知る人ぞ知る銘菓「デラックスケーキ」

ショーケースのなかには、和洋折衷なお菓子がずらり。なかでもひときわ存在感を放っているのは、一番人気の「デラックスケーキ」です。地元はもちろんのこと、この看板商品を求め、他県から足を運ぶお客さんが後を絶ちません。発売から約50年、5センチ四方の小さな “ケーキ”は、田辺市のふるさと納税のお礼の産品に選ばれるなど、今では和歌山を代表する銘菓となりました。

5センチ四方、高さ3センチのスポンジに、白いんげん豆をベースにした独自製法のジャムをサンド。懐かしい風味は、このジャムが決め手となっています

一風変わった「記憶に残る」お菓子


JR紀伊田辺駅前にある弁慶の像。田辺市は弁慶生誕の地という説があり、同市内の「闘鶏(とうけい)神社」には、弁慶の産湯を沸かしたといわれる釜が残されています
「この重みのあるカステラ生地に合うから」と当時は珍しかったホワイトチョコを使い、ジャムは果物などで洋風にするのではなく、白いんげんやゴマで和風に仕上げる。三代目・鈴木一弘さんは、「100年近く続けてこられたのは、この一風変わったこだわりがあったから」と話します。

三代目の鈴木一弘さん

地元の人の間では今も名称の論争(!?)が起こるデラックスケーキ。ショーケースには大きく「デラベール」の立札が

昭和に一大ブームを巻き起こし、現在ブーム再燃中のレモンケーキ。レモンは田辺市の特産品でもあります。第一次ブームが去るとめっきりとその姿を消しましたが、鈴屋のレモンケーキは当時からそのまま。レモンチョコレートが、底の部分まで満遍なくコーティングされている、手間がかけられた洋菓子です

この日すでに売り切れていた、鈴屋初の銘菓「弁慶の釜」
「おいしさ」は押し付けない

平日にもかかわらず、正午をすぎると、次々とお客さんが。「今日はあれないの?」など、親しみのある会話が飛び交います。観光客だけでなく、常連さんが多いことも印象的でした
「帰ってきたときにね、自分が思っているよりも良い状態じゃなかったんです。このままいったら、3年後くらいには成り立たんようになるんじゃないかなって。そこから10年くらいは、ずっと苦しかったですね」

一弘さんの奥様・智郷(ちさと)さん。その場がぱっと明るくなるような笑顔で、お客さんからも親しまれています


一弘さんいわく、「いろんな変わった発想をする面白い人だった」というお祖父さま。記憶に残る数々の銘菓を生み出し、柱をつくってきたことは、紛れもない事実。お祖父さまにとって、鈴屋は自分の生きてきた証そのものだったのでしょう。しかし、なにかを続けていくためには、変化が求められるときが必ずやってきます。ときにぶつかっても、お店を守っていきたいというお二人の気持ちは同じ。一弘さんが加わって、鈴屋は新しいスタートを切りました。

二代目の奥様・勝子さん。鈴屋を長年支え、やさしく見守り続けています

デラックスケーキのパッケージや洋菓子に使用している包装紙は、デザイナーをしていた勝子さんの妹さんが手掛けたもの。シンプルで品のある表情が、贈り物にもぴったりです

かわいらしい化粧箱を使った丁寧な梱包も、人気の理由のひとつです
「努力をしたことがない」と一弘さんはおっしゃいますが、見た目のユニークさだけでなく、味や素材にこだわり、「良いお菓子」を実直に作り続けてきたことが実を結んだのでしょう。化粧箱に同封するリーフレットには、看板商品の紹介文が並んでいますが、製法と原材料が書いてあるだけの、いたってシンプルなもの。美味しさを謳うのでなく、味ですべてを語ること。鈴屋のお菓子が長い間信頼されるゆえんは、そんな姿勢にあるのです。
すぐ近くの人を笑顔にするお菓子

鈴屋を支えるみなさんでパチリ
「百貨店でばら売りされているデラックスケーキを見て「箱入りが欲しい」と、大阪から高速道路を使って来てくれたお客さんもいました。隣県といっても気軽に行ける距離ではないし、そういうことを口に出してくれるんが、本当にうれしいですね。あと、不思議なことに去年の年末年始は北海道からの注文が多くて。うちは代引き手数料も送料もお客さん負担で販売させてもらっているので、ここから北海道だと、手数料だけで2000円近くいってしまうんですよ。メインは関東や関西圏でしたが、北海道も増えてきて驚いています」

ここ数年、「デラックスケーキ」に並ぶ人気なのが、店頭限定の「デラックスケーキのはしっ子」。その名の通り、カットされたスポンジの端をホワイトチョコレートでコーティングしたもの。取材中にも「はしっ子ちょうだい」と声を掛けるお客さんが続出。ユニークなものが好きな関西人のお土産として、特に人気があるのだそう
「結局自分がえらい思いして働きますけど、それなりの満足感というか、自分で決めてやっていることなので納得できますね。以前は、帰省のタイミングで買いたいと思ってくれる人がいるのに、店が閉まっていた。それではお客さんに申し訳ないので、一人でお店を開けて営業しました。『1日だけしか帰れないから、開けてくれて助かったよー』ってゆうてくれるお客さんもいて、うれしかったですね」

「名物に旨い物なし」――有名なことわざも、鈴屋のお菓子を口にしたとたん、その意味を失くしてしまうのでした。
(取材・文/長谷川詩織)
鈴屋の看板商品、「デラックスケーキ」。1個195円(税込)