【京都編】仏女のお寺巡りの旅。美しい仏像に会いにお寺へ行ってみませんか

【京都編】仏女のお寺巡りの旅。美しい仏像に会いにお寺へ行ってみませんか

近年、歴史好きの歴女と同じく仏像を好む女性は仏女と呼ばれるらしく…今回は仏像を鑑賞することにフィーチャーします。仏像とひと口に言っても作られた時代や作者の思いは違います。それぞれに美しさや魅力があり、自分好みの仏像に出会うのも仏女の楽しみです。そんな仏女的京都・お寺巡りの旅をご紹介します♪ 2017年09月06日作成

カテゴリ:
旅行・お出かけ
キーワード:
京都
仏像
京都観光
京都旅行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • ブログで紹介
    HTMLコードをコピーしてブログに貼り付けて下さい。
お気に入り数:
156

東寺(教王護国寺)の大日如来像、帝釈天像、不動明王像など

~東寺講堂で、曼荼羅に配置された仏像に出会う♪~
東寺(正式名称:教王護国寺)は、真言宗の総本山。平安京遷都794(延暦13)年の際、羅生門を挟んで796(延暦15)年に東西に建立された寺院の一つで、西寺は現存しない。823(弘仁14)年に嵯峨天皇から空海(弘法大師)に与えられ、密教の根本道場(こんぽんどうじょう)とし、今に至る。
講堂(重要文化財)には、大日如来を中心に21体の仏像を立体曼荼羅と言われる配列に安置している。大師在世時の住房である大師堂(御影堂・国宝)には、弘法大師像(国宝)と大師念持仏の不動明王坐像(国宝)が置かれている。豊臣秀頼の再建した金堂(国宝)、徳川家光が再建した 高さ約55mの日本最高の塔:五重塔(国宝)など見所も多い。

出典:

講堂(重要文化財)には、大日如来を中心に21体の仏像を立体曼荼羅と言われる配列に安置している。大師在世時の住房である大師堂(御影堂・国宝)には、弘法大師像(国宝)と大師念持仏の不動明王坐像(国宝)が置かれている。豊臣秀頼の再建した金堂(国宝)、徳川家光が再建した 高さ約55mの日本最高の塔:五重塔(国宝)など見所も多い。

豊臣秀頼の再建した金堂(国宝)。

出典:

豊臣秀頼の再建した金堂(国宝)。

<講堂>
こちらの講堂(重要文化財)には、大日如来を中心に帝釈天像・不動明王など21体の仏像を、立体曼荼羅と言われる配列に安置している。

出典:

こちらの講堂(重要文化財)には、大日如来を中心に帝釈天像・不動明王など21体の仏像を、立体曼荼羅と言われる配列に安置している。

大日如来像

講堂の中心でひときわ、輝きを放っているのが、大日如来です。
・・・・・
その周りを阿閦如来(あしゅくにょらい)、宝生如来(ほうしょうにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい)、不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)が囲んでいます。これが五智如来です。
如来は悟りを得た状態を表しています。そのため服装は簡素。
しかし、大日如来だけ、菩薩のように宝冠(ほうかん)をかぶり、着飾っています。
それは、あるときは菩薩となり人々を導き、あるときは不動明王となり命がけで救う、積極的な姿を表しています。明王も菩薩も、すべての仏が大日如来の化身。

出典:東寺 - 天、菩薩、明王、如来 / Ten, Bosatsu, Myo-ou, Nyorai

画像はポストカードのものだそうです。
講堂内の大日如来を中心とした五智如来は、全て重要文化財。

出典:

画像はポストカードのものだそうです。
講堂内の大日如来を中心とした五智如来は、全て重要文化財。

帝釈天像

東から講堂に入ると、最初に出迎えてくれるのが、持国天。
増長天(ぞうちょうてん)、広目天(こうもくてん)、多聞天(たもんてん)とともに、四天王と呼ばれる守護神です。
須弥壇(しゅみだん)、東側の梵天(ぼんてん)、西側の帝釈天(たいしゃくてん)を加えた六尊の守護神が、講堂の十五尊の如来、菩薩、明王を守っています。

出典:東寺 - 天、菩薩、明王、如来 / Ten, Bosatsu, Myo-ou, Nyorai

画像はポストカードのものだそうです。
帝釈天は、涼やかな顔立ちと身体全体から溢れる色気…いわゆる「イケメン」である。実物で、その魅力を堪能して欲しい。

出典:

画像はポストカードのものだそうです。
帝釈天は、涼やかな顔立ちと身体全体から溢れる色気…いわゆる「イケメン」である。実物で、その魅力を堪能して欲しい。

不動明王像

座して剣を持つ不動明王。思わず息を止めてしまうほどの迫力です。
忿怒(ふんぬ)の形相、右手には宝剣(ほうけん)、左手には羂索(けんさく)をにぎり、真っ赤な火焔(かえん)を背負っています。
・・・・
明王は命がけで人を救おうとしています。
救われようとする人も命がけで向かわなくてはいけない、と、剣は示しています。

出典:東寺 - 天、菩薩、明王、如来 / Ten, Bosatsu, Myo-ou, Nyorai

画像はポストカードのものだそうです。
不動明王は大日如来の化身で、悪魔を降伏させるために変えた姿です。障害を打ち砕き、仏道に従わない者を導き救済する役目を持つそうです。

出典:

画像はポストカードのものだそうです。
不動明王は大日如来の化身で、悪魔を降伏させるために変えた姿です。障害を打ち砕き、仏道に従わない者を導き救済する役目を持つそうです。

泉涌寺の楊貴妃観音像

~眩いばかりの美しさ、楊貴妃観音~
歴代天皇の位牌を収め、皇室の菩提寺として知られる「泉涌寺(せんにゅうじ)」。江戸時代の後水尾天皇から孝明天皇までの天皇陵はこの山内に営まれているそう。

出典:

歴代天皇の位牌を収め、皇室の菩提寺として知られる「泉涌寺(せんにゅうじ)」。江戸時代の後水尾天皇から孝明天皇までの天皇陵はこの山内に営まれているそう。

■楊貴妃観音
泉涌寺の大門をくぐってすぐの左手にある小さなお堂「楊貴妃観音堂」の中に、「楊貴妃観音」が安置されています。
玄宗皇帝が楊貴妃の冥福を祈って製作されたと伝えられています。
女性の願いを叶えてくれる観音様として知られ、ご利益は…「良縁」「縁結び」「美人祈願」「安産」など。
撮影禁止のため「楊貴妃観音」の美貌は、公式HP等で確認して下さい。

出典:

泉涌寺の大門をくぐってすぐの左手にある小さなお堂「楊貴妃観音堂」の中に、「楊貴妃観音」が安置されています。
玄宗皇帝が楊貴妃の冥福を祈って製作されたと伝えられています。
女性の願いを叶えてくれる観音様として知られ、ご利益は…「良縁」「縁結び」「美人祈願」「安産」など。
撮影禁止のため「楊貴妃観音」の美貌は、公式HP等で確認して下さい。

宝相華唐草透かし彫りの宝冠、手に宝相華を持ち、彩色が多く、生けるが如くに端坐する御姿は、その名にふさわしい御像である。

出典:楊貴妃観音堂|御寺 泉涌寺

三十三間堂の千体千手観音立像

~仏像ファン必見!1000体の観音様♪~
正式名:蓮華王院の本堂が、南北にのびるお堂の柱間が33もあることから通称「三十三間堂」と呼ばれています。観音菩薩の変化身三十三身にもとづく数でもあります。
地上16m、奥行き22m、南北120mのお堂は、一点透視的に漸減する奥行き感のある眺めで胸のすく壮快さを感じます。
平安後期、後白河上皇が、平清盛の資財協力によって創建したものでしたが、1249(建長元)年に焼失し、鎌倉期1266(文永3)年に再建されたのが現存のものです。

出典:

平安後期、後白河上皇が、平清盛の資財協力によって創建したものでしたが、1249(建長元)年に焼失し、鎌倉期1266(文永3)年に再建されたのが現存のものです。

三十三間堂の中には、中央坐像の左右両側に10段の階段上に各50体ずつ合計1000体が並び、「千体千手観音立像」と名付けらています。入り口から出口まで、仏像が建ち並ぶさまは圧巻で、仏像ファンにはたまらない場所ですね。

出典:

三十三間堂の中には、中央坐像の左右両側に10段の階段上に各50体ずつ合計1000体が並び、「千体千手観音立像」と名付けらています。入り口から出口まで、仏像が建ち並ぶさまは圧巻で、仏像ファンにはたまらない場所ですね。

広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像

~切手のデザインに2回も採用された、日本一美しい仏像~
嵐電の太秦駅を降りるとすぐに見える、重厚感のある楼門が目印です。
広隆寺は、603年に創建された京都最古の寺院であり、聖徳太子建立の日本7大寺のひとつです。
聖徳太子より仏像を贈られた秦河勝が、その弥勒菩薩を本尊として寺を開きました。818年火災で焼失し道昌僧都によって再建され、1150年にも火災にあい現存の広隆寺はその後に復興したものです。
撮影に厳しく、境内は動画撮影禁止、各お堂は正面からの写真撮影禁止で斜めからの撮影はOKです。

出典:

撮影に厳しく、境内は動画撮影禁止、各お堂は正面からの写真撮影禁止で斜めからの撮影はOKです。

弥勒菩薩半跏思惟像

創建当時の本尊と伝えられる「弥勒菩薩半跏思惟像」は、飛鳥時代作の高さ約124cmの彫刻で赤松の一木造、国宝第1号です。右足を左ひざに乗せて組み、頬にそっと右手を添えて思索にふけり(半跏思惟)ながら、僅かに微笑む美しい表情。霊宝殿にて常時公開されています。

出典:

創建当時の本尊と伝えられる「弥勒菩薩半跏思惟像」は、飛鳥時代作の高さ約124cmの彫刻で赤松の一木造、国宝第1号です。右足を左ひざに乗せて組み、頬にそっと右手を添えて思索にふけり(半跏思惟)ながら、僅かに微笑む美しい表情。霊宝殿にて常時公開されています。

永観堂(禅林寺)の阿弥陀如来像(みかえり阿弥陀)

~人びとのことを案じ、みかえる阿弥陀如来~
正式名称「聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺」とされる通称「永観堂」は、853(仁寿3)年空海の弟子真紹が藤原関雄の山荘を譲り受け、真言宗の道場として建立されました。その後、承暦年間(1077-81)第7世永観が入寺して以来、浄土宗の寺院と変わっていきました。
古くより「秋はもみじの永観堂」と言われるほど、紅葉の名所として知られています。

出典:

古くより「秋はもみじの永観堂」と言われるほど、紅葉の名所として知られています。

永観堂は、古方丈から瑞紫殿、御影堂、阿弥陀堂などが回廊でつながっているので、見ごたえのある唐門前庭、方丈南庭などを、屋根のある回廊からゆっくり鑑賞でき、雨の日の散策におすすめです。
中でも、山肌の地形を生かした臥龍廊は、上記画像で見るように、木造でありながら美しい曲線を用いた見ごたえのある建物。堂内は撮影NGですが、建物やお庭は撮影可能です。

出典:

永観堂は、古方丈から瑞紫殿、御影堂、阿弥陀堂などが回廊でつながっているので、見ごたえのある唐門前庭、方丈南庭などを、屋根のある回廊からゆっくり鑑賞でき、雨の日の散策におすすめです。
中でも、山肌の地形を生かした臥龍廊は、上記画像で見るように、木造でありながら美しい曲線を用いた見ごたえのある建物。堂内は撮影NGですが、建物やお庭は撮影可能です。

阿弥陀如来像(みかえり阿弥陀)

「みかえり阿弥陀如来」のお姿を現代風に解釈すると、次のようになろう。(文:岡部伊都子)

 ・自分よりおくれる者たちを待つ姿勢。
 ・自分自身の位置をかえりみる姿勢。
 ・愛や情けをかける姿勢。
 ・思いやり深く周囲をみつめる姿勢。
 ・衆生とともに正しく前へ進むためのリーダーの把握のふりむき。

  真正面からおびただしい人々の心を濃く受けとめても、なお正面にまわれない人びとのことを案じて、横をみかえらずにはいられない阿弥陀仏のみ心。

出典:みかえり阿弥陀さま(Amitabha Looking Back, Eikando)

こちらの阿弥陀如来像(みかえり阿弥陀)は、パンフレットのものだそうです。
この画像ではわかりにくいのですが、顔を斜め後ろに向けた姿で「みかえり阿弥陀」として知られています。「みかえり阿弥陀」は、阿弥陀堂に祀られています。

出典:

こちらの阿弥陀如来像(みかえり阿弥陀)は、パンフレットのものだそうです。
この画像ではわかりにくいのですが、顔を斜め後ろに向けた姿で「みかえり阿弥陀」として知られています。「みかえり阿弥陀」は、阿弥陀堂に祀られています。

仏像の魅力に酔いしれる

仏女的京都・お寺巡りの旅を紹介して来ましたが、いかがでしたでしょうか?画像では本物の仏像の美しさは伝わりません。是非、京都に行った際は、気になる仏像に会いに行き、心安らぐひと時をお過ごしください。

出典:

仏女的京都・お寺巡りの旅を紹介して来ましたが、いかがでしたでしょうか?画像では本物の仏像の美しさは伝わりません。是非、京都に行った際は、気になる仏像に会いに行き、心安らぐひと時をお過ごしください。

関連する情報

キーワード:
京都 (200)
寺 (54)
京都観光 (59)
京都旅行 (14)
キナリノアプリをApp Storeからダウンロード

アプリ限定!
12星座占いなどお楽しみ記事が読めます

お買いものも
キナリノアプリで◎

iPhoneアプリ

もっと便利に楽しく
心地よい暮らしつくるライフスタイル情報を、毎日お届けします

キナリノアプリをApp Storeからダウンロード, width="100%", height="100%"