1. トップ
  2. 旅行・お出かけ
  3. 東北
  4. ノスタルジックな雰囲気漂う、近代産業遺産 ~日本の廃墟【東北編】~
ノスタルジックな雰囲気漂う、近代産業遺産 ~日本の廃墟【東北編】~

ノスタルジックな雰囲気漂う、近代産業遺産 ~日本の廃墟【東北編】~

明治時代から終戦後まで鉱山業は日本の近代化を促した産業の一つでしたが、エネルギー資源の変遷や海外からの鉱物資源の輸入に伴い、1970年代頃に日本の鉱山は次々と閉山となり、鉱山町は廃墟と化してゆきました。しかし、近代産業を支えた遺構として、かつての栄華を人知れずひっそりと今に伝える炭坑廃墟は日本全国にいくつも点在しています。栄枯盛衰の理を物語るノスタルジックな廃墟跡は哀愁が漂い、訪れる者に感慨深い印象を与えます。日本近代化の礎となった数々の鉱山廃墟。今回は東北にある鉱山廃墟をご紹介します。2017年04月29日作成

カテゴリ:
旅行・お出かけ
キーワード
東北名所ノスタルジック遺跡
  • ブログで紹介
    HTMLコードをコピーしてブログに貼り付けて下さい。
お気に入り数87

松尾鉱山

廃墟スポットとして抜群の人気を誇る岩手県八幡平市の松尾鉱山は、かつて東洋一の硫黄産出量を誇った鉱山跡です。松尾鉱山の歴史は古く、江戸時代の文献にも硫黄鉱山の記録が記されています。
出典:

廃墟スポットとして抜群の人気を誇る岩手県八幡平市の松尾鉱山は、かつて東洋一の硫黄産出量を誇った鉱山跡です。松尾鉱山の歴史は古く、江戸時代の文献にも硫黄鉱山の記録が記されています。

明治時代になり、松尾鉱山において本格的な硫黄採掘が始まると、この地には鉱山町が形成されました。標高約1000メートルの高原に、無数の集合住宅が立ち並び、最盛期になると約1万3600人もの人々がこの地で暮らしていました。
出典:

明治時代になり、松尾鉱山において本格的な硫黄採掘が始まると、この地には鉱山町が形成されました。標高約1000メートルの高原に、無数の集合住宅が立ち並び、最盛期になると約1万3600人もの人々がこの地で暮らしていました。

「東洋一」の大鉱山、松尾鉱山の隆盛に伴い、町には集合住宅だけでなく、学校、病院、郵便局など生活に必要なインフラ全てが整えられました。現在でも、多くの学生たちが通った松尾鉱山中学校跡が遺されています。
出典:

「東洋一」の大鉱山、松尾鉱山の隆盛に伴い、町には集合住宅だけでなく、学校、病院、郵便局など生活に必要なインフラ全てが整えられました。現在でも、多くの学生たちが通った松尾鉱山中学校跡が遺されています。

訪れる人々に強烈な印象を与える廃墟群は、独特で異様な雰囲気を醸し出しています。しかし、崩れかかった建物内部に入ってみると、郵便ポスト跡など、随所に人々の生活の痕跡を垣間見ることができます。
出典:

訪れる人々に強烈な印象を与える廃墟群は、独特で異様な雰囲気を醸し出しています。しかし、崩れかかった建物内部に入ってみると、郵便ポスト跡など、随所に人々の生活の痕跡を垣間見ることができます。

「雲上の楽園」と呼ばれ、栄華を極めた松尾鉱山も1969年に閉山となりました。かつての楽園も、今は静かな廃墟となり、草木に覆われ、静かに眠っています。
出典:

「雲上の楽園」と呼ばれ、栄華を極めた松尾鉱山も1969年に閉山となりました。かつての楽園も、今は静かな廃墟となり、草木に覆われ、静かに眠っています。

史跡尾去沢鉱山

秋田県鹿角市にある史跡・尾去沢鉱山は、708年に銅山が発見され、1978年に閉山した約1300年もの歴史を誇る鉱山跡です。
出典:

秋田県鹿角市にある史跡・尾去沢鉱山は、708年に銅山が発見され、1978年に閉山した約1300年もの歴史を誇る鉱山跡です。

1978年に閉山したものの、跡地には巨大な煙突、シックナー、製錬所跡などの鉱山施設が残されており、近代産業遺産に選定されています。
出典:

1978年に閉山したものの、跡地には巨大な煙突、シックナー、製錬所跡などの鉱山施設が残されており、近代産業遺産に選定されています。

年間を通じて13度の気温が保たれている石切沢通洞抗は日本最大規模の洞坑で、総延長約1.7キロメートルにも及びます。
出典:

年間を通じて13度の気温が保たれている石切沢通洞抗は日本最大規模の洞坑で、総延長約1.7キロメートルにも及びます。

坑夫たちが使用していた傷だらけのヘルメットが、尾去沢鉱山の栄光を静かに物語っており、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。
出典:

坑夫たちが使用していた傷だらけのヘルメットが、尾去沢鉱山の栄光を静かに物語っており、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。

朽ち果て、今にも崩れそうな製錬場跡は、最盛期には月間約10万トンもの銅鉱石を処理した国内最大規模の選鉱場です。廃坑となって40年の歳月を経て、樹々に覆われ自然に還りつつある姿が物悲しい雰囲気を醸し出しています。
出典:

朽ち果て、今にも崩れそうな製錬場跡は、最盛期には月間約10万トンもの銅鉱石を処理した国内最大規模の選鉱場です。廃坑となって40年の歳月を経て、樹々に覆われ自然に還りつつある姿が物悲しい雰囲気を醸し出しています。

田老鉱山跡

岩手県宮古市にある田老鉱山跡は、1919年から1971年年まで銅が採掘されていた銅山跡です。
出典:

岩手県宮古市にある田老鉱山跡は、1919年から1971年年まで銅が採掘されていた銅山跡です。

1930年代になり、最盛期を迎えた田老鉱山には数多くの社宅が造られました。今は遺構として残っている鉱山敷地内の住居には、約1800人の従業員が暮らしており、小さな町が形成されていました。
出典:

1930年代になり、最盛期を迎えた田老鉱山には数多くの社宅が造られました。今は遺構として残っている鉱山敷地内の住居には、約1800人の従業員が暮らしており、小さな町が形成されていました。

岩手県宮古市に多くの雇用を生み出し、地域の活性化を導きだした田老鉱山跡も今は廃墟となり、山間部でひっそりと佇んでいます。崩れかかった建物に草木が生え、自然に帰ってゆく姿は、「栄枯盛衰の理」を私たちに物語っているかのようです。
出典:

岩手県宮古市に多くの雇用を生み出し、地域の活性化を導きだした田老鉱山跡も今は廃墟となり、山間部でひっそりと佇んでいます。崩れかかった建物に草木が生え、自然に帰ってゆく姿は、「栄枯盛衰の理」を私たちに物語っているかのようです。

栄光の歴史をひっそりと物語る廃墟の天井を眺めてみましょう。一部は屋根さえもが無くなり、骨組みだけとなった建物と青空とのコントラストは美しくも哀愁が漂っています。
出典:

栄光の歴史をひっそりと物語る廃墟の天井を眺めてみましょう。一部は屋根さえもが無くなり、骨組みだけとなった建物と青空とのコントラストは美しくも哀愁が漂っています。

閉山前までは、鉱山施設として重要な役割を担ってきたシックナーも、かつての面影を失い、雨水が溜まり小さな貯水池のような姿となっています。
出典:

閉山前までは、鉱山施設として重要な役割を担ってきたシックナーも、かつての面影を失い、雨水が溜まり小さな貯水池のような姿となっています。

東北には、紹介した廃坑以外にも、見ごたえのある鉱山遺構や廃墟がたくさんあります。かつては栄光の歴史に輝いたものの、現在は遺構として残された廃墟を訪れ、かつての栄華に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

こちらの記事もおすすめ

アプリ限定!
12星座占いなどお楽しみ記事が読めます

お買いものも
キナリノアプリで◎

キナリノアプリ

もっと便利に楽しく
心地よい暮らしつくるライフスタイル情報を、毎日お届けします

キナリノアプリを App Store からダウンロード, width="100%", height="100%"キナリノアプリを Google Play で手に入れよう, width="100%", height="100%"
icons Googl Play