせるから、爪や肌が弱い方でも使ってもらえるなってことも考えて。そういった様々なアイディアや知識が自分の中で一つに繋がったことで、今まで”ネイルを諦めていた人たち”にも安心して使ってもらえる、胡粉ベースのマニキュアを作ろうと思いついたんです」
「人に喜ばれるものを」そんな気持ちから自然と広がった、優しい色の輪
京都らしい和の趣が感じられるパッケージも魅力の一つ。たくさん集めたくなってしまう可愛さですね
しかし販売開始からしばらくして、「“絵の具専門店”が作ったネイル」というちょっと変わった商品ストーリが評判となり、人気は瞬く間に拡大。今ではコスメの専門ショップはもちろん、有名な大手デパートなどでも取り扱われるようになりました。さらに、開発したのが“絵の具専門店”ということで書店やミュージアムショップなどでも置かれるようになり、また安全で身体に優しいことから、最近は自然食のお店などでも販売されているそうです。
“消毒用アルコール”で簡単に落とせますが、専用の除去液と合わせて使えばさらに爪への負担が軽減。皮膚が弱い方も使えることからリピーターが多いそう
その時の様子を、頬を緩めながら本当に嬉しそうに話す石田さん。その素敵な笑顔に、お話しを伺っているこちらの心までもが温まるようでした。
爪に優しく臭いもないネイルということで評判が広がり、今では病院内に併設されている「院内サロン」などでも置かれるように。病を患っての入院生活は、とかく気分が塞ぎがちなもの。でも、そんな日々の中に、ほんの少しの彩が添えられるだけでも、きっと心が華やぎますよね。
胡粉に含まれる真珠層が発色を良くしているそう。水溶性ですが、塗布後の乾燥時間を長くとることでモチもよくなります
人気に伴い、今では「胡粉ネイル」のカラーバリエーションは30色以上に。またネイル以外にも、ハンドクリームやリップグロスなどの新たな商品も次々と開発されています。
石田さんが作り出す、美しく“優しい”、そして人々に笑顔を運ぶ色の世界は、これからもますます広がっていくようです。
こちらは和のコスメ「kyo・miori」との共同開発で生まれた「珠肌はんどくりーむ」。ほんのりと桜が香ります
もの作りの原点は、自分自身が“楽しむ”こと
新たな色への探究心を描き立てられた石田さんは、2015年に沖縄の那覇へ「上羽絵惣」の新店舗を出店。明るい南国の色に積極的に触れることで、京都の伝統色とはまた違った、新しい色の学びを得ているようです。
ホタテ貝殻の微粉末から作られた白い顔料「胡粉」と、色鮮やかな岩絵の具たち
そう話す石田さんの顔には、まるでいたずらっ子のようなワクワクとした楽しげな笑みが浮かんでいます。
胡粉ネイルがヒットした現在でも意欲的に次なるアイディアを探し、「色の力でもっと多くの人を元気にするには」と、毎日のように考えているのだそう。
今でも色彩についての勉強に取り組みながら、日本各地へ赴いては講演会を開いたり、異業種の方と積極的に対話したりと、様々な活動を精力的に続けています。そんなバイタリティ溢れる石田さんの一番の原動力は、何よりも自分自身が“楽しむこと”なんだとか。
仲良く並んで胡粉の袋詰めをしているスタッフさんたち。皆さんでお話ししながら、楽しそうに作業していらっしゃいました
胡粉の箱には上羽絵惣のトレードマーク「白狐」が描かれています。この素敵なデザインは、六代目の上羽庄太郎さんが考案されたそう
とてもパワフルでお話し中もずっと明るい笑みが絶えなかった石田さん。そんなお人柄が伝わってか、一緒に働いているスタッフさん達も皆さん仲が良く、お仕事中も常に和気あいあいとした空気が流れていました。
「私にとって、社員はみんな家族みたいなもの。みんなが楽しんで働いてくれることが一番なんですよ」
そう語る石田さんの朗らかで優しいお人柄にこそ、「胡粉ネイル」の“美しいだけでなく優しい色”のルーツがあるのではないでしょうか。
人を元気にする達人の石田さん。
きっとこれから先も老舗ならではの伝統や技術を守りながら、“人々を笑顔にする優しい色”の素敵なアイテムたちを、新たに生み出していってくれることでしょう。
地下鉄四条駅から徒歩10分程の場所にある「上羽絵惣 京都本店」。昔ながらの町屋が、そのまま店舗になっています